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第一話 変革

朝がきた、いつもの朝だ。今日の朝は憂鬱だ。将来を早く決めないといけないという現実に再び向き合ったからだ。机の上に置いてある紙を手に取る。

「志望校調査用紙ねぇ…。今日提出かぁ、何も書いてないや。どうしよう。」

一旦その白紙を鞄にしまい、朝食を食べて家を出る。いつもと同じだ。

「よっ!創士(そうじ)!おはよう!」

「元気そうな顔してるなぁ、岡崎(おかざき) (たかし)君よぉ。」

こいつ、いつもこんな顔してやがる。

「おいおい、なんだよ浮かない顔して。タカって呼べって言ってるだろ。…さては宿題、やってないんだろ?」

ニヤつきながら肩を組んでくる。単純にいって不快だ。家が多少近いからって毎朝話しかけてきて…まぁ、いい奴だから嫌いじゃないが朝からこのテンションは俺にはきつい。明日から登校時間変えようかどうかを真剣に考え始めていたところで質問に答えていない事を思い出す。

「あ、いや、実は宿題はやったんだが志望校調査用紙がねぇ?タカは何書いたんだ?」

「マジか、書いてないのか。俺はもちろん宇尾池(うおいけ)高校の電子工学科が第一志望かな。将来は藍木(あいぎ)重工かそこあたりに就職したいし。やっぱり、大企業に勤めるのがいいかな。」

意外としっかりと考えてやがる、こんなにヘラヘラしてるのに。俺なんてまだ何も考えてないってのに…。そう思い友人との差にがっかりしながら少しうつむいてトボトボと歩道を歩く。日差しがまだ暑い、夏休みが明けてからまだ一週間と少ししか経っていないからまぁ、そんなものか。

「おはよう!勢ヶ(せがたに)くん、岡崎くん!」

「おう、おはよう」

「おはよーす!今日も元気かい駒野(こまの)ぉ〜?」

「う、うん。岡崎君は相変わらずだね。勢ヶ谷君は元気無さそうだけど。」

今日も駒野さんは可愛いなぁ。彼女を見てると少し元気になった気がする。こんなにやかましい男が常に横にいちゃ落ち着いてられないからなぁ。駒野さん、駒野 焔奈(えな)さんは通学時間が大体同じなおかげでいつも会う。幸せだ、岡崎がいる事を除けば…。

こいつめ、俺が駒野さんと会うには岡崎と同じ時間に家を出なきゃならないなんて、なんと迷惑な時間に登校してくれたんだ。

「また、この三人になっちゃったね。」

笑顔で駒野さんが話しかける。

「そうだね。いっつも岡崎と俺と登校して、駒野さんは女友達と行かないの?」

「いや、こないだも言ったでしょ。こっちの方向で歩いて通ってる女子は高二には私一人くらいなのよ。」

校門を抜けながら駒野さんが少し呆れたように言う。

「ああ、そうだったか。」

下駄箱で靴を変え二回の教室へと登って行く。

「こいつ、まだ志望校調査用紙書いてねーんだってよ。駒野は何処って書いたんだ?」

「えー、そうなの?私はねー……んー、ちょっと秘密。まぁ、もう少ししたら教えてあげなくもない。」

そういって駒野さんが教室のドアを開けた瞬間、窓の外に何かが見えた。

「あっ!」

思わず大きな声を上げる。

一瞬だった。一瞬だけだが確かに見えた。キラキラと翡翠(ひすい)色に光り輝く小さなものが校庭脇にある木に当たったのが見えた。まるで隕石のような…。

俺が、驚きの声を上げた後一言も喋らず止まっていたら当然クラスの奴らはこっちを向き何事だよと見てきていた。それは当然、後ろにいる岡崎も…。

「おい!どうしたお前?なんかあったのか?寝ぼけてるんじゃねぇよなぁ?今ここで改めて何か忘れたのに気付いたのか?まぁ、ともかく突然大声出すなよ。びっくりするじゃねぇか。」

あれ?見てなかったのだろうか?気付いてない様子だ。他のみんなも笑ってこちらを見ている。クスクスと馬鹿にした笑だ。

俺が不思議に思いながらも席に着くと隣に座った駒野さんが話しかけてきた。

「どうしたの?何か見た?随分と驚いていた様だったけど…。」

「い、いやぁ、ごめん。なんでもないよ。宿題忘れたのを思い出しただけ。」

ここは取り敢えず嘘をついた。後で一人で確かめに行こうと思ったからだ。

「あらま。そうなの。ただでさえいつも忘れ物とかあるんだから、しっかりしてよね。」

そう言われごめんと返した。今日は、宿題をたまたまやっていたのだがいつもは駒野さんに見して貰ったりするからそのことに対してもあるが、何故かつかない方がいい嘘をついた気がしたからその事への謝罪を込めてだった。




