ソラからの使者11
メルカルは、人類史の転機となった出来事を話す。
西暦二〇一八年。
人類は、地球に最接近した小惑星のキャッチに成功する。そして軌道エレベーター建造のため、小惑星を重石として利用することを決定。
同年、人類は獲得した小惑星上に未確認生物の死骸を大量に発見する。
そのあまりに特異な形状から、『宇宙植物』との呼び名が小惑星開発現場にて定着し、その名はマスメディアを通して全世界に発信され、宇宙植物との呼び名が正式化された。
以後、この未確認生物を宇宙植物と呼称する。
驚くべきことに宇宙植物の体内には、核融合炉や高性能燃料電池や重力制御機関として機能する臓器が存在し、果ては対消滅炉に相当する臓器までもが存在したのである。結果、宇宙植物の死骸を解析した人類は、多種多様な未来技術を一挙に入手することになる。
この一件によって、人類の科学技術は一世紀進んだとまで言われ、これまで遅々として進まなかった人類の宇宙開発は飛躍し、西暦二〇一八年は非公式ながら宇宙暦元年と呼ばれるに至った。
「そうして人類は、入手した技術で、新しく高性能な有人宇宙船を次々と建造し、冥王星軌道へと進出。地球の衛星へ到達することもおぼつかなかった人類は、わずか二十年で太陽系内を自由に行き来できるまでに成長しました」
口を挟む余地など存在しない。ウルクナル達は、メルカルの歴史授業を黙って聞き続けるしかなかった。
「宇宙植物の死骸が人類にもたらしてくれた技術は、宇宙関連だけでは留まりませんでした。教育、建築、軍事、特に再生医療分野において、宇宙植物の骸は、金銀財宝が詰まった宝箱だったのです。そして西暦二〇三二年、ある一人の科学者が、培養した宇宙植物の組織を繋ぎ合わせ、『人』を創り出すことに成功しました。その科学者こそ、天竜総一郎博士でした」
その人造人間こそが、エルフであった。
エルフとは、科学者であった天竜総一郎が独自に生み出した、生殖機能をも有するバイオロボットである。
正式名称、有機ヒューマノイド・エルフ。
天竜総一郎は、西暦二〇一八年に小惑星上にて発見された未知の生物の死骸、宇宙植物に関する様々な研究を行っていた。
その研究過程で、宇宙植物の体組織が遺伝子レベルで人間と非常に似通っていることを発見する。
西暦二〇三〇年。天竜総一郎は、宇宙植物の体組織を人工培養したクローン人間に移植するなどの、多数の倫理規定に反する違法な実験を繰り返し行っていた。当然その実験や研究は某国の政府に露見し、彼は投獄される。
投獄され、学位を剥奪された天竜総一郎だったが、わずか数日で彼は釈放されることになる。不治の病に蝕まれていたエルトシル帝国の先帝のように、彼の研究データは、築き上げた地位を永遠のものとしたい人々とって非常に魅力的だったのである。
天竜総一郎の研究に、某国は国際的な非難に晒されながらも大々的に力添えし、多額の開発資金を投入する。
そして西暦二〇三二年。天竜総一郎は、百パーセント宇宙植物の体組織で構成されたバイオロボット、有機ヒューマノイド・エルフを完成させるのである。
「それが、あなた方エルフリードのオリジナル、有機ヒューマノイド・エルフの第一号でした。エルフという言葉の起源は、地球の古い神話に登場する種族名でして、様々な伝承が残されていますが、一説には、美しい外見をしており、不老であり、時には不死であり、時には魔法を操ると、されています。そして実際に、有機ヒューマノイド・エルフは、伝承のエルフと同じく不老であり、当初は非常に微弱ではありましたが、当時の人間からすれば魔法と呼ぶにふさわしい超能力、PK能力を備えていた……」
エルフには、無限の可能性が秘められていた。
エルフは、強靭な骨格と筋繊維を有し、肉体組織は常識外れな再生治癒能力を有しており、半永久的に若々しく老化しない。
エルフの顔や背格好を造り変えるのは、機材が有れば、粘土人形を造形するよりも容易かった。
