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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『エルフ・インフレーション1巻~6巻』発売中!
第三章

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革新の調15

 

 立ち入り禁止の立て看板が無数に連なる無人の長城を乗り越え、無軌道に草原を歩いて一時間。彼らは早速、未踏破エリアの洗礼を受けていた。


「――くッ! 何て強さだッ」

「ちょっと、ゴブリンの癖に上級魔法まで使うのッ!?」

 出現したのは、レベル三百の魔物、未踏破エリアに生息する四匹のゴブリンであった。


 緑の肌に乱杭歯、トートスの森にも生息しているゴブリン通常種の特徴を継承しつつも、健脚剛腕の鍛え抜かれた肉体に、威風堂々たる魔物鉄ドラゴンの鎧を纏い、名剣を携え、更には火系統の上級魔法を自在に操る。

 このエリアに初めて足を踏み入れた冒険者は、こんな化物がゴブリンのはずはない、と悪態を吐くことになるだろう。

 これこそが未踏破エリア第一の洗礼であり、ドラゴンを屠ったことで天狗になったSSランク冒険者の鼻を根元から圧し折る存在なのだ。


 その魔物の名は、アーキタイプゴブリン。未踏破エリアに生息するレベル三百の雑魚モンスターである。


 彼らは弱いモンスターであるが故に、必ず徒党を組んで出現する。最低でも二匹、大群ともなれば数千匹単位の集団を形成して未踏破エリアの草原を徘徊し、格上の魔物に闘いを挑む。それこそが、この未踏破エリアのカースト最底辺に位置する魔物が編み出した生きる術なのだ。

 アータイプゴブリン四匹におくれを取るようでは、この先、生き残るのは絶望的と言わざるを得ない。しかしまだ、希望はあった。


「――ッ」

「ジェシカッ!」

 魔法を放とうと、杖を抜いて足が止まっていたジェシカに、正面から接近したゴブリンの斬撃が直撃し、斬り飛ばされる。コリンは慌ててジェシカへと駆け寄った。


「平気、大丈夫」 

 彼女の確りとした声を聞いて安息したコリンだったが、その胸元を見て驚愕する。

「――鎧が」

「え? ……ああ!」


 魔物鉄レッドドラゴン製の重厚な胸部プレートが、大きく切り開かれ、隙間から鎖帷子が露出している。幸いにも鎖帷子で刃は止まっていたが、紙一重であることには変わりない。じっとりとした気持ちの悪い汗が、怖気の後に時間差で噴き出す。

 慌てて立ち上がったジェシカは、杖と剣を油断なく構えながら、ややヒステリックな声でコリンに語り掛ける。


「アーキタイプゴブリンの装備ってドラゴン製じゃなかったのッ!? どうしてレッドドラゴン製の鎧が切り裂かれたのよッ!?」

「分かんないよッ! 僕の剣も何度か打ち合っただけで刀身がボロボロだし……」

 魔物と鍔迫り合いを繰り広げていたコリンの剣も、ジェシカの鎧と同じで酷く傷ついていた。硬さも靭さも、その性能の全てが、冒険者達のレッドドラゴン装備が上回っていたにも関わらず。魔物の、性能で劣った剣は、冒険者達の装備を穿ち、刻んだ。


 銅の矛で、鉄の盾を貫くような不可解な現象に、パニック寸前の彼ら。

 撤退の二文字が脳裏を過ぎるが、逃げなど許されない。逃げる気も更々なかった。初戦で逃げたのでは、ここで二週間闘い抜くことなど夢のまた夢。それに、コリンもジェシカも今以上に絶望的な状況を味わった経験がある。ドラゴン連山で遭遇したワイバーン。あの時味わった逆境に比べれば、まだまだ温い。死の淵には遠かった。


 ワイバーンに襲われた時の絶望と現在の絶望を比較し、現状の優しさを知ったジェシカ。冷静さを取り戻した彼女は、四匹のゴブリンを入念に観察する。

 銅の矛で鉄の盾を喰い破ったタネが絶対にあるはず、そう踏んだのだ。


「――ん?」

 ジェシカは、僅か五秒足らずでタネを発見してのけた。目を凝らさずとも、アーキタイプゴブリンの全身が、水色の膜につつまれているのが分かるではないか。自分がどれだけ焦り、自己を見失っていたのか痛感させられる。


 あれは紛れもなく、魔力が消費される輝き、魔力光。色合いから推測するに、初級魔法程度の魔力を連続して消費しているようだ。数値に当て嵌めるなら、毎秒二十から五十の間だろうか。とにかく、アーキタイプゴブリンは、原初魔法を行使していることを看破したジェシカ、見抜いた情報をコリンにも伝えた。


「ゴブリンは、体に魔力を纏っているみたい」

「え?」

「ほら! 体の表面が薄く光ってる。間違いなく魔力光。白化した後に教えてもらった例の新系統魔法……原初魔法だと思う」

「確かに、ぼんやり光っているみたいだけど。……魔物がどうして新しい系統魔法なんか使えるのさ」

「分かんないわよッ! ――でも、体に魔力を纏うと、あそこまで強くなるみたいね」


「ねえ、ジェシカ、魔力って体だけじゃなくて、剣に纏わせられるのかな?」

「できると思う。じゃないと、魔物の剣が私の鎧を切り裂いた説明がつかない」

「よし! だったら」

 敵が原初魔法を使うのなら、こちらも使えば良いだけのこと。


 胸元で剣の柄を両手で握りしめ、切っ先を一匹のゴブリンに向け、地面に対して剣の平を水平に構えた。そして硬く鋭くというイメージを懐きながら、剣の先端に有らん限りの魔力を注ぐ。


「コリンッ!」

 背でジェシカの叫びを受けながら、足の裏で魔力を爆発させ、コリンはゴブリンに肉薄する。

 手元に、ブラックベアーを解体した時と同じ感触が伝わった刹那、ゴブリンの首は血しぶきと共に天空へ弾け飛んだ。コリンの剣は、魔物の障壁を容易く貫いて、首を串刺しにした。その際、刀身に宿った魔力と魔物の魔力とが反発して、首がコルク栓のように飛んだのである。


「斃せるっ!」

 コリンの雄姿にジェシカも負けじと続く。接近し、魔力でコーティングした剣を振るう。すると、レッドドラゴン製の剣は、その本来の切れ味を思い出したかのように、ドラゴン製の鎧に包まれたゴブリンの胴体を二つに斬り裂いた。


