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暗黒時代9

 

 この日の魔物討伐は切り上げる他なかった。

 気休めだが、意識不明のジールの頭に包帯を巻き、しばらく安静にしていたが目覚める気配がない。仕方がないので、ジールを先ほどから妙に大人しいグラップに背負わせ、ウルクナル一行は帰路に着いた。

 途中グラップがへばったので、休憩を二回挟み。四時間掛けて王都に辿りついた頃には、太陽は沈みかけていた。

「はー、やっと着いた」


 ウルクナルは溜息と共に呟き、魔物の体液でグチャグチャの身体を引き摺って城門に向かう。が、案の定、大門が閉まっていたので、隅の兵士が通る小門に近付いたところ。

「止まれッ」

 何故か武装した複数の門兵に囲まれた。

「貴様ら、王都トートスに何用だ」

 恰幅の良い中年の門兵が、冒険者一行からやや離れた位置で怒鳴り散らす。ウルクナルは一歩前に出た。


「俺達はトートスの冒険者だ。通して貰いたい」

 普通なら、これですんなりと通して貰えるはずなのだが、何故か剣呑な気配が漂う。中年門兵から驚きの返答がなされた。

「怪我人を背負っている冒険者のみ通って良しッ」

「はッ?」


 まさかここまで露骨に差別してくるのかと、開いた口が塞がらない。カルロから、人間達とは波風立てるなと常日頃から言われ続けているが、今回に限っては心配無用。呆れ果てて怒りすら湧かないのだ。

 ジールを背負ったグラップは、すごすごとウルクナル達の横を通り過ぎ、門を潜って消えた。

「ウルクナル、あの歳をとった人間の兵士、エルフ嫌いで有名な奴だ」

 王都生まれだけあって情報通のバルクが、中年門兵の性格を伝える。

「厄介だ。早く身体を洗いたいのに」


 門兵達は、鋭い銀色の槍をエルフ二人に突き付け、ジリジリと迫り、威圧してきた。無駄だと思うが、一応自分達の身分証明を行う。懐からギルドカードを取り出し門兵に突き付けた。

「俺達は、商会に所属するFランク冒険者だ。門を通してもらいたい」

「暗く、はっきり見えない。よって許可できない」

「……よく見てみろってッ」

 眉間に青筋を浮かべたウルクナルは、それでも精一杯の笑顔を張り付けて、歩み寄ろうとしたが。 

「近づくなッ」


 ガツンッと槍で地面を叩く。

「――古来より人語を操るエルフに擬態した強力な魔物が出没すると云う。エルフの基準から逸脱した体型と、鼻の曲がる魔物特有の匂いがその証拠。直ちに立ち去らない場合は、排除する」

 その滅茶苦茶な理由に、エルフ二人は目が点になった。空いた口が塞がらない。

「なあ、バルク。こいつら、ぶっ飛ばそうぜ。もう我慢の限界だ。俺が半分やるから、バルクは残りの半分な」


「やめておけ、あいつらはこれでも国の正規兵。最低でもレベル十五だ。俺達の太刀打ちできる相手じゃない。……まあそれでも、ブッ飛ばしてしまいたいがな」

 門兵達は少しずつ距離を詰める。ゴブリン戦とは比較にならない圧倒的な逆境に、流石のウルクナル達も後退せざるを得ない。国の兵に手を出すということは、国に反逆するのも同じ、それがエルフならなお更立場が不利だ。

「あー、早く風呂入りてー。腹減ったー」

「同感だ」


 きっと、この事件が公のものになっても、民衆は門兵の味方をするだろう。

 先に手を出した方が負ける。

 ウルクナル達冒険者が一番嫌いな戦いの一つだ。

 不毛な睨み合いは太陽が山の向こうに完全に沈み、辺りが闇に包まれても続行された。両者の忍耐もさることながら、門兵のエルフ嫌いも筋金入りのようだ。

 このまま朝日を拝むはめになるのかと、ウルクナル達が半ば覚悟を決めていた頃。ようやっと救いの手は差し伸べられた。


「これは、どういうことなのでしょう。ご説明いただけますか?」

 ウルクナルの聞き馴染んだ声。門兵用の小門から姿を表したのは、労働者派遣連合商会、一級コンシェルジュのナタリアだ。彼女は業務で着用している蝶ネクタイの背広姿で、普段通りの冷たい態度と口調で淡々と、しかし強制力の塗布された言葉を紡ぐ。

