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エルフ・インフレーション  作者: 細川 晃
第四章 革命の予兆

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革命の予兆6

 魔法研の研究棟、その外見を端的に表すならば、お化け屋敷だろうか。

 もとは純白の立派な建物だったのだろうが、現在は所々が焦げたように黒ずみ、窓ガラスは砕けて厚紙で塞ぐという雑な補修が随所に施されている。壁面には、正体不明の奇妙な蔓が至るところに絡みつき、毒々しい青色の葉を壁面一帯に広げていた。


 ここがトリキュロス大平地最高峰の魔法研究機関だとは誰も思うまい。

カレンとカトレーヌも、魔法のデモンストレーションがなかったら、サラに疑いの目を向けていただろう。これでも、アースクリエイトで敷地の改善が済んだ後なのである。

 見渡す限りの雑草の平原に、か細く続く一本のあぜ道、その行きつく先には、廃墟のような研究棟。夜中にここを訪れれば、下手なアミューズメントパークのお化け屋敷よりも上質な恐怖を味わえるに違いない。


「みんなようこそ、新世代魔法研究機関へ――」

 笑顔で振り返ったサラが、テレビ番組の司会者のような大げさなしぐさで、研究棟を指示した直後。


 研究棟が盛大に爆発した。

 悲鳴を上げている暇もない。一瞬にして、視界が眩い濃い青色の閃光に塗り潰され、轟音と衝撃波が一行を包み込んだ。

 先頭のサラがとっさに障壁を展開したからよかったものの、一歩間違えば、低レベルのカレンとカトレーヌは爆風で吹き飛ばされていただろう。


「……藍色の閃光。……魔力光を伴った大爆発。……サラ、あれほど言ったのに、試作の魔力炉吹き飛ばしましたねッ!?」

 眼に涙を溜めたマシューが、サラの両肩を掴んで激しく揺さぶっている。

 どうやら新型魔力炉が、研究棟の地下室で行っていたらしい過酷な試験運用に耐えられず爆散したらしい。その破壊力は凄まじく、原初魔法によって何重にも魔力障壁が張られた魔物鉄ホワイトドラゴン製の隔壁を食い破り、研究棟建屋の半分が完全に吹き飛んでいた。

 爆風によって空中高く巻き上げられた研究資料が降り注ぎ、紙吹雪になっている。


 最重要研究資料の喪失はどうにか免れたが、貨幣では購えない貴重な魔法触媒や機材が数多く失われた。試作の魔力炉も含めれば、その損失は天文学的な金額になることだろう。

「じ、実験に失敗はつき物よっ! また造ればいいじゃない」

「また!? あれは、次世代魔力炉の雛型だったんですっ! アレを造るのに、僕達科学研が一体どれだけの犠牲を払ったか……っ。碌なデータが取れなかったら、どうして魔力炉が爆発したのかも不明のまま――」

 余程ショックだったのか、マシューはガクリと膝から崩れ落ち、うずくまった。肩が小刻みに震えている。


 その落胆ぶりから、彼が立ち直るには相当な時間が掛かるかに思われたが。

「データ? それならちゃんと残ってるわよ?」

「……え?」

「実験中の魔力炉の状態は、最重要研究資料として実験炉から最も離れたデータベースに逐次保存していたはずだから、爆発寸前までの詳細な数値なら残っているはずだけど」

「ほ、本当ですかッ!?」

 立ち上がり、再びサラの肩を掴んでシェイクするマシュー。目が血走っている。

「本当よッ! マシューならセキリティーも作動しないはずだから、行って自分の目で確かめてくればいいじゃない」

 全力疾走で研究棟の地下へ向かったマシュー。彼が戻ったのはわずかに三分後だった。

「いやー、取り乱してすいません」

「あの、マシュー、魔力炉の方は平気なんですか? 爆発したみたいですけど」

 シルフィールが尋ねると、マシューは数十枚のコピー用紙を優しく抱きながら、満面の笑みを浮かべて言う。


「ええ、爆発した魔力炉は確りと役割を果たしていました。ここに数値として全てが残っています。我ながら、この性能は素晴らしい。自画自賛は好きではないのですが、正直辛抱堪りません」