「ジェシカ、後ろ!」

「――!」

 背後からゴブリンが斬り掛かる。気付いたコリンが叫ぶも、間に合わない。

 刃が、ジェシカを切り裂くかに思えたが――。


「ゴブリン風情が、よくも私の鎧を傷つけてくれたわね」

 ゴブリンの切っ先は、振り下ろされる寸前で見えない壁に阻まれ、空中で停止していた。魔力障壁同士が接触し、せめぎ合う。衝撃波が地を抉り、旋風を引き起こす。


 こうなればもう、勝負の行方は単純な我慢比べ、性能の高い方が勝つ。

 そして、ゴブリンと白化したエルフであるエルフリードとでは、隔絶した肉体性能の開きが存在する。同じレベル三百でも、魔力貯蔵量も魔力回復量も、その他全ての能力も、エルフリードの方が圧倒的に高性能なのだ。ジェシカは、脳天から剣を振り下ろし一刀両断にする。


 残す一匹もコリンが斬り伏せ、草原に静寂が戻った。

 コリンとジェシカはどうにか、アーキタイプゴブリンとの初戦闘に勝利した。

 武器や防具の損耗が激しく、非常に危うい勝ち方ではあったが、彼らは勝利したのだ。

 原初魔法について、ウルクナルやバルクから教わっていたにも関わらず、その実用性と危険性を自分達が今一理解できなかったがことが悔やまれる。


 始めから魔力障壁を纏って闘っていれば、苦戦することもなかったはずだ。

 しかしながら、済んでしまった過去の闘いについて悩み続けるのも無益というもの。手痛い経験から得た貴重な教訓という形で、心の棚に飾った。


「うえー」

「……うぷっ」

 闘いの後は素材調達の為の解体だ。

 二人は、辺りに充満するゴブリンの悪臭に何度もえずきながら、短剣で切り開いた体内を探る。四匹のゴブリンから四個の魔結晶を獲得した。


 解体の後、血に濡れた手を魔法で生み出した水で洗っていると、ジェシカは、魔力障壁で全身を包んでから作業すれば、嫌な思いをせずに済んだのではと思い至るが、これも後の祭りだった。次からそうしようと、コリンにも伝える。


「どうするコリン。手に入れた魔結晶、……ここで食べちゃう?」

「そうしよう。次の闘いの為にも、レベルアップは早めに済ませておかないと。ジェシカが先に食べてよ、僕はその間見張りするから。僕の時は、そっちが見張りをお願い」

「わかった」


 気体魔結晶の作り方は、ウルクナル達から聞き及んでいる。魔結晶の中心部に魔力を注ぎ込むイメージを持つことが重要などの、魔結晶を液化や気化させるコツも、ジェシカ達はマスターしていた。二人はそれぞれ二個の魔結晶を吸収、六のレベルアップを果たし、レベル三百六に到達する。


「……どう?」

「ちゃんと上がってる。数値も計算通り」

 レベル測定器を向ければ浮かび上がる三百六の文字。心なしか肉体も強化された気がした。

 事前準備を終え、次の闘いを求めて未踏破エリアを彷徨い始めた。

 コリンとジェシカは、アーキタイプゴブリンを相手に幾度も闘いを重ねる。


 総計。

 コリン、ジェシカ共に、五百四のレベルアップを果たし、レベル八百十に到達する。




「そろそろ日が沈むし、今日は、ここまでにしましょう」

「うん、そうしよう」

 気付けば、日が大分傾いていた。


 魔道具やジェシカの魔法によって、夜でも容易に明かりを確保することはできるが、夜の未踏破エリアで、人工の明かりを生み出すのは自殺行為に他ならない。事前に教わっていた通り、せっせと野営の準備を進める。

 夜の未踏破エリアは、地下でやり過ごせ。バルクから教わった知恵である。何でも、夜の未踏で破エリアは、魔物の楽園であるらしく。草原のど真中で明かりを得ようものなら、あらゆる夜行性の魔物を引き寄せてしまうらしい。


 未踏破エリアには、まだまだ未知の魔物が犇めいている。万が一、レベル一万の魔物を呼び寄せでもしたら、目も当てられない。どうしても夜間に明かりが必要な場合、魔法で穴を掘り、その中で灯すなどの工夫が必要なのだ。


 とはいえ、ここには土系統魔法を扱えるジェシカが居る。

 レベル八百十、貯蔵量八万の魔力貯蔵庫を幾度も空にしながら魔法を行使し、未踏破エリアに地下シェルターを完成させた。

 地下への入口は、地面に敷設された潜水艦で見受けられるような、円形の金属製のハッチである。肉厚なハッチの表面には、土を盛り、未踏破エリアの地面に生える植物と同種の草を生やしている。カモフラージュの為だ。


 魔力で生み出し、ドーム状に形成した分厚い魔物鉄ワイバーン製の装甲板は、身長数十メートルに達するタイタンに踏まれても、建物が地中深くに沈むだろうが、潰れはしない。

 地下シェルター内部は、頑丈さに重きを置いた為に手狭だが、身を寄せ合い、コリンとジェシカが寝起きするには十分な広さがある。

 理屈では語れない男女のあれこれも一考したが、コリンだからと信頼し、ジェシカは深く考えなかった。


 便利な水系統魔法と火系統魔法で、手早く体の汚れを落とし、二人揃ってベッドに潜り込む。天井付近では、持ち込んだマジックランプが、省エネルギーモードでぼんやりと発光していた。


 食事に関してだが。魔結晶を大量に摂取したので、コリンもジェシカも通常の経口食を摂取する必要はない。ちなみに、日々十分な魔結晶を摂取しているはずのウルクナル達が大飯食らいなのは、食事を魔力に変換しているのもあるが、貧乏時代からの持病、食べられる時に食べておけ症候群の発作でもある。


(どうしよう、眠れない)

 ベッドに入って暫くの時間が経ったが、ジェシカは寝付けないでいた。王都で徹夜し、そのまま未踏破エリアに赴いて、かつて経験したことのない連戦を戦い抜いたにも関わらず、体は疲れていなかった。睡眠を必要としていないのだ。

 目を閉じて動かない、何も考えない。ベッドの上で眠ろうと試行錯誤することが、こんなにも苦痛なものなのかと、これまで不眠とは無縁だったジェシカは、溜息を吐く。

 自分のすぐ隣からは、人肌の温もりと安心する匂い、それから規則正しい呼吸音が聞こえてくる。声を掛けてみることにした。


「起きてる?」

「うん、起きてる」

 コリンも眠れずに起きていたらしい。ジェシカは彼と少し話すことにした。声のトーンが自然と上がる。


「何か、色々有ったはずなのに、全然眠れなくって」

「僕も、昨日徹夜したのにね。やっぱり、白化、エルフリード化したからなのかな」

 会話は一旦途切れ、再び静寂が蔓延る。コリンは、会話の続行を試みた。

「ねえ、ジェシカ。前から気になってたんだけど、エルフリードって何? 有名なの?」


「……知らなかったの?」

「知らないよ、僕学校行ってなかったし」

 仕方ないわねー、とジェシカは得意げになって語り始めた。


「エルフリードは、二千年ぐらい前に存在したとされるエルフの英雄の名前。聖書にもそれらしき人物が出て来て、人間や神様からも一目置かれていたんだって」

「どんなことをしたエルフなの?」

「文献によると、ビックアントの洞窟に乗り込んで、ビックアントクイーンを単独で斃したらしいの。彼が、史上初めてビックアントクイーンを単独で斃したエルフってことになってる」


