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2.輿入れが決まりました! ってなんで相手が王様なのっ!

「ミルフェ、お前の輿入れ先が決まったよ」


 そう告げられたのは、母様が亡くなって一月ほど経った日のことだった。


「黒獅子王の妃に望まれたんだよ! ミルフェ。今までずっとつらい思いをさせて来たけど、これからは何不自由ない生活が送れるようになる。きっとアーシャも喜んでいるだろう」


 黒獅子王って確か、今の王様のことだよね。この一か月で学んだ中にあった。

 若くて精悍な美丈夫で、一目見たら忘れられない素敵な男性だと先生が言ってた。

 って、ちょっと待って。そんな王様の妃があたし?! 冗談きついわっ。

 そんな人の横にあたしみたいなちんちくりんが立てるはずないじゃないっ!

 王妃だなんて、村育ちのあたしに務まるはずないよっ。そもそも宰相の娘でさえ無理なのに。

 姫様って呼ばれるだけでかゆくてかゆくて仕方ないのにっ。

 血の気が引いて真っ青になるあたしに、父様はあわてて駆け寄ってきた。


「どうした、ミルフェ、体調がすぐれないのなら遠慮せずに休んでいいんだよ?」

「えっ、いえ、大丈夫ですっ」

「じゃあ……もしかして、縁談が不服なのか?」


 恐る恐る伺うようにあたしの顔をのぞき込んでくる父様の顔は、とても不安げだった。


「そ、そういうわけじゃなくってっ……」

「じゃあ、もしかしてこの父と離れるのが不安なのだな……。すまない。お前にはつらい思いをした分、幸せになって欲しいと思っていたのだが……。お前の気持ちに気付けてやれなくてすまない」

「ち、ちがっ」

「大丈夫だ、城に上がっても会いたいと言ってくれればいつでも僕は駆けつけるからね?」

「……うん」

「それでも不安かい?」


 あたしだっていつかは誰かに嫁ぐだろうと思ってたけど、知らない人に嫁ぐことになるなんて思ってなかった。宰相の娘になって、政略結婚のことも教わったけど、自分が政略結婚するなんて――。

 きっと、この縁談は父様にとっても利益のあることなんだ。他にも兄弟がいるらしいけど、一度も会わせてもらえなかったのも、どうせすぐ嫁ぐことになるから、だったのかもしれない。


「……黒獅子王は素敵な人だと聞いたから……」

「ああ、気後れしてるんだね? 大丈夫、ミルフェはアーシャに似て綺麗だから」


 わかって父様っ。そんな人の横に立つなんてとてもじゃない……。って何言ってるんですかっ。

 そうじゃなくて、と言おうとしたけど、結局言い出せなかった。

 だって……こんなに喜んでいる父様に、何も言えないよ……。


「安心なさい、お前は綺麗だ。黒獅子王もだからこそ見初めたのだろう。僕も精一杯頑張るから。世界一美しい花嫁にしてあげるからね」


 にこにこと話す父様に押し負けて、結局、一月後の新月の夜に輿入れすることが決まった。


 ◇◇◇◇


 それからが大変だった!

 今までのマナーと言葉遣いの時間のほかに、ダンスやらお化粧やら、髪の毛の結い方やら衣装の選び方やら、ひたすら勉強させられた。最初のころに教えられたなんかすっかり頭からこぼれた気がする。

 半月ほど経った頃、あたしについて王宮に上がるという侍女と顔合わせをした。


「初めまして、異母姉ねえさま。ヴァーチェと申します」


 思わず目を見張った。

 彼女はとても美しかった。あたしみたいに日に焼けて褐色の肌とはまるで違う、真っ白でしみ一つない柔らかそうなほっぺ、薄く開いたピンク色の唇、すっと通った鼻筋。何より、波を打って肩に流れている豊かな金髪が目を引いた。瞳も薄い茶色で、どこにあの父様の血が入ってるんだと思うほどに美しかった。


「きれい……」


 思わずつぶやくと、ヴァーチェは途端にじろりとあたしの方をにらんだ。

 えっ……そのまま微笑んだら天使みたいに愛らしくてかわいらしいと思うのに、どうしてこんな、眉間にしわを寄せて憎たらしい顔をするんだろう。


「わたしの母はとても美しい方ですもの、わたしが美しいのは当然です。なのに……どうしてあなたが妃で、わたしが侍女なんですのっ! 信じられませんわっ」

「うん……ほんとそう思う。あたしより絶対ヴァーチェの方が似合うよ、きっと」


 素直にそう頷くと、どうしてかヴァーチェはいきり立って目を三角にした。

 どうして彼女が王様の目に留まらなかったの? あたしなんかよりよっぽど綺麗じゃないのっ!

