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20.婚姻の儀式って……嘘でしょっ!

「……間違えるわけないだろ、ミルフェ」


 ここにいるはずのない人の声が聞えた。

 嘘。……どうして。

 夜の王はルークじゃないの?

 目を見開いている間に、ヴェールがすっかり取り払われた。横たわったままのあたしは目の前に覆いかぶさる顔を見つめた。

 ざんばらだった髪の毛は綺麗に編まれて垂れ下がり、覆いかぶさっているせいでいつも目を隠していた前髪が前に流れて黒曜石のような目が見える。


「嘘……」

「嘘じゃない」


 カルイは体を起こすとあたしの拘束を解いた。手を引っ張られて体を起こすと、思った通り広いベッドの上にいることが分かる。

 ふかふかベッドの縁に座り直して足を下ろすと、カルイは目の前に片膝をついて、嬉しそうにあたしの目を見あげてくる。

 何か言わなくちゃと頭を働かせようとしたものの、驚きすぎて言葉が出てこない。


「カルイ……が、夜の王?」


 どういうこと……? ヴァーチェは? ルークが夜の王じゃなかったの?


「あー……諸々はあとでゆっくり説明するから。……最後まで儀式を続けよう」


 そう言うとカルイはおもむろに手を延ばしてあたしの髪を一房手に取った。そして、熱をはらんだ目をあたしに向けながら、指をからませた髪の毛に唇を落とす。

 前にもされた……求婚の仕草。


「ミルフェ、我が妃よ。余は生ある限りそなたとともにあることを望む。……カルイ・シンハ・ラーナ・アシャーパの名において、終生そなたのみを愛すると誓う」

「え……」


 これは……夜の王の寸劇の続き、なのよね? 夜の王が侍女と結ばれるまでが寸劇なの?

 だとしたら、目の前にいるのは夜の王で、あたしはさらわれた侍女で。

 答えるべき言葉は決まっている。

 それに……こんな素敵なプロポーズをされるなんて思ってもいなかった。

 あたしは妃だ。王に嫁ぐ妃で、カルイに嫁げるはずないことは分かってる。でも……嘘でもいい。ただのお芝居でもいい。カルイの熱烈な求愛を、仮初にでも受け止めたい。こんなこと、もう二度とないかもしれないんだもの。

 あたしも熱くカルイを見つめ、微笑みを浮かべた。


「夜の王よ、わたしもミルフェ・スーリャ・パルファーシの名において、終生変わらぬ愛をささげましょう」


 そう告げた途端、カルイの目が嬉しそうに細められた。それからにやりと笑って小さくつぶやいた。


「……言質は取ったからな」

「……え?」


 カルイは手を引いてあたしを立たせた。

 その時になって、部屋の中にヴェールをかぶった人が何人もいることに気が付いた。部屋には掃き出し窓があって、天窓からは月が見えている。


「儀式は成った! カルイ・シンハ・ラーナ・アシャーパはミルフェ・スーリャ・パルファーシを終生の妻とし、正妃とする!」


 いつものカルイとはまるで違う張りのある声。よく見れば、服装も全然違う。真っ白なシャツとズボンの上から、紺と金の飾り布を下げている。


「え……」


 高貴を示す金の飾り布は王と王妃にしか許されない。王妃は深紅に金。そして紺と金の飾り布が許されているのは――王のみ。


「えええっ!」


 けたたましく鐘が鳴り響き、周りのヴェール姿の人々から寿ぎの言葉が発せられる中、あたしの叫び声はかき消される。あたしの手を握ったままのカルイは、にやにや笑いながらあたしを見下ろした。


「う、嘘っ、だって、お芝居じゃ……」


 カルイがあたしの腰に腕を回し、ぐいと抱き寄せられる。カルイの顔がすぐ横に来て、耳に唇を寄せられた。


「言質は取ったって言っただろう? これだけの立会人がいる正式な儀式だ。覆せると思うなよ? ミルフェ」


 耳にかかる吐息と甘い囁きにぞくりと身を震わせると、カルイはくすりと笑って頬にキスを落とした。


「じ、じゃあ……」

「ヴァーチェは無事だ。種明かしは部屋に戻ってからな」

「……全部ちゃんと話してよ」


 恨めし気に上目遣いで睨むと、カルイはにやりと笑ってからうなずいた。


「もちろんだ、愛しの我が妃」

「いっ……」


 こんな甘ったるいセリフをなんでこんな……何でもないって顔で吐けるのよっ。こっちが恥ずかしくるってのにっ。

 鐘が鳴り終わるまでカルイはあたしの腰を離さず、あたしは真っ赤な顔をしてうつむいたままだった。

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