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5.庭師の人使いが荒いんですけどっ!

 そして、目を覚ましたあたしは冒頭のごとく、侍女頭デリラにたたき起こされて説教を受け、空腹を抱えて部屋を飛び出し、南の塔への最短距離を行こうと庭に飛び出して、人を踏んでしまったわけなんだけど。


「さっさと水汲んで来い」

「少しぐらい手伝ってくれてもいいじゃないのっ」

「そりゃ無理だな、お前に踏まれた右手が痛くて痛くて……」


 最初に取り繕っていた丁寧な口調はとっくにどっかに飛んで行った。この庭師、とんでもなく口が悪いんだもの。

 実に痛そうに手拭いを巻いた右手をさする庭師――カルイをにらみつけ、足元の木の桶をひっつかんで、井戸に向かう。

 とにかく事情を説明に行くから、南の塔に行かせてくれと何度も言ったのに、「庭の手入れにはタイミングが必要なんだ」の一点張りで、塔に行く時間をくれなかった。

 日が高くなる前までに庭の中央にある井戸から水を運び、この広い庭に植えられたすべての木や草、畑に水を撒かなければあっという間に枯れてしまう。そうなれば俺は首だな――そんなことを言われては、彼の言う通りにするしかないわけで。


「ああもう、まっすぐ突っ切ろうとしたあたしのバカっ」


 水を運びながら悪態をつく。


「誰が馬鹿だって?」

「あんたのことじゃないわよっ。次はどこ?」

「こっちだ。さっき水をまいたところぐらい覚えておけよ」


 トロい女、と言われても踏ん張ったのは、いま抱えている水を感情に任せてあいつにぶちまけたら、もう一回汲みに行かなきゃならないからだ。

 でも……絶対あとで報復してやるっ。心の中で硬く誓ってから、水まきを再開する。

 最後の一面を終える頃には、すっかり日が高くなってしまっていた。


「終わったっ……」


 井戸まで戻ってくると、近くに座っていた庭師が起き上がってきた。


「おつかれさん。昼までに終わるとは思ってなかった」

「……昼までに終わらないと枯れるって脅したの、あんたの方でしょうがっ」


 思わず怒鳴りつけると、庭師は目を見開いたのち、にやりと笑った。


「お前……面白いな」

「えっ?」


 どこかおかしいかな。髪の毛は一つに束ねておいたし、制服もきちんと着てるはずだし。そりゃ作業したおかげでよれよれだけど。

 とにかく、頼まれた仕事は終わったんだし、もう行ってもいいよね? せめて昼ご飯ぐらいは食べたい。朝抜き昼抜き夜抜きなんて、耐えられないもの。


「あの、じゃあそろそろ」

「待て。……昼飯食っていけ」

「え……?」

「こっちだ」


 くいくいと呼びつけるような仕草をして、庭師は歩き出した。西の方角だ。見失わないように後を追うと、すぐ四阿に行き当たった。

 朱塗りの柱とテーブル。椅子には柔らかそうなクッションが置いてあって、なんだか場違いな気がして仕方がない。


「あの……」

「いいから入れ」


 どう考えても、あたしみたいな使用人が使っていい場所じゃないよね。王様とか妃様とか使うためのものじゃないの?

 足を踏み入れるのも躊躇してたら、戻ってきた庭師に手を引かれて強引に座らされてしまった。


「誰も使ってないし、バレなきゃ怒られない」

「バレなきゃなんですって?」


 テーブルに肘をついてにかにか笑っていた庭師の後ろから、のそっと出てきた人影にあたしは文字通り椅子から飛び上がった。その勢いで四阿を飛び出そうとして、腕を引っ張られた。


「待てって」

「きゃあっ」


 バランスを崩しかけたところを庭師に支えられる。


「大丈夫か?」

「は、はい……ありがとう」

「おい、脅かすなよ。ヴァーチェが怯えるだろうが」

「脅かすだなんて人聞きの悪い。……おや、お客様でしたか」

「脅かしただろうが。……ヴァーチェ、ごめん。これは俺の兄貴のルーク。安心していいから」


 椅子に戻ると、庭師は現れた男のことを紹介してくれた。兄、と言われてじっと見ると、確かに庭師によく似ている。黒髪黒目は同じとして、目元の感じやあごの形なんか、ホントそっくり。