ファンタジー映画の中から飛び出てきたようなプラチナブロンドの美女から、筋骨隆々で黒々とした大男まで、エルフの外見はまさに変幻自在。しかも非常に安価でメンテナンスフリー。エネルギー補給も、特殊な錠剤と水以外は、基本的に必要としない。
エルフの登場によって、無機質で単一のデザインしか存在せず、高価で、重く、高頻度のメンテナンスを必要とした従来の金属製ロボットは一掃され、有機ヒューマノイド・エルフは家庭用ロボット市場を席巻した。
また、エルフの肉体は人間の肉体と非常に高い親和性があり、再生医療の面でも多大な活躍を見せる。
エルフの肉体は、直接人体への移植が可能であり、また大量生産も可能であるため、四肢や臓器のスペアが常に存在することになる。安全で安価、かつ迅速に、臓器移植や四肢移植を行えるようになったのだ。
エルフの活躍は、それだけに留まらない。
エルフの肉体は、その後の研究開発によって宇宙空間にすら適応していったのである。
メルカルの声にも自然と熱が籠った。
「今でも覚えていますよ、あれは西暦二〇六四年。宇宙服を着ていない半袖短パン姿のエルフの少年が、月面で元気よくジャンプしている映像が、世界中に発信されました。しかしそれは、エルフの肉体が宇宙空間に適用したことを伝えるコマーシャルではありませんでした。――人間の頭脳からエルフの頭脳へと、記憶を丸ごと移し替えることが可能になったと知らせるコマーシャルだったんです! その日の地球は、もう凄まじい熱狂ぶりでしたよ。エルフの肉体があれば、人間は宇宙空間にも適応し、近所のプールに泳ぎにいくような感覚で、宇宙空間を泳げる。本当の意味で、スーパーマンになれる!」
メルカルは、自分が熱くなり過ぎていることを自覚したのか、声のトーンを戻す。
「私は生まれた時から病弱で、医師に短命であると宣告され、呼吸器が手放せなかった。私は、五十年間ベッドと車椅子に身を預けながら生きてきました。ですから私は、コマーシャルを見たその日の内に、人間の体を捨て、自身の記憶をデータ化し、そのデータをエルフの脳に上書きすることを決意しました。迷いはありませんでしたよ」
「じゃあ、あなたのその体は」
「――エルフの肉体です。私は西暦二〇一四年に生まれ、五十歳まで脆弱な人間の体で過ごし、その後今日に至るまで、この体で生きてきました。両方の肉体で生きた年数を足すとおよそ二千三百年間となるのです」
ワインで口を潤したメルカルは、過去の感情を思い出したのか、恍惚とした表情で呟く。
「エルフの肉体となって目覚めた直後が、私の人生の中で最も幸福な瞬間でした。老いず病まない肉体は素晴らしかった」
幸福の絶頂を経験した彼が、どうして死刑囚にまで転落したのかも気になったが、今はそれよりも先に聞きたい事柄があった。なぜ、そんなにも有用だったエルフが、廃棄されるに至ったのか、マシュー達の疑問はそこに尽きる。
「おっと失礼、身の内話に逸れてしまいましたね。――なぜ、エルフが廃棄されたのか。単純です。――西暦二二四三年、一部のエルフが人間達に対して反乱を起こしたのですよ」
メルカルの言葉は衝撃的だったが、それ以上に疑問がよぎる。
「勝手に生み出され、勝手に切り刻まれる。そんな扱いを受けていながら、どうして二百年もエルフによる反乱が起こらなかったのですか?」
「エルフの頭脳には、高性能なチップが埋め込まれていまして、それによって特定の感情の高ぶりを抑制し、人間に危害を加えないように制御し、場合によっては、そこらの家電製品の電源を切るように、完全に脳機能を停止させることも可能でした。ですから、エルフは人間にどんな危害を加えられようが、反撃しません。エルフには強い治癒再生能力が備わっていますから、多少暴力を加えても数分で元通りに修復されます。ストレス発散や、嗜好ために、殴り、蹴る。エルフに暴力を振るう人間は少なくなかったらしいですよ」
エルフは、まるで家電製品のように一年ごとのバージョンアップを繰り返し、高性能化、多機能化の道を突き進んだ。どれだけ購入価格と維持コストが安価でも、人型であるエルフはかさ張り、毎年発表される新型エルフは、消費者の購買意欲を刺激し続けた。
