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10.勝手に使ってごめんなさい!

 庭の一角は薬草園みたいになっていて、様々な薬草が青々と茂っていた。

 あたしが知っているのは、母様に使ってた貼り薬とか痛み止め、子供たちに渡す傷薬ぐらいだけど、今回は貼り薬がよさそう。

 目当ての薬草を見つけて一枚だけ摘み取る。

 水をまき終えて井戸の傍に桶を戻すと、もう一回だけ水をくみ上げる。摘んできた薬草を洗い、それから洗いたての手拭いを濡らしてから挟み、もみ込む。


「終わったか? ……何やってる?」

「これ? ちょっと待ってね」


 じわりと染み出てきた緑色を確認して、庭師の右手をそっとすくい上げる。やっぱり痛いみたいで、ほんの少しだけ顔をしかめた。


「ちょっとだけ我慢して」

「……ああ」


 手拭いを開いて、右手をくるりと包み込む。前と違ってこれ一枚だけでは結べないからともう一枚取り出して、上から手拭いが外れないように止める。


「痛くない?」

「ああ。これ、何?」

「貼り薬に使う薬草見つけたから……あんた、結局薬師にかかってないんでしょ?」

「そりゃ、見られたら怪我したのバレるしな」

「だから。……一応薬師に教えてもらったやり方だから、大丈夫だと思うんだけど」


 庭師はじっと右手を見て、それからあたしの方を見た。


「……意外。こんなこともできるんだな」

「母様のために覚えただけだから、何でもできるわけじゃないんだけど」

「でも、二度と勝手にやるな」


 その声がとても冷たくて、あたしは褒められたと勘違いした照れ笑いを凍り付かせた。


「最初に言っておかなかった俺が悪い。……この庭の中のものを勝手に取るな。ここには王や妃に捧げられた貴重な植物も多い。枯らしたら首っていったろ?」


 あたしはうつむいて小さくうなずく。


「勝手に使うのも首だ。……俺のためにありがとな。でも、勝手に取るのは絶対だめだ。俺に一言聞いてからにしてくれ。でないと……お前を処分しなきゃならなくなる」

「……う、ん。ごめんなさい」


 自分がどれだけうぬぼれてたのか、思い知らされた。ちょっと薬の知識があるからって、勝手に使っていいわけがない。……そうだ、ここは村の畑じゃない、黒獅子王と妃に捧げられた庭園なんだ。

 あたしは庭師でも何でもない。ただ……けがをさせた庭師の代わりに手伝ってるだけ。

 何を勘違いしてたんだろう……。


「ごめんなさい。……帰るね」


 これ以上、顔を合わせていられない。くるりと踵を返すと、あたしは走り出した。


「おい、飯は」


 後ろから聞こえて来たけど、そのまま振り切って自分の部屋まで走って戻った。


 ◇◇◇◇


 今日ほど相部屋でないことに感謝した日はなかった。

 あのあとベッドにもぐりこんだあたしはボロボロに泣いて、気が付けば眠り込んでしまっていた。

 夜になってデリラの襲撃に遭ったけど、真っ赤に泣きはらしたあたしの顔を見た侍女頭は、怒鳴っていた口を閉じた。

 本当は午後から離宮の担当者と顔合わせだったのに、あたしが来ない、と担当から連絡があって初めて、あたしが無断欠勤してることを知ったらしい。


「何があったか知らないけど、休むなら一言連絡なさい。他人に迷惑が掛かるから」

「……申し訳ありません」

「熱は? 体の調子が悪くないのなら、少しでも食べておきなさい」


 デリラはそう言ってかごに入った夜食を置いていった。

 食欲はなかったけど、なんとか口に入れる。美味しい昼ご飯にありつけなかったのを思い出して、二人の顔がちらついて胸が詰まる。

 昼過ぎからさっきまでぐっすり眠っていたせいで、横になっても眠気は来ない。

 わかってる。

 日が変わって二つの鐘が鳴れば起きて食事して、庭に行かなきゃならない。

 あたしが間違えたんだもの、怒られるのは当然。気まずい思いをしても、明日になれば顔を合わせるのに。


「逃げちゃった……」


 処分、って言ってた。もしかしたら……首が飛んでいたかもしれないんだ。物理的に。

 だから……庭師は怒った。怒ってくれた。

 庭師の許可があれば問題ないって言ってたけど……それって庭師が責任を負うってことだよね。

 あたしの不始末を彼が背負うの……?

