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エルフ・インフレーション  作者: 細川 晃
第五章 ソラからの使者

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ソラからの使者3

 旅自体は順調そのものだった。

 トートス王国を出立して五時間。進路上に極めて巨大な人工物が出現する。

「あれが、ガダルニア?」

「座標に間違いはありません。あれが、そうなのでしょう」

 陽光を受けて七色の輝くのは、直径二十キロメートルはあろうかという半球のドームであった。無色透明のガラスのような壁面は、陽光を反射して輝いている。そのドーム内部には、王都トートスの摩天楼を遥かに凌ぐ超々高層建築物が犇めき合い。色とりどりの乗用車らしき乗り物が、何万とドーム内を泳ぐように移動している。


 この都市の名は、ガイア。

 ガダルニアの首都にして、人類二千万が暮らす最後の理想郷である。

「綺麗な街だ」

 速度を落とし巡航する飛行艦は、ガダルニアの首都ガイアへと近付いていく。

「どこから入るんだ?」


 透明なドームに繋ぎ目はなく、入口らしき場所も現状では発見できない。

 しばし一行は、首都ガイアを空から覗き込み、街の発展具合に言葉を失っていた。

「あそこからなら、入れるかもしれませんね」

 周囲を半周すると、ドームは完全な半球ではないことが判明する。

 ドームには一部、外側へ大きく飛び出ているところがあり、全体を上空から眺めると横倒しの電球のような外観であることが判明する。


 照明器具のソケットに差し込まれる電球の金属パーツ、いわゆる口金と呼ばれる部位に相当する場所には、入口らしき施設が見受けられ、その手前には滑走路も用意されていた。

「着陸します。皆さん席に座ってください」

 マシュー艦長の言葉に従い、大人しく席に座るウルクナル達。

 滑走路に引かれた白線に従い、艦を着陸させる。

「到着しました」

「ついに、だな」


「ええ、そうね。ここからが正念場」

 数分後、一行は出国時にナタリアが用意してくれたアタッシュケースを携行し、ガダルニアの滑走路上に降り立った。

「マシュー、それは」

 ウルクナルは、隣に立つマシューの姿を見て驚愕する。


 彼は、黒く塗装された装甲を有する、全高三メートルもの人型の機械を纏っていた。

「……これは、第二世代型の戦闘用外骨格・エンデット。実験機だった第一世代型外骨格で得られたデータを元に開発した実用機でして、新設される新生トートス王国軍に正式装備として採用される予定です」

「新生トートス王国軍っ!? なにそれっ!?」

「そこに驚くのかよ!」

「バルクは新生トートス王国軍って知ってたのっ!?」


「当たり前だ。第一次ガダルニア侵攻の何カ月も前から、ガダルニアの動きが不穏だからって、会議で話し合っていただろうが。いつも定例会議で寝ていたから、わざわざナタリアが資料をファイルにまとめて、お前に届けてくれていただろ」

「えっ、知らないよ?」

「…………」

 急な頭痛を覚え、バルク達は眉間を押さえた。


 正式名称、第二世代型戦闘用外骨格。通称、エンデット。

 マシューの最新技術と、ガダルニアの兵器を鹵獲した際に入手した技術を応用し、試作した第一世代型外骨格の試験運用で獲得したノウハウをもとに、一から設計し、製造された機体である。

 ――第一世代機は、わずか一機の試作のみで開発が終了し、実用化には至らなかった。

 前世代機において出力不足だった核融合炉を一新し、前世代比で堆積を四分の一にしながら、出力をおよそ四十倍に増加し、五ギガワットをマーク。


 新型の荷電粒子砲の砲身が完成したことにより、前世代機では発射ごとに砲身が融解していたが、第二世代機のエンデットでは砲身交換せずに最大百回までの連続発射が可能となった。

 エアフローも再計算された。リアクター群を背面に集中設置し、荷電粒子砲の発射口も胸部から頭部へと変更。前世代機のように、専用の耐熱スーツを装着する必要はなく、エネルギーケーブルやコード類が、荷電粒子砲の放射熱やリアクターの排熱風にさらされ、炎上爆発する心配もない。当然、エアコンも完備している。


