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第2話 一時の平穏

勢ヶ(せがたに) 創士(そうじ)はいつもと違う空気と状況に、胸が圧迫される様な精神的疲労を感じ顔を伏せて歩いていた。その少し先を歩く、先ほど彼が「龍華(りゅうか)」と名付けた少女はそんな事は露知れず興味津々に周りを見渡している。龍華はこちらを振り返ると、こちらの様子から気持ちを察しようなどと考えにもないようで明るく話しかけてきた。

「いやぁー、今日はなかなか面白かったぞ。お前もなんだかんだ言って協力をしてくれたしな。そうだ、私達の情報でもくれてやろう。」

少し間が空く。返答を待っているのだろうか。いまは、到底頭に入ってくる気分ではない。創士は首を横に振り今はやめてくれ、と意思表示をした。しかし、その小さな抵抗を龍華は全く見ていなかったのか、はたまた見ていて無視したのかは知らないがそのまま続けて話した。

「私達の存在は君達の想像で出来ている。君があると思えばそこにあるのだ。そんな不確定で不安定な存在だ。だがな、君達が私達を想像しこの世に止めてくれるのならば私達は強大な力を得ることができる。そう言うものなのだ。」

龍華は自分の存在を確かめる様に自分の頬を両手ではたいた。思ったよりも強くはたいてしまったらしく声を漏らす。

「まぁ、そんな私達の活動理念だがそれは"完璧な体を得る"、という事だ。その為にこの世界に確かに在る無機物を依代に、それに想いのある人の想像力で存在を得る。アラクネの場合、思うに依代は万年筆かな。そして、ある程度存在を確立できれば後は感情という不安定な要素を持つ依代の所有者は邪魔な存在になる。だから、喰らうのだ。」

また、公園でのあの光景が思い返される。自分が存在する為に邪魔なものを排除してしまう。そんなの最低だ、動揺し乏しくなった語彙から精一杯の暴言をつぶやく。

それが聞こえていたのか龍華は焦った口ぶりになり、弁解するかの様に言う。

「ま、まぁ、あんな事は私はしないがな。あんなのはこの世を楽しめない野蛮なものがやる愚行だ。」

そして咳払いをして話を続ける。

「とにかく、そうして私は携帯を依代にこの世に顕現した。」

龍華の焦った姿を見て人間味を感じ少し落ち着いた創士は考えた。

携帯を?携帯になんか思入れは強くないと思うのだが。どうしてだ?

「どうしてだ?と考えているだろう。だが、そう悩む事でもない。私がこんなもの初めて見たからだ。」

そう言って目を輝かせて創士の左手に握られた携帯を見つめる。

「………それだけ?」

もう、こいつとはあまり口を聞きたくないと思っていたが、思わず声を出す。それじゃあ、さっきの話と違うんじゃないか?

「おほぉ〜!このよくわからない直方体の物体、これがお前の記憶を漁ってて一番面白そうなものだった。こんな物は見た事がない。物珍しいぞ、こんな物は見た事も無い。」

携帯を見ながらニヤニヤと変な笑顔を見せている。

「でも、そんなに強い思入れがあるものじゃないぞ。」

創士は反論を述べる。だが、それを華麗に受け流す様に答える、

「私が興味を惹かれたものを依代にしただけ、気にしないでくれ。それより、本題だ。」

家まであと少しというところで急にそう言われ、徐々に緩みかけていた心をぎゅっと引き締め直す。

「私はあの、アラクネの様な連中が気に入らない。この世は、私達の"想像主"を使って楽しめる事がもっとあるはず、私はそう考えている。そこで提案だ。お前もあの様なものは見たくないだろう。あの様な連中は人を殺し、人を喰らう事を楽しんで行う。そうゆう奴らを駆逐したいとは思わないか?」

どうやらこれは私と一緒に戦わないか?という流れに持ち込まれるらしいという事は、考えずともわかった。創士の決意は既に決まっていた。あの様な光景は見たくない。ああやって、誰かが死ぬのだけは…。例えそれが自分がこんな気分になりたくないというエゴでも偽善であったとしてもやってやる。

「ああ、やるよ、俺。」

短く声に出したが、その声は深い厚みと荒々しさを秘めていた。龍華は微笑む。

「いい意気込みだ。では、家に入ろうか。」

龍華が当然のことの様に家に入っていく。ちょっと待て、家にはもう母親も帰っているだろうし一体どうするつもりなのだ。慌てて止めに入ろうと急いで家に入る。が、遅かった。玄関入ってすぐにあるリビングの戸から母は顔を覗かせていた。

「あらぁ〜、どうも。創士のお友達?も、もしかして彼女!?」

のんきに話しかける。そいつは仮にも化け物だぞ。いや、母親がそんな事を知る由もないのだが。とにかく説明に入ろうと龍華の前に出る。

「い、いやぁ〜、こいつは友達だよ。"唯の"友達。」

「待て、創士。そんな事をしなくても。」

俺が母親に虚偽の説明をしようとしている横をすり抜けて龍華は母親の頭に手を乗せる。

「えっ。」

龍華の手がほんのりと白く光る。

「ある程度、あなたの想像を捻じ曲げさせてもらう。」

そう言って龍華は手を離した。

「おい何してるんだよ!」

俺は少しぼーっとしている母親に駆け寄る。

「大丈夫?母さん?しっかりして?」

「大丈夫よ?何言ってるの創士はもう。そういえば今日からだったのね。お父さんの再従姉妹(またいとこ)の娘さんの龍華ちゃんだっけ?今日からうちで暮らすっていうのにまだ何にもしてなかったわ。ごめんなさいね。」

驚きを隠せず創士は後ずさりする。

ま、まさか記憶を改変したというのか…。とんでもない能力なんじゃないか?

今更ではあるが、やっと創士は隣の少女に対して明らかな危険意識を抱いた。その少女は微笑んで言う。

「いえいえ、おかまいなく。本日から色々と御迷惑をおかけ致しますが、何卒よろしくお願い致します。」

こんな丁寧な言葉でも喋れたのか。意外な龍華の一面を見た。

そう言うと龍華は自分の家の様に二階に上がっていった。これじゃ丁寧なのか無礼なのかわからないなと思いながら。母親に今日は疲れたからもう寝ると言い残し自分も二階に上がる。ん?ちょっと待て。あいつはどこの部屋に…まさか。

自分の部屋のドアノブに手をかける。

そのまさかだった。確かに寝れるような部屋がないからしょうがないとはいえこうなるとは…。

「携帯を貸してくれないか?依代から離れれば離れる程私達の存在は無くなっていくからな。それに、夜のうちにやっておきたいことがある。」

「やりたい事?危険な事じゃ無いだろうな。」

「大丈夫だ。明日を楽しみに今日は寝ろ。色々と疲れただろう。」

やはりなんとも拒否できない。これも彼女の精神操作の力なのか。携帯を手渡し、創士は風呂へ向かおうとした。着替えを取り出すとき、下着を見られまいと隠しながら箪笥を開け閉めしていたが。背中に肌寒さを感じ振り向くと窓が開いていて、龍華の姿はすでになかった。窓から下を見下ろしたが誰もいない。創士はやっと一息つけると思い、足早に風呂場へと向かった。

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