夜間部への編入
翌日。ボクは職員室にいた。
「夜間部に編入できないか、って?」
「はい」
担任の鈴城先生はボクの言葉を反芻した。なぜボクが夜間部への編入について相談しにきたか。その理由は昨日に遡る。
「まず夜間部に編入できないか相談してみてはいかがでしょう?」
セラ(そう呼んでほしいと言われた)に呪いを解くため、ボクは何ができるか聞いてみたところ、そう返ってきた。
「一谷高校の夜間部は普通じゃない人達のための学校なんです。つまり、神楽くんにかけられている呪いの効果が通用しない人しかいませんから、今よりは気が楽になるかと思いますよ」
呪いの効果について話したからか、セラはどこか同情するような瞳でボクを見ていた。
「それじゃあ、もう学校でフードを被りながら授業を受ける必要もなくなるんだな!」
「恐らくらそうかと。ただ…」
「ただ?」
難しそうな顔で、セラは口を開いた。
「神楽くんの呪いを解くため、わたしも全力を尽くします。けど、すぐ解けることはないと思うんです。なので、解けるまでこれをどうぞ」
そう言ってセラは、可愛らしい布に包まれた何かをボクの手のひらの上に乗せた。
「これは?」
「魔力を抑えるための薬です。今の神楽くんは魔力を垂れ流しにしているせいで、呪いの制御がきかなくなってるんです。ですから魔力を抑えることができたら、多少は呪いがましになるかな、と。…あくまで仮説なので、完全に制御できる可能性は低いですが…」
「いや、多少でもましになるならありがたいよ。それにしても良いの?もらっちゃって」
「はい、ストックならまだまだありますから!…って、ああー!」
突然セラは大きな声を上げて立ち上がった。
「今依頼の途中なんでした!すみません神楽くん、続きはまた会えたら!」
「え、ちょ、セラ!?」
セラはボクに背中を向けるなり、どこかへ走り去ってしまった。あまりに唐突の展開に、取り残されたボクはぽかんと口を開けて突っ立っていることしかできなかった。
そして現在。全ての事情を聞いた鈴城先生は大きなため息を吐いた。
「…無理ですか?」
「いや無理じゃない。無理じゃないんだが…お前夜間部のこと知らなかったのか…」
「?はい」
「それならもっと早く言っとくべきだったな。こっちはてっきり普通の人間の生活に馴染むために昼間部に通ってるもんだと思っててな。他の奴らが暴走しないよう見張るのにどれだけ気ぃ揉んでたか…」
「…な、なんだかすみませんでした…」
どこか遠くを見つめながら項垂れる先生に、ボクは謝らずにいられなかった。
「いや、気にすんな。生徒が快適に学生生活を送れるよう気ぃ配んのも先生の役目だ。お前が快適な学生生活を送れるようになるなら本望さ」
「先生…」
なんだ。こんな近くにもいたじゃないか。ボクに味方してくれる人は。
「ありがとうございます。そういえば前から気になってましたけど、先生はあまり呪いの影響受けてないですね」
「まあな。ここの教師は昼間部夜間部問わず普通じゃないからな」
「そうなんですか…」
「っとそうだ。編入の手続き進めてやらんとな。ちょっと待ってろ、用紙持ってくるから。印鑑は持ってきてるか?」
「すみません、家に置いてきました…」
「なら明日にでも印鑑押して持ってきてくれ。いくら制御できる状態だとしても、なるべく早い方が良いだろ?話は通しておくから、明日から通えるようにしてやるさ」
「明日から?そんなに早く手続きって終わるものなんですか?」
「お前は特例だからな…。他の先生もお前のことは特に気にかけてたんだよ。すぐ編入できるよう、ある程度話は進めてあったんだ」
そんなにここの先生はボクのことを気にかけてくれていたのか。全く気がつかなかったけど、よくよく考えてみれば危ないところを何度も助けられていた。今の今まで、助けてくれるのは何か下心があってのことだと思っていた。純粋にボクを気にかけてくれていることなんてないと思っていた。
(ボクはなんて馬鹿だったんだ)
一人じゃないってこと、ようやく気付けた気がする。思わず口元が緩んで、先生が不思議そうな顔をした。
「すみません、何でもないです」
「そうか?なら良いが。すぐ持ってくるからな」
そう言って先生は職員室から出ていった。先生方に囲まれ居心地の悪さを感じつつ立っていると、いつの間にか隣にいた教頭先生が肩に手を置いた。
「聞いたよ。夜間部に編入することを決めたそうだね」
「あ、はい」
「君のように普通の人間に囲まれて生きた子には、少々理解が難しい子らが待っているだろう。だが大丈夫さ。あの子達はみな優しい子だ。君のこともすぐ受け入れてくれるだろう」
「…そうですね」
ボクはセラのことを思い出していた。呪者、なんて普通の人なら遠ざけたくなるような存在。そんなボクを見て、一切嫌悪感を示さず、むしろボクのために頑張ってくれようとしている。どこまでも真っ直ぐな瞳で。僕が今まで見たこともないような、下心も一切ない瞳で。
「なんだか初めて、学校生活が楽しみになりました」
この時初めて、心から笑えたような気がした。