「へー。……エルフリードが凄いのは分かったけど。どうして、白化と伝説のエルフが結び付くの?」

「エルフリードも、白い肌と銀色の髪を持っていたからじゃない?」

「そうなんだ」

 コリンは自分の手の甲を見詰める。薄暗い地下シェルターの中でも、己の純白の肌はおしろいを塗ったかのように浮かび上がっていた。


 ふと視線を感じて左を向けば、目と鼻の先にジェシカの顔があった。

 ジェシカは、二週間前の彼女からは想像もできないような、優しく柔らかな表情をしていた。彼女は、体をコリン側に向けて横たえている。狭い地下シェルター内、二人の距離は無いに等しく、温もりも息遣いも感じられた。高鳴る心臓の鼓動まで聞かれてしまいそうだった。

 目が泳ぐ。この無言が苦痛というわけではないのだが、妙に気恥しい。

 彼女の甘い吐息が漂ってくる。


「――っ、エ、エルフリードも、魔結晶を食べて白化したのかな?」

「分からないけど、それは無いんじゃない? ドラゴン連山のドラゴンに負けて死んだらしいから、白化したにしては弱過ぎるわよ」

「……確かに、白化していたにしては弱いね。でも、もしかしたら、僕達みたいに原初魔法を使わなかったのかもしれない。――魔力を四系統のどれにも変換しないで、体に纏う? それのどこが強いのさ? って感じで」


 おどけた口調で言うコリンに、ジェシカは小さく笑った。釣られてコリンも笑う。

 コリンは、自分が何を喋っているのか、全く把握できていなかった。ジェシカを妙に意識してしまい、軽いパニック状態だったのである。けれども決して、悪い気はしなかった。




 十五日目。

 シェルターから出て早々、コリンとジェシカは危機に瀕していた。


「何匹居るのよッ!」

「――沢山?」

「見りゃ分かるわよッ!」

 見渡す限りのアーキタイプゴブリン。三百六十度アーキタイプゴブリンだらけ。二人は、数千匹の魔物の大群と鉢合わせしてしまったのだ。


「――はあッ」

 コリンが持つ魔力を纏った剣は、アーキタイプゴブリンを肩口から二分する。別のゴブリンの攻撃をバックステップで回避しつつ、水平に斬り払う。追撃する為に接近してきたゴブリンは臓物を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 ゴブリンの斬撃を下半身の屈伸によって回避し、レベル八百十が成せる腕力によって、両手剣を片手で振り抜く。斬撃はゴブリンの両手を切断し、握っていた剣が地面に突き刺さり、金切り声を上げて絶叫する魔物を、コリンは斬り捨てた。

 その後も、背後から迫る二匹、前方から迫る一匹、左側から迫る三匹を瞬く間に斬り伏せる。


「ファイアーインパクトッ! ファイアーインパクトッ! ファイアーインパクトッ!」

 ジェシカの杖が三連続で青色に輝く。

 天上に煌めく四つの恒星。三国史上最高の魔法使いとして名高い、エルフリードのサラが考案した魔力消費三千五百を誇る魔導師級火系統魔法、ファイアーインパクト。


 天空から落下してきた巨大な火球は、地面と接触して潰れ、圧縮されていた業火が一挙に解き放たれる。

 劫火が大地をなめ、轟音と共に地表を天へと巻き上げた。爆風によって成す術なく四方八方に吹き飛ぶ幾百ものアーキタイプゴブリン。魔物は魔力障壁で守られている為、爆風で魔物を無力化するには至らなかったが、直撃した数十のゴブリンを跡形もなく焼却した。また、吹き飛ばされ同族の無残な姿を目の当たりにし、恐慌状態に陥った百数十匹のゴブリンが退散していく。


 それでも、アーキタイプゴブリンの攻勢に衰えはない。次々と止め処なく襲い掛かってくる。魔力節約の為にジェシカも剣を使いながら、二人してゴブリンの骸を量産し、骸の石垣を築いていく。


「はあ、はあ、はあ」

「……きりが無い。ジェシカ、魔力の残りは?」

「ある。けど、魔力回復が追い付かない。この調子で消費したら……」


「足りなくなったら、僕の魔力も使って」

「――でも!」

「良いから、大群には大規模魔法が効果的だし、僕の魔力は余り気味なんだ。デッカイのブチかましてくれ」

「うん……。わかった!」

 コリンは斬り掛かってくるゴブリンを次々と斬り伏せ、ジェシカは魔導師級魔法を連発している。コリンがジェシカを守り、ジェシカが広範囲の魔法でゴブリンの数を大幅に減らすという作戦だ。


 しかしそれは、消耗戦である。

 戦闘が開始されて既に一時間。斬れども斬れども湧きあがるゴブリン。心なしか、当初よりも増えている気さえする。これだけ派手な戦闘を繰り広げているのだ。援軍など呼ばずとも勝手に集まってくるのだろう。


 レベル八百十に到達したことで、魔力量も腕力も、レベル三百の頃と比べ格段に強化されたものの、数千対二という圧倒的な数の前には些か心細い。

 更に、増援も無尽蔵。一層、絶望度が増す。多少危険を冒さなければ、この一戦を生き抜くのは厳しそうだ。


「コリン、大規模な魔法を使う! 伏せて!」

 状況を打開する為にも、ジェシカは奥の手を披露することにした。

「――ッ!」

 ジェシカは、貯蔵庫を空にする勢いで、両手に携えた剣と杖を束ね、一本の媒体と見立てて魔力を注ぎ込む。その光景を目の当たりにしたコリンは、本能的に五体を地面に投げ出した。


 束ねられた剣と杖の先端から伸びるのは、百パーセント魔力で構築された全長三十メートルにも及ぶ刃、名付けて、斬軍刀。斬馬刀ならぬ斬軍刀。軍を斬る刃である。


「おぅりゃアアああッ!」

 薙ぎ払う。斬馬刀の一薙ぎが一騎を両断するなら、斬軍刀の一薙ぎは一軍を両断する。

 藍色の光の束が、周囲二百七十度、半径三十メートル圏内に蠢いていた全軍の三割にも及ぶアーキタイプゴブリンを一刀両断、一掃した。

 兵力の三割を失う。それはつまり、事実上の全滅を意味する。

 一個の集団が一太刀で全滅した。

 伏せていたコリンが顔を上げた時、彼の目に飛び込んで来たのは、両断されたゴブリン一千匹が同時に崩れ落ちる光景。そして、満タンのバケツ千杯を一斉にひっくり返したかのような水の音と、死ねなかったゴブリンの呻き声であった。


