酒と月と猫と桜と。
春は出会いと別れの季節だと言うけれど、
今日、私にとっては別れの季節となってしまった。
五年も付き合っていた彼にフラれたのだ。
そろそろ結婚も視野に入れていたのに・・・彼は他に好きな人が出来たそうで。
私は帰りにコンビニに寄り、ビールやチューハイ、おつまみを買い込み、マンションの屋上へ駆け込んだ。
屋上は共用の物干し場として使われている為、日中はマンションの住民と遭遇するけども、夜は人気がないのだ。
私はたまに月見しに夜の屋上へと訪れ、お酒を飲むのだ。
いわば穴場スポットなのである。
ま、今日の場合は完全にやけ酒の為で、月は関係ないけど。
いつもの定位置へと腰を下ろして、ビールの入った缶のプルタブを開け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に半分くらい飲んだ。
あー!!今日も美味しい!!
独りの夜、いつも慰めてくれるのはビールなんだよね・・・。
お前だけだよ、いつも優しいのは・・・。
すると急に、思い出したかのように涙がぶわっと溢れ出てきた。
好きな人ってどんな人なんだろう。
私と違うタイプの人かな。
むしろそうであってほしい。
似たようなタイプなら、私で良いじゃない!って思うし。
三十歳手前にも関わらず足が臭いとか、やりたくないことは私に押し付けるとか、嫌いなとこも沢山あるけど、それでも好きなんだって・・・彼の子供が欲しいって、思ったんだよね・・・。
うぅ、ダメだ、涙が止まらない!
酒だ酒だー!!
合間につまみのチーズ!!
鼻水も垂れてきた・・・。
お酒たちと一緒に、ティッシュも買ってきたもんね!
柔らかしっとりティッシュ!!
鼻をかんでいたら、辺りが少し明るくなった。
上を見上げると、雲に隠れていた月が顔を出したようだ。
満月に近い状態だなぁ。
結構明るいや。
暫くじーっと月を眺めていた。
ちょっと落ち着いてきたかな・・・と思うとまた涙がぶわっと溢れ出てきて、そうなるとお酒を煽り、涙を拭いたり鼻をかんでは月を眺め・・・というのを繰り返していたら、いつの間にか私は寝てしまった。
どれくらいの時間が経ったのだろう、
太もも辺りに何かが乗っている感触があるのに気付き、目を覚ました。
その何かとは、黒猫だった。
眼は黄色くて、まるで月のよう。
近所でたまに見掛ける子だな。
ここのマンションの人に飼われてるのかな。
猫はニャーと一鳴き。
まるで、ここで寝たら風邪引くよ、と言われたみたいで苦笑してしまった。
心配してくれてありがとう、と猫の顎を撫でてやると、喉をゴロゴロと鳴らした。
缶を持ち上げたら、買ってきたものは全部飲み干してしまったようで、空っぽだった。
体も冷えたし、家に入るかと片付けをし、立ち上がると風が強く吹いた。
すると、どこかで咲いているのだろう、桜の花びらがひらひらと舞ってきた。
視線で花びらを追っていると、屋上の出入口に男の人が立っているのが見えて驚いてしまった。
「あ、すみません、驚かせるつもりはなかったんですけど・・・。あの、僕、猫を探していて・・・屋上にいるかなぁと思って来てみたんです。でも、こんな時間に人がいるとは思ってなくて・・・。」
「そ、そうですよね、私よりあなたの方が驚きましたよね、普通いないですもんね、こんな時間に。あの、猫って黒猫ですか?」
「そうです、黒猫です。見掛けましたか?」
「今丁度私の後ろにいます。」
と、横に一歩ずれて黒猫がその人に見えるようにした。
「あ、ホントだ。無事なら良かった。いつも家にいる時間なのに戻ってこなかったもので・・・。」
「もしかしたら私がここにいたから、暫く付き合ってくれたのかもしれないです。お恥ずかしながら、私ここで寝てしまって・・・。」
「え、風邪引きますよ、早く家に帰りましょ。ここに住んでる方ですよね?何階ですか?」
「私は六階です。あなたは?」
「僕はここの階です。」
「あ、だからここにも来るんですね、猫ちゃん。」
「そうなんですよ。・・・あの、良かったら明日もここでお話しませんか?」
「良いですよ。じゃあお酒持ってきますね。」
「じゃあ僕はおつまみ持ってきます。20時とかどうですか?」
「大丈夫です。」
「じゃあ、明日。月夜、僕帰るからね。」
「猫ちゃん、つきよって名前なんですか?」
「そうです。月の夜と書いて月夜。この子の黒い体に黄色い眼が、夜空に浮かぶ月のようで。」
「私も、満月みたいな眼だなって思いました。」
「そう思います?何だか気が合いそうだな。」
可愛く笑う人なんだな・・・。
「さ、帰りましょ。」
顔の横でちょいちょいっと手招きされた。
私は彼の後ろについて、屋上を後にした。
猫の月夜は二人を見送り、欠伸をひとつ、伸びをひとつしてから彼と自分の住む家へと戻ったのだった。