革命の予兆13
「…………」
ウルクナルは、魔力を滾らせた腕を水平に振るう。その際に思い描いたのは、岸壁を水平に切断するイメージ。彼が腕を振るった瞬間、眼前の空間が湾曲し、装甲機械兵という名の岸壁が水平に切断された。
壁であるからには、一機や二機ではない。
ウルクナルの腕から発せられた斬撃は、扇状に拡散し、二百五十六機もの装甲機械兵の胴と脚部を斬り分けた。レベル千億の魔物、二百五十六体分の経験値が流れ込む。
「…………」
もう一振り、今度は三百機近い機械兵が二分された。
もう一振り、もう一振り、もう一振り。
たったの五度、腕を振るっただけで、二千にも及ぶ敵が、無口な四千の残骸に成り果てた。
「…………」
それらを無感情な瞳で一瞥したウルクナルはふと思う。今の自分には、どれだけの力が宿っているのだろうか、その力を十全に行使した時、自分は何ができるのだろうか、と。
だが、この身に内包されたエネルギーは、魔法のように五色の使い分けができる程、柔軟な力ではない。純粋な力、純然たる暴力。壊すことに特化したエネルギー。
それを解放した時、自分には何ができるのだろうかと、ウルクナルは思ってしまったのだ。
考え付いたなら、行動するまで気が済まない。それが、ウルクナルだ。
幸いなことに、力をぶつけるに相応しい標的は、目の前にいくらでもある。
「――ふっ」
屈伸した刹那、ウルクナルの姿が掻き消え、遥か前方に移動していた。
空間を足蹴にし、極めて高速で飛行する彼の速度には、光速の文字が薄っすらと見え隠れしている。実際には、まだまだ果てしなく光速には遠いが、数時間前の自分が出せた最高速度と比べれば、カメとウサギほどは隔絶した進歩だ。
瞬間移動の領域に達しつつある飛行技能を駆使し、次々とガダルニアの残党を駆逐するウルクナル。
あれだけ苦戦したレベル一千兆のウロボロスも、今のウルクナルにとってすれば、ただただ旨味のある敵に過ぎず。装甲機械兵に至っては、もはや十把一絡げの雑魚と呼ぶに等しい。
「――戦闘終了、繰り返します。戦闘終了。エルフリード各員は、速やかに戦闘を中断し、王都へ帰還してください」
「誰がやめるか、もったいない」
耳元の通信装置から帰還命令が下る。しかしウルクナルは、そんな命令守るに値しないと一蹴した。今、この場から帰るなどもったいなさ過ぎて狂い死にしてしまうだろう。
エルフリードは、金銭に関しての欲望は遥かに人間を下回る。日々の衣食住と、ささやかな贅沢ができるだけのお金があれば、人間と違って金に固執する種族ではないのだ。
ただ、レベルに関しては違う。エルフリードは、ことレベルアップに関しては、人間よりも何十倍も何百倍も、強欲で意地汚い種族である。
エルフリードという種族は、強い敵と戦い、経験値を稼ぎ、己を強化することに果てしない願望を懐いている。だからこそ、一機斃せば百億のレベルアップ、一体斃せば百兆レベルアップする敵が、目の前に犇めいている状況からの撤収など、考える余地なく、拒絶するのだ。
機械兵を薙ぎ払い、時折残存しているウロボロスと数秒間対峙して撃ち斃す。戦場をなめまわすように蹂躙し、ガダルニアが腕によりを振るって提供してくれる御馳走を骨の髄までむしゃぶり尽くす。おごそかに、粗野に、付け合わせの野菜、肉の一欠けらまで残すことはありえない。
無尽蔵の欲望が、ウルクナルを決して止めはしない。
現在のウルクナルのレベルは、――二千四百兆。
「…………」
ウルクナルは次の標的を、前方二百キロの上空一万メートルを巡行するガダルニアの飛行空母に定めた。
丁寧に魔力を練り上げ、右手に収束させていく。
ウルクナルの手のひらの上で、球形に形成された三十京もの魔力が、白色に光り輝いていた。この魔力に付加された概念は極めて単純。
