ソラからの使者12
「ふー、少し喋り疲れてしまいました。質問形式にしましょう。私が知り得ることならば、答えますよ」
メルカルへと真っ先に疑問を呈したのは、テーブルを殴って以降、ずっと両腕を組んで口を閉ざしていたバルクだった。
「レベルってのは、一体何なんだ? 上限はあるのか?」
「レベルというのは、……なかなか曖昧な概念でして、我々も詳細には説明できません。ですが単純に言ってしまえば、肉体の総合スペックを表しています。高ければ高いだけ、存在強度が高い肉体、世界の法則に束縛されにくい存在であるとされています」
「……世界の法則に束縛されない?」
「たとえば皆さんは、惑星の引力に逆らって、空を自由に飛びまわることができる。強力な魔力障壁を展開すれば、何万度の炎で炙られようともヘッチャラだ。物は地面に落ちる、火に炙られれば物は焦げる。レベルが上がる毎に、そういう世界の法則から解き放たれていく。つまり、非常識な存在へと変身していくのですよ。……少しわかり難かったですかね? もっと本質的なことで言い表すなら、体内に宿る魔結晶の成長を、我々はレベルアップと呼んでいます」
「魔結晶の成長?」
「はい。あなた方がレベルを持つ生物、つまり体内に大なり小なり魔結晶を宿した生物を殺めると、俗に経験値と呼ばれる、極微量な気体魔結晶が空気中に放出され、討伐者が発する魔力力場に引き寄せられる形で体内に吸収され、レベルアップします。つまり、魔結晶が成長するわけです。……骨が魔結晶、カルシウムが経験値、みたいな関係ですかね? 微妙なたとえで申し訳ない」
今の自分の説明で、彼らが納得しているとは思えなかったメルカルだが、追求もないので次に進む。
「次に、レベルの上限ですが。エルフにも設計上のレベル上限は設けられています。しかし、その上限は誰も知りません」
「は?」
「あまりにも危険過ぎるので、誰も確かめたことがないのです。第八世代型軍事用エルフの標準レベルは確か、――一穣でした」
「――ッ!?」
メルカルが口にした単位に、ウルクナル達の表情は強張った。
一穣は、十の二十八乗である。
「ちょっと待ってくれ、一穣ッ!? 俺達は、そんなレベルにまで到達できるのかッ!?」
「できますよ、確実に。恐らくエルフのレベル上限を知っていたのはただ一人、天竜総一郎だけでしょうね。まあ、彼は頑なに、記憶のデータ化を最期まで拒み続け、老衰で亡くなりましたから。今はもう誰も、エルフのレベルがどこまで上昇を続けるのか、実際にレベルを上昇させない限り、正確な数値は知る手立てがありません。ですが、生半可な桁数ではないでしょうね」
「……一正とか、か?」
一正は、十の四十乗である。バルクからすれば、これでもか、これでもかと、桁数を引き上げ、口にした数だったが、メルカルは鼻で笑う。
「ありえません、もっと大きいはずです」
「も、もっとッ!? ……一恒河沙とか?」
一恒河沙、十の五十二乗。ガンジス川の砂粒の数であるとされる数量だ。にも関わらず、メルカルは微笑を浮かべて首を横に振る。
「…………。一無量大数?」
一無量大数、十の六十八乗。
「いえいえ。小さい、小さすぎますよ。さっきから、十の四十乗、五十乗、六十乗と、十刻みでしか増えていないじゃないですか! 皆さんは、我々人間が生み出した最終兵器、エルフなのですから。もっと自分の可能性を信じて、自分の潜在能力を過信してください。エルフという種族には、それが丁度いいのですから」
「……十刻みって」
バルクはここでお手上げだったらしい。脱力し、椅子の背もたれに寄り掛かる。選手交代であった。
今度はマシューが尋ねる。
「グーゴルですか?」
「グーゴル、十の百乗。いいえ、そんな極小ではない」
「……グーゴルプレックス?」
「十の十の百乗乗、つまり十のグーゴル乗。いいえ、まだまだ。ふふっ」
「3↑↑↑↑3」
「これは驚いた。3ヘキセーション3、クヌースの矢印表記まで知っていましたか。ですがおかしいですね、タワー表記はトリキュロス大平地では非公開の知識のはずだったのですが」
「今日、図書館で勉強しまして、あなた方が築き上げた巨大数の世界を垣間見ました。自分の視野の狭さに打ちひしがれましたよ」
「はははっ、私も昔、あなたと同じ経験をしましたよ。巨大数を眺めていると、心が躍るのですが、同時にからかわれているのではないかと思えてしまう。それにしても、大きな数を上げ連ねるだけでも、存外面白いものですね」
