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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『エルフ・インフレーション1巻~6巻』発売中!
第五章

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ソラからの使者8

「お腹空いてきちゃった。ねえ、どこか食べに行かない?」

 ウルクナルの提案を全員が聞き入れ、図書館を出たのは午後二時過ぎであった。

 しばらく何を食べるかと議論しながら首都ガイアを練り歩き、美味しそうな匂いに釣られて立ち入ったのは、薄暗い裏路地に店を構えた、トリキュロス大平地には存在しない奇妙な料理屋だった。

「いらっしゃいませ、何にしますか?」

「……おすすめを、四人前」と、ウルクナル。

 こぢんまりとした店内の、油のにおいが染みついたカウンター席に座り、開かれた清潔な厨房の、煮えたぎった大釜を眺めながら待つこと数分。


「へい、お待ち」

 出されたのは、一つの丼であった。その中に高温の褐色の液体が並々とつがれ、細長いちぢれた麺が泳いでいる。トッピングに、厚切り肉とネギ、名称不明の軟体な木片のような物体と、長方形の乾燥した黒い海藻。


 見た目はとても奇妙であったが、匂いは素晴らしく、食欲を駆り立てる。

 しかしながら、初めて目にする料理を口に運ぶのは少々勇気がいる。バルク達が出された料理と見つめ合っていると、ウルクナルが真っ先に丼の手前に据えられた木製の食器に手を伸ばし、隣の客を見習って二つに裂く。木製食器の断面にささくれが目立つので、二つをこすり合わせた。

 陶器製のスプーンで不慣れな木製食器を補佐しつつ、見よう見まねで麺を一口。

「……美味い」


 ウルクナルの感想を聞き、全員が料理を口に運ぶ。すするという食事方法になれるまで多少の時間が必要だったものの、飲み込みが早いのがエルフリードである。

 箸の使い方も把握し、麺のすすり方も覚え、口を休めることなく食べ続け、ウルクナルは一杯目を完食する。二十秒遅れて、バルクも完食した。

「ふー、美味かった。ところで、この料理の名前って?」

「ラーメンですよ」

 と、店主は淡々と答えた。


「……ラーメン」

「おかわりだ。大盛りにしてくれ」

「へい、少々お待ちを」

「あ、俺も大盛りでもう一杯!」

 競うように二杯目のラーメンを腹に収めるバルクとウルクナル。そんな二人の隣で、サラが一杯目を食べきった。


「うん、美味しかった。おじさん、私にも二杯目を大盛りでお願い」

「お客さん、大丈夫ですか?」

「平気平気、この二人ほどじゃないけど、私も食べる方だから」

 ここ、上海亭の大盛り醤油ラーメンは、並盛りの二倍の重量を誇る。

 とてもではないが、食の細い女子供が完食できる量ではないのだ。

 店主がサラを心配するのも無理からぬことではあったが、この数分後には、心配は一切不要であると思い知った。カウンターに出した山盛りのラーメンが、彼女の細いウエストの中にみるみる消えていく。

「三杯目、大盛りでよろしく」

 食べ方のコツを掴んだのか、サラは一杯目よりも早く大盛りの二杯目を平らげた。

「四杯目、大盛り」


「同じく四杯目、大盛りで」

 直後、ウルクナルとバルクが三杯目を完食したようだ。

「へい、少々お待ちください!」

 相変わらず、彼らの食欲は尋常ではなかった。胃袋の中にブラックホールを抱えているのではと真剣に疑ってしまうスピードで平らげていく。

 店主は麺を茹でながらふと、視線をカウンターの前で屈んでいる黒い人型へと向けた。

「わっ……また折れてしまいましたか。はあ」


 マシューが操る外骨格の手元には、一杯目のラーメンがまだ半分も残っている。

「むう、これはマニュピレータとコントロールシステムの改良が必須ですね」

 ただマシューは、満腹というわけではなかった。小さく開いた首元の装甲板の隙間に、箸を使って何度も麺を入れようとしている。だが、力加減が難しいのか、その度に箸を握り潰し、麺を落としているのだ。