打撃である。
「――いなくなれ」
ウルクナルは、猛禽の如き笑みを浮かべながら、手のひらの魔力塊を握り潰し、右腕に宿して、X三級原初魔法を単独で行使する。
三十京の魔力を宿した右腕を左肩の上まで持ち上げると、体を反らし、渾身の力を込め、振り払った。
その原初魔法は、長さ三百キロ、直径十二キロの腕を魔力で構築し、空間を一薙ぎするイメージのもと行使された。ウルクナルを基点として、半径三百キロ、高さ十二キロ、角度百二十度の弧の範囲が、一瞬のうちに光の激流によって洗い流された。
この時、魔力で構築されて振り抜かれた腕の先端はマッハ二万に到達しており、これは光速のおよそ二パーセントに相当する。
巨腕によって薙がれ、曇天は吹き飛んだ。
晴れた東の空からは、ガダルニアの飛行空母十機分の残骸が一斉に降り注ぐ。
金属の降り注ぐ豪雨は、数分にわたって続き、真下には鉄クズの山が築かれていた。
第一次ガダルニア侵攻とは比較にならない死傷者を出しながらも、ここに第二次ガダルニア侵攻は終結する。
解放歴二〇六九年。
第二次ガダルニア侵攻の日から数えて、三度目の朝が訪れた。
王都トートスに戦禍は及んでいない。侵攻前と変わらぬ街並みが広がっている。
その平穏があるのは、ガダルニアの侵攻から王都を守り抜いたエルフリード達のお陰であることを、王都の住人は年寄りから小さな子供まで、誰もが理解していた。
当然、今回の王都防衛に際し、エルフリードから百二十五名の戦没者が出たこともである。
今日は早朝から、戦勝記念式典並びに戦没者慰霊式典が行われていた。
今も、旧王宮前広場において、戦勝と鎮魂を題目に、アレクト国王による演説が行われている。その様子は、魔力式カメラによって王都の隅々にまで伝達され、魔力式のテレビを点ければ、全てのチャンネルで演説する国王の姿が映し出されていた。
式典は早朝開始で、しかも自由参加であるにも関わらず、参列者は五万人にも達していた。広大な旧王宮前広場には、詰めかけた参列者による人海が形成されていたが、これだけの人数が集まっているにも関わらず、私語に耽る者は誰一人として居ない。五万人全員が、同じ方角を向き、口を噤んで、国王の演説に耳を傾けている。
「――では、これから、命尽きるまで王国を守り抜いた英霊百二十五名の名を読み上げようと思う」
トートス王国の古式に則った上質な羊皮紙を広げ、アレクト国王は、戦没者の名を丁寧に読み上げる。 一人に充てられた時間はおよそ五秒。十数分間、アレクト国王は戦没者の名を読み上げ続けた。
「――第一部隊五十九班、トネル殿」
国王が、戦死した一兵士に対し、ここまでの温情を掛けるのは異例であったが。この儀式に異議を申し立てる貴族など一人も存在しなかった。エルフリード戦闘員を一人失うのは、人間の魔法使い一万人を失うに等しいと皆知っているのだ。
「――第二部隊二十七班、グルカ殿」
一人、また一人と名前が読まれていく毎に、参列者からは、すすり泣く者が増えていった。列の前に行けば行くほど、悲しみの嗚咽は大きくなり、エルフリードの割合が高くなる。
そして最前列には、喪中を表す黒のマントで身を包むエルフリード隊の姿があった。
彼らの表情は暗く、中には頬を涙が伝う者も散見される。
式はそれからも粛々と続き、日が高くなる前に終わった。
「私は、王国に留まります。学園へは戻りません」
「そんな、突然過ぎます」
「そうだよ。せめて相談くらい……。私達、これでもシルフィールの友達だよ?」
「――ごめんなさい」
式典が終わり数時間。王都郊外の空港に設けられたヘリポートにて、シルフィールは、カレンとカトレーヌに、自分が学園には戻らないことを告げた。
