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エルフ・インフレーション  作者: 細川 晃
第五章 ソラからの使者

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ソラからの使者2

会議から一週間後。早朝。


 今日は、ウルクナル達がガダルニアへと出立する日であった。

 王都東の外縁に位置する空港で、一隻の飛行艦が出発の時を待ってた。

この艦は、未踏破エリアの最奥を探索した際の一千トン級飛行艦を最新の技術で改修したものであった。

次世代の魔力炉と核融合炉、最新の合金装甲とアビオニクス、そういったあらゆる先端技術が詰め込まれ、外見こそ同じだが中身は別物と化している。


 船尾には、金冠の意匠があしらわれた深紅の国旗が掲げられ、この艦がトートス王国のものであることを示していた。

「行ってくる」

 使節団らしいフォーマルな装いのウルクナルはナタリアと挨拶を交わす。

「いってらっしゃいませ」

ウルクナルは、空港の展望デッキから民衆に見送られ、飛行場の報道陣からは無数のフラッシュをたかれつつ、タラップを登って乗船した。

 先週の会議の翌日に、アレクト国王の緊急会見が開かれ、テレビを通じてガダルニアへの使節団派遣が国民に発表されたのである。


 ガダルニアという国の存在は、一応国民にも明かされてはいたのだが、存在が漠然としているために、半ば都市伝説のような扱いであり、虚言説や陰謀論を唱える有識者も少なくなかった。

 そこに来ての、ガダルニア実在の明言と使節団の派遣は、数多くの驚きと共に王国を包み込んだ。またトートス王国の象徴でもある冒険者パーティ・エルフリードの初期メンバー四名が、王国の代表としてガダルニアに派遣されることが明かされ、三国は騒然とする。

 史上初となるガダルニア本国への訪問、並びに最高権力者との会談。

 その両方を成し遂げるのが、人間ではなくエルフリードであったのは、時代の趨勢を鑑みればなんら不思議ではなかった。


 日程は七日間とされ、ガダルニアでは六泊する予定となっていた。向こうがどんな場所なのかは、依然として定かではないが。使節団団長のウルクナルは、事前の独占インタビューで、小柄なフリージャーナリストに、ちゃんと話ができて美味しい料理を出してくれればそれでよいと答えたらしい。

「なあ、マシュー」

 艦橋に設置されたリクライニングシートに腰を下ろしたウルクナルは、間延びした声を出しながら遠慮なく背もたれを倒した。


「やっぱり自分達で飛んで向かった方がすぐに着くと思うんだけど」

「だから、前に言ったじゃないですか! 現地に自分の体だけ持って行っても、学術的に何の意味もないんです。この艦には、データ収集のための巨大精密機材を、安全に目的地まで運ぶ役割もあるんですよ!」

「あー、その話は前にも聞いた気がする」

「……まだまだ言いたいことは沢山ありますが、後にしましょう。――皆さん、席に座りましたか?」

「座った」

「座ったよ」

「おう」

「では、――発進します」


 全長四十メートルの巨体が空中に浮き上がるとは思えない、控えめな駆動音が空港に響く。垂直に浮き上がった船体が巨大な一つの魔力障壁で包み込まれると、その微かな音も聞こえなくなる。