 最後に聞えてきたのは、荒いジェシカの息づかいである。もたらしてくれた戦果から察するに、斬軍刀の一撃で貯蔵魔力を殆ど消費してしまったのだろう。今は耐えてくれと願う他ない。


 今から、この数分間が、この一戦における正念場だった。

 全滅に匹敵する被害を一瞬にして受けたゴブリン軍の退却を狙うには、決して弱みを見せてはならない。疲労を隠し通さねばならないのだ。コリンは、遠慮するジェシカを説き伏せ、何割かの魔力を分け与えると、敵軍に向かって突撃した。

 コリンが敵中に突貫して数分、どこからともなく響き渡った図太い笛の音と共に、ゴブリン達は撤退を始める。

 二人は見事、アーキタイプゴブリンの大群を撃退してみせたのだった。


「勝った、の……?」

「はあー。勝ったー」

 闘いにも、賭けにも勝利した。

 討取ったアーキタイプゴブリンの数は、二千数百匹。対して、こちらは魔力欠乏のみで目立った被害無し。まさに完勝。大勝利と言って差しつけない戦果だ。


「……誰?」

「……僕だけど」

 魔力節約の為に、魔力障壁を展開していなかったコリンは、地面に身を伏したことで、ゴブリンから流れ出た血と臓物の池にダイブしてしまっていた。頭の先から足の先まで深紅の一色。新種の魔物かと見違えんばかりの変貌ぶりに、ジェシカは冗談抜きで、コリンだと認識できなかったらしい。


 眼光には、隠しようのない警戒心が如実に表れていた。

 斬り殺されんばかりの殺気である。コリンは、初めてジェシカと出会った二週間前を思い出していた。

 うかうかしていては、血の匂いに魔物を呼びよせてしまう。ジェシカの魔法で生み出した滝のような水量を頭から被って血を流し、周囲に散乱する肉片と血を押し流して、ゴロゴロと転がっている魔結晶を可能な限り拾い集めていった。

 集めた魔結晶は、洗って乾かした後で地下シェルターに放り込み、片端から魔力を注いでレベルへと変換していく。


 各自が、五百二十六個のアーキタイプゴブリンの魔結晶を吸収し、一千五百七十八のレベルアップを果たす。

 コリンとジェシカは、共にレベル二千三百八十八へ到達した。

 魔結晶を集めて溶かすという作業のみに、二人は日中を費やした。この日、彼らが摂取した魔結晶の数は合わせて一千を超え、レベルは遂に四桁へ突入する。


 まだまだ大量の魔結晶が血肉の間に隠れていたが、日が暮れてきたので放置する他ない。非常にもったいないが、十分過ぎる程の欲を掻き、大成果を得た。これ以上欲張って、日の暮れ始めた未踏破エリアをうろつけば、どんな強大な魔物と遭遇するか想像もできない。

 レベル二千三百八十八に到達しようと、上には上が居ることを忘れてはならないのだ。


 夕刻。

 急速なレベルアップに満足した彼らは、ベッドに横たわりながら会話する。

「そういえば。コリンは、SSSランクを取得したらどうするの? ……エルトシルに帰るの?」

 ジェシカの声は、徐々にか細くなっていった。節々から寂しさが滲み出ている。コリンでも、ジェシカが寂しがっていることが読み取れた。


「僕がどうしてトートス王国で冒険者になったのかって、ジェシカにも話したよね?」

「冒険者として稼いだお金で、……エルフ専用の孤児院を再建するんでしょ?」

「うん」

「……エルトシルに帰るのよね」

 ジェシカの声には昼間の覇気が微塵も感じられない。彼女は今、別れを悲しむ年相応の少女だった。顔を直接見ずとも、声の籠り具合で分かる。悲愴な面持ちを浮かべているに違いない。弱気なジェシカも可愛らしいが、後が怖いので、コリンは無事にSSSタンクを取得した後の、自分の予定を打ち明けた。

「いや、僕は王都に居続けるよ?」


「え?」

「僕の事情は、面接の時にウルクナル達にも話したんだけど、先週くらいかな。ほら、王都の第四城壁建造で、安全な土地が生まれるでしょ? そこにエルフ専用の孤児院を建設する計画があるらしくて、そこに僕の知り合いのエルフ達を入れてみないかって、提案があったんだ」

「じゃあ、エルトシルには帰らないってこと?」

「まあ、孤児院の皆を迎えに行く為に一時的に帰りはするけど、長期間帝都に住むことはもうないかな。あの国のあの街は、エルフにとって最悪の街だから」


「そっか……よかった」

「何がよかった?」

「な、何でもないわよ!」

 トートス王国のエルフ専用孤児院。それは、ウルクナル達エルフリードが第四城壁建設を進めていく上で発案したエルフ特別行政区、略してエルフ特区構想から建設が打ち出された施設だ。


 エルフ特別行政区、略してエルフ特区。

 つまり王都の外縁に、エルフが自治権を有したエルフの為の地域を造り上げるという壮大な計画である。差別の無い街、それこそがトリキュロス大平地に住まう全エルフの悲願なのだ。

 そして当然のことながら、エルフ専用孤児院の建設は慈善事業ではない。

 孤児院は、冒険者としての素養を兼ね備えたエルフを生み出す為の施設でもある。


 孤児院のエルフは全員、新設されるエルフ専用の初等学校に通わせ、基礎学力を身に付けさせると共に、人間に対する過度な敵愾心を芽生えさせないように、情操教育を施すことになっている。

 そして、教育が施されたエルフを白化させるのだ。


 人に憎しみを抱いていない白化エルフの大量錬成。

 大量錬成に伴う王国国力の増強と、エルフの社会地位の向上。一石二鳥にも三鳥にもなるかもしれない計画。それこそが宝石貨二万五千枚が注ぎ込まれて進行中の、エルフ特区構想の真意なのである。




 十七日目。

 コリンが背負って来たリュックには、飛行魔法修得方法なる一冊の冊子が入れられていた。二人は、バルクとサラが見せてくれたような極超音速飛行を自分達も行えるのかと息まき、早速訓練を始めたのだが、どうにも上手くいかない。


 未踏破エリアに来たからといって、毎日魔物と闘っていたのでは気が滅入る。戦士にも休息は必要だし、高速飛行ができるようになれば、何かと便利だろうと、この日は、魔物との戦闘は避け、原初魔法を用いた飛行方法の習得に傾注する二人だった。

 冊子には、足元でレシプロエンジンを魔力で構築し、魔力を燃料として注ぎ、プロペラを回転させ、浮遊する。と書いてあったが、たった数十文字で済ませられる程、その工程は容易くない。


 ジェシカとコリンはまず、見たことも聞いたこともないエンジンという装置の、概念から理解せねばならないのだ。幸いにして、冊子には詳しい図解と、注釈がビッシリと書き込まれていた。ジェシカ曰く、これはサラの文字らしい。