 見かねた店主が尋ねた。


「フォークと小皿がありますが、使いますか?」

「あ、いえ、お構いなく」

 様々な時と場合を考え、この店では即座に取り出せる位置に、フォークと小皿が常備されているのである。

 バルクは食事が滞っているマシューを気にして話しかけた。

「おい、マシュー! 食ってるか?」

「これから食べます」


「どうしたんだ? 元気ないな」

「……外骨格の手は、万能であることを大前提に設計したつもりだったのに、この箸という食器が使えないと知って、落胆していたところだったんですよ」

「まあ、初めての食器だからな、機械が持てなくても無理はない。まずは直接自分の手で持って、次の開発に生かすしかないな」

「そのようですね。これは次期マニュピレータも、設計段階からやり直さないと」

 そう呟くと、直立した機体から空気が抜ける音がして、モーターの駆動音と金属同士が接触する涼やかな音が連鎖する。


 そして、首元から下腹部、両肩から両手首までの装甲板が数百枚と浮き上がり、シャラシャラと音を立てながら一斉にスライドしていく。その様に機械的な美を感じるか、節足動物の気持ち悪さを連想するかは人それぞれであろう。

 開かれたエンデットの胴体部から、白いパイロットスーツ姿のマシューが現れる。

 パイロットスーツは、強靭で伸縮性に富んだ光沢のある素材で一体成形されており、体にフィットした造りで、マシューの細い肢体が滑らかに浮き上がっている。

「んっー、はあ。やっぱり長時間搭乗していると体が凝るなー。これも改善しなくちゃ」


 マシューは体をほぐすように背伸びして、乱れた前髪を右手で直しながら呟いた。

 彼の右腕は義手であったが、人工皮膚で被覆されているので外見から義手であると判別するのは不可能に近く、動作も自然であった。ガダルニアの装甲機械兵を解析した際に入手した技術を用いているのは言うまでもないが、彼の弛まぬ研究開発が王国の基礎科学力を向上させ、未知なる技術を短時間で受け入れ可能な土壌を作り出しているのである。

 バルクは、エンデットのコックピットを覗き込む。

「中はそうなっていたのか……」


 エンデット内部は、アイボリー一色の低反発素材で覆われていた。てっきりバルクは、細かな計器類と動力ラインでビッシリと覆われているものとばかり考えていただけに、驚きの声が漏れた。試験機として製造された第一世代外骨格ディーンのコックピットには欠片も存在しなかったユーザビリティであふれている。

「内部はもっと、ごちゃごちゃしていると考えていたんだがな」

「そういうものは、全て背部に集約されています。エンデットはフリーサイズで設計されていますから、内部に着脱を阻害する出っ張りを作りたくはなかったんですよ」

 マシューは、コックピットの収納スペースから取り出した上着を羽織る。

 そして外骨格に対して命令した。

「店の外で、座り姿勢で待機」


「ラージャ」

 開かれていたコックピットを自動で閉鎖した外骨格エンデットは、無人で歩行して店の外へと出ると、地べたに座って体を小さく屈め、精巧なオブジェと化す。

「あいつ喋るのかっ!?」

「喋ります。初歩的な人工知能が搭載されていますから、状況に応じて自動で動いたりもします。ですがそれは副次的なもので、本来の用途は操縦補佐と、照準の補正です」

 カウンター席に座ったマシューが、テーブルの上に散らばった割り箸の破片を集めていると、店主から声が掛けられた。


「……あの、お客さん、さっきのあれを店先に置かれるというのは、ちょっと」

 あんなにも厳めしいオブジェが飾られていては、客足が遠退くのを心配するのも当然だろう。その辺りは予測していたようで、マシューは慌てずにポケットを探る。

「これで勘弁してもらえませんか?」

「――!」

 上着のポケットから取り出し、店主に手渡したのは、ずっしりと重い黄金のインゴットであった。王都で使用されている金貨十枚分の純金をマシューは差し出す。金は、ガイアでは現物資産として確固たる地位を築いているらしく、金色に輝くインゴットは店主を言い含めるには十分過ぎる効果があった。

