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9.今日はちゃんと起きられました!

 翌日はきっちり目が覚めた。他の侍女たちが起きてくる前で、食堂に行って簡単な食事を摂る。朝はみんな時間がないからか、一人分がかごに詰めて置いてあった。紅茶を入れて食べているとぱらぱらと侍女の制服を着た女性たちが集まってくる。

 仕事の開始は決まっているから、それまでに食べればいいらしい。見知った顔もなくて、ちょっとほっとする。まあ、昨日塔のところにいた侍女がいればお詫びしておこうと思ったんだけど。

 とにかく四阿に行く前に一度あの井戸のところに行くつもりだったから、かごの中身を早々におなかに詰め込んで食堂を出る。

 回廊に出ると、まだ空は暗かった。それでも少し藍色が薄くなっているような気がする。

 庭に降りようとしたけれど、まだ日ののぼらない庭は暗くて、建物の方角もわかりづらい。もう少し明るくなってからと思っていたら、庭の方で何かが動いた。

 誰かいる? それとも何かがいる……?

 城の中に動物がいるとは聞いてない。これが家の傍なら鼠や猫って思えるんだけど。ということは誰かが潜んでる? こんなところに誰が……?

 がさがさ揺れる方角を見ていたら。


「ヴァーチェ」


 ふわりと風が吹いて、その風に乗って聞こえた。……今のは、庭師の声? 慌てて庭に降りたけど、気配のあるあたりに近寄るのは怖い。それに……あたしが庭師とお兄さんに会ったこと、知られちゃいけないんじゃなかったの?

 どうするのがいいのか考えながらじっとしているうちに空が白んできた。

 明るくなれば井戸までなら迷わずに行ける。気配のする方にちらちらと視線をやりながらも、あたしは井戸まで走った。


「おはよ」

「ひゃあっ!」


 井戸の周辺には誰もいなかった。一番乗りだったらしい、と息を整えていたらすぐ近く声が聞こえて飛び上がる。


「大声出すなよ、まだ夜も明けてないんだぞ」

「だって、驚かすからっ……」


 窘められてあたしは声を潜める。とはいえ、庭は本当に広くて、ここで声を上げたところで人のいそうな侍女の棟まで届きそうにないけれど。


「悪い、ちゃんと来るか心配になってな。で、今日はきっちり飯食ってきたか?」

「当然よっ、早く起きたもの。それより、侍女頭に仕事の変更を言われたんだけど……」


 振り向くと、昨日と同じ格好で庭師は立っていた。あえて違うとしたら、麦わら帽子をかぶってないところぐらい。


「へえ?」

「妃付きの侍女、外されちゃった……」

「え? そうなのか?」


 庭師も驚いてるみたいで、あたしは小さくうなずいた。


「再教育って言われちゃった。午前中はあの朱塗りの四阿で侍女教育を受けることになっちゃって。……だから、それまでしかお手伝いできなくなっちゃって……ごめんっ」


 頭を下げると、肩にかけているローズピンクの飾り布が見えた。これも、本当は返却しなきゃいけない。明日には離宮の侍女の飾り布が届くらしい。

 ヴァーチェだったら、うまく切り抜けてたんだろうな、と思うとちょっと自分が情けない。

 とにかく、水まきしなきゃ、と顔を上げると。


「ああ、それ嘘」


 と庭師はへらりと笑って手を振っていた。


「……え?」

「俺の手伝いをしやすいように兄貴が手配してくれたんだ。……まさか、妃付きの侍女から外されるとは思ってなかったんだけど。……ごめん」

「あ、え、と……」


 そういえばそんなことを言っていた。これのことだったの……? じゃあ、侍女教育って……?

 でも、デリラの言ったことも事実だし……ちゃんと侍女教育、受けた方がいいのかな……。


「だから、俺の手伝いが最優先な。昼からは別の仕事が入ってるんだろ?」

「あ、うん。離宮の……ミルフェ様のお部屋の準備」

「え……」


 庭師は目を丸くしてあたしを見つめていた。えっと、何かまずいこと言った? あたし。


「どんなことするんだ?」

「えっと、掃除して、家具を入れ替えて、あとはミルフェ様の気に入るように整えるって聞いたよ?」


 そう答えると、庭師はふいと目をそらしてため息をついた。……なんだろ?


「そっか。……離宮は他の妃もいるから、勝手にほかの人の部屋に入るなよ? 無断で入ったりしたら打ち首になっても仕方がないからな?」

「うち……くび」

「ああ。……一族郎党まで類が及ぶから、気をつけろ。王宮ここはそんなところだから」


 一族郎党……父様や、ヴァーチェにも? ぞくりと身が震えて、おもわず自分の身をかき抱く。それほどに、庭師の言い方が冷たくて……怖かった。

 鐘が鳴る。三つめが聞こえたところで、太陽の光が降り注いだ。おしゃべりしている間にすっかり空は明るくなっている。


「じゃ、水やり開始。昨日も言った通り、最初は一番南からな」


 そう言った庭師の声はいつもの調子を取り戻していた。井戸を指さす庭師の右手がやっぱり赤く腫れていて――しかも今日は手拭いで隠してなくて、痛々しいことこの上ない。


「うん」


 手を動かしながら、ちらりと庭師の方を見る。やっぱり薬師にかかってないんだ。普通なら貼り薬ぐらいくれるよね?

 母様の看護をしばらくやってたから、薬草には少しだけ詳しい。確か薬草園もあったはずだから、そこで探してみようかな。


「昼には兄貴が飯持ってくるから」

「がんばりますっ!」


 思わず返事に力がこもってしまって、庭師がけらけら笑う。

 だって、朝ご飯のお弁当に比べたら、間違いなくおいしいんだもの。おいしいものにつられても仕方ないじゃないっ。


「食い意地の張った……褐色の姫、か」


 井戸からくみ上げた水を桶に移し替えてる後ろで庭師が何やらつぶやいてたなんて、つゆ知らず。

 昼になるまで水やりと薬草探しに奔走した。

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