 空気の読めるシルフィールはマシューに尋ねた。

「えっと、なにが凄い魔力炉なんですか?」

「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました! 次世代魔力炉の雛型として開発されたこの炉はですね――」

 それからマシューの世界最先端技術に関する授業が一時間ばかり続いた。

 当然、専門的な単語が羅列する相手の理解などそっちのけの、説明とはほど遠い、一方的な独白に近いなにかであり、比較的魔力炉に造詣が深いサラとウルクナルですら、話の半分も理解できない。だんだんと、みんなの顔から生気が失せていく。


「――ですから、新機軸のデルタニューロン技術を用い、魔法回路を五マイクロメートルスケールにまで落とし込むことで、一世代前と比べ、八十パーセントのエネルギー効率向上を実現したわけです! どうですか、わかってくれましたか、この次世代魔力炉の素晴らしさを! あれ、どうしました皆さん、顔色が悪いですよ?」

 グロッキー状態のシルフィール達を見て首を傾げるマシューだった。

「うーん、つまり、強靭な新素材の開発と、回路の大幅な小型化に成功して、少ない体積で大きな魔力を発生させられるようになった。ということ?」

「はい、その通りです!」

 どうにかマシューの話を一部理解できたらしいサラの要約に全員が助けられた。




「いやー、みんなごめんね。マシューは、自分の研究分野のことになるとなにも見えなくなっちゃうから」

 マシューはもうこの場には居ない。進み過ぎていて誰にも理解されない知識を一時間に渡って披露し続けたマシューは、自分の研究施設に帰ってしまったのである。何でも、これから得たデータを詳しく解析するそうで、今夜も徹夜だと意気込んでいた。

 シルフィール一行が、サラの魔法によって修繕された研究棟に入れたのは十分後だった。カレンとカトレーヌはようやく念願の研究施設へ足を踏み入れたのである。

 サラ案内のもと、破壊を免れた魔法研施設の見学が始まった。

「わからないことがあったら遠慮なく尋ねてね」

「はいっ!」


 エルトシル帝国魔法使い組は、返事をシンクロさせるほどに感激しているようだ。

 己の知る限り最高の師に出会えた感激のあまり、今の彼女達は正常な判断ができそうにない。サラが座れと言ったら座り、お手と言ったらお手をしそうである。まるで邪教を盲信する神官と信徒のそれだが、満足そうなので、シルフィールは彼女達を放置することに決めた。

「最初はここ」

 地上三階、地下二階の構造をしている魔法研の研究棟。その一階の五割を占領しているのが、魔法知識の保管庫、魔法の発動手順が書き込まれた魔道書の書庫だ。

「す、すごい」

「なですかこれは、見たこともない魔道書ばかり……」

「ここには、大陸中から掻き集めた貴重な魔道書が保管されているの。この手袋をはめたら読んでもいいよ」

 そう言ってサラが手渡した無地の手袋を、カレンとカトレーヌは我先にと受け取り、本の知識を貪り始めた。


 この書庫には、一般に出回ってはいない珍しい魔道書、稀覯本が数多く蔵書されている。ほとんどが一点ものの本だけに装丁も様々で、ワイバーンの革やドラゴンの革、樹皮、ビックアントクイーンの甲殻、中には人の皮で装丁された一冊まである。

 そんな怪しげな本だけに、書かれている魔法も怪しげだ。空想の神を降臨させる儀式魔法、異界から生物を呼び寄せる召喚魔法、血文字で書かれた人を苦しめ死に至らしめる呪殺魔法。

 魔法研が所蔵しているだけに、どれもこれもが強力な魔法で、バカバカしくとも着想は非常にユニークであった。本に目を通すことで、強烈なインスピレーションが得られるのだとサラは言う。つまりここは、狂人と天才が紙一重であることの証拠が集められた書庫でもあるのだ。

「う、すいません。何だか気分が……」

「……私も」

「あ、やっぱり?」


 本を読み漁っていたカレン達だったが、五分もしない内に気分の悪さを訴える。その様子に、中に入らなくてよかったと漏らすのは、シルフィールだ。彼女はウルクナルと共に、書庫の入口で待機していたのである。

