暗黒時代11
翌日。
「今日も大量だッ」
「おうッ」
今日も今日とて、ウルクナルとバルクは森に潜っていた。
二日連続のモンスター討伐だが、二人に疲労の色はない。今回の成果は、ゴブリン十八匹に小ぶりのワイルドピッグ二頭。ウルクナルはレベル六、バルクはレベル五へとレベルアップを果たす。
彼らはFランク冒険者としての成功を掴もうとしていた。
昨日同様、血抜きと内蔵を取り出したワイルドピック二頭分の肉を王都の肉屋に卸し、合計で銀貨六十枚をゲット。
二人は鼻歌交じりに銭湯で汗を流し、商館へ向かっていると。
「あれ?」ウルクナルが急に素っ頓狂な声を出した。
「どうしたウルクナル。ナタリアに怒られるのはもうごめんだぞ?」
「いや、そうじゃない」
ナタリアの説教が余程効いたのか、バルクは青い顔をする。しかしながら、ウルクナルが感じた疑問に彼女は関係なかった。
「なあ、バルク。俺って昨日、商館に辿りついた頃には、もうへろへろだったよな?」
「……そうだな。真っ直ぐ歩けないくらいに寝むそうだった」
「それと、何でこんなにも空が明るいんだ?」
「ん? ウルクナルは変なこと言うな、もっと分かりやすく言ってくれ」
バルクはウルクナルが言わんとしている意味が理解できなかった。
「――俺達、確実に強くなってる」
「……!」
その言葉に、漸く思考が追い付いたバルクは、ハッとして空を仰ぐ。太陽が、頭上で燦々と輝いているではないか。
昨日、二人は三時間かけて森を歩き、ハンティングポイントに辿りついた。そこでゴブリンやワイルドピッグと戦闘を重ね、銀貨四十枚相当のワイルドピッグの肉を担ぎ、同じ三時間で王都に辿り着いた。
そして、今日。
ウルクナル達は、同じ昼前に出発。一時間でハンティングポイントに到達、戦闘を繰り広げ、銀貨六十枚相当の肉を担いで、二時間で帰ってこられた。
当然、彼らの装備は昨日と同じ重量、変更はない。
では、何故ここまで経過時間が短縮されているのか、答えは明瞭だ。ウルクナルとバルクのレベルが上がったからである。レベル六と五になったことで、体力や筋力諸々の肉体性能が向上しているのだ。
「……だけど、ギルドカードの記載では、まだレベル一のままなんだよな。俺って今何レベルなんだ?」
「わからない、だけど。グラップやジールよりは上なのかもしれない」
ウルクナルは、自分のギルドカードを取り出して裏側の欄に記されたデータを見る。Fランク冒険者レベル一と、情報は更新されていない。二人は揃って小首を傾げていたが、とにかく魔物討伐の報酬を得に、商館の裏手に回った。
華やかな表通りとは異なって、裏路地は汚く暗い。そこかしこに転がっている得体の知れないゴミをよけながら、大量のゴブリンの耳と、ワイルドピッグの頭が三つ入った袋を持って換金所に到着。――したのだが、入口が見当たらない。
「どこで換金するんだよ……」
「アレじゃないか?」
バルクが指差すのは、路地の奥に大きく口を開いた地下へと続く階段だ。帯剣した冒険者風の男が、抱え切れないサイズの革袋を担いでよろめきながら降りているのでほぼ確定だろう。あそこが、換金所だ。
「……位置的に、商館の真下?」
「そうみたいだな。ともかく行ってみよう」
逡巡していても時間の無駄と、二人は階段を下り、暗い地下道を歩く。二人は、現れた金属製の扉の前で立ち止まった。
「あれ?」
「どうした、開かないのか?」
取っ手を引こうが押そうが扉はビクともしない。落ち着いて何か手掛かりが無いかと周囲を探してみると、ぼんやりと青く発光する結晶体が右壁面に埋め込まれている。
「んー。もしかしてカードか?」
「かもな。これもきっと、冒険者初心者講座とやらを受ければ説明してもらえたんだろうな」
