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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『エルフ・インフレーション1巻~6巻』発売中!
第三章

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革新の調11

 

 二日目。


「ジェシカは、私の母校である魔法学術院の後輩なの」

 休憩の最中、サラはコリンに、ジェシカの話をする。件のジェシカは、バルクと一戦交えていた。コリンとサラは、彼女に自分達の話声が届かない距離で会話する。


「彼女は、火と水と土の三系統に適性があって、レベル五にして貯蔵魔力は一千の立派な上級魔法使い。名門の学院でも、三系統以上使えるのは極僅で、エルフの上級魔法使いなんて、ジェシカしかいなかった」


「サラは、違ったんですか?」

「うん、私は四系統全てに適性があるんだけど、貯蔵魔力が極端に少なくて。卒業してもギリギリ中級に届かず初級魔法使い止まりだった。それなのに、あの時の私の夢は、エルフ初の魔導師になることだったの」


「夢は叶ったんですね」

「まあね。私は運が良かった。エルフのみで構成された新進気鋭のパーティが王都にあるって噂を聞きつけて、どうにか仲間に入れて貰おうと思って、自分の魔力量の少なさを隠して近寄った。冒険者は頭悪いからって高を括っていたの。でも、自分の魔力が少ないことをマシューにあっさり看破されちゃってね。もう必死になって、泣き落としまで使って、どうにか一員にして貰えた」

 遠くを眺めて、笑いながらサラは言う。自然と杖に手が伸びていた。


「ジェシカは元々、エルフ最年少で魔法学術院に入学したんだけど。私がエルフ初の魔導師として認定されたと聞いた直後、彼女は躊躇いなく学院を自主退学したらしいの」

「それで、この道場に居るって訳ですね?」

「そう。だけど、彼女は入門審査に合格していない。ナタリアの一次審査で落とされた」


「え? でもジェシカは……」

「ジェシカはそれでも諦めなかった。十数回入門審査を受けて全て失格。合格したコリンには、彼女がどうして落とされ続けたか分かるでしょ?」

「……推測ですけど。人間を憎んでいるから?」


「その通り。ウルクナル式道場で毎日休まず修練を積めば、必ずSSSランク冒険者になれるでしょう。でも、人間に強い憎しみを抱くエルフが、強大な力を手にしたらどうなるか、なんて考えたくもない」


「未だに僕は、たった一カ月でSSSランク冒険者になれるなんて半信半疑ですけど。だったらどうして、ジェシカを入門させたんですか? 万が一、ジェシカが圧倒的力を手にしたら、人間を――」


「流石に厳しすぎるんじゃないかって意見が出てね。二千名も審査したけど合格者はゼロ。これじゃ王国の国力増強ができないから本末転倒だって。だから、最も将来有望なエルフだったジェシカを条件付きで仮入門させた。その条件が、一週間以内にバルクとの模擬戦に三勝すること。達成できなければ即失格だった」


「ジェシカはそれを達成したわけですね」

「……始めの数日は手も足もでなかった。開始数秒でミンチ寸前。私もジェシカに治療魔法をかけ続けた。何度も何度も」

 ――死闘という名の訓練は、今も目の前で繰り広げられていた。


 バルクの薙ぎ払いを寸前で回避したジェシカは、後退して杖を振る。彼女は幾つもの火球を放ち、再度バルクに接近した。

 魔法を操りつつ、剣で闘うという離れ業を披露しながらバルクに挑むも、彼女の作戦はハンマー一薙ぎで水泡と帰す。咄嗟に石壁を出現させ迫るハンマーを受け止めたが、その衝撃は殺しきれず、彼女の体は突風に煽られた藁のように宙を舞い、向かい側の壁に叩きつけられた。


「あー、また派手に」

 折れた肋骨が肺を突き破ったらしい。サラは、もがき苦しむジェシカに駆け寄り治療を施す。

「コリン! 次はお前の番だ!」


「……はーい」

 もう慣れたかと言えば嘘になる。騙されているのではないか、とすら考える。でも、一つ言えることがあった。自分は昨日よりも確実に強くなっている。それは間違いない。

 レベルが上がらずとも、エルフは強くなれることをコリンは知った。

 本日のコリンの記録、一分ジャスト。気付けば、初戦の記録の三倍近い時間、バルクの猛烈な攻撃を避けていた。




 四日目。

 本日の記録、コリン二分三十四秒、ジェシカ四分十二秒。


「はい、お疲れ」

 道場の床に倒れ伏していたコリンとジェシカは、ノロノロと起き上がり、重たい足を引き摺って男女それぞれのシャワールームに向かう。ジェシカとは、初日以来一言も言葉を交わしていなかった。


「今日の夕飯はなにかな」

 コリンは熱いシャワーを浴びながら微笑む。

 今日の夕食は大きな煮込みハンバーグだった。コリンとジェシカは競うように食べ、ソースも残さず平らげる。


 エルフリードが提供する食事は、朝昼晩問わず絶品であった。それこそ、今までの食事が泥か何かかと錯覚するくらいに美味しかった。料理を口に運ぶと、食材が体の奥深くへと浸み込んで、肉体を潤し、本当の意味での満腹を感じられるのである。


 そのことを不思議に思ったコリンは、このハンバーグにはどんな食材が使われているのかと、キッチンに立つサラに尋ねてみたところ、彼女はフレイムギャロップの肉だと言っていた。どんな生物なのか気になったコリンが、後日商館で調べて仰天したのは言うまでもない。この道場では、レベル二千五百の魔物の肉が、夕飯の一品として調理されているのだ。


 何もかもが、桁違いなのである。

 夕食が終われば、後は寝るだけだった。

 コリンとジェシカは、道場で寝泊まりしている。道場には生活スペースがあり、複数の寝室が設けられているのだ。


 個室を割り当てられた二人は、エルフリードが帰宅した後も道場に残ることになる。

 道場で寝泊まりしているのだから当然なのだが、それはつまり、ジェシカと一つ屋根の下で二人きりということだった。

 コリンは十三歳、思春期真っ盛りの彼に、同年代の少女と寝食を共にするのは、少々堪えるものがある。彼女に襲い掛かることなど絶対にないが、どうしても寝る前に意識してしまうのだ。


「あー」

 二十は老けた声を出し、コリンは清潔でふかふかのベッドの上に身を投げ出す。開かれた窓から入る風が熱を発する全身を撫でまわし、心地よかった。


 現在は、月と僅かな星の輝きしか地上に届かない深夜だが、コリンの部屋は明るいままだった。道場の地下に敷設された魔力炉で魔力を生み出し、建物全体に魔力を供給している為である。この道場もエルフリードのギルドホームと同じく、ボタン一つで部屋に明かりが灯るのだ。


「眠い……」

 もう何代目になるのか数え忘れてしまった愛剣を枕元に置き、魔力の供給を止めて部屋の明かりを消し、明日も早いので速やかに寝ようとしていると。

「――ん?」

 日々の鍛錬で鋭敏になった第六感とでも言うべき感