そこに何が起こったか、――エルフの買い替えである。
不要となったエルフは、エルフ製造企業の下請け会社が引き取るシステムになっているのだが、廃棄されたエルフを、そのまま中古として販売しても利益にはならない。
そこで発砲スチロールやペットボトルのように、エルフを薬品によってドロドロになるまで分解し、濃縮し、エルフ製造工場に搬入するのである。
エルフの細胞は、強靭な生命力を有しており、細胞単位まで分解してから濃縮しようとも、宇宙植物の体液と同じ成分の溶液に浸すことで再活性化し、幹細胞化する。その幹細胞を型に流し込み、電流を流すことで、幹細胞は瞬時にそれぞれの組織と器官に分化し、新たなエルフとして生まれ変わるのである。
エルフは――リサイクル可能なのだ。
エルフによる革命は、日常生活だけに留まらない。
エルフの登場によって、戦争の形態は様変わりすることになる。
脆弱で多額の費用が掛かる人間や、希土や貴金属と大量のエネルギーを消費する戦車や航空機に代わり、戦争には高い破壊能力を備えた軍事用エルフが投入された。
軍事用エルフは、人間に比べ脳機能が発達しており、市販エルフの数千倍から数万倍強力なPK能力を備えていた。
エルフは、単身で空を飛んで戦闘機を撃墜し、戦車を手で触れずに持ち上げ、空間を湾曲させることでレーザーや砲弾を防ぎ、果ては敵地における極秘潜入から大規模なサボタージュすらも、圧倒的な力と物量で完遂させたのである。
そして人間よりもエルフを戦場に投入する方が、遥かに人道的であると、国際社会は考えたのだ。
「二十一世紀後半は、まだエルフが登場したばかりとあって、人間はエルフを家電製品の一種として扱う傾向にありましたが。価値観というものは往々にして変化していくもので、エルフが登場して一世紀が過ぎると、人間はエルフを、良き隣人として受け入れていきました。二十三世紀半ばになると、両者の融和はさらに進み『エルフと人間とのミックス』を含めた人類の総人口は一千億人を突破しました」
エルフが誕生して二百年。人間は軍事や安全保障をほとんどエルフに任せるなどの、多くの問題と矛盾を抱えながらも、エルフを社会の一員として認めていたのである。しかし、そうしたエルフによって支えられた安寧は、人間の心を肥太らせ、生存本能にも等しい危機管理能力を喪失さていた。
その結果、事件が起る。
西暦二二四三年。通称、惑星消失事件。
首謀、国際軍事用エルフ人権保護団体。
「エルフを当たり前の存在として認識し、純粋なエルフの政治家が数多く誕生する。そんな時代に、あの史上最悪の事件が発生したのです。七日間で、先進国を中心に百億人もの人間が、わずか六騎の軍事用エルフによって虐殺されました。まあ、その頃私は刑務所に入れられていましたし、私が犯した罪も一連の事件とは関係ありませんから、エルフの反乱に関しては、直接目にしたわけではありませんけどね」
かねてから、軍事用エルフの存在や、エルフへの非道な扱いには、各国の人権保護団体から激しい非難の声が集まっていた。だが、その声は二百年間封殺され続けたのである。
誰だって、永遠の命が、若さが欲しかった。
たとえエルフであろうとも、自分を絶対に裏切らない友人が欲しかった。
常に自分のことを一番に考えてくれる理想の恋人が欲しかった。
敵国は憎く恐ろしいが、戦争には行きたくなかった。
いかに歪であろうとも、エルフという存在は、人類にとって心身共に無くてはならない存在となっていたのである。
「ある過激なエルフ人権保護団体の構成員が、思想を隠し、長い年月を掛け。ある極東の国で、最新鋭軍事用エルフ開発の中枢へと潜り込むことに成功してしまったのです。軍事用エルフは、機械と同じです。各一般家庭で心身共に人間を支えるエルフと違い、彼らは与えられた命令を忠実にこなす兵器に過ぎません。兵器に感情など必要ありませんから、頭脳に埋め込まれたチップによって、完全な操り人形にしていました」