 コリンとジェシカは、シェルター内で半日掛けて冊子を熟読し、星三号エンジンなる装置の概要を頭に叩き込んだ。この装置が、空を飛ぶには必須の発動機関であることは理解したが。そこから更に、コリン達には魔力操作によって、エンジンを完璧に形作るという作業が待ち受けていた。


 エンジンの構造が細部に至るまで精確に描かれた巨大な青写真が出現した時は、これを完全に模倣する為には、一体どれだけの時間が掛かるのかと戦々恐々としたものだったが、コリンとジェシカ作の、魔力製星三号エンジンが完成したのは存外早く、やや太陽が傾いた頃のこと。エンジンの概念を理解してから、僅かに二時間後であった。


 複雑奇怪な構造をしていたエンジンだったが、魔力で模倣するのだけは簡単で、不完全なイメージを持ったまま制作しても、一応はそれなりの形に成る。そして冊子には、エンジンを一応形にできたのならば、即座に試運転しろと書かれていた。

 当然ながら、不完全なエンジンは魔力を注いで発動させると即座に爆発し、破損する。イメージが不完全で、構造的な欠陥が無数に散りばめられているからだ。


 しかしながら、このエンジンは自分達の魔力製。壊れたならば、分解して、青写真と睨めっこしながら修復すれば良いだけのこと。そうやって、爆発修復を何十回と繰り返していく内に、エンジンは完璧に近付き、エンジンを魔力で構築することにも慣れていくのだ。

「み、見てコリン! 飛んでるよ!」

 現在コリンとジェシカは、エンジンを用いた有人試験飛行を行っていた。


 注いだ魔力を燃焼し、八つのピストンが律動、プロペラが高速回転を始め、水色の魔力光を放つエンジンは、ジェシカの体を見事に宙へと浮き上がらせた。しかし、浮遊開始から十秒。異音を上げ、エンジンを覆う外殻から流星のように魔力光を帯びた何かが飛び出たかと思うと、ジェシカは浮力を失い落下する。


「――わわ、わ、――キャ!」

「っと、ジェシカ平気?」

 落ちて来たジェシカを、コリンは両腕を使って固く抱き止めた。


「う、うん。大丈夫。コリン、……ありがとう」

「ど、どういたしましてっ」

「……っ」

 頬を赤くしたコリンは、同じく頬が赤いジェシカをそっと下ろし、両者はまるで照れ隠しのように、暫し破損したエンジンの解析に没頭するのだった。


「んー、あ! ここだ! ネジが足りてない」

 欠陥は、魔力で構成されたエンジンカバーを取り外して即座に判明した。

 注入した魔力を燃焼させる部屋であるところの、ピストンを包み込む容器のシリンダー。そのシリンダーを、星型エンジンの中央部に存在するクランクケースに固定するネジが足りていなかったのだ。損壊状況を見るに、試運転時は回転数が少なかった為に、足りないネジでも持ち堪えていたようだが、ジェシカを飛行させるだけの魔力が注ぎ込まれた時、耐えきれなくなって、シリンダーがエンジンを包んでいたカバーをも突き破り、ロケットのように吹き飛んだらしい。


 大きく穴の空いたエンジンカバーと地面に散らばる粉々のシリンダーが、欠陥を雄弁に語っていた。

 そうやって試行錯誤を行う内に日が暮れ、途中、襲撃してきた三匹のアーキタイプゴブリンから獲得した魔結晶四個を夕食として、この日を終えた。

 エンジンの作成は十八日目、十九日目、二十日目と続けて行われ、二十一日目にしてようやく、図面通りの星三号エンジンは完成する。


 遂にジェシカとコリンは、長距離巡航能力を手に入れたのだ。だが、遊びも兼ねた試験航行を行っていたら日が暮れてしまい。二十一日目も魔物は狩れず、遂に三日分しかない非常食に手を付けてしまった。

 しかしながら、非常食はただの非常食。白化エルフの彼らには腹の足しにもならない。

 いい加減魔物を斃さなければマズイ。そんな危機感を覚えながら、明日は早朝から魔物狩りに行くことを誓い合い、コリンとジェシカは寄り添って空腹を堪えながら朝を待った。


 コリン、レベル二千四百九十一。ジェシカ、レベル二千五百一。




 二十二日目。

 気付けば、未踏破エリアで八回も夜を越えていることに驚愕するコリンとジェシカ。永遠に終わらないかに思えたこのSSSランク昇格試練も、既に折り返し地点を過ぎているのである。


 バルク達は、二十八日目に迎えにくるらしいので、今日を入れて残り六日間を生き抜けば、自分達もSSSランク冒険者の仲間入りを果たすのだ。

 自分達がSSSランク冒険者の戸口に立っているというのに、その実感が一切ない。だがそれも仕方のないことだろう。何せ、コリンもジェシカも、たった三週間前まではペーペーのGランク冒険者で、しかも冒険者の世界で腐った卵と揶揄されるエルフの一桁冒険者だったのだ。

 それが今や、レベル四桁、三国屈しの冒険者になってしまった。


 全てが夢や幻なのではないかと、時折不安になる程に、現在の自分達は、存在そのものが浮世離れし過ぎている。三週間前の常識では考えられない存在へと、劇的に昇華してしまったのだ。


 SSSランク冒険者、レベル四桁。

 正直、浮足立つ。横暴な手段で、現在の自分達にどれだけの力を秘めているのか証明してみたくもある。

 だがその度に、ウルクナルの警告が、全身で感じ取った恐怖心と共に蘇り、沸き立った心身を冷却してくれた。そして冷静さを取り戻した脳裏には、王都で出会った人間達の顔が浮かび、彼らがこれまで、自分達を差別してきた人間とは異なる存在なのだと思い出す。

 自分達は冒険者であり、冒険者とは、魔物を駆除し、国を発展させる為の存在なのだと改めて思い知る。

 コリンとジェシカは、得てしまった強大な力に呑まれることなく。空を駆け、発見した魔物を手当たり次第に駆逐する。


 総計。

 コリン、レベル四千八百三十九。

 ジェシカ、レベル四千七百五十二。


 二人は快調にレベルアップを重ね、およそ五時間でレベルは二倍近くにまで跳ね上がった。この調子で日没まで魔物討伐を続けようと、意気揚々、午後の空を飛行していた時のことである。