 内蔵の魔力炉にも大きくメスが入っている。機体の小型化に合わせ、魔力炉も小型化。堆積を六分の一にしながら出力三百パーセントアップを達成し、毎秒一千五百万の魔力が生成可能となっていた。なお、小型化した魔力炉と異なり、やや肥大したのが魔力貯蔵量用のバッテリーである。


 肥大した分、容量は前世代比で百倍にまで拡張し、魔力消費量一兆のX二級魔法の行使も可能となった。

 エンデットは全高三メートル、重量一トンと小型である。

 この機体には、座席も操縦捍もキー入力型の文字盤も存在しない。エンデットの操縦方法は、パイロットの手足の動きを直接機体へと伝達するダイレクト・モーションコントロール方式を採用している。

 先進的な操縦法と同様に、先進的なアビオニクスも搭載され、魔力残量やダメージコントロールなど、専門知識と豊富な経験の必要な細々とした操作は、搭載されたコンピュータが全自動で処理し、時には警告してくれる。


 その結果、前世代機ディーンと比べ操縦が極めて簡略化され、その差を言い表すならば、ジャンボジェット機と自転車ほどに操縦難易度に開きがあった。

 またエンデットは、全周囲モニターを採用しており、視界も極めて良好であった。


「とりあえず、あそこが入口っぽいし、入ってみる?」

 ウルクナルが指差す先には、開かれた門扉があった。

「ここに突っ立てても、事態は進展しないしな」

「ガダルニアって、なにが美味しいんだろ」

「さあ? ですが、街の発展具合からして、文化的な食事が期待できそうです」

「はあー。どうしてあなた達って緊張感がないのっ」


 入口手前からエントランスの内部を窺う。中央部では、滑らかな質感の太い円柱が、樹齢一千年を超える樹木のようにそびえている。空間の四隅には巨大なエアフィルターがはめ込まれていて、吸気する唸るような音が響いていた。内部には家具や装飾の類は一切存在しない。どこか新造された商館のエントランスを彷彿とさせる。無機質で、未来的な空間だった。

「なんの部屋だ、ここは」

「位置的に考えると、入国審査室でしょうか」

「入国? 手形とか金銭でも要求されるのか?」


 マシューは天井や床、四隅に埋め込まれた巨大なエアフィルターなどを、エンデットの各種センサーを用いて注意深く観察する。

 全員が入りきると、背後の扉がゆっくりと閉じていった。

「……閉じ込めようとしているわけではなさそうね」

「そうだな、あれなら簡単に外に出られる」

 ただ扉には強力な魔力障壁が発生しているわけではなく、現在のウルクナル達なら純粋な腕力のみで抉じ開けるのも容易であった。驚きこそすれ、パニックに陥ることはなく、一行は空間の観察を続ける。

「いくらお金取られるんだろ」


「確か、ガダルニアからの許可証的な書類が、ここに」

 そう呟きながら、ナタリアが用意してくれたアタッシュケースを開けるバルクだった。

「きっと、すんなりとは入国させてくれませんよ。しばらく待ちましょう」

「……どういう意味だ?」

「この窓が存在しない隔離空間、大掛かりな空気ろ過装置。僕の科学研にある最高レベルの感染症研究施設に似ている。……推測ですが、外部のものを極力には内部へ入れたくないのかもしれません」

