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暗黒時代10

 二日後。

「俺が先行して撹乱する。バルクは後から出て一匹ずつ確実に頼む」

「わかった」

 現在ウルクナルは、大柄のエルフバルクと共に、前回と同じトートスの森に潜っていた。二人は茂みに隠れ、前方から接近してくるゴブリンの集団を待ち構えている。

 数は全部で四匹。装備は前回同様、粗悪な金棒に毛皮の貫頭服だ。


「しゃあッ」

 ウルクナルはグローブを握りしめ、叫びながらゴブリンの集団に接近する。突然の襲撃に驚き戸惑うゴブリン達。先頭の一匹に狙いを定めたウルクナルは、左腕を伸ばしハンティングする猛禽類の如き動作で、擦れ違い様に頭部をキャッチ。正面の木の幹にスピードを殺さず激突させた。ゴブリンは断末魔を上げる暇もなく死んだ。

 そして、動揺しているゴブリンの集団に、エルフの巨人がハンマーを携えて襲い掛かる。

「ふんッ」


 天高く振り上げられたハンマーが、ゴブリンの脳天目掛けて振り下ろされた。バルクの腕力と蓄えられた位置エネルギーによって、金棒は完全に地面へ埋まり、魔物の肉体は粉砕。物言わぬ肉片が弾け飛ぶ。

「はあッ」

バルクは、地面にめり込んだハンマーを引き抜くと、続け様に空間を真横に薙ぐ。更に一匹のゴブリンの上半身が跡形もなく消し飛んだ。

「最後の一匹は貰った!」

 ウルクナルは飛び上がると、最後のゴブリンに飛び膝蹴りを加え、頭を両手で掴むと、ボード代わりにして地面を滑る。摩り下ろされたゴブリンは、ウルクナルが飛び退くと絶命していた。


 周囲に魔物の気配はない。人生二度目、本日一度目の戦闘も無傷。ウルクナル達の完勝に終わる。この戦闘によって、ウルクナルはレベル四にバルクはレベル二へとそれぞれレベルアップを果たし、皮算用だが銀貨十二枚を獲得したことになる。

 銀貨十二枚、これを二人で山分けするので、一人銀貨六枚。銀貨六枚、六百ソルをエルフのGランク冒険者が稼ぐには、死体撤去作業三時間、下水道掃除十時間を要する。

 大金だ。


 ウルクナルが住んでいるボロ家の家賃が一カ月銀貨十枚である。わずか数分の戦闘で、家賃の六割を確保できてしまえたのだ。

 魔物討伐の報奨金を実際に得るには、自分達が魔物を斃したことを証明しなければならない。方法は、魔物の特定の部位を切り取り、商会へ持参するのだ。

 ゴブリンの場合は両耳である。ウルクナル達は手分けして耳を回収し、次の獲物を求めて森を彷徨い歩いた。

 二人の戦闘は続く。

「前方からゴブリン、数六!」


「俺が先行するッ」

 バルクは、タワーシールドとハンマーを持ち、ゴブリンの集団目掛けて突進した。シールドを前面に構えた突進によって、小柄なゴブリン達は、ボウリングのピンのように蹴散らされ、シールドに付着する緑の染みとなった。

 二匹を挽き殺したバルクは、右手に握られたハンマーを軽々と振り回し、残りのゴブリンを薙ぎ倒す。ものの十秒でゴブリン部隊は殲滅された。

 バルク、レベル四へ上昇。

「俺の分も残せッ」

「早い者勝ちだッ!」


 バルクは魔物の体液が付着した顔で満面の笑みを作ると、ハンマーを振り上げて勝利を喜ぶ。が、急に彼の顔に影が差す。

「次の先制攻撃も任せろ、と言いたいところなんだが……」

「どうした?」

「むう、盾が壊れた」

 見れば、盾の持ち手部分が大きく潰れている。まるで、遥か遠方の山岳地帯に住まうという、高レベルモンスターのビッグフットに握り潰されたかの如く。

「確か、この盾ってバルクの手作りなんだっけ?」

「そうだ、金が無くてな。建築系のギルドに進んだ昔馴染みのエルフに頼んで、廃材を貰い受け自作したんだが」

「んー。戦闘、まだ続けられるか?」


「ああ、それは問題無い。むしろ、早く次の魔物を探さねば。新しい盾を買う為にもな!」

 愛用している武器や防具が壊れるのは、戦術の幅が大きく狭まるのと同時に、思い入れがあればある程、精神的に堪えるものだ。それを気遣ってのウルクナルの言葉だったが、バルクは探索の続行を強く希望した。メインウェポンのハンマーは一つの鉄の塊なので壊れる要素がないし、バルク本人も元気があり余っている。