艦は滑らかに高高度へ上昇すると、船尾に魔力を集めて巨大なロケットエンジンを創り上げ、ガダルニアへ向かって発進する。

 魔力光の帯を残し、飛行艦は地平の彼方へと消え去った。

 目指すは、トリキュロス大平地より東へ百二十万キロメートル。

ガダルニアと交渉に当たったナタリアが言うには、ガダルニアはトートス王国からみて惑星アルカディアのちょうど真裏に位置するらしい。


航行開始からしばらくして、艦の航行速度はマッハ二百に到達する。

これは、一秒間に六十八キロメートル進む速さで、時速に換算するとおよそ二十四万五千キロメートルだ。

この速度であれば、ガダルニアまでおよそ五時間で到着する。

昼過ぎまでにはガダルニアに到着する予定であった。

ただ、ウルクナルはこの艦よりも遥かに速く移動できるので、マッハ二百だろうが所詮は鈍行であり、いかに快適な旅でも不満があった。


艦内を自由に散策できれば少しはウルクナルの気も晴れただろうが、マシューから艦橋と個室以外はどこにも入るなと厳命されているので、気分の晴らしようがない。

 仕方がないので、艦橋で娯楽小説を片手にコーヒーを飲んで寛いでいるバルクの大きな背中にしなだれかかった。

「なー、バルクー」

「んー?」

「ガダルニアってそんなに遠いのか?」

「はっ!?」


 素っ頓狂な声を上げたバルクは、お前はバカかと書き殴られた顔で振り向いた。

「百二十万キロだぞ、むちゃくちゃ遠いに決まってるじゃねえかっ!」

「数字だけ言われてもわかんないよ」

「んんー……。ウルクナル、ちょっとこっちに来い」

 バルクは本をたたむと席から立った。ドシドシと艦橋を歩いて備えつけの長テーブルまでウルクナルを引っ張ると、常備されている一マス一センチ四方の方眼紙をテーブルの上いっぱいに広げ、彼に鉛筆を手渡して言う。


「サイズが不十分だが、仕方ない。――ウルクナル、この方眼紙を世界地図だと思って、俺達の故郷であるトリキュロス大平地を書き込んでみろ。ヒントを言うと、このマスの一辺の長さが一万キロメートルに相当するからな、よく考えろよ」

 バルクは方眼紙の左隅を指差しながら大ヒントを述べた。これなら、ウルクナルでも大丈夫だろうと考えたのだが。

 ウルクナルの知性は悪い意味で予想の上を行く。

「これくらいかな?」


 しばらく方眼紙のマス目を凝視していたウルクナルは、何かを確信したような仕草をすると、迷いなく直径三十センチの円を紙の中央に書き込んだ。

「馬鹿ッ! お前は、初等部からやり直してこいッ!」

 魔力は込めていないが、ほぼ本気の拳がウルクナルの脳天に振り下ろされる。レベル三倍差でもダメージは通ったようで、頭を摩りながら涙目になった。

「自分が頭よくないのは自覚してるけど、殴ることないじゃん」

「アホか、殴りたくもなる。今やお前は、トートス王国の精神的支柱なんだからな!? 王都を離れた今だからこそ言えるが、アレクト国王よりも、ウルクナルの言動に他二カ国の視線が集まってる。その自覚があるのか!?」


「そんなこと言われたってさー」

「はあ、まあいい」

 溜息を一つ。バルクは消しゴムを手に取ると、ウルクナルがデカデカと書き込んだ丸を丁寧に消し、方眼紙の左端の中央に『直径五ミリ』の丸を書き込む。

「この小さな丸こそが、俺達の故郷、トリキュロス大平地だ。周囲は海に囲まれている」

「……本当?」


「本当だ。そして、俺達が目指しているガダルニアはこの辺り」

 一マス一万キロメートルに相当する方眼紙上で、鉛筆をすーっと動かして、右に百二十マス。つまり、トリキュロス大平地から東へ百二十万キロメートルの地点に点を打った。ウルクナルは信じられないと言った顔で、故郷とガダルニアとの距離を何度も交互に見比べた。

「トリキュロス大平地がいかに小さくて、ガダルニアがいかに遠くて、俺達が住む惑星アルカディアがいかに大きいかよく分かっただろ?」

「――うん。ありがとうバルク。この紙貰っていい!?」

「おう、好きに使え」

「あとさ、惑星アルカディアの大きさを実感できる本って今ある?」

「それなら丁度いい、これを読め」


 バルクは、先ほど自分が読んでいた小説をウルクナルに差し出す。

題は、キャスパー旅行記。

「一千年も前に出版された古い本なんだが、アルカディアの広大さを上手く描き出せているってんで、近年注目が集まっている一冊でな。主人公キャスパーが、トリキュロス大平地の外で、何十という様々な国を探検する冒険活劇だ。これはリメイク版だから簡単に読める。現代風の綺麗な挿絵も入っているしな」