「――!」

「――何っ⁉」

 猛烈な殺気が、二人の背筋を貫く。

 空中で止まり、殺気が放たれている方角を向くと、それは居た。

「ジェシカ! あれッ!」

 天空でトグロを巻く白龍。

 神々しい白亜の鱗に、直視した者をすくみ上らせる紅の瞳、雄々しく禍々しい角。魔力という名を借りた、凄まじい神性が大気を振るわせている。

 商会で正式に登録されている全魔物の頂に君臨する魔物、ホワイトドラゴンが、遥か上空から冒険者達を睥睨していた。


「出た……」

「これが、レベル五千、ホワイトドラゴン」

 一瞬、現れたホワイトドラゴンに怯んだコリンとジェシカであったが。

 次の瞬間には覚悟を決め、心を闘志で満たしていく。

「――コリン!」

「――いつでも良いよ、ジェシカ!」

 意志疎通を済ませた二人は、それぞれの武器を抜き、魔力障壁を纏って散開する。


 剣の先に、刃渡り十メートルの魔力の刃を構築したコリンは、先手必勝の攻撃を仕掛けた。しかし、想像よりも遥かにホワイトドラゴンの障壁は分厚く、一応は防御を貫いたものの、減衰が激しく致命傷には至っていない。

 人では致命傷になる一太刀を浴びせても、三十メートル近い大きさのホワイトドラゴンには、やや深めの切傷程度だろうか。


「――ッ」

 だが、その一太刀でホワイトドラゴンは激怒した。魔物の周囲に渦巻く稲妻が、一斉にコリンへ襲い掛かり、黒こげのコリンが、浮力を失って墜落していく。彼は、魔力を火力に傾倒運用している為に防御が薄い。魔物の電撃が大した減衰もなく直撃し、瀕死の重傷を負う。


「コリンッ!」

 ジェシカはすかさず杖を振るう。上級水系統魔法のクイックリカバリーを三度連続して施す、コリンの一部炭化した肉体は瞬時に元の白色に戻り、意識までも回復した。

「あ、ありがとう」

 礼を言ったコリンは、貯蔵魔力も幾分割き、防御に回す。直撃が相当堪えたらしい。


「やっぱり強い。レッドドラゴンとは大違い――」

 その瞬間、ホワイトドラゴンの口が開き稲妻の塊が発射される。

 二人は寸前で回避した。

「――っと、……当たり前でしょ? 現在確認されている最強の魔物なんだから。合計レベルで勝ったくらいで油断しちゃ駄目じゃない! 碌な防御もせずに突っ込んで、芯まで丸焦げにならなくて良かったわね」


「う、うん。ごめん。でもそうなると、ホワイトドラゴンに有効な一撃を加えるには、相当の魔力を消費しないと」

「ホワイトドラゴン、相手にとって不足なし! 覚悟ならとっくに済ませてるわ」

「……ジェシカ」


 ジェシカは剣と杖を握りしめ、猛禽類のような表情を浮かべながら言った。

「夕飯は、ホワイトドラゴンのステーキね!」

「あはは。それなら、頑張らないと」

 ジェシカが生唾を飲み下すのを横目に見たコリンは、苦笑しながら魔力を捻出し、剣に付加する。

「……それでジェシカ、作戦は?」


「無いわよ」

「え?」

「真っ向勝負。当たって砕けろ!」

「砕けちゃ駄目だと思うんだけど……」

「うるさいわねッ! 男ならツベコベ言わずに突撃あるのみでしょうが!」

「――油断しちゃ駄目って言ってたじゃん」

 ジェシカに聞かれるのが怖かったコリンは、ボソボソと呟くのだった。


「来るわよ!」

 ホワイトドラゴンの口腔より、再度、青白い稲妻の塊が放たれた。その攻撃を、二人は寸前のところで回避する。回避が少しでも遅れていたなら、骨の髄まで消し炭にされていただろう。


 稲妻を避けつつ、ジェシカは魔法を行使するが――。

「……やっぱりこの程度ではダメか」

 上級土系統魔法と上級風系統魔法の合わせ技によって放たれた巨岩は、稲妻に貫かれて融解し、直撃する前にドロドロに溶けてしまう。一体どれだけのエネルギーが、魔物の発する紫電に秘められているのか想像もつかない。岩石がマグマになる様を目の当たりにしたコリンは、よく自分は死ななかったものだと胸をなで下ろした。


 ホワイトドラゴンは再度、たてがみのように紫電を纏い、長い胴をくねらせ、雷の束を口から吐き出す。その細長い胴に纏った紫電は、魔力障壁としても機能しており、ジェシカが放った上級魔法による攻撃のことごとくが通用しなかった。


 斬りつける為に接近したコリンは、厚くした障壁で電撃を挫こうとするも、電撃の刃は障壁を貫き、その身を容赦なく焼いた。だがコリンは歯を食いしばって意識を繋ぎ留め、魔力の刃で魔物の障壁を抉じ開け、斬りつける。美しくも想像し得ない程に硬質な鱗を深紅に染めるが、浅い。前の一撃よりもなお、浅かった。

 コリンだけでは、防御に魔力を割く分、火力不足は否めない。であるならば、連続攻撃を仕掛けるまでだ。


「ジェシカ!」

「任せてッ!」

 コリンが斬り裂いた魔力障壁はみるみる閉じかけていた。折角こじ開けた活路を無駄にするわけにはいかない。役割を終えたコリンは瞬時に離脱し、ジェシカに最前列を明け渡す。まさに阿吽の呼吸だった。


 ジェシカは、貯蔵魔力の五割を剣に注ぎ込み、巨大で頑丈な魔力の刃を構築すると、魔物に向かって一直線に突貫する。

 閉じかけていた魔物の障壁を再び抉じ開け、ホワイトドラゴンの胴体に、巨大な魔力の刃を突き立てた。鱗を、肉を、骨を突き破り、魔力の剣は魔物を串刺しにする。ジェシカは深く突き刺さった剣を手離し、離脱した。


 体を貫かれた激烈な痛みに浮遊の制御も儘ならないのか、ホワイトドラゴンは無残に墜落し、地に叩きつけられた。そのはずみで、ホワイトドラゴンの胴を貫いていた刃が、地面に深く突き刺さる。ジェシカの刃が虫ピンとなって、昆虫標本のように、ホワイトドラゴンを地面に縫い付けたのである。

 この好機を逃すまいと、ジェシカとコリンは動く。


「コリン、魔物を押さえつけて!」

「やってみる」

 上空にて、ジェシカは杖を握りしめて瞑想し、コリンは両手のひらを魔物にかざして、魔力を放出する。


 地に縫い付けられたホワイトドラゴンは荒れ狂い、無差別に四方八方へと雷光を放出していた。そして、胴に刺さった剣を抜こうと身をよじるが、コリンはそうはさせまいと自身の魔力を湯水のように注いでジェシカの剣を強化し、必死になって魔物を地上に押し留めた。


「ジェシカ、まだッ!?」

 単独でホワイトドラゴンを押さえつけているコリンは、苦悶の表情で催促する。

 コリンが名前を連呼するも、ジェシカは見向きもしない。それ程までに、現在の彼女は深い瞑想、精神統一を行っていた。極めて繊細な魔力の操作が要求される大規模魔法を行使しようとしているのである。


「……ジェシカっ」

 十秒、二十秒。魔力で鋳造された剣にヒビが走る。コリンの魔力は枯渇寸前で、これ以上、刀身の修復に魔力を割り当てる余裕もない。コリンは何度も名を呼ぶ。それでも彼女は応じなかった。


