出会い
「はぁ~…」
周りをよく確認し、誰もいないことをたしかめてから川原の土手に腰かける。だいぶ走ったおかげで息がかなり荒い。落ち着けるためにもパーカーのフードを被って、人目のつかない木の影に身を隠した。
(これでしばらくは平気かな…)
ようやく息をつけるところができて安心したボクは、木に寄りかかる。いつもこの場所にはぽつぽつと人がいるが、今この瞬間は誰もいないことに心の底から感謝する。あんなに逃げ回ったんだ、しばらくは走りたくない。
普通の人なら、ここまで他の誰かがいることに怯えたりしないだろう。逃げ回る心配だってしないだろう。けど、ボクー神楽理人は普通とは違う。異常なまでにボクはモテるのだ。それも老若男女問わず。
目が合っただけで惚れられるなんてざらで、迫られることなんてもう日常茶飯事だ。中には服を脱ぎながら迫ってくる人だっている。今の日本は草食系が増えているんじゃないのか、と疑いたくなるくらいボクは肉食系の男女にしか遭ったことがない。若い人だけじゃなく年をとった年配の方だって、ボクを前にすれば現役引退した身でも引退を撤回して迫ってくる。ボクからすれば周りの人間(家族除く)みんなが敵だ。
そんな毎日を送っているボクは休めるはずもなくて。うっかり風でフードがとれようものなら、その瞬間からボクの貞操がかかった命がけの鬼ごっこが始まる。さっきもそうだ。こんなことになるならフードがとれないよう細工したパーカーを着てくるんだった。細工したパーカーみんな洗濯中だなんてほんとツイてない。
「はぁ…」
またため息を吐いた瞬間だった。
ガサッ!!
「!?」
上から大きな物音がした。反射的に上を見ると、木の枝に何かが引っ掛かっていた。
「…」
何だろうあれは。パッと見人のようにも見えるけど…。
「そ、そこの方…」
しゃべった。
「助けてください…」
どう助けろと。
「このままじゃ爆発します…」
「何が!?」
「頭が…」
「た、助ける!助けるから!」
慌ててボクは木からその人を下ろしにかかった。
「いやー助かりました!あのままだったら頭に血が上りすぎて爆発するところでしたよ~」
「そ、そう…」
木に掛かっていたのはボクと同じくらいの年齢の少女だった。日本人離れした金髪を三つ編みにした彼女は、あどけない顔で笑っている。
「まさか空を飛んでる途中で落ちてしまうとは…。まだまだ修行が足りないですね、うんうん」
「…」
なんか空を飛ぶとか聞こえてきたけどたぶん気のせいだろう。
「時に聞きたいことがあるのですが!」
「こっちにはないんだけど…って近い近い近い」
いつの間にか鼻と鼻が触れそうなくらいにまで近づいてきた彼女は、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせていた。
「あなたは一谷高校の方ですか?」
「え、なんでわかったの?」
「わかりますよ~!だってその学ランうちの高校のものじゃないですか」
「あれ、じゃあもしかして君も…」
黒いローブが目立って気づかなかったけど、よく見たら彼女の着ている制服はうちの高校のものに似ていた。
「そうです、わたしも一谷高校の生徒なんです!まあ夜間部の方ですけど…あなたもそうですよね?夜間部の人にしては制服のアレンジ少ないみたいですけど」
「…夜間部?」
ボクは首を傾げた。うちの高校に夜間部なんてあったっけか。ボクが知らないだけなのか?
「あれ、違うんですか?てっきりその魔力量からそうなのかと…」
「魔力って…。そんなファンタジーじゃないんだから」
ボクの台詞に、彼女はただでさえ大きな目を見開いてボクを凝視した。
「…え?ほんとに知らないんですか?そんな魔力をお持ちなのに?」
「だからボクは魔力なんかないって…」
「そんなはずないです!」
また彼女は身を乗り出してボクに顔を近付けた。エメラルドグリーンの瞳に、驚いた僕の顔が映るほど顔を近付けられて、ボクはあることに気付いた。顔を押しやってから口を開く。
「君、何ともないの?」
「何ともない、とは?」
「その…ボクを好きになったり、とか…」
「え?魅了の魔法か何かかけてるんですか?」
今度は彼女が首を傾げた。
「んー…でもそれだったらわたしにも影響があってもおかしくないですし…。…もしかしてですけど、その影響受けてるのって魔力に耐性ない人達だったりします?」
「いやそれはわからないけど…」
「簡潔に言えば普通の人達ですね。まれに魔力の耐性を持った人もいますけど…そう簡単にはいませんし。能力者とか魔力を持った人とか人外とかでないかぎりは、魔力の耐性はないですね」
「まあそれなら…たぶん君の言うとおりなんだろうと思うよ」
ボクの答えを聞いて、彼女はうんうん唸り始めた。
「だとすれば…けど…いやでも否定するには…」
「…」
この時、ボクからはすでにこの子から逃げ出す選択肢が消えていた。ボクに近づく人はみんな敵。それがボクの認識だった。けど、この子は違う。ボクを見て、迫ることも媚びることもせず自然体で接しているのがよくわかった。
それに何よりー…
(この子なら、ボクの体質をどうにかしてくれるかもしれない)
そんな直感がボクの中にあった。
「うーん、もしかしてなんですけど…」
「もしかして、何?」
「あなたは呪われているのかもしれません」
「…呪われている?」
彼女は頷く。
「はい。いわゆる呪者という存在ですね。元々魔力を持たない人間に呪いをかけると、魔力耐性を持たない人には効果抜群ですが、魔力を持つ人達ーいわゆる魔者ですねーには効果がないんです」
「じゃあ、ボクはその呪者…なの?」
「わたしに効いてないところを見るとその可能性が高いんですけど…。でもですね、普通の人から呪者になる人なんていないんです」
「…いない?」
彼女は頷いて続ける。
「詳しくは省きますけど、魔者が魔者に呪いをかけるのは良いんですが、魔者が普通の人に呪いをかけるのは禁止されているんです」
「それならなんでボクが…」
「いやーそれはわからないですけど…。けど呪い、呪いか…」
うむう、と言ってまた悩み始めた彼女を前にして、ボクは言葉を漏らさずにはいられなかった。
「…ボクは、どうしたら…」
自分じゃ考え付かなかったような可能性を前に、とてつもない無力感を感じて弱気にならざるを得なかった。そんなボクを前に、彼女はまたずいっと顔を近付けた。
「大丈夫ですよ!わたしが何とかします!」
「…何とかって、どうやって…」
「う…そ、そりゃわたしはまだまだ見習いの身ですけど…で、でもきっと何とかなります!わたし達は一人じゃないんですから!」
「!」
一人じゃない…なんて考えもしなかった。ボクにとって周りの人間はボクを脅かすものでしかなくて、助けてくれる人なんていやしなかったから。
顔を上げたボクに、彼女はまた笑ってみせた。
「約束します!見習い魔法使い瀬良晴夏の名に懸けて…あなたを笑顔にしてみせます!」
こうしてボクは、見習い魔法使いの少女セラと出会ったのだった。