「ふーん。面白いの?」


「ああ、まだ半分しか読んでないが、面白いぞ。難しい言葉も使ってないからスラスラ読めるしな」

 本を受け取り、ページをめくると見事なまでに活字の海であった。しかし、所々に物語のシーンを描いた綺麗な絵が挿入されており、想像を補助してくれる。これまで、活字本など一冊も読破したことがないウルクナルであったが、キャスパー旅行記ならば読破できてしまえそうな予感がした。

「ありがとう、今から読んでみるよ」

「おう、時間はあるからな、好きなだけ読め」


 活字本に興味が引かれるとは考えもしなかったらしい。小走りで艦橋を後にし、ウルクナルは用意された個室に飛び込むと、はやる気持ちを抑え、本好きの人の気持ちを理解しながら、表紙を開く。活字の海は一見すると無愛想だが、きちんと向き合えば、どれだけ時間が経とうとも読者を優しく迎え入れてくれる。本の世界に一旦入り込んでしまえば、一枚また一枚とページをめくる手は止まらない。

 ウルクナルはベッドの上に寝転がりながら、キャスパー旅行記の世界に没頭した。

「ウルクナルはどうしたの? 本を持って、誕生日プレゼントでも貰った子供みたいに」

 入れ違いで艦橋に現れたサラが、不思議そうに呟く。


「トリキュロス大平地の狭さと、世界の広さを教えたら。世界の広さを実感できる本はあるかって聞かれたんだ。だから、運よく手元にあったキャスパー旅行記を渡した」

「キャスパー旅行記かー、私も小さい時ハマったなー。それにしてもウルクナルに本を自主的に読ませるなんて。バルクってやっぱり、初等学校の先生とか向いているんじゃない?」

「近いことならやっているからな」

「そっか。バルクって、エルフリードの一般教養学習も引き受けていたんだっけ」

「ああ、昔は貧困を理由に勉強できなかったのが多かったからな、教練機関に入ってきた奴らにはまず、一般教養を教えなければならなかった。昔は自分の名前すら書けない奴も多くてな。そいつらと、レベルアップそっちのけで書き取りに徹夜で付き合ったのはいい思い出だ」


「あははっ、だからエルフリード隊の隊員達が、バルクを親みたいに慕っているのね」

「初期の教練機関は、孤児院みたいなもんだったからな。コリンがゴブリン一匹にも勝てないようなチビ共をエルトシル帝国から連れて来た時は、それはもう大変だった」

 懐かしそうに微笑んでいたバルクは一転、大きく溜息を吐くと、手元のコーヒーを飲み干す。

「第二次ガダルニア侵攻で、エルトシル帝国出身の隊員が多く死んだ。だからコリンは、ガダルニアへの報復攻撃を提案したんだろうな」

「……コリンだけじゃない。魔法研でも、根強くガダルニアに報復するべきって私に言ってくる子が何人もいる。今回の私達の派遣を快く思っていないエルフリードは少なくないでしょうね」

「……そうか」


「私自身、皆がガダルニアとは戦わないって自制しているから大人しくしているのであって、皆が報復するべきだって言っていたら、反対はしなかったでしょうね」

「俺もそうだ。ガダルニアの申し出が、あと数日遅かったら、先陣切って乗り込んでいただろうな」

「二人共、向こうに到着しても大人しくしていてくださいよ?」

 バルクとサラの不穏な会話に危惧したのか、釘を刺すようにマシューが口をはさんだ。

「はいはい」

「わかってるって」

 と、無難に受け答えするバルクだったが。その実、全エルフリードの中で最も強い憎悪をガダルニアに向けているのは彼であった。

 百名以上もの戦死者がエルフリード隊から出たのだ。バルクは必死に平静を装っているが、心の奥底では黒い憤怒が渦巻いている。


会談が数日遅ければのくだりは、決して冗談ではなく、バルクは全エルフリード戦闘員を引き連れ、ガダルニアとの最終戦争を行っていただろう。

 バルクは剣呑な雰囲気を纏いながら言った。

「向こう側が、俺達の出す要求を全部のんでくれるなら、――俺は何もしないさ」


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