 背筋に寒いものを感じ取った二人は、逃げるように書庫を後にした。

 サラは微笑を浮かべながら呟く。

「二人もやっぱり駄目だったか。ここって、感受性の高い人は駄目なのよ。怨念って言うの? 蔵書が蔵書だけに、筆者の強烈な感情に当てられて体調を崩す研究員も多かったりするのよね」

「そそ、それって、もしかして霊的な、アレですの!?」

「違う違う。これらの本は、魔道書であるのと同時に魔道具でもあるの。本自体に強力な防衛魔法が仕掛けられていて、気分が悪くなることや、中には読者を攻撃する本まであるみたい」

「え、それって滅茶苦茶危ないじゃないですかッ!」

「露骨に危険な本は、ここには置いていないから大丈夫、せいぜい吐き気と目の痛み程度だから」

 カラカラと笑うサラだったが、カレンもカトレーヌも知識欲は完全に霧散していた。足早に、書庫から距離をとる。


「次、行こうか」

 研究所地下はトートス王国の国益に直結する最重要の区画であり、外国人であるカレンとカトレーヌの立ち入りは許可できないらしい。ただ、その国益に直結する区画が、先ほどの魔力炉の暴走で跡形もなく吹き飛んでしまったのだが、その件に関しては全員が空気を読んで追求しなかった。

一行は二階へと向かう。

「ここが、研究棟の心臓部。魔法研職員のほとんどがここに詰めて、日々魔法の探究に勤しんでいるの」

 研究棟二階は大きく四つの部屋に区切られ、総計二百名の年若い研究者が机に向かい、新魔法の開発、既存魔法の改良に黙々と取り組んでいた。職員の全員がトートス王国でも有数の魔法使いであり、エルフリードだ。階全体に噎せ返るような魔力の気配を感じることができる。研究者全員が、体内に膨大な魔力を宿した超高レベルの存在なのだろう。


 カレン達は、ここが魔法研究の最先端なのだと理解した。

「百五十名を既存魔法の改良に割り当てて、残りは新魔法の開発に努めてもらっているの。魔法の改良はとにかく手間が掛かるし、繊細な作業の繰り返しだから、多くの人員を配置する必要があるのよね」

「そんな労力を裂いてサラは何を目指しているのですか?」

 シルフィールの質問に、サラは悪だくみする子供のように微笑むと、言った。

「――全既存魔法の陳腐化」




 研究棟三階。

「研究施設なのに、こんなに充実した演習場があるなんて」

「これじゃ、学園の魔法演習場が子供騙しだ……」

 魔法研、研究棟の最上階には、筋力トレーニングを行える各種器具がずらりと並べられ、奥には全体に耐魔法加工の施された非常に広い魔法行使室が設けられている。

 利用者が自由に使える便利な魔道具も豊富だ。自身の魔力量を測定する為の魔道具、修得したばかりの魔法が正常に発動しているかを確かめる魔道具、自分の魔法にどれだけの無駄があるのかを測定する魔道具などなど。

 至れり尽くせり、ここは魔法使いにとって夢のような施設であった。

「少し試してみる?」

「よろしいのですかッ!?」


「もちろん。魔法行使室内だったら、好きなように魔法を使ってもいいからね」

 カレンとカトレーヌは魔法行使室、シルフィールとウルクナルは運動器具へと向かう。サラは、魔法行使室の二人が気になるのか、一緒について行った。

「これは、何ですか?」

 カレンは、魔法行使室前の棚に置かれた様々な形状の杖を指差す。

「あれ、見たことない?」

 サラは、大小様々な杖の中から二本を選び取り、二人に手渡す。

 通常の魔法使いの杖は、木製で指揮棒のような作りなのだが、サラに手渡された杖にはゴテゴテと金属のパーツが巻きつけられ非所に重く、実用的な杖ではなかった。

 そのことからも、これが練習用の杖であることは明白なのだが、この金属パーツにどんな効果があるのかが、二人には分からなかった。


「口で言うより早いから、その杖を握って、部屋の中で現在行使できる最高の魔法を使ってみて。遠慮はいらないよ」

「え、最高って、上級魔法ってことですか!?」

「そう。ああ、魔力切れなら心配しないで、ちゃんと魔力回復の薬もあるから」

 そう言って、色鮮やかな青色の液体が満たされた小瓶を、備え付けの引き出しから取り出すサラ。彼  女のやや挑発的な発言に、カレンとカトレーヌは感化され対抗心を燃やす。