授業は淡々と終わって行ったが放課後にあれを調べに行こうと考えているとあれは何だろうと考察を始めてしまいノートなども中途半端にとってしまった。なぜか無性に気になっていたのだ。

取り敢えず、昼休みに一度見にいこうとしたら岡崎に捕まったので放課後じっくり探そうと思った。

「はい、じゃあ今日提出の志望校調査用紙後ろから集めて。」

終礼で先生が言う。

やばい、書いてなかった。昼休みに書くつもりだったのに…岡崎め。焦って適当な学校名を書こうとしたが、それを見透かす様に先生は告げた。

「今出せない奴は焦って書いてもしょうがないから放課後残ってやってけ。高2に成って自分の将来がまだ漠然としてるなんて大変だぞ。じっくり考えろ。」

あれを見に行きたいが、出さなきゃあとで説教だ。しょうがない、何か色々調べて方向性が同じ様な学校を書いておくか。そう思い、放課後も教室に一人残った。周りの奴らは紙がなかっただけの奴が多く先生に紙をもらうとしっかりと書いてそそくさと帰って行った。岡崎は今日は塾だと言い、駒野さんは部活に行った。一人くらい残ってくれても良かったんじゃないか?クラスで残ってるの俺だけじゃないか…。このままだと誰か実は見てたやつが抜け駆けしてしまうんじゃないか、そう思いふとまた窓の外を覗いた時だった。

朝方何かが落ちたところに人が、いる。

途轍もなく焦った。やばい、抜け駆けされる!と思った時には教室を抜け出し校庭へと向かっていた。やっぱり、俺の他にあれを見つけてた人がいたのだ。少し息を切らし到着すると、そこには見知らぬ少女が立っていた。妖艶な雰囲気を醸し出している。とても美人で結構髪長い。可愛い系の駒野さんとは対照的にこちらは大人の女性という感じだ。だが、うちの制服を着ている、高3生か?そんなことを考えていた時少女が口を開いた。

「そうか、これを見つけたのだな。となるとお前が…」

そういって翡翠色の手のひらよりは少し大きめの妖しく光る結晶体を拾い上げて少女は続けてこう言った。

「君の携帯を貸して欲しい。んー、そうだなこれを調べたいのだ。」

最近の携帯は、藍木研究所、および藍木重工の大きな技術革新のおかげでいろいろなことができる様になった。確かに、それを使えばこれの成分くらいまでなら調べることができる。現に俺もそうしようと思っていた。

「ああ、わかった。ちょっと待ってて。」

つい、そう言ってしまった。この子からは何となくだが断れない空気が漂っていたからだ。だが、あちこちを探してもみつからない。どうやら今日は家においてきてしまったらしい。

「すまない、今日はどうやら持ってない様です。家においてきちゃって。」

俺が申し訳なさそうにそう言うと彼女は驚くべき事を言う。

「そう、じゃあ君の家までついて行く。案内してもらえるか?」

え?えぇ!?駒野さんすら招いたことがなかった、いやそれ以前に女子を家に招き入れたことなんて今まで一度も無かったというのに、この少女はいきなり男の家にまでついてこうなんて、いったい何を考えてるんだ?!そう思いながらも何故か肯定してしまう。

「あ、は、はい。じゃあ、校門を出てすぐの所で少し待っててください。すぐ行きますから。」

そう言って俺は一旦教室に戻った。そして、調査用紙を適当にそれっぽく書いて先生の机に置いて学校を出て。その女子とともに家に帰った。いつもと違う。岡崎や駒野さんと帰るわけでもなく、一人で帰るわけでもない。見知らぬ女子と帰っている。

だいぶ歩いてきたところで勇気を出した

「あ、あの。名前は何ていうんですか?」

少々へりくだって質問する。

「ないわ。」

そうぶっきらぼうに帰ってくる。

ないわ?ナイワ…ナイワ…内輪?変わった名字だな。いや、待てよこれは名前の可能性も…。そもそもあなたのお名前は?と聞いたのだから名字ではなく名前が帰ってくるのが普通なのかもしれない。でも、確かに苗字で呼びたいから苗字を聞くのに自然と皆名前は?と聞いているなんて、どう言う事なんだ?うぉっと、考えが脱線した…。少しの間こんなくだらない事を考えていて隣を歩く少女を見るとこちらを警戒した風に見ている。まぁ、そりゃそうか。少しブツブツ言ってたし…。

「あの、フルネームで教えてください。」

とりあえず、改めて聴き直す。

「名前は無い。まだな。君の考えにも無いからな。」

え?名前が無いって本当か?いや、嘘だろう。この世の皆は姓名を貰って育ってゆく。なのに名前が無いって。だいたい、俺の考えに無いってどうゆうことだ?