学園の長期休暇も明日で終わる。となれば、学生達はエルトシル帝国に帰らばければならない。カレンもカトレーヌも、シルフィールは当然エルトシル帝国に戻り、学業を続けるものだと考えて疑わなかったのだ。二人は、乗り込もうとしていたヘリコプターを背にして表情を強張らせ、シルフィールに詰め寄った。
「もう少しで卒業なんだよ!?」
「そうです、今年度も後三分の一なんですから、卒業しないともったいないです!」
申し訳なさそうな微笑を浮かべ首を何度か横に振ると、シルフィールは独白する。
「私は、実技も筆記も主席入学だったし、単位も足りているから、残りの授業に出なくても卒業できるんです。入学する前から、それを狙っていました。一日でも早くマニエール学園を卒業して、王国に帰る為に毎日勉強していたんです」
「試験はどうしたのですか? マニエールの卒業試験は、とても難しいことで有名です。いつ受けたのですか?」
「……本当は私、入試を受ける時に並行して卒業試験も受けていたんです。合格もしていますよ、ほら」
と言って、シルフィールは試験合格の朱印が押されたボロボロの証書をポケットから無造作に取り出した。その紙切れこそが、エルトシル帝国民の全てが羨むエリートの証。研鑽と怨嗟の果実。
本来なら万金でも贖えないこの証書だが、シルフィールには塵紙と同程度の価値しか見出せないのだろう。
「にゅ、入試で、卒業試験……」
「実技も筆記も主席で入学したし、卒業試験もパスしたので、本当は授業すら受けなくても問題なかったんですけど、カレンやカトレーヌと過ごす学園生活が面白くて、居心地よくて、長居し過ぎちゃったんです」
「……シルフィールは、これから王都で何を?」
「科学研に入ります。マシューのとある研究に携わりたいので」
彼女の将来に対する明確なビジョンに、カレンはたじろぐしかない。自分が、たかだか数千の魔力量増加に狂喜している間も、シルフィールはこれからの時代に合わせた自分の将来を見据えていたのだと思うと、頬が熱くなる。
エルフリードの出現により、平均魔力保有量がハイパーインフレーションした現在、四桁の位で魔力量が変動したとしても、エルフリードを含めた自分の魔力量偏差値は、底を這ったまま微動だにしない。
衝撃を受けたのはカトレーヌとて同じだ。前々から、自分はあらゆる面でシルフィールに至らないと思っていたが。至らないという考えを懐くことすら厚かましい程に、自分と彼女は隔絶しているのだと思い知る。
だからこそ、あの言葉が聞きたかった。
自分とシルフィールとが、友人であることの証が欲しかったのだ。
「シルフィール。……また、会えますか?」
「――!」
カトレーヌの一言は、シルフィールの心の奥深くに食い込む、強烈なボディブローとなった。平気なようでいて、ジワジワと効いてくる。だんだんと目頭が熱くなってきた。
「……当たり前じゃないですか。連絡をくれれば迎えにも行きます。次の長期休暇にでも遊びに来て下さい。歓迎しますよ」
「はい!」
満足したカトレーヌは満面の笑みを浮かべると、シルフィールに抱きつく。それにカレンも続いた。三人は肩を寄せ合い、お互いを固く抱き合う。永遠の別れでもないのに、頬から涙が止まらなかった。
一頻りの別れを済ませ、シルフィールから離れると、二人はヘリコプターに乗り込んだ。甲高いエンジン音によって、もう声も満足に届かない。
ハッチが閉じ、いよいよ翼の高速回転が始まると、目を開けるのも儘ならない強風に煽られる。風が穏やかになった時には、もう、機影は上空で小さくなっていた。
ヘリコプターが東の空に消えた後も、シルフィールは茫然と立ち尽くしたまま動けなかった。
彼女の短い学園生活は、今、完全に終わりを告げたのだ。
第四章・完
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