 ジェシカが掲げる杖の先端には、黒色の輝きを放つ微細な球体が無数に形成されていた。この球体は全て、魔力操作によって生み出された実体を持つ魔力の塊。魔力で飛行するエンジンを製造するのと同じ、魔力を直接押し固め、強度を生み出す系統魔法。原初魔法の応用である。


 しかし、ジェシカのように数えきれない程の粒を生み出すなど、未だに誰も行ってはいない。あのサラですら、彼女が今何を行っているのか皆目見当もつかないだろう。

 当たり前だ。これはジェシカが昨日考案したばかりの原初魔法を用いた新しい攻撃方法なのだから。


「――もうちょっと」

 レベル五千に迫るジェシカの莫大な魔力は全て消費され、新たに生産された魔力も片端から、杖に注ぐ。深刻な魔力欠乏症に苦しみながらも、ジェシカは魔力の収束を止めない。目を閉じた彼女の額に大粒の汗が浮かぶ。


「ジェシカッ!」

「――今!」

 ホワイトドラゴンを貫いていた剣が砕けようとしたその直前に、ジェシカの魔法は発動した。


 解き放たれる無数の微細な黒球。黒色の粒子は、魔力を高密度に圧縮した物体である。その高密度な球体を、さらに魔力の莫大なエネルギーでどこまでも際限なく加速させていった。


 歩を超え、走を超え、飛行を超え、音に迫り、音を超え、音を遥か後方に置き去る。

 光速のコンマ一パーセントにまで加速された無数の球体は、摩擦熱によって赤々と色付き、その赫灼たる色彩で空間を彩りながら、地面に縫い付けられたホワイトドラゴンに降り注ぐ。


 弾雨という表現ですら生易しい。

 数え切れぬ程に発射された粒子、その一粒ですら、レベル二桁の生物を血煙にするには十分なエネルギーが秘められている。いかに強固なホワイトドラゴンの障壁といえども、ジェシカの新しい攻撃、粒子加速砲の前には、絹ごしも同然。


 握りつぶされた豆腐の如く、ホワイトドラゴンの流麗な胴は、完膚無きまでに粉砕された。ピラニアに食い散らされた肉のようにズタズタの断裂面。幾分にもちぎられたホワイトドラゴンの骸は、爆風によって巻き上げられ、最期の空中円舞を捕食者達に披露する。


「あーッ! 私のお肉がッ!」

「…………」

 ジェシカとコリンは共に、魔力欠乏症によってチアノーゼを起こした人間のような顔色だったが、表情は見事に正反対だった。ジェシカが、肉ッと腹の底から叫ぶのに対して、コリンは無言。彼女は、乾いた雑巾を絞るように魔力を捻出し、魔力エンジンを吹かして魔物に骸へ飛んで行く。


 ジェシカには、魔力消費による空腹で、ホワイトドラゴンの骸が調理前のステーキ肉か何かに見えるのだろう。

 一筋の涎が、顎を伝う。

 そんな彼女にちょっぴり幻滅するも、可愛いからどうでも良いかと開き直るコリンだった。彼はジェシカの隣に並び立ち、魔結晶を探す。この時になってようやく、ジェシカは自分達の最高の報酬が、肉ではなく魔結晶であることを思い出していた。


「……二個か」

「三個は見つかるはずなのに……。ごめん、私のせいよね」

 ホワイトドラゴンの骸は、その長細い胴体の大部分が見事に消し飛んでおり、内部に宿していたと思われる魔結晶までもが失われていた。ジェシカは、魔結晶の消失に責任を感じたのか、申し訳なさそうに顔を伏している。


「ジェシカが謝ることないよ! 凄かった、あの魔法」

「……ありがと」

 自分の魔法が褒められたのがよほど嬉しかったのだろう、ジェシカは朗らかに笑った。


 満身創痍のコリンとジェシカでは、レベル五千のホワイトドラゴンの魔結晶をこの場で吸収することはできなかった。

 持ち運べるだけの肉と鱗を採取し、二人はよろよろと飛び上がる。どうにか地下シェルターへ到着できたのは、夜の帳が開けた二十三日目の早朝のことであった。彼らは一直線に帰れなかったのである。何故ならば、魔物辞典にも載っていないような気持ちの悪い魔物、形容するのも憚られる禍々しい外観の魔物に追いかけられていたからだ。


 言葉にするのも恐ろしい異形に、自分達の寝床を教えたくなかった二人は、魔結晶以外の獲得物は全て捨て、夜通し逃げ回ったのである。

 疲労がピークに達した二人は、早朝であるにも関わらず、シェルターに到着するや否や泥のように眠った。

 そして夕刻になってから目覚め、死守した魔結晶を吸収する。ホワイトドラゴンから得た魔結晶の味は、天にも昇らんばかりの味わいであった。


 コリン、ジェシカ、共にレベル五千へ到達。




 二十八日目。

 顔を出したばかりの太陽が、快晴の空を鮮やかな橙色に染める。

 コリンとジェシカは地下シェルターから出て、トートス王国が位置する西の空を眺めていた。


 暫くすると、二人は西の空に飛行体を発見する。飛行体は、藍色の魔力光を発しながら、凄まじい速度でこちらに接近しており、西の空に現れて十秒足らず、二人の立ち位置からやや離れた地面に、着弾としか形容のできない音と衝撃を伴って降り立った。

 轟音と共に土砂を撒き散らし、四つの連なったクレーターが生まれる。各クレーターの中心部には、見知った彼らが佇んでいた。


「お前ら、元気だったか?」

「無事みたいね、よかった」

「二人共、おめでとうございます。二週間よく頑張りました」

「おめでとう」

 バルク、サラ、マシュー、ウルクナル。エルフリードの四名は、口ぐちにコリンとジェシカの試練達成を称え、祝福した。バルクは感極まったのか、涙ぐみ、声を詰まらせている。


「未踏破エリアはどうでしたか?」

 コリンは苦笑しながら言う。


「大変でした。初日は危うく、アーキタイプゴブリンに殺されるところでしたよ」

「さては、魔力障壁を纏わないで闘っただろ、ジェシカの鎧の傷もその時のものだな?」

「そうなんです。魔力を纏っただけで強くなるって言われても、半信半疑で、でも実際に行ったら急に自分達が強くなって驚きました」

「もう良いじゃないあの時のことは、恥ずかしいから忘れましょうよ。ホワイトドラゴンも斃せたんだから!」


「ホワイトドラゴン斃したのかっ!?」

「はい! 斃しました!」

「バルク! 私達のレベルも五千に上がったのよ! 凄いでしょ!」

「二週間でレベル三百からレベル五千に到達したのか。凄まじいな」

 ウルクナルは、満面の笑みで二人を呼ぶ。

「コリン、ジェシカ。そろそろ王都に帰るぞ」


「はい!」

「了解!」

 西の空を飛行するエルフ達は、全員、極超音速で飛行する。コリンとジェシカの足元で輝くのは昨晩完成したばかりのジェットエンジンである。残りの滞在日数を全ジェットエンジン作成の修得に費やし、リュックサックに入っていた青写真を元に作ったエンジンだ。