そう考えていた時、家の前に着いた。そしてまた待っておく様に告げて携帯を取りに家に入りふたたび外へ出た。

すると急に

「創士!同類の匂いがする。行くぞ。」

今度は何を言い出すのやらだが彼女は俺の手を引いてズンズンと進んでいった。

近くの公園に向かっているらしい。少し奥まった裏路地にあるソコソコの大きさの公園だ。

「あの、俺をどうするつもりなんでしょうか?」

「これから行けばわかる。そこで説明する。」

んー、何も説明してくれ無いなぁ。

「せめて名前だけでも教えてくださいよ。」

そう言いかけた時

「キャァーー!!」

女の悲鳴だ!公園の方から聞こえる。少女が早足になったのに合わせ俺も走る。

公園には女子中学生くらいの子と2メートルほどある背の高い女がいた。

「どうしたんですか?!」

と聞いたものの何があったかすぐにわかった。

彼らの視線の先には上半身と下半身が真ん中から綺麗に分かれた子猫の死体があったのだ。まだ、血がどくどくと流れ出している。

「あ、あの、わ、私はただ木から降りれない猫を…助け…ようと。」

かなりショックなのだろう声がかなり震えてしっかりと聞き取れない。すると隣の女が不気味な笑みを浮かべながら話しかけてきた。

「おやおや、お仲間にこんなにも早く会えるとるとは思ってもいなかったよ。」

「私もだ。アラクネ、そうゆう名前か。」

少女が返す。

「いやぁ〜、この女、めずらしく私の姿に対して博識だったからねぇ、そのまんまの名前をつけてもらったの。おかげで私の力も最高潮。気持ちが良いわぁ〜。ところでまだあなたはその男の物を依り代にしてないのですか?早くなってしまえばいいのに。」

「私はお前らのやり方が気に入らん。結局その少女も喰らってしまうのだろう?そうやって動き辛いからといって取り込んでしまったら面白みが無いだろう。」

「いちいちうるさいなぁ。気に入らない。ええ、そうですよ。喰らってしまいますよ。その方が力が引き出せるんでねぇ。あなたには2度と喋れないようにしてやりますよ。」

そういうとアラクネと呼ばれた女は腕から糸を伸ばしてきた。それは横にいるうつむいて動かない少女を絡め取り、引き寄せてまるで飲み込む様に一瞬で口の中に入れた。

「こいつ、人を食べた!?」

とても気持ちの悪い光景だった。思わずはきそうになる。

「違うぞ、こいつは自分を創造した物を喰らいその想いを吸収することで自分の管理下における様にしたのだ。そうすれば余計な感情など持たない依代が作られるからな。」

何が違うのかがわからなかった。だっていま、口に入れたじゃないか。食べたのとは違うのか?

「あ、あの女の子を助けないと!」

「それはまず無理だな。そんなことをしている暇があるならそれをよこせ。」

そう言って携帯を指差す。

「あ、はい。どうぞ」

とっさになぜか肯定してしまう。彼女に携帯を手渡すその瞬間前から糸が伸びてきたことに気づく。彼女は俺の携帯を奪い取ると何を考えたか俺の携帯を少女は翡翠色の結晶体に押し込んだ。そうすると結晶体はみるみる携帯に吸い込まれ俺の携帯の形状を変えてしまった。

「え?何を!?」

一気に色々起こりすぎて状況が飲み込めない。少女はアラクネが出した糸に巻き取られ、少女は俺に結晶体と融合した携帯を投げた。それを受け取ると

「依代は作った!それに向け思って!想像して!龍を!」

ぐんぐん引き寄せられながらも、急に少女が叫んだ。

「竜?トカゲの体にコウモリの翼の…」

とっさに頭に浮かぶイメージを言うと、

「その竜じゃない!東洋の龍だ!思え!」

東洋の龍…そのイメージが頭に浮かぶと少女に変化があった。

その頭からはツノが生え、腕は鱗で覆われ、その手先からは爪が生えてきた。

少女はアラクネの方に振り返ると糸を切り態勢を立て直す。

「なかなか良いイメージじゃないか?まだ完全ではないが、悪くはないな。創士、この際だ、私の事を呼びにくいだろうし、イメージも定まる。私の名前をつけよ!」

名前をつける?そんな、犬じゃないんだし、RPGとかでもないんだから名前って…。

態勢を立て直した少女をアラクネは糸で牽制しながら翻弄する。どうやら少女の方が押されている様だ。

「早くしないか!」

そう言ってる間にアラクネは巨大な蜘蛛に変貌していた。 少し紫ががった黒色に照ったリアルな蜘蛛だ。たが、よく見るとところどころがまるで万年筆の様な形に見える。じっと見ていたらそいつはこちらにその8本の足を巧みに駆使し音も無くと近づいて来る。

