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3.新月の輿入れのしきたりって面倒っ

 あっという間に新月はやってきた。

 今まで見たことのない真っ白なサリー。深紅に金の刺繍が入った肩の飾り布。

 それが、妃の証だという。

 髪の毛を結い上げてもらうと、鏡の中には見たこともない女の人の姿があった。……誰、これ。

 右手を上げると鏡の中の人も右手を上げる。……まさか、これがあたし?

 つやつやのカールさせた長い髪を頭の後ろで結い、残る髪の毛を背中に流してある。褐色の肌は変わらないけど、頬紅を乗せ、唇に紅をのせた顔は、どこかのお嬢様のように見える。


「旦那様がお待ちです」


 迎えがやって来て、あたしは離れから玄関へと向かった。

 外はすっかり暗くなっていて、空には月がない。王家への輿入れは必ず新月に行われるのだと、マナーの先生が教えてくれた。

 馬車のところに行くと、すぐ横に薄い色のサリーにピンクと白の飾り布をかけたヴァーチェが立っていた。あたしを見ると、深々と礼をする。


「ミルフェ」


 父様はあたしをじっと見つめていたけれど、あたしの手を取ると不意にぼろぼろ泣き始めた。


「父様……」

「ミルフェっ……幸せにおなり」

「……はい」


 父様は泣きながら笑顔を作ってくれた。胸が苦しい。あたしも笑顔を返そうとして、涙が込み上げてきた。

 母様とは二度と会えないけど、父様とはまた会える。約束してくれたもの、あたしが呼んだら飛んでくるって。


「ありがとう……父様。行って……きます」


 父様に別れを告げると、ヴェールを被せられた。分厚い白いヴェールで頭から背中のあたりまですっぽり覆われて、まるで前が見えない。

 案内人だという人に手を引かれて馬車に乗り込むと、程なく馬車は動き出した。


「わたしがいいというまではヴェールは決して外してはいけません。そして、ヴェールをかぶっている間は、一言も口を聞いてはいけません。いいですね?」


 向かいに座っているらしい案内人の声に、あたしは小さくうなずいた。妃の輿入れのしきたりは一通り聞いている。その中で説明してもらった。


「妃の輿入れにはいろいろなしきたりがございますが、それぞれ理由がございます。こんな神話がございます――」


 案内人は慣れた口調で物語を語り出した。

 長い物語を要約すれば、昔は妃の輿入れは満月の日に行われていた。ところがある時、王に輿入れする妃に夜の王が一目ぼれしてしまった。夜の王は妃を攫い、隠してしまった。夜の王は神の末裔で、人の身でかなうはずもなく、王は泣く泣く妃をあきらめざるを得なかった。

 以来、月のない闇夜に輿入れをするようになったのだという。


「ヴェールで顔も髪の毛も見えないようにするのは、夜の王に見初められないため。声を出さないようにするのは、妃の声を夜の王に聞かせないためです。装飾品も身につけないのは、音で妃の場所を知られてしまうのを防ぐためです。これらを破ると夜の王に攫われると、今に至るまで言い伝えられているのです」


 曰く、夜の王はしつこいらしい。妃が婚姻の儀式を済ませるまでは気を付けなければいけないのだとかいろいろ話をしてくれた。声を上げてはいけないというのはなかなか苦しい。面白くても声を漏らせないのは結構苦痛だった。お願いですから面白い話をしないでください、案内人の人。


 一刻ほど揺られただろうか。ようやく止まった馬車から降りると再び手を引かれた。目の前が真っ暗な状態で歩くのはかなり怖い。


「馬車で上がるのはここまでです。ここからは足で上がっていただきます。その前に、お着替えをしていただく天幕にお連れします。天幕にいる間だけはヴェールを脱いでいただいて構いませんから」


 ようやくヴェールを脱げる。視界が完全に遮られるのもそうだけれど、一言もしゃべれないのがこんなに苦痛だなんて知らなかった。

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