 父様の嘘つきっ。恨むわよっ。


「少しは反発しなさいよっ。異母妹いもうとに好き勝手言われて悔しくないんですのっ?」

「自分のことはよく知ってるから。……母様は綺麗な人だったけど、あたしは母様に似なかったんだもん」

「……不愉快ですわっ。わたしのほうが先に生まれていれば、妃になるのはわたしでしたのにっ」


 ごめんあそばせっと言い捨ててヴァーチェは部屋を出て行った。

 ふぅ、とため息をついて、あたしは窓の外に目をやった。東の空には欠け始めた月が上がっている。

 あれが細く細くなくなったら嫁ぐのだ。

 でも、嫁ぐって言われてもあまりピンとこない。

 そもそも、夫婦って何だろう。あたしは生まれてこのかたずっと母様と二人で生きてきたから、父親って存在がいまいちよくわからない。

 今は一緒に住んでるけど、住んでるだけ。あたしの部屋は離れにあるから忙しい父様と一緒に食事をすることもないし。時々庭で顔を合わせて言葉を交わすぐらい

 だから、王に嫁ぐとか、妃になるとか、正直ピンとこない。

 恋とか愛とかも、やっぱりよくわからない。

 リーリャ村にいた時はみんな優しくしてくれたし、年の近い男の子たちとも仲良く遊んだりしたけど、そこどまりだ。子供のころから生活のために働いていたから、そんな余裕なかったし、あたしにそんなことをいう人もいなかった。

 ヴァーチェは王様のこと、好きなのかな。だとしたら……応援してあげた方がいいんだろうか。

 父様にヴァーチェを妃にって言ってみようか。彼女の方が美人だし、王様もその方がうれしいんじゃないだろうか。


「うん、そうしよう」


 侍女はやったことないけど、きっと何とかなる。今までだってやったことない仕事はいろいろやってきたし、要は慣れだからきっと大丈夫。

 あたしは決意も新たに上りかけた月に誓った。


 ……のに。


「ミルフェ……父様が悪かった」


 泣かれてしまった。

 幸いなのは、中庭の四阿だったこと。人の目があるところだったらきっといろいろ面倒なことになってたに違いない。

 こっちのほうが泣きたいくらいなのにっ。


「じゃあ」


 でも父様は首を縦に振ってくれなかった。


「ヴァーチェの絵姿も持って行ったんだよ? でも、陛下は君を選んだんだ。自信を持ちなさい。君は綺麗だよ」

「でも……」

「それに、君には幸せになってもらいたいんだ。この十六年、何もしてやれなかった。……誕生日祝いすらできなかったんだ。その埋め合わせだと思ってほしい」


 そりゃあさ、生まれてこの方二人きりで苦労もたっぷりしたよ。母様が病に倒れてからは、あたしが働かないと食べていけなかったし。

 でも、話を聞く限りじゃ父様は悪くない。母様が勝手に行方をくらましたわけだし……。


「それは、父様のせいじゃないし……」

「もし不満なら、もっといい生活のできる嫁ぎ先を探そう。隣国の王太子とかはどうだい? ちょっと言葉の問題はあるけど、性格もよくて美青年だと聞く。それか、海の向こうの第二王子とか」

「……ごめんなさい」

「ミルフェ?」


 あたしは頭を下げた。

 父様は、本当にあたしの幸せを考えてくれてるんだ。何が幸せなのか、あたし自身にもわからないのに。


「……怖いの」

「そうだな。……父さんが悪かった。もっとミルフェが安心できるようにするから」


 そう涙ながらに語る父さんに、あたしは小さくうなずき返した。

 それから、父様はあたしを甘やかすようになった。

 毎日時間を作っては、あたしに会いに来るようになったし、なにくれとなく差し入れをくれた。

 甘えていいんだよ、と言われても、甘える方法が分からなくて、何度も父様に困った顔をさせてしまったけど。

 せめて嫁ぐ日まで、できるだけ甘えてみようと思った。

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