「今から受けるか?」
「無駄だ。一度寝たら全部忘れる」
「それもそうだな、バルクはバカだし」
「…………」
数分取っ組み合いをした後、カードを結晶体に翳す。すると扉が独りでに開き、隙間から鋭い光りが差し込んだ。
「すげー」
「……これは」
そこは彼らが想像する地下室から、大きくかけ離れた空間だった。
商館一階に負けず劣らずの豪華絢爛な装飾の数々。低ランク冒険者専用の三階よりも数倍は床面積が広く。凄まじい量の宝石が、ショウウィンドーの向こうで七色に輝いている。宝石の他にも、冒険者が打倒したモンスターの手や頭に鱗や翼。絵画、武器、防具、宝飾品。
様々なお宝が、堅固なケースの内側でどこか整然と陳列されている。ここに置いてある全ての物品を通貨価値に置き換えると一体幾らになるのか。金貨百枚や千枚では到底収まらないことくらいは、ウルクナルとバルクにも容易に想像できた。
「なあバルク、アレは何だと思う?」
「どれだ?」
「ほら、天井で光ってるヤツ」
天井には、強烈な光を発する奇妙な球形物体がガラスケースの中に収められ、複数個設置されていた。この地下室が地上と遜色なく明るいのは、あの装置のお陰なのだろう。
バルクは眩しそうに手で目を覆って光源を観察したが、サッパリわからない。
「――アレは、マジックランプという魔道具です。ただ、相当手が加えられています。中身は別物と言っても過言ではないでしょうね」
二人のエルフがポカンと口を開けて天井を眺めていると、急に彼らの疑問に対する回答が寄せられた。右を向くと、ウルクナルよりも更に小柄なエルフが佇んでいる。名前も知らない彼は、求めてもいないのに嬉々として、あの奇妙な道具の特殊性について語り出す。
「通常のマジックランプでは、あそこまで強い輝きを発することはできません。推測ですが、魔力源に大容量で大出力の特製蓄魔池を使用。魔導体も焼き切れないよう、高負荷に耐えられるドラゴンの体毛かワイバーンの髭が使われているはずです。緻密で大胆な改造魔道具の芸術作品ですね」
バルクの頭がオーバーヒートする寸前で話は終わる。
ウルクナルは、少年が口にした言葉の半分も理解できなかった。専門用語が多過ぎて意味がわからないのだ。魔導体、魔力源と、個々の単語が聞き取れても、次々に新たな用語が出現し、思考が噴出する疑問で押し流されて行く。
「値段は一千万ソル、宝石貨十枚が最低ラインでしょう」
「一千万ソル、……本当か?」
値段だけには反応するバルク、どこか怪訝そうだ。
「はい、ですがそれでも最低ラインです。あれは一点物でしょうから、オークションに出品すれば、その十倍の値がついても不思議ではありません。同じ様な高性能改造魔道具は一点物の場合が多く、宝石貨数十枚単位で取引されることがざらなんです」
「宝石貨が何十枚……」
余りの数字の暴力に、バルクは吐き気に襲われた。
宝石貨とは、金貨の百倍の価値を持つ、百万ソル硬貨のことだ。商会や王族貴族、高ランク冒険者以外は滅多に使用しないし、一般人は手にすることもなく一生を終えるのが普通の硬貨である。
「……ところで、お前は誰だ?」
「――あ! すいません。魔道具となると、つい我を忘れてしまうんですよ。今日も、魔道具から何かアイディアを貰えないかと王都をふらついていたら、いつの間にか換金所に辿りついていました。自分のことながら困ったものです」
ウルクナルの問い掛けに、少年は頬を赤らめ、恥ずかしそうに後頭部に手を置いてハニカム。
「初めまして、僕はマシューって言います。種族は見ての通りのエルフで、出身地はセントール。一応、高等学術院に席を置いていました。退学しましたけどね」