 ということはこの人も庭師……? じゃないよね。

 服装は大して変わらないけど、肩にかかっているのは緑色の飾り布じゃない。オレンジ色の飾り布。たしか文官のしるしだったよね。

 ということは、お兄さんって王宮に仕えてる人なんだ。あたしなんかがお目にかかれる人じゃない。きっと。


「初めまして。ルークと申します。これ(・・)がご迷惑をおかけしていませんか?」


 お兄さん――は前に座る庭師の頭に手を置いて、ぐりぐりと頭をゆすっている。


「あの、ヴァーチェと申します。えっと……むしろあたしのほうが迷惑かけちゃって……すみません」


 椅子から立ち上がって深々と頭を下げる。


「え? これが無茶を言ったのではなくて、ですか?」


 顔を上げると、ぽかんとした顔でお兄さんはあたしと庭師を交互に見ている。


「その、弟さんの右手を踏んづけちゃいまして……」

「これ」


 なんだか誇らしげに右手を見せびらかしている庭師に、あたしは恐縮してうつむく。


「どれ。……ああ、これはずいぶん腫れてますねえ」

「申し訳ありません……」

「よりによって利き手を踏んでくれたからねえ」


 庭師の言葉は嫌味たっぷりとげとげたっぷりだ。でも、言われても仕方ない。


「どうせそこらへんに寝転がってたんでしょう?」

「そりゃそうだけど、庭横切る奴がいるなんて思いもしなかった」

「ああ……まあ、それはそうですけど」


 お兄さんの冷ややかな声にぴくりと身を震わせる。やっぱり、庭は使用人が通っちゃいけない場所なんだ。ますますうなだれてしまう。


「まあ、そんなこんなで仕事ができなくなって首になるのは嫌だから、原因となった彼女に助けてもらうつもり」

「と、言いますと?」

「手が治るまで、庭師の手伝いをしてもらうつもりだ」

「ふむ……ヴァーチェさん、と言いましたか」

「はい」


 恐る恐る顔を上げると、お兄さんは鋭い目であたしのことを見据えていた。


「その肩掛けは、昨日来られた妃の侍女ですね。そちらはかまわないんですか?」


 かまうも何も、仕事の話は今日教えてもらう予定だったし、かまうかどうかなんて判断つかない。彼の右手はあたしのせいだし、そのせいで首になる人が出るのは嫌だし……。

 どう答えていいものか悩んでいると、庭師が口をはさんできた。


「どうせ妃は満月まで潔斎だろ?」

「しかし、彼女の風当たりは強くなりますよ?」

「う……」


 そうだった。きっとこのことが知れたらデリラに大目玉食らう。初日から寝坊した上に遅刻して、しかも他の仕事を優先にするなんて、他の侍女たちにも白い目で見られるかもしれない。


「午前中だけだ。午後からは妃の侍女として仕事をすればいいんじゃないのか?」

「それでいいかどうかは侍女頭に聞いてみないとわからないでしょうけど……」

「あー、それはだめ。怪我がばれたら何されるか分かんないし。内緒にするために彼女に手伝ってもらうのに」

「そういえばそうでしたね」


 お兄さんはため息をつき、あたしのほうをちらりと見る。


「……何か?」

「あ、いや。……なんか不思議だなあと思って」

「不思議?」


 怪訝そうな顔をする二人を交互に見て、頷く。


「あたし、兄弟とかいないからよくわからないんだけど……お兄さんが文官だから丁寧な口調なのかなあって」


 そう告げると、二人ははっと顔を見合わせ、それからあたしのほうをじっと見てくる。……えっと、あたしなんか変なこと、言った?


「ええ、おっしゃるとおり、わたしは文官です。普段からこういう口調なもので、弟に対してもついこの口調で喋ることが多くて。気になさらないでください」


 にこりと微笑むお兄さんにうなずく。頭のいい人はやっぱり普段から違うらしい。

 そう納得している横で、二人がアイコンタクトを取っているとはつゆほども思わなかった。

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