 青写真を入れたマシューとしても、コリン達が自力でジェットエンジンを完成させてしまうとは考えていなかったらしく、驚愕と賛辞によって大いに称えるのだった。


 そしてコリンとジェシカは、無事に、王都へ帰還する。

「帰ってきた、コリン、帰ってきたよ私達!」

「僕は何だか、数年ぶりに帰ってきた気がする」

「私もそんな気がする」

 幾度も死線を潜り抜けた濃密な二週間であったためか、コリンとジェシカは、数年ぶりに故郷に帰ってきたかのような感慨を胸に抱き、王都を上空から一望する。


「……ねえ、コリン。気のせいかもしれないんだけど、どことなく街の雰囲気が変わっていない?」

「雰囲気が変わった? ……そう言われれば、街の様子が二週間前と違うような」

 コリンとジェシカのそんな言葉に、バルクは悪戯が成功した子供のような笑顔で言った。


「案外気付かないもんだな」

「気付けないものですよ。余りにも大きすぎて」

「何だか、ちょっと前のウルクナルを見てるみたい」

「う、うるさいな!」

 ウルクナルの頬には朱を差していた。何か、恥ずかしい思い出を掘り起こされたらしい。

 バルク達の会話を聞き、王都の何が変わったのかと、小首を傾げて考えるコリンとジェシカ。王宮や商館、ウルクナル式道場と、自分達が目にしてきた建物を追うが、変化は見られない。


(大きすぎて……?)

 王都の建物を一つ一つ追っていたコリンは、マシューの言葉を思い出し、王都の隅から隅までが視界に納まるように高度を上げて俯瞰した。

「あっ!」

 俯瞰してたったの三秒。コリンは、声を上げて目を見開く。


「おお、早いな」

「凄いですねこれ、いつの間に新しい――」

「ちょっと待って、言わないで!」

 言葉を遮った負けず嫌いのジェシカは、自分で知ろうと、コリンと同じ高度まで上昇した。

「――!」

 ジェシカも上がった直後に気付いたようだ。


「城壁が完成してる」

「その通り!」

 出発前は、全体の二割も進捗していなかった城壁の建設作業が、現在は完了していた。直径四キロメートルの第四城壁の円周は、実に十二キロメートルにも及ぶ。高さは十五メートル、厚みは最大十メートルだ。それだけの膨大な質量を誇る城壁をどうすれば二週間で完成させられるのか、言わずもがな、魔法である。


 サラが、無尽蔵の魔力に物を言わせた土系統魔法によって、豪快かつ短時間で城壁を築き上げたのである。

 土台部分は、時間を掛けて慎重に造り上げていたので、残りは岩のブロックを生み出し、積み上げるだけだったところも大きい。しかしながら、エルフリードでなければ、到底不可能な力技であることには変わりない。


 これで、マシューが開発した野砲や機関砲の数が揃えば、王都トートスは三国一の城塞都市として完成するだろう。

「ウルクナル、そろそろ行かなければ遅刻です」


「ん? もうそんな時間? ゆっくり飛び過ぎたか、困ったな」

「あの、どうしたんですか? 何か用事でも?」

「うん、用事」

 ウルクナルは、空中で佇む二人を上から下へ眺めてから、渋い顔で言う。


「……ところでコリン、ジェシカもだけど、防具の予備って持っているよね?」

「……一応ありますが、どれもボロボロです」

「コリンと同じく、私も」

「嘘……ど、どうしよう」

 この二人の返答は、ウルクナルにとっては想定外だったらしく、彼は酷く動揺していた。


 だが、コリンとジェシカには、どうしてここまでウルクナルが慌てているのかが分からない。

 コリンとジェシカは考える。機能する防具が要るということは、これから魔物と闘わせられるのかもしれない、と。それはどんな魔物なのだろうか。SSSランク冒険者となった自分達に課せられる闘いなのだから、ホワイトドラゴンがゴブリンに思えるくらいの、獰猛で凶悪な魔物をけしかけられるのだろうか、と。


 何せ、昇格したばかりのDランク冒険者にワイバーンを斃せと命じて、ドラゴン連山に置き去りにしたエルフリードである。レベル十万の魔物を斃せと言われる可能性も無くは無いと、二人を戦々恐々とさせていた。


「はー、こんなことも有ろうかと、鎧は準備してあるから心配しないで」

 頭を抱え空中で逆さになっていたウルクナルに、サラから救いの手が差し伸べられる。


「え?」

「本当は、パーティーが終わった後にプレゼントとして贈るつもりだったんだけど、お披露目に使うならそれも良いかもしれないわね」

「流石! 二人はサラについて行って、身嗜みを整えておいて、俺達は少し遅れることを言いに行くから」

「ウルクナル、僕達は何をさせられようとしているのですか?」


 コリンが不安げに尋ねると、ウルクナルは淡々と答えた。

「これから二人には、王宮に向かって貰う。そこで、SSSランク冒険者誕生を祝したパーティーが催されるんだよ」

 主賓はコリンとジェシカだから挨拶回り頑張れよと言い残し、ウルクナル達は王宮へと急降下する。


「さ、二人はこっち! 時間が無いから急いで!」

「…………」

「…………」

 ウルクナルの言葉を一生懸命反芻する門下生達。

 サラに連れられた先のゴードの店で、手早くホワイトドラゴン製の装備一式に着替えさせられたコリンとジェシカは、王都住民の視線を一身に受けながら昼の王都上空を低空で飛行し、王宮へと向かう。


 今日、この日をもって、トートス王国所属のSSSランク冒険者は六名となった。

 黒衣の刺客としてウルクナルに斃され、多くの高位冒険者を失ったエルトシル帝国を抜き去り、トートス王国が、三国で最も多くのSSSランク冒険者を擁する国家になった歴史的瞬間である。


 それが意味するのは、トリキュロス大平地三国の中で、トートス王国が最も強い力を得た国家であることの証明であった。

 また、トートス王国の栄光に伴って、ウルクナル式道場の存在も三国中に知れ渡ることになる。曰く、エルフのGランク冒険者を一カ月でSSSランク冒険者へと導いたエルフ専用の道場、入門した者は必ず成功するエルフ専用の道場、と。


 その話を聞き、各国から冒険者を志すエルフが押し掛けてくることになるが、それは別の話。押し寄せたエルフの全てが、ナタリアの第一審査を突破できなかったのも、別の話。

 審査に落ちた殆どのエルフが、そのまま王都に住み着いてしまったのも、また別の話である。


 トートス王国は今、黄金期の最中にあった。


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