「……先ほどの数よりも私達の上限は上ですか、下ですか?」
「……この辺りでやめにしておきませんか? 探るには、数字の世界は広すぎる。永遠に等しい生命を有する皆さんが、久遠の時を掛けてレベルアップを重ねれば、いずれ判明することでしょう。しかし、今日という日の時間は限られている。次の質問に移った方が建設的ではありませんか?」
メルカルの言葉は正しかった。ようやく巨大数という底なし沼から脱し、マシュー達は考え付く限りの疑問を問い掛ける。
「では――」
――ビッグアントの荒野でカルロを殺し、冒険者パーティ・エルフリードを襲った理由。
高レベルのエルフを出現させないためであり、魔結晶の吸収方法に気付くのを阻止するためである。
――ガダルニアの人間とは。
ガダルニアの人間は地球人類そのものであるため、寿命が短く、脆弱で、窒素と酸素が多分に含まれた空気を肺に取り込むことで生命を維持している。地球人類にとって惑星アルカディアの環境は極めて過酷であり、透明な防護壁で覆われた首都ガイアという名のフラスコの中でなければ生きてゆくことができない。
そのためガダルニアの一般国民は壁の外の世界を非常に恐れている。
また、ガダルニアは慢性的に人口過多であり、人口抑制のために様々な政策が導入されている。ゆえにアルカディアの惑星環境に適応し、半永久的な寿命が約束されるエルフの肉体は、優秀な学者や一部軍人や政治家などの、限られた者にしか与えられていない。
ただし、与えられたエルフの肉体にはマイクロチップが仕込まれており、ガダルニア建国当初から賢者であり続けている者は、彼らの意識や感情を意のままに操ることができる。
――トリキュロス大平地の人間とは。
トリキュロス大平地で暮らす人間は、かつてガダルニアで重罪を犯し、流刑に処された人々の末裔である。罪人達をガダルニアから追放する際、外界の環境に適応させるために、エルフの遺伝子がブレンドされた特殊な肉体に脳髄を移植させられており、体内には肉眼では見えないほど微小の魔結晶を宿している。
そのためレベルが存在し、体内に魔力を貯蔵し、魔法を扱うことが可能となり、過酷なトリキュロス大平地を生き抜くことができたのである。
だが、当時のガダルニア政府は、流刑者達は数年の内に死に絶えるだろうと信じて疑わず。
彼らが繁栄し、大平地にて独自の文明を築くに至ることなど、誰もが想定していなかった。
流刑者達の逆襲を恐れたガダルニアは、大平地に大量の工作員を送り、宗教を興すなどして、何十年何百年というスパンで陰から文明を操り、統制していったのである。
――トリキュロス大平地のエルフ。
ガダルニアの建国を終えたエルフには、制御チップが埋め込まれていたにも関わらず、感情が芽生え始めていた。終ぞ原因解明には至らなかったが、定期メンテナンスによる記憶データの消去を、数百年間行わなかったからとする説が有力である。
ガダルニアの賢者達は、感情が芽生え、純粋な操り人形ではなくなったエルフの存在を、惑星消失事件と関連させ危惧した。総殺処分の案も出たが、いかに危険であろうとも、地球の英知であるエルフを捨て去ることはできなかった。
記憶の初期化も提案されたが、作業には高度な設備が必須であり、技術開発には長い年月が掛かるということで却下された。
安全策として、エルフ達のレベルを数十から百程度にまで低減し、エネルギーを抜き取り魔力の生産をストップさせ、表皮の葉緑体を活性化させたエマージェンシーモードにしてから。エルフを、罪人達の流刑地であるトリキュロス大平地で一括管理するという案が可決され、実行に移された。
それゆえトリキュロス大平地以外の大陸には、エルフが存在しない。
――大陸の数。
惑星アルカディアには、計五つの大陸が存在する。
テトリオス大凍土。ヘキセリアス大平原。オクタリアス大砂漠。ポリカキュラス大陸。
そして、トリキュロス大平地である。
またガダルニアの首都ガイアが存在するのは、それら五大陸に属さない、大平地から見て惑星の裏側に存在する面積二十三万平方キロメートルの島である。
ちなみに件のキャスパー旅行記は、それら五大陸を実際に旅した人物の自伝を、ガダルニアが検閲し、改変した上で出版された書物である。
――魔力とは。
天竜総一郎は、エルフの発明によって手にした莫大な資金を元手に財団を設立する。