「……俺達は病原菌扱いか?」


「この街は、透明な壁で外部と隔絶されています。壁の外は未知の病原菌で汚染された土地であり、外からやって来た我々は保菌者。そんな風に考えることもできます」

「マシュー考えすぎじゃない?」

「僕は考えることが大好きですから」

 すると、マシューが操るエンデットより、甲高い電子音が数度鳴る。不思議そうな面々に、マシューは淡々とした声音で事態の急変を伝えた。

「……空気中の魔力量が急激に低下しています。これでは吸気型魔力炉による魔力回復が見込めません」

「つまり、真空になるってことか?」

「いえ、これは……」


 エンデットが解析した大気の成分表を目にしたマシューは言葉を失う。

「マシュー?」

「……窒素約七十八パーセント、酸素約二十一パーセント、アルゴン約一パーセント。その他微量成分。魔力……検出できず」

「それって、まさか」

「ええ、太古より空気と呼ばれている文献上の大気成分とほぼ合致しています」

「わざわざ、こんな大掛かりな設備を用意して魔力を抜いて、窒素と酸素たっぷりの空気で満たすその理由はなんだ?」


「……ガダルニアの人々は、魔力を一切消費せずに生活しているってこと?」

「そういうことなのでしょう」

 三名が話し込んでいると、室内を探索していたウルクナルが駆け寄ってくる。

「ねえ皆! 扉が開いてるよ!」

 閉じられた入口の真向かい、丁度円柱で隠れていた壁の一部がスライドし長細い通路が出現した。考えていても仕方がないと、一行は先へと進む。

 魔力を消費しても疲れを感じないエンデットに防御を任せ、各自は障壁未展開で、病的な白色で塗り潰された通路を歩く。通路は一本道だったが四度も折れ曲がり、その都度角を警戒したのだがまったくの杞憂であった。


「今度はこれに乗れってか?」

 文句を言いながら二百メートル程の通路を進むと、広いエレベーターホールにたどり着く。

 エレベーターは、全高三メートルのエンデットでも身を屈めることなく入れる大きなもので、五トンまで許容できるようだ。

 そんな大型エレベーターが合計六機も左右に並んでいる。こんなにも大掛かりな設備があるということは、一挙に何百もの人々がこのエレベーターホールに殺到する場合があるのだろう。

 ボタンを押すと、即座に扉が開いた。全員が乗り込むと自動で扉が閉まり、動き始める。何階で降りるかを指定するボタンは存在したが、文字盤は操作を受け付けておらず、微かな浮遊感に身を任せるしかなかった。


「おお!」 

 エレベーターから出ると、一気に視界が開けた。閉塞感は微塵もない。

 なぜならそこは、地上三百メートルに位置する前面ガラス張りの一室で、ガダルニアの首都ガイアを一望できたからだ。

 回遊するように空中を進む色とりどりの自動車。車輪はなく、翼もスラスター存在しないのに、乗用車は空中を移動していた。マシューは、重力制御と空気噴射による飛行だと予測する。

 地上を並んで眺めていたバルクとウルクナルに、サラが駆け寄る。

「どう? 何か見える?」

「なんて言うか、すごい。だけど王都と変わらないところも多いみたい」

 ウルクナルの言う通り、科学技術はトートス王国よりも遥かに発展しているようだが、ここに暮らす人々は、王都と大差ない。眼下には親子、カップル、友人達の平和な休日の風景が広がっていた。

「……見渡す限り人間ばかりだな」


「ホントだ、人間しかいない」

 バルクの言葉通り、暮らしているのは普通の人間ばかりであった。

「やっぱり、魔力が一切感じられないか」

 トリキュロス大平地に生きる全ての生命は、例外なく魔力を宿していたが。

 平和を謳歌する人間、街路を彩る木々や草花、それらガダルニアに息づく生命からは、一切の魔力を感じ取ることができなかった。


 彼らが真剣にガダルニアを観察していると、背後から声が掛けられる。

「ようこそ、ガダルニアの首都ガイアへ」

 声に反応して、ウルクナル達はとっさに振り返る。

 現れたのは、頭部に一つの大きなレンズを持つ精巧なアンドロイドだった。

 武器の類は装備しておらず、かわりに黒のジャケット、灰色のスラックス、シャツにはタイを締め、両手には白い手袋、そしてよく磨かれた革靴を履いていた。


 そんなアンドロイドは、一行に向かって深々と腰を折ると、限りなく肉声に近い合成音声で告げる。

「トートス王国からの使節団である冒険者パーティ・エルフリード、の皆様で相違ございませんでしょうか?」

「あー、はい」

「ガダルニアの首都ガイアでの滞在は六泊七日。相違ございませんでしょうか?」

「……はい」

「滞在許可証を提示してください」

 ウルクナル達はアタッシュケースを開けた。


 ナタリアは、許可証の提出を求められて慌てふためくウルクナルの姿を予想していたらしく、ケースの一番目立つところに入れられていた。クリアファイルに納められた名刺大の許可証を、アンドロイドに渡す。