 ウルクナル一行はトートスの森での探索を再開した。


 数分後。

「止まれバルク、何か居る」

「ゴブリンか?」

「いや、四本足の毛もくじゃら。細長い顔に二本の牙が生えてる」

 先行していたウルクナルがもたらした情報から、バルクはその魔物の正体を推測する。

「それは、恐らくワイルドピッグだな。きっとウルクナルも食べたことある。街の肉屋で揚げ物にして売っているだろう?」


「あの肉かー。……ということは、結構な値段で買い取って貰えるのか?」

 ウルクナルの居る茂みまで辿りつけたバルクは、目を凝らして魔物を捉え、ワイルドピッグだと確信した。中々の大物で、二本脚で立たせれば小柄なウルクナルの身長よりも大きい。

「正確な相場は分からないが、アレよりも二回り小さなワイルドピッグを、肉屋が銀貨十五枚で引き取るのを見たことがある。討伐報酬は銀貨五枚だ。証明部位は……まあ頭を持って行けば大丈夫だろう」

「へえ、銀貨十五枚で肉屋が。つまり、それだけ美味いってことだな……」


 ウルクナルは、王都を初めて訪れた際に行われていた王女誕生祭の様子を思い浮かべた。確かワイルドピッグの肉は、お碗大盛りで銅貨五十枚という値段で売られていたはずだ。何度、屋台から漂ってくる芳しい香りに口を湿らせたか。

 過去を思い出す毎にウルクナルの目は座り、茂みでキノコをはんでいる魔物が生肉と銀貨の塊としか認識できなくなっていた。

「バルク、獲ったら山分けな?」

「かまわないが、アイツは結構強いぞ? 確か、レベル七前後だ。俺に盾が有れば、突進を受け止めて完封できるだろうが」

「問題ないッ」

「あ、おい」


 ウルクナルは石弓で弾かれたかのような速度で、ワイルドピッグ目掛けて一直線に突っ込んだ。これではウルクナルとワイルドピッグ、どちらが猪なのか、猪突猛進ここに極まれりだが、これが一番効率良く確実なのだ。

自分に脳味噌が足りていないことなどウルクナルは百も承知している。ややこしい作戦を立てるよりも、シンプルで素早く行動できるのが、猪突猛進の数少ないメリットだ。もちろん、デメリットの方が遥かに多い。

 ウルクナルは、メリットを最大限生かした速攻で、ワイルドピッグに先制攻撃を行う。

「肉と銀貨ッ」

背後からの奇襲に成功したウルクナルは、奇声を発しながら飛び上がり、全体重を乗せた両足の踵で、魔物の首に着弾した。まさに、ギロチンである。

 食事中だったワイルドピッグは、ウルクナルの足の下で物言わぬ肉塊へと変化。ウルクナルはレベル五に到達した。


「よしッ」

「流石だな、ウルクナル。呆れて何も言えん」

「盾構えた突進で、ゴブリンを押し潰すバルクに言われたくない。――バルク、血抜きするから手伝ってくれ」

「できるのか?」

「できる、村に居た頃は散々やらされた。解体って疲れるし、気持ち悪いしで、人間はみんなやりたがらないから、エルフに押し付けるんだ」

「なるほどなー。俺は王都の生まれだから村での暮らしを想像するのは難しい。だが、都でも村でも、エルフに押し付けられるのは、辛く苦しい役目ばかりなんだな」

 腰から短剣を取り出したウルクナルは、首を掻き切る。そしてバルクに首を下にしてワイルドピックを持ち上げて貰い、血が抜けるのを早めた。

 手際良く血を抜いた後、首から肛門まで腹を開き、内蔵を取り出したウルクナルは、バルクに太くて丈夫な枝の捜索を頼み。その合間に頭部の切断を試みる。ウルクナルの解体に用いている短剣は、もはや剣よりも果物ナイフみたいな代物で、自重が軽く、首の切り落としにやや手こずったが、バルクが使えそうな木の幹を持ってくる少し前に完了。


 持っていた縄で前足後足をそれぞれ縛ると、股に棒を通して持ち運びやすくする。

「今日は帰ろう」

「そうだな、あれだけ闘ったんだ。多分レベルも上がっただろう。大物も獲れたし、盾も壊れたし……」

「バルク、お前やっぱり盾が壊れたのが……」

「少し悲しい」

 そう言って、彼は鼻を一回鳴らす。

 