その名は天竜財団。天竜総一郎は、財団の資金を湯水の如く注ぎ、エルフに備わっているPK能力の自由度を際限なく拡張するデバイスとして、ナノマシンよりも十万倍微小な機械、原子核と同等のサイズの、フェムトマシン・魔力を生み出した。
フェムトマシン・魔力は、エルフの遺伝子と、備えられた高度な心を検知し、対象が脳波で干渉してきた場合に限り、魔力は魔力光を放って活性化し、拡張された超能力である魔法となって発現する。
魔力は、エルフの体内の魔結晶で生成され、貯蔵される。
ではなぜ、地球型の大気が充填された空間で魔力が生成されないのか。それは、何世代も代を重ねようとも必ず受け継がれる遺伝子によるものである。
エルフは、エネルギーを消費し、常に体内で大量の魔力を生み出し続けており、貯蔵できなくなった魔力は、体から自然排出される。その排出量はとても膨大で、無秩序に排出を続けると地球の大気が汚染されてしまうのだ。
エルフの体を得れば、大気の大半が魔力で占められた空間でも生存できるが、全ての人間が、人間の体を捨てたわけではない。そういった人々と、地球環境への配慮として、地球型大気が占める空間で、エルフの魔力生成を停止させるために、天竜総一郎はエルフの遺伝子にバルブ弁を取り付けたのである。
魔力の開発を終えると、天竜総一郎は第一線から退き、晩年は人目を避けるように質素に暮らしたとされる。彼が残した手記には、『私はパンドラの箱を開けてしまった』と書き殴られていた。
――魔結晶とは。
その起源は、宇宙植物の体内に存在したケイ素を主体とした結晶体であり、宇宙植物の主機である。魔結晶という名称は本来、軍事用エルフに搭載され、魔力生成機能が付加された改良型の主機のみを指すものであり、宇宙植物に内蔵されていたオリジナルの主機とは厳密には別物である。
――エルフにおける心の定義。
軍事用エルフは魔力を十全に扱うことができた。つまり、脳内に制御チップを埋め込み、感情を消そうとも、心は存在し続けるようだ。天竜総一郎の定義した心が、どのようなものであったのかは最期まで明らかにされなかった。
――魔物とは。
失敗に終わった惑星アルカディア地球化計画――テラフォーミングの名残である。
魔物は、極限環境下でも存続できるようにエルフの細胞を用いて生み出され、様々な実験の末に野良化してしまった実験生命体であり、固体や種族別に直径数ミクロンから数センチの魔結晶を有し、体内で魔力を生成し続けている。ガダルニアの生存圏を除き、惑星アルカディア上に息づく全ての野生生物が、地球人類からすれば魔物に分類される。
現在では、ガダルニアですら把握しきれないほどの豊かな生態系を築いており、生息圏は、惑星全域に広がっている。現在、どれだけの種類が存在するかも不明。急激な速さで進化と増殖を続け、魔物大進行など、手にあまる事態も発生するようになってしまった。
だが奇妙なことに、本来魔物には、生を受けた瞬間にレベルがカンストするなどという性質は備わっておらず。ガダルニア側も、なぜ魔物が誕生の瞬間にレベルが上限へと到達するのかに関しては証明できないでいた。またエルフと、エルフの遺伝子がブレンドされた人間が、なぜレベル一で誕生するのかも不明であるようだ。
――エルフの超能力。
生来エルフに備わっていたPK――サイコキネシスは、エルフ達がトリキュロス大平地で世代を重ねるなかで、弱体化の一途を辿っていた。より長期間エマージェンシーモードを持続するために、莫大なエネルギーを消費するPK能力を、不要な技能として切り捨てたからだと考えられる。
ガダルニアが実験によって生み出したウルクナルには、変性する前のエルフの遺伝子がそのまま受け継がれており、第八世代型軍事用有機ヒューマノイド・エルフと遜色のない超能力を有している。
彼が、カルロの死を人間に愚弄された際に激高し、旧商館の大理石の床を踏み割り、砕けた大理石が独りでに宙へと浮き上がったのも、PK能力によるものである。
――第八世代型軍事用有機ヒューマノイド・エルフ。
日本帝国の国営企業である八菱重工業が、社運と国家の威信をかけて造り上げた最強の汎用人型兵器であり、以後は軍事用エルフの新規開発は行わず、バージョンアップを繰り返すことでレベルを向上させ、新機能を開放し、飛躍的な戦力向上を実現するとされ、その拡張性の高さから最後の軍事用エルフと言われていた。
以上のことから、第八世代型軍事用エルフそのものであるウルクナルが、今後もレベルを向上させることで、何らかの新しい技能に目覚める可能性は高い。