「よし!」

 まずはカレンが部屋に入り、重たい杖を握りしめる。眼前に設置された標的までの距離は二十五メートル。杖の先端を標的に定めた。


「行きます!」

 火水風の三系統を操る上級魔法使いにして、剣士。魔法剣士のカレンが保有する魔力は一千と少し。そのほとんどを消費して発動させるファイアーストライクは、彼女の切り札である。

 当てることができれば、ドラゴンにも通用するのが上級魔法だ。本来、こんな密閉された空間で行使してよい魔法ではないのだが、サラの言葉を信じ、杖に魔力を集め、唱えた。

「――ファイアーストライクッ!」

 ファイアーストライク、それは上空から火球を無数に降らせ、地上の広範囲を焼き尽くす魔法である。火球は大きく、しかも高速で降り注ぐので飛行するワイバーンやドラゴンにも当てやすい魔法なのだ。ワイバーン狩りに向かう時は、パーティに必ず上級魔法使いを入れるのが定石となっている。

 カレンも、この火系統上級魔法が扱えるからこそ、上級魔法使いを名乗っているのだ。これまでも幾度となく行使しているし、杖と環境は違っても魔法を成功させる自信はあった。はずなのだが。

「……っ!?」


 無音、無発光。巨大な火の玉どころか、魔法が発動する際の、およそ痕跡と呼べるものすら現れない。失敗、その文字が頭を過ぎった刹那、耐え難い虚脱感が全身を包み込む。

「そんな……どうして……、魔力はちゃんと注いだし、魔法魔法式だって――むぐっ」

「はいはい、喋る前に魔法薬を飲みましょうね! カトリーヌも、カレンと同じ様に、今自分にできる最高の魔法を発動させてみて」

「は、はい!」

 カレンと入れ替わるように、カトレーヌが行使室へ入った。

 彼女は水系統の適性しか持たないが、魔力量だけは人一倍ある。カレンと同じ金属部品で覆われた杖をかざし、水系統上級魔法クイックリカバリーを唱えた。それは、どんな重傷を負おうが、対象を瞬時に全快させる強力な水系統の治癒魔法である。対象が居なくとも、この魔法を発動できれば眩い魔力光が発せられるのだが。

「発動しない、どうして――はぅ」


「魔法薬飲みましょう!」

 カレン同様魔法は発動せず、魔力だけが体内から消失した。魔法薬の瓶を口の中に押し込まれ、モゴモゴと呻くカトリーヌ。始めは抵抗していたが、一口飲む毎に失われた魔力が補充され、気分が劇的によくなっていった。