 だめ。そんなのは嫌だ。

 明日、ちゃんと謝ろう。もう、余計なことはしない。


 ◇◇◇◇


 結局眠れなくて、徹夜のまま起き上がった。昨日と同じくさっさとご飯をたべて庭に出る。昨日と同じぐらい暗い空を見上げながら井戸の方へ向かうと、昨日と同じようにがさりと茂みが揺れた。

 昨日と同じなら庭師だろう。でも、こっちから声をかけるわけにはいかない。……二人には会ったことがないことになってるんだもの。

 それでもざわざわと音がするのは不気味で、背を丸めて小走りになると音も追いかけてくる。

 そう言えば、王宮内にはどれぐらいの人がいるんだろう。あたしが見たところ、女の人ばかりを見かける気がするんだけど。男の人は庭師とお兄さんだけで。

 あたしを追いかけてくるのがあの二人じゃないとしたら……。そう思うと恐怖で胸が苦しくなって、息をするのも辛くなってきた。手先がしびれる。視界もにじんできた。足がもつれて前に倒れ込んだ。


「きゃっ……」


 思わず声に出すと、途端に茂みが割れた。


「ヴァーチェっ!」


 ぐいと手を引かれて後ろにつんのめる。バランスを崩して倒れ込んだあたしを、誰かが抱き起してくれた。

 荒い息の下で顔を上げると、庭師が眉間に深いしわを刻んだまま、あたしを見下ろしていた。


「すまん、怖がらせた」

「カ……ルイ」


 空が少しずつ白んでくる。じわりと染み出した涙で庭師の姿がにじむ。涙を拭おうと手を動かしたけど、二の腕をがっちり抑えられてて身動きが取れない。


「ようやく呼んでくれたな」


 手が伸びてきて、目じりにたまった涙が拭われる。鮮明になった目の前の顔は、とてもうれしそうに微笑んでいた。


「お、こして」

「うん」


 カルイは手を引いて起こしてくれると、裾や背中についた土を払ってくれた。そのまま伸びてきた手が頭を撫でる。


「脅かすつもりはなかったんだ。……ただ、昨日……お前泣いてただろ。だから、気になって……」


 気が付かれてた……? 庭を離れるまでは我慢できたと思ってたのに。頭から手が下がって来て、目じりに残っていた涙を拭っていく。


「今日来なかったらどうしようかって……」


 カルイの言葉にあたしは首を横に振った。そんなこと、あるはずないのに。


「……約束、だから」

「うん。……怒ってごめん」


 あたしはまた首を横に振った。


「カルイは悪くない。……あたしが馬鹿だったんから。怒ってくれて、ありがとう」

「俺の方こそ、ありがとう。……薬草摘んでいいから、また作ってくれるか?」

「いいの……?」

「俺が許可出せば問題ないから」


 右手を差し出されて、あたしはそっと手拭いを解いた。一晩経った右手はずいぶん腫れがひいていた。貼り薬はよく効いたらしい。


「動かせる?」

「……ちょっとまだペンを握るのは無理だな。重いものを持つのも」

「あとで摘んでくる。……ほんとごめんね」


 もとはと言えば、あたしが前方不注意で踏みつけたのが悪いんだもの。


「もう謝るな。……まだ時間あるな。四阿にレモン水用意してあるから、休憩していけ」

「あ、うん」


 空はまだ暗い。日が昇ってからでないと井戸は動かせない。

 カルイに手を引かれたまま、あたしは四阿への道をたどった。

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