 ワイルドピッグ一頭を棒に吊るし、その両端を肩に乗せて三時間の帰り道を踏破した二人は、どこかビクビクしながら城門に向かったが、前回のような騒ぎは起きなかった。

 冒険者だと証明するギルドカードを見せれば、城門を通して貰えるという当たり前の対応に、感激するエルフ二人組。彼らは肉を担いだまま夕刻の街道を歩き、一路肉屋へ。

 ワイルドピッグの肉は、血抜きなどの前処理が完璧に行われていたので、肉質が良く。また、大物だったので、銀貨四十枚の値が付けられた。

 嬉しい誤算に大喜びした二人は、そのまま銭湯に直行。汚れや匂いを洗い流して、商館へと向かう。

「はー、疲れた」

「よし、先ずは換金だな。ウルクナル、休むのはその後だ」

「バルクの体力には呆れるよ、ほんと」


 スピード重視のウルクナルは、持久力があっても馬力がない。バルクはその逆だ。魔物の肉を担いだ三時間の山道踏破は、ウルクナルの意識を夢の世界に誘おうとしている。入浴中も、湯船の中でうつらうつらとしていたウルクナルは、千鳥足で商館の門を跨いだ。

その直後。正面に立ちはだかるエルフの女性。

「お帰りなさいませ、ウルクナル様、バルク様」

「ただいまナタリア」

 と、ウルクナルが挨拶して横を通ろうとすると、彼女はスッと動き、ウルクナルの進行を阻む。ナタリアは普段通りのアルカイックスマイル。表情から心を読み取るのは不可能だ。

「えっと、何?」

「ウルクナル様、商会が開設している冒険者初級講座はお受け頂いていますでしょうか?」 

「初級講座? それって金貨一枚のヤツ?」

「いいえ。金貨一枚が受講費用に掛かるのは冒険者基礎教練講座。私が申し上げているのは、費用銀貨一枚の冒険者初級講座です」


「えっと……うん。多分受けてないと――」

「はい、ウルクナル様は受講されていません。バルク様もです」

「――!」

 ウルクナルは言葉を遮られて断言され、急に言葉の矢面に立たされたバルクの心臓は、一拍強く打つ。

「でなければ、これ程初歩的なミスを犯すはずがありません。配慮を心得ている冒険者は、城壁の外から帰還すれば真っ先に商館の裏手へ回り、ゴブリンの耳、ワイルドピッグの頭などの生臭い証明部位は換金してしまうはずなのです」

 ナタリアの口調は段々と棘が増し、言葉の節々に沸々とした怒りが滲んでいる。

「ここは、どこですか?」

「え?」

「ここはどこだと聞いているんです」

「……商会です」


「そうです。トートス労働者派遣連合商会の本部、通称商館の一階正面フロア入り口です。ここはトートス王国の経済の中枢なのです。貴族はもちろん、王族ですらご利用になられる場所なのです。その自覚はありますか?」

「…………」

「…………」

「ここは決して、ワイルドピッグの頭をむき出しで持って入って良い場所ではないわけです。わかりますか?」

「で、でもナタリア! カルロはここで証明部位を換金していたじゃないか!」

「以前にも申し上げましたが、商館一階は本来、証明部位を持ち込んではならないなの場所です」

咄嗟のウルクナルの反論に、ナタリアの瞳は一層研ぎ澄まされ、同時に深い失望の溜息を吐く。

「あの時のカルロは例外中の例外です。彼は高位の冒険者であり、持ち込んだ証明部位はとある魔物の甲殻であり鉱物に近い。そして徹底した洗浄消臭などの処理が行われていました。お二人が持っているような証明部位とは何もかもが違うのです。ウルクナル様、わかりましたか?」

「……はい」

 ナタリアの説教は続く。


「お二人は、前回が初の探索で、しかも色々とイレギュラーな事態に巻き込まれたりもしましたが、それは言い訳になりません。冒険者は自由ですが、同時に相応の責任を負わなければならないからです」

 ナタリアの説教はまだまだ続く。彼女の説教は、非常に長く、ネチネチとしていて、恐いというよりも純粋に苦痛でしかない。鈍感で横暴な冒険者に、どれほど有難い説教を唱えても馬の耳に念仏でしかないと知っているのだ。

 だからナタリアは、真綿で締め上げるような説教を行い、精神的に追い詰める。頭の足りていない人種が大多数を占める冒険者には、人の目がある一階の大門前で延々と罵り続け、羞恥に塗り潰されるのが最も効果的なのだ。

 この日エルフの二人は、ナタリアにこってりと絞られ、解放されたのは商館の大門が施錠される深夜。結局、証明部位の換金もできないまま、ウルクナルとバルクはスゴスゴと借家に逃げ帰った。


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