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かまってほしいんです

作者: 山野穴太

「風邪を引いたかもしれない」というテーマです。

 隣の田中さんは朝からずっとケホケホ言っている。

 それについては登校して席に着いた時から気づいてたけど、別に「おはよう」とも言い交わす仲でもないので特に気にしないそぶりをしていた。

 と言っても「そぶり」なので、朝のホームルームで声を殺しながらコッコッと咳き込む姿はちょっと痛ましく思った。

 声をかけたものか考えたけど、別段仲が良いというのでもないのに心配されるというのは女子からするとちょっと不愉快なんじゃないかと思ったので、喉まで出掛かっていたけれどなんとか押しとどめていた。

 田中さんのこの窮状に誰も何も思わないのか。そう思って休み時間中も田中さんの周囲を観察していたけれど、どうも他の人の目には田中さんは平生と変わらない様に見えるらしい。よくよく見ると、田中さんはいつもの田中さんと変わらない様な気もしてきた。とりたてて体調が悪い様子ではない。しかし、さて授業が始まるよという頃になって、田中さんは席に戻るのだけど、そうしたらやっぱり口元を押さえてケホケホしているのである。なんだこれ、僕がタバコ臭いとかそういうのなのか。もちろんタバコなんか吸うわけがない。家でも誰も吸っていないし。

 僕は人一倍自分の体臭をを気にしているわけではないけど、ちょっと袖口をすんすん嗅いでみたら、別に匂いを発散している感じでもない。どころか、洗い立てのシャツは洗剤の香りがさわやかなくらいだ。

「ねえ、今日僕なんか匂うかな」

 昼休みに友人に聞いてみた。

「は?」

 と言いつつも、彼は僕の周囲の空気を嗅いでくれた。手で仰いだり、服に顔をを擦り付けてまで。いや、そこまでしてくれとは言ってない。

「ぜんぜん匂わん。むしろ洗濯したての匂いがする」

 そんな期待通りの返事が返ってきた。僕だって自分が変なにおいを発しているとは思いたくもない。

「なんでそんなこと聞くん?」

「なんかさ、隣の田中さんが朝から咳をさ、してるんだけど、どうも僕の隣に座った時だけ特に咳き込んでるような気がするんだよね……」

 そうすると友人はしばらく黙って考えてくれた。いや、そんな深刻な話でもないからそんなに真剣に考えなくてもいいんだけど。

「まあ、ひとつは実際に臭い、というセンかな。つまり、男性には感覚できない女性特有の第六感的嗅覚が田中さんの呼吸器を刺激している、という説ね。君独特のなんかフェロモン的な、しかも臭い。もうひとつは臭いのは君じゃないというセン。机が臭いとか。だとしたら、なんか事件の香りがするね。誰か田中さんに恨みを持つ者が机に刺激臭のある液体を塗りこめたとかね」

 前者はちょっと無い様な気がする。もしそうなのだとしたら、反対側の隣に座っている吉田さんも咳き込んで良いような気もする。田中さんが人一倍優れた嗅覚を持っているというのなら別だけど。

「いや、はじめのは無いでしょ。だって、咳してるの今日だけだよ」

「ふむ、後者だったらしゃれにならないからな。っていうかいじめとかそういうのなさそうだし。田中さんも恨みを買うような女子ではないような気がする。このセンもないとすると……そしたら、もうひとつは実際に風邪を引いてるかもしれないというセンだな」

「やっぱり!」

 そこで僕は、昼休みが終わって自分の席に戻ってきた田中さんに声をかけてみることにした。

 学校に予鈴が響き渡る頃、果たして田中さんはどこからか教室に舞い戻ってきた。そして隣の席に座るが早いか小さくひとつ咳をした。

「大丈夫?」

 既に席についていた僕はその様子を見て声をかけた。それにはちょっとの勇気が必要だった。そういえば僕の方から声をかけたのは初めてだ。

 田中さんは驚いた様にこちらを向き、そして小さく笑って「うん、だいじょぶ……」と答えた。

 その様子を見る限り不愉快に思った、と言うことはなさそうだ。

「もしかして、風邪?」

 僕は更に言葉を継いだ。

「あ、うん。朝からちょっとのどの調子が悪くて……やっぱり風邪かなあ……」

 田中さんは弱弱しく微笑みながらそう答えてくれた。

「ちょっと顔も赤いかもよ。熱があるんじゃない」

「えー……そう?」

 田中さんはあいかわらず微笑んだまま、細々とそう答えた。

 その時、横からとんとん肩をたたく者がある。

「おでこにさ、手を当ててさ、熱をはかってやんな」

 こそっと耳打ちする声は隣の吉田さんだ。

「え?」

 僕はびっくりして振り向くと、そこには真剣な顔をした吉田さんの顔があった。

「ほら、良いから早く」

「あ、うんそうだね」

 僕は戸惑いながらも吉田さんの言葉を鵜呑みにして、「じゃじゃあ、ちょっとごめんね」と心持ち謝りながら田中さんの顔に手をかざした。「う、うん」

 田中さんは嫌がることなく、右手で自分の前髪をかきあげた。そのおでこに手を当てると、田中さんの顔の小ささがはっきりと読み取れる。おでこどころか鼻まで隠れてしまった。

「???」

 正直を言うと、熱があるのか無いのかさっぱり分からなかった。

「あー、田中ちゃん、これ絶対風邪だねー。熱でちゃったねー」

 振り向くと、ニヤニヤ顔の吉田さんがそう言っていた。 

 


疾病利得と言う言葉がありますが、病気は結構苦しいのだからやさしくしてもらう事には別にやましい点は無いと思います。

これを当然の権利と思うようだと、それはやましいかな、とは思いますが。


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― 新着の感想 ―
[一言] 田中さん、なかなかの策士ですね。 主人公も隣の席なのに朝から気遣って、優しい人だなと思います。だから、女性に好かれるんだろうなと。 吉田さんも協力の仕方がナイスです。 とても可愛らしい、微笑…
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