11.下働き扱いされました!
午前中の仕事を終えて離宮に行くと、離宮の担当という侍女さんが待っていた。昨日のことを平謝りして、掃除に必要なものの場所を教えてもらった。
やっぱり最初に案内されたのは井戸だった。こっちでも水汲みから始まるわけね……。庭みたいに遠くないからまだましだけど。
ミルフェ様の部屋、として案内されたのは、入口から三番目の部屋だった。
奥の方へは広い通路がずっと続いていて、途中で曲がっている。先の方は見通せないけど、きっと奥の方に位の高い妃の部屋があるんだろうな。入口の近くは部屋も入り口も小さくて、奥に従って大きくなっているように見えた。
妃付きの侍女は、妃を伴っていない状態では、侍女は奥へ入ってはいけないのだそうだ。……まあ、いまのあたしは離宮の侍女の飾り布をかけているから、部屋や通路の整備も仕事に入ってるのだそうだけど。
あちこちに飾られている花も、離宮の侍女の仕事。見える範囲では床もピカピカだ。毎日手を入れているんだろうな。
そして、ミルフェ様の部屋は……めちゃめちゃ広かったよ。宰相家の離れにいた時に使わせてもらっていた部屋より広い。それに、家具が入ってないからがらんとしてる。天井も高くて、上の方なんかどうやって掃除するんだろう。
それにしても広い。……床しか掃除してないのに一日が終わった。朝からやったら早いんだろうけど、昼から日が落ちるまでだとやれることは少ないのよね。床の掃除が終わったのは三日目。壁やなんかを含めて、掃除が終わった、とデリラに報告したのは四日目だった。
「お疲れ様。午後だけでよく終わらせたわね。もう少しかかるかと思ったけど」
「いえ……」
「それに仕上げも丁寧だし。……下働きなら満点なんだけどねえ……」
うん、それが実情だよね。実際、ただの村育ちだもん、下働きの方が働けそうな気がする。体を動かすのは嫌いじゃないし、掃除や洗濯、食事の準備なんかも幼いころからずっとやってたから苦痛じゃないし。
「それで、カーテンや天蓋の飾り布は選んだ?」
「えっ?」
上機嫌で振り返ったデリラの言葉に驚いていると、途端にデリラの表情が変わる。
「えっ、選んでないの? ここの担当から聞いてないの?」
「掃除用具と井戸の場所は教えてもらいましたけど……」
「はぁ? もしかして本気であなたのこと、下働きと勘違いしたの?」
デリラはあたしの飾り布を見る。離宮に来る朝に届いた飾り布は薄い黄色で、制服でもある侍女の薄黄色のサリーに溶け込んでしまっている。
「あの子にはきつく言っておくわ。……やっぱりあなた、前の飾り布をつけておきなさい」
「えっと……」
「普通、妃付き侍女って立ってるだけで威圧感感じるような気位の高い娘がつくのよ。肩の飾り布なんか確認しなくてもそうと分かるような娘がね。そうしないとほかの妃の侍女と競り負けるから。……あなたにはその欠片も感じなかったのね」
ええっ、そんな不文律知らないっ。だから侍女にヴァーチェをつけたの? あの子ならきっと、立ってるだけで存在感がある。あたしにはないものの一つ。
「妃よりも存在感がある方がいいんですか?」
「当たり前よ。何につけても競争するときには侍女が手配するでしょ? 花見月見の宴会の席次なんかもそう。妃が自分で話をつけに行くわけじゃないから、自然と侍女の力関係が反映されるのよ。……もちろん、正妃様や寵姫様は別格だし、妃の数が少なければ婚家の位で順序が決まるのだろうけど」
知らなかった……。そんなルールなら、あたしなんか全然役に立たないわ。ヴァーチェの方がよっぽど強い。
「少なくとも飾り布で妃の侍女だとわかれば尊重はされるから。担当に言っておくから案内してもらって選びなさい。……と言っても準備が要りそうね。カーテンや飾り布が決まったら知らせて。宰相様から預かった家具はもう離宮の倉庫に運んであるけど、配置を考える前に見ておきたい?」
「はい、お願いします」
「じゃあ案内するわ。担当には明日案内させるから」
「わかりました」
家具を見せてもらったらその足でヴァーチェのところに行こう。どんな色や柄が好きなのか聞いておきたいし。
◇◇◇◇
家具を見て回ってデリラと別れたあたしは、久々に南の塔に来ていた。
今日は庭を突っ切っていないので、靴の裏は綺麗だ。王宮の侍女にチェックまでされちゃったものね……。先日はほんとご迷惑をおかけしました。
部屋に入ると、新しく妃付きの侍女として割り当てられた女性が入り口近くの椅子に座っていた。あたしと入れ替わるように出て行ってしまったけど、よかったの?
まあ、二人きりにしてくれないと困る場合もあるから、ありがたかったけど。
「あら、来たの。忘れられてたのかと思ってたわ」
ヴァーチェはつんと澄ました顔であたしを見る。
「ごめんね、ずっと姫様の部屋の準備をしてて」
「あなたがしてるの?」
「うん、それでね、姫様の好きな色や柄を教えてもらいに来たんだけど」
「ああ、部屋の基調色を決めるのね。……そうね……深い緑は好きだけど、部屋全体に使うと暗すぎるし。部屋は明るめ?」
「そうね、上の方に明り取りの窓とランプがあるから、昼も夜も部屋全体が明るい感じ」
「それなら、明るい色調がいいわ。明るい緑を基調にして、深い緑はポイント的に使って」
頭の中で部屋の中にさっき見てきた家具を置いてみた。壁の色は変えられないから軽い布を張ったりするんだけど、それなら家具の基調色であるこげ茶色もそれほど浮かずに済む。まるで森のような色合いになると思うけど。
「すごいね、姫様。……それとも、それも教育の一部?」
「コーディネイトの講義は受けたけど、でも結局はセンスの問題だし」
「そっか。……でも助かったあ。……こういうの全然わからなくて、どうしようかと思ってたのよね」
頭をかきながら眉尻を下げると、ヴァーチェはあきれたようにため息をついた。
「……お父様のところにいた時のあなたの服が微妙に残念な色合いだったのは、そういうことだったわけね。どうして侍女に頼らなかったの?」
「え……服を選ぶのも侍女にしてもらうの?」
「当たり前じゃない。……センスのいい侍女がいるだけでまるで別人に見えるんだもの、自分で選ぶよりよっぽどいいわ」
「そっか……」
「まあ……あなたに人を使うのは無理そうだから、よかったんじゃないかしら。今の立場で」
「……そうね」
ヴァーチェの言葉はとげとげしい。でも言ってる内容は事実だ。離宮ではあたしは無力だし、父様に連絡して他の侍女を連れてきてもらう方がいいのかも。
「じゃあ、お願いね」
「うん。……姫様、退屈してない?」
そう尋ねたとたん、ヴァーチェは顔をしかめた。
「退屈してないわけないでしょ。……代わりに来た侍女はちっとも使えないし。あなたの方がよっぽどましよ」
「そう。……離宮の仕事を早めに切り上げてくるようにするね」
「……好きになさい」
ヴァーチェはつんと顔をそらして言う。拗ねたような態度がなんだかかわいく思えてしまった。
まだ十五歳、成人も迎えてないのにあたしより大人びた顔をするヴァーチェが、時々見せるかわいい一面に、やっぱり顔がにやけてしまうのだった。