「お疲れ様。二人共、どうだった?」

「どうもこうもありません」

「とにかく変でした。発動する感覚はあったのに、魔法が出ない」

「どうして魔法が発動しなかったのか分かる?」

「……いえ」


 そのサラの問いに対して二人は首を横に振るばかり。どうしてと思考する前に、意味不明で考える糸口すら掴めない。自分達のあまりの不甲斐なさに、目頭が熱くなる。

 サラとしても二人を泣かせるのは本望ではないので、種を明かした。

「初めに言っておくけど、魔法が発動しなかった原因は全てこの杖にあるから、安心して」

「では、私達が上級魔法を扱えなくなったということではないのですね?」

「そういうこと、多分だけど、この杖を使って魔法を発動できる魔法使いは、エルトシル帝国やナラクト公国には存在しないと思う。この杖は、魔法鍛練用の杖なの」

 安堵したのも束の間、二人の脳内は疑問符で溢れていく。

「これは、魔法を発動させない為の杖なの」

「は?」

「え?」

 カレン達のこの反応も当然だろう。サラは説明を進める。


「二人ともレベルが低い割には、結構魔力高いよね。毎日相当な努力をしているんだと思うけど、どうかな?」

「朝晩、毎日欠かさず鍛錬を続けています」

「私も、寝る前に魔力を使い切るまで魔法の練習を」

「毎日毎日、魔力貯蔵庫が空になるまで魔法を使っていくと、少しずつだけど魔力が増えていく。これは、人間だけに許されたエルフには絶対に効果のない魔力増強方法」

 当然、この魔力増強方法を二人は知っていたし、だからこそ幼少の頃より今日まで続けてきた最も基礎的で最重要の鍛錬だ。古来より、人間がエルフよりも優れた存在であることの証明だった鍛錬方法の一つである。

「ここ数年、毎日鍛錬を続けているはずなのに、魔力がほとんど増加しなくなったんじゃない?」

「――!」

「おっしゃる通りです!」


 魔法の才を有する人間なら誰でも行えるこの鍛錬だが、無限に魔力貯蔵量を引き上げてくれるものではない。個人差はあるが、魔力量三百辺りから伸びが悪くなる。人によっては、百未満で鈍化する場合もあるので、共に魔力一千超えのカレンとカトレーヌには、優れた魔法の素養が備わっていると言えるだろう。

 サラの話は続く。

「私も昔は、魔力不足に悩む魔法使いの一人だったから、貯蔵魔力の増加方法は色々と試した。エルフの身では無駄だと知りつつも、貯蔵魔力を使い果たすこの鍛錬方法も毎日欠かさなかったし、古文書を読み漁って少しでも魔力量を増やそうと頑張った。四系統全てに適性があっただけに、魔導師になる夢を諦められなくて、血を見るのも頻繁だったんだけど……」

 サラは溜息を一つ。

「最近になって発見しちゃったのよ」

「な、何をですか?」


「人間とエルフが、少しずつだけど、際限なく魔力貯蔵量を増加させる鍛錬方法。私の苦労は一体、はあー」

 カレンもカトレーヌも、サラの言葉を咀嚼し脳が理解するまでに大分時間を要した。当たり前だと思い込んでいた常識を覆すには時間が掛かるのだ。

「さ、サラ! その方法を私達に教えてくれませんかっ!」

「教えるも何も、今さっき体をはって行ったでしょ? 杖を持って、上級魔法を発動させようとして、体内の魔力を一瞬ですっからかんにして、あと数秒で昏倒する寸前だった。それが、際限なく魔力量の上限を引き上げる鍛錬方法よ。ほら、これを持って。重いから落とさないようにね」

 サラがカレンに手渡したのは、無数の電極が突き刺さった鮮やかな結晶であった。電極からはコードが伸び、隣の化粧台のような外観のコンピュータに接続されている。

最新の電子機器と魔結晶を丸々一個使った非常に高価な魔道具である。カトレーヌはともかく、カレンが価値を知れば、手が震えて結晶を落としてしまいそうなので、知らせない方がいいだろう。

 彼女達の計測が完了した。


「二人共、自分達の魔力量は一桁まで覚えている?」

「魔法使いとして、自分の魔力量を正確に把握するのは当然ですわ、私は千五百十二です」

「……多分、千四十八です。千五十には到達していませんでした」

 サラは、モニターに表示された二人の魔力量を読み上げる。

「おめでとう、カレンは魔力量千五十、カトレーヌは魔力量千五百十四よ」

「え、本当ですか!?」

「うそ、最近は一週間毎に測定して、一上がるかどうかだったのに……」

 魔力量二アップ、そのわずかな増加でも二人は猛烈に興奮していた。魔法使いにとって、魔力量が上がるというのは至上の喜びだ。

 それこそ、レベル上げによる魔力上昇を夢見て、命すら顧みず、危険な冒険者の道を歩むほどに。

「この魔力貯蔵量の上昇は、体内の魔力を一度に全て放出した際に発生する可能性がある。そして、一度に吐き出す魔力が多ければ多いほど、上限が上がりやすくなるのよ。二人同時に成功するなんて運がいいのね。上級魔法程度だと、増加確率は統計的に三割だから」