「お前を形作る物を殺せばお前も死ぬ!こんなしょぼい男を選んだことを後悔するんだな!楽なものだ!」

そう告げると一気に俺までの距離を詰めその大きな脚を振り下ろしてきた。

「危ない!避けろ!」

そう言いながら少女も走ってくる。だが間に合いそうにない。

あっという間に俺の目の前に来たアラクネは腰が引けて動けない俺を脚で貫い………てはいなかった。


明らかに間に合いそうになかったがどうゆう訳か少女は自分の左の掌を貫かせ俺を庇った。

「ゔぅ、痛いんだよ!」

そう言うと少女はアラクネを横に蹴りで飛ばす。

「大丈夫だったか、創士?早く名前を得たいのだ。こうゆう事がない為にな。」

穴が空いた掌を見せてくる。血がどくどく流れ出てとても痛々しい。動揺する息を整えると名前を付けることが大事だと何故か理解できた様な気がした。

「わ、わかった。君の名は……龍華、そう龍華だ!」

意外とすんなりと頭に浮かんだ名前を告げる。結構いいんじゃないか?そんな事をかんがえていると、龍華はとても満足げに微笑んで言った。

「良い名前だ。気に入った!」

そして起き上がったアラクネの方に向き直り、叫ぶ。

「私も名をもらったぞ!どうだアラクネ!この龍華、全身全霊でお前に天誅を下す!」

まるでおもちゃを与えられた子供の様だ。名前をもらったことを自慢している。だが、先ほどとは全然違う。彼女に名前を与えた途端に彼女の腕の鱗は白く輝いて行ったのだ。掌の傷は治っている様で確かめる様に何回も握り拳を作っていた。

「これで、やっとまともに闘えるな。」

挑発する様に龍華がアラクネに言う。

「依代と創造者を吸収した私にお前がまともに張りあえると思っているのか!」

まんまと挑発に乗ってしまった様でアラクネは真正面から突っ込んでくる。

糸を飛ばし龍華を絡め取ろうとするがそれを華麗にかわしていく。龍華のほうも交わしながら少しずつ詰め寄って行く。一瞬で1メートルほどの間隔まで寄った時、龍華の脚が光り輝きはじめた。そのまま龍華は天に跳ね、上空からその大蜘蛛に蹴りを入れた。大蜘蛛に当たった脚からは電撃が放たれアラクネは苦しんだ。

「うわぁぁぁ!なんだと!私がこんな奴に負けるなどそんなぁ嘘だぁぁ!」

そう叫びながらアラクネの体はさらに黒みを帯びて灰の様な粉になった。

「一件落着というやつだ、創士よ。家へ帰るぞ。」

いつの間にか彼女の姿は龍の様な姿ではなく普通の人間に戻っていた。

龍華に肩を叩かれアラクネに背を向けたが、アラクネに喰われた女の子のことを思い出す。

「ちょっと待ってよ!あの女の子はどうなったんだ?まさか死んでしまったなんて言うなよ?」

「残念ながら、その通りだ。だいたい、アラクネなんぞを使って木の上にいた猫を助けて欲しいとでも願ったんだろう。そして猫が死んだら私のせいじゃありませんとは身勝手だな。まぁ、アラクネに魅入られたのが運の尽きか。」

龍華の無慈悲な言葉にショックで膝から崩れる。

「そ、そんな…。何か救う手立てはなかったのかよ。」

声が震える。いろいろな感情が溢れ出そうになる。痛みを感じると、拳を爪が食い込むほど握りしめていたことに気づいた。なんだ?おれは怒ってるのか?この無慈悲で意味不明な力を持つこの少女に…。

「あったかもしれない。」

そう彼女が告げた瞬間俺は何も考えず彼女の胸ぐらを掴んでいた。怒ってしまったのだ…。

「じゃあ、なんで!」

「あったかもしれないが。そんな事をしていたらお前も死んでいたかも知れない。お前が死んだら私も消え、誰も何も救えず、アラクネは好き勝手人を殺していっただろう。それでもお前は助けようとしてよかったと言うか?」

冷たい眼差しが俺を刺す。いい加減にしろという感じだ。

「リスクを冒してまで利益のないものを殺そうなどとは考えない。私が第一としているのはお前の命なのだから。」

そう言うと彼女は家の方向に歩き出す。昨日よりも早く日が沈んでいった。冷たい風は僕の頬を撫でて体を震わせた。今回だけじゃ終わらない、そう予感した。もうすぐ秋が来る、夜中はもっと冷えていくだろう………。


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