 許可証にはバーコードが刻まれており、アンドロイドはそこにモノアイから赤い光線を照射して読み取っていく。

「確認しました。お返しいたします。許可証は、滞在中にも何度か提出を求められる場合がございますので、随時携帯し、紛失せぬようにご配慮くださいませ」


 各自が許可書をアタッシュケースに仕舞ったのを見計らって、アンドロイドは告げる。

「では、こちらへ。お車をご用意いたしました」

 アンドロイドの後を追って入った隣室はガレージだった。超高層ビルの上階にガレージというのも違和感があるが、車自体が空を飛ぶのだから地上三百メートルにガレージが存在しても不思議ではない。

「どうぞ。ご乗車ください」

 黒塗り胴長の高級車であるリムジンに乗せられたウルクナル達は、口数を少なくしながら、窓の外を眺めていた。


 エンデットを装備したことで三メートルの巨体と化しているマシューは、自前の重力制御技術で飛行し、車を追った。エンデットは市街地では取り回しが悪く、外骨格の更なる小型化を模索するべきかと悩むマシューであった。

「これから、元老院本会議ビルへと向かいます。前方の最も巨大なビルが、目的地になります」

 運転席に座ったアンドロイドが、今後の予定を伝えていく。

「皆様には元老院本会議ビルにて、ガダルニア現最高権力者である賢者メルカル様との直接会談が予定されております」


 ウルクナルはアンドロイドの話を聞き流しながら、空を見上げる。真上に位置する太陽から降り注ぐ陽光は、トートス王国で感じたものよりも柔らかいような弱々しいようなイメージを覚えた。

 首都ガイアのランドマークである高さ一千メートルの元老院本会議ビル、その正面入口でリムジンは停車し、素早く降車したアンドロイドが、丁寧に後部座席のドアを開く。

 最初に首都ガイアの地を踏みしめたのはウルクナルであった。

「――!」

 そして一斉にたかれる無数のフラッシュ。何十という大砲のようなカメラレンズが向けられ、正装姿のウルクナルを映した。


 報道陣からやや離れた位置に上空からマシューが降り立ち、同時に車内からバルクとサラがカメラの前に現れる。

「――眩しっ」

「はあ、どれだけ科学が発展していても、人間は相変わらずニュースが大好きなんだな」

 一層激しさを増すフラッシュ。リポーター軍団からは何十ものマイクを突き付けられ、その何倍もの人間に取り囲まれ、身動きが取れない。それはエンデットに乗るマシューとて同じのようだ。


 ガダルニアに、他国との交流は過去二千年間一度としてなく。つい最近まで存在すら明かされていなかった外国からやってきた使者達。

 しかもその使者達がファンタジーの中から飛び出てきたような、幻想的ないで立ちをしていれば、自然と注目は集まった。使節団エルフリードの姿は、瞬く間にデータ化され、ガダルニア中に張り巡らされた電子の網目を駆け巡る。

 白銀の髪に白亜の肌、長い耳に銀の瞳。


 童顔で小柄なのに筋肉質な少年、メリハリあるスタイルの美少女、筋骨隆々で精悍な顔つきの大男。そして精巧な鉄の巨人。

 ガダルニアの全人口の九割以上が利用する多目的電子通信システムをウルクナル達の画像が席巻した。

「どいてください、どいてください」

 と、案内役のアンドロイドが報道記者の大海を掻き分けようとしているが前に進めていないどころか、逆に押し返されている。


 ウルクナル達は魔力を数百単位で消費し、ふんわりと浮き上がると元老院本会議ビルのエントランスを目指し空中を歩く。報道陣はその光景に目を見開き、口を開けて、まるで初めて魔法を目にした子供のように驚き戸惑っていた。


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