「つ、つまり、体内の全魔力を使い切る魔法を発動する、魔力量が増加する、魔法薬を飲んで魔力回復。そのサイクルでどこまでも魔力貯蔵量が伸ばせるってことですかッ!?」

「その通り。……まあ増加と言っても、一とか二しか増えないけど」

 サラの後半の呟きは、二人の耳には届かなかった。

 数値という揺るぎない証拠を目にしたカレンとカトレーヌだったが、未だにサラの言葉が信じられなかった。実感、魔力量が増えたのだという実感が欲しいのである。

「サラ、私にその魔法薬を売ってくれませんか?」

「カトレーヌ?」

「お金ならそれなりに蓄えがあります。どうか!」

 そうなるだろうと思った、サラの微笑にはそんな文字が色濃く刻まれていた。種族は違っても同じ魔法使い、思考パターンは変わらないのだろう。


「焦らない、焦らない。魔法研の野外に、広場があるから、訓練するならそこで行って。この魔法薬も安物だし、いくらでも備蓄があるから、お腹がタプンタプンになるまで飲んでいいよ」

「――感謝します!」

「ありがとうござます!」

 サラの太っ腹発言は大変嬉しかったが、同時に薄ら寒いものを二人は感じていた。

 自分達の知識に照らし合わせても、魔力一千を瞬時に回復させる魔法薬は、貴重で高価な代物のはず。それを安物と言い、在庫はいくらでもあるから湯水のように使っていいとまで言ってのけたのだ。自分達の常識が一切通用しないサラの存在は、頼もしくもあり、同時に恐ろしくもあった。

「魔法使い組の二人は魔法薬浸けでいいとして、シルフィールとウルクナル、あなた達はどうする? ……私は、二人の側に居てあげないといけないし」

 カトレーヌは、驚いた顔で尋ねた。

「シルフィールは一緒にやらないのですか?」

「うん、私はレベルが上がっても魔力が一切上がらなかったし、魔法に適性もないから、増やしようがないの」


「そ、それは、ごめんなさい」

「気にしないで」

 シルフィールは静かに答えた。尋ねては不味かったかと、カトレーヌはバツが悪そうにしていたので、笑顔を向ける。

 サラは言った。

「ごめんなさいね、シルフィール。折角来てもらったのに、お友達を取っちゃって」

「いえ、二人共凄く楽しそうだし、それに――」

 シルフィールはサラの耳元に顔を近付けると囁く。

「久しぶりにウルクナルと二人っきりですから」

「ふふ、そっか」

「……?」

 ウルクナルが小首を傾げるなか、二人は目配せし微笑する。

 カレンとカトレーヌが我を忘れて魔力量の増強に勤しみ、シルフィールはウルクナルを連れて王都でデート、もとい散歩へ向かう。

 それぞれが充実した王都での一日目は、こうして経過していく。




 シルフィールがトートス王国に帰国してから七日目の朝が来た。


 王宮ビルの比較的内装が落ち着いた見晴らしのよい一室で、シルフィール達三人は朝食の席を囲む。

「今日も二人は魔法研の方に行くの?」

 柔らかで香ばしいパン、濃厚な目玉焼きとスモークの香る厚切りベーコン、新鮮で瑞々しいサラダ。シンプルながらも、最高の食材で作られた朝食を食べながら、シルフィールは、最近ずっと魔法研に入り浸っている友人達に尋ねる。

「いえ、今日は行きません」

「まあ、本当は行きたかったんだけど、今日から暫く忙しいらしくて」

「折角の長期休暇なんだから鍛錬ばっかりやってないで、遊びに行きなさいと釘を刺されてしまいましたしね」

 二人の暇宣言に、シルフィールは嬉しそうに微笑んだ。ウルクナルと二人っきりの時間を過ごすのは格別だが、皆とも一緒に気兼ねなく王都で遊びたいのだ。男のウルクナルとはできない女同士だからこその話題が沢山あるし、服に化粧品にアクセサリー、一緒に選びたい物もいっぱいある。

「じゃあ、カレンにはまた白のワンピースを着て貰わないとね」

「えッ!?」



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