「さー、箸が持てなくてイライラぶん、沢山食べますよ!」

 伸びきってしまったラーメンを急いですすりながら、追加で大盛りを注文し、二杯目が出される前に一杯目を食べ切った。




 ラーメン店を後にしたエルフリード一行は、街中をあてもなく練り歩く。

 マシューは再度、エンデットに搭乗していた。

「そう言えば、もう何年もゴードに会ってないが、オヤジは元気か? マシュー」

 バルクがマシューに語り掛けた一方で、サラとウルクナルは、二人の後方で談笑していた。

「はい、とっても。今は、冒険者が居なくなったので店を一時休業にして、僕のところで外骨格整備班の班長をやってもらっています。僕達の発明品を試作していくうちに、いつの間にか機械関係に強くなっていたそうですよ」


「はははっ、そうか、あのオヤジはすごいな。とは言っても、ゴードも年だ。そろそろ隠居を考えた方がいいんじゃないのか?」

「いえいえ、隠居なんてありえませんよ。最近は、年を取るどころか。逆に若返っていますもん」

「……若返る?」

「レベル一万オーバーの、超高レベルモンスターの肉には、アンチエイジングの効果があるみたいで、曲がり気味だった腰も伸びて、肌の張りや艶がよくなり、足腰の関節痛も治ったみたいですね。親方は、毎日三食、ホワイトドラゴン以上に強いモンスターの肉をキロ単位で食べていますよ」

「……ゴードのやつ、本当に人間だよな?」


「エルフリードではないのだけは確かですね。僕達の知識だけで分類するならば一応、人間です。まあ、ガダルニアの知識で分類するとなれば、話は違うのでしょうが」

「ふむ、トリキュロス大平地での人間と、ガダルニアの人間の違いか……」

 夕刻。朱色の陽光が、首都ガイアを覆う巨大な天蓋から降り注ぐ。

 賢者メルカルと交わした約束の時刻まで、まだしばらくの余裕がある。ホテルに戻ってゆっくりするのも一案だったが、ガイアでの時間をホテルの中で浪費するのも風情がないので、街の散策を続行する。

「ねえ、あそこで少しお茶しない?」


「そうするか、この街は屋根つきなだけあって気候が穏やかだからな」

 サラが指差す先には、紅茶が好評であるらしいオープンテラスの喫茶店があった。

 首都ガイアは、防護壁という巨大なガラス瓶の中にある街だ。街中は、外であっても外ではない。急な突風も、唐突な雷雨も存在せず。埃まみれの外気とは違い、ガイアの空気は雪の降った夜のように清らかだ。

 この街のオープンテラスは、三国とは比較にならないレベルで快適なのである。

「皆さんは席で待っていてください。僕が注文してきますよ」

 よほど、外骨格で箸を持てなかったのがショックだったらしい。意地でもエンデットの器用さを見せつけたいのだろう。テーブルの上のメニュー表から全員が飲み物を選び、マシューに伝える。

「おいおい、大丈夫か? 飲み物を握り潰さないでくれよ?」

「ご安心ください。ラーメン店でのアレは、想定外の食器だったための失敗です。紙コップの掴み動作は筋魔義肢開発の初歩の初歩、僕の義手でも、エンデットの腕でも、確実に完遂してみせますよっ!」

「……お、おう、そうか。じゃあ頼むよ、マシュー」


「任せてください!」

 喫茶店の女性店員が一人、無音で接近してきたエンデットに驚いて悲鳴を上げるというアクシデントはあったが、彼は見事に任務を完遂するのだった。

「お待たせしました。僕とバルクがストレート、サラがアールグレイ、ウルクナルがロイヤルミルクティー、ですよね。それと、ウルクナルにはアップルパイ」

 夕焼けに色付くガイアを眺めながら、各自は思い思いに、この一時を満喫する。


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