軍事用エルフと言っても、外見上は家庭用エルフと差異はない。量産性を高めるために、市販のエルフを素体として流用しているからだ。
「エルフの解放を目論む彼らが行なったのは、頭脳への制御チップ挿入工程を製造段階で省くことでした。軍事用エルフに感情を芽生えさせたのです。軍事用のエルフと言っても、肉体は長い耳をもった標準的な家庭用エルフの流用ですから、人間と同じく、初めから喜怒哀楽を内包した高度な心を備えていました。――兵器として大きな欠陥を抱えた軍事用エルフでしたが、すぐには人間へ反抗しなかった。エルフ達は、まだ生まれたばかり。自然発生した感情、パーソナリティとも言いますが、それらは未発達であり、微弱。無表情、無感情のままでした。ゆえに事件発覚が遅れ、感情の芽生えた軍事用エルフが量産され続け、各同盟先進国へ出荷されていったのです」
第八世代型軍事用有機ヒューマノイド・エルフ。
第八世代型軍事用エルフは、第七世代型軍事用エルフと比べ戦闘能力が飛躍的に向上しており、第七世代型をアグレッサーとした戦闘訓練では、キルレシオ百五十対ゼロを達成した。
また、エマージェンシーモードへの移行が可能で、エネルギーの補給が望めない環境下でも、体毛や体表面の人工葉緑体を活性化させることで、平均五百年間の肉体維持が可能となった。
その際、体毛や皮膚、光彩の色などが変化し、魔力生成能力と戦闘能力がゼロに等しくなる。
「戦場に兵器として連れて行かれたエルフ達がどうなったのかは、容易に想像できます。それは、無人兵器による遠隔操作爆撃を、無垢な児童に行なわせるようなものだ。なまじ能力があるだけに、戦場に送り出されてもエルフ達が死ぬことはありません。ですが、その分。エルフ達は数え切れない戦場を渡り歩かされ。そしてその何十倍、何百倍もの人の死を、目前で見せ付けられた」
感情が芽吹き、温かく柔らかで清らかだったエルフ達の心は、陸空海宇宙の様々な戦場へと繰り返し出撃する中で、何万ガロンもの血を浴び、冷たく固く汚れていったのだ。
そして、ある日。
遂に一部のエルフ達が発狂し、殺すべき人間と守るべき人間との判別ができなくなってしまったのである。
「発狂し、敵味方の識別ができなくなった六騎のエルフは、七日間、目に入った人間という人間を殺し尽くしました。戦争を全てエルフに任せ、度重なる軍備縮小を経て、先進国が自分達の手で戦争をしなくなっておよそ百五十年。人類は自分達の手の中に、エルフ以外に、エルフに対抗し得る軍事力を有していなかったのです。結果人類は、死ぬ思いで開拓した惑星のいくつかと、総人口の十パーセントを失う結果となりました」
「どうしてそんな事態になるまで……。人間は、軍事力を完全に放棄したわけではないのですよね? 他のエルフと戦わせるなりして――」
「感情の芽生えた新型軍事用エルフ達は、自らの死を恐れ、同族と戦うことを拒絶しました」
「…………」
「旧型を何騎投入しようが無駄で、第八世代一騎に、第七世代を旅団規模で差し向けたとしても、第八世代には手傷すら負わせられなかったそうです。開発研究員の試算によると、六騎の新型エルフを旧型エルフで無力化するには、最低でも十五万八千騎の第七世代型軍事用エルフを集結させ、真正面からぶつける必要がありました。そんな数、太陽系中を探し回っても存在しません。人類は、暴走の原因を究明し、制御チップを内蔵した新型エルフが十分な数揃うまでの一週間、心の壊れた六騎のエルフ達に殺され続けました。エルフの開発拠点である地球が破壊されていたら、その時点で、人類は滅亡していたでしょうね」
そこで口を止め、手首の時計を流し見するメルカル。時刻は二十一時を回ろうとしていた。
「事件の後、軍事用のエルフ達がどの様な境遇と辿ったのかは、皆さんのご想像通りです」
廃棄処分が確定した新型の軍事用エルフは、制御チップを埋め込まれた上で仮死状態にされ、被害を免れた数少ない大型宇宙船に、大量の死刑囚と共に積み込まれることになる。
その数は七千五百騎であった。