「――エルフの女か。何のようだ」

 中年門兵は、ナタリアの冷たい声に反応して肩を上下に振動させたが、相手がエルフだと分かるや否や高圧的な態度を隠そうともしない。

「……。これは何を成されているのか、ご説明いただけますか?」

「チッ、うるせぇエルフだ。オイ、この便所虫を摘みだせ」

 中年門兵がナタリアの肩を片手でトンっと、軽く小突いた。

 そう、彼は小突いただけである。

「きゃ」


 何とも可愛らしい悲鳴と共に、ナタリアの身体が後方に飛ぶ。小突かれただけなのにも関わらず、ドロップキックを一身に受けたかのように彼女は盛大に吹き飛んだ。

(受け身、ちゃんと取ってる……) 

離れた位置から一部始終を眺めていたウルクナルは、背筋に寒いものが流れたのを感じ、身ぶるいした。小突かれたナタリアは盛大に転んだものの、転倒する際、彼女は明らかに背中を丸め、後頭部を地面に叩きつけないよう注意し、両手で地面を叩き、衝撃を和らげるなどの受け身を取っていたのだ。

「お、おい。大丈夫か」

 流石の中年門兵も、ナタリアの大転倒に度肝を抜かれ目を丸くしている。手を伸ばそうとしたが、彼女は手が届く前に自力で起き上がった。

 ナタリアは抑揚のない声で言う。


「私は右胸上部を強く押され、その衝撃で地面に転倒しました。これは、ハラスメントであり、暴行罪です。あなたには金貨三枚の罰金が科せられるでしょう。また、私のこの手の怪我が、傷であると認定された場合は傷害罪が適用されます。この場合は刑が引き上げられ金貨五枚の罰金。私は先ほど頭を強く打ちました。それが原因で私が死亡した場合は、傷害致死が適用されます、あなたは独房の中で二年間、臭い飯を食べるはめになっていたかもしれません。それを自覚してください」

 ナタリアは、転んだことで土塗れになった両手を中年門兵に突き付け、攻め立てる。彼の顔は青みを増し、硬直している。

「私は、ハラスメントを受け、暴行を受けたと、商会としても私個人としても、王宮側に断固抗議する所存です。よろしいでしょうか?」

「あ、あ、あ」


 数十秒前の威勢はどこえやらエルフへの高圧的な態度も消え、おろおろとし、非常に見っともない。

 一礼したナタリアは、ウルクナル達へと近づく。

「酷い匂いですね、ウルクナル様。商会に足を運ぶ前に、銭湯の利用を強くお勧めします」

「え、あ、うん。と言うか、ナタリアはどうしてここに?」

 ナタリアの怖さを再確認したウルクナルは、些か動揺した様子で彼女に尋ねた。

「Fランク冒険者のグラップ様が要請されたのです。エルフ二人が門兵に絡まれているから助けてほしい、と。私はエルフ担当の一級コンシェルジュですので、商会に所属するエルフが厄介事に巻き込まれたと知れば、必ず出動し、事件を解決に導かなくてはなりません」

「あのグラップが……」

 ナタリア本人の口から聞かなかったら絶対に信じられなかっただろう。

「それとカルロ、……カルロ様から一つ言伝を頼まれています」

「カルロから? 何で態々」


「カルロ様は、本日の昼過ぎにトートス王国南部の街、ダダールに向けて旅立たれました。むこう三か月は現地に滞在するそうです。言伝は、それまでに最低二人はパーティメンバーを集め、Cランクには昇格しておけ、だそうです」

「カルロもう居ないの?」

「はい。ですので、ウルクナル様へ言伝を、と」

「そっか。……何だよ、言ってくれればよかったのに」

 こうしてウルクナルのモンスター討伐は終わった。

 友人であり、恩師でもあるカルロとの突然の別れに一抹の不安を覚えたが。実戦を経験し、レベルが上がり、バルクという新たな仲間を得たことで、その寂しさと不安も和らいだ。

 エルフの少年、ウルクナルの本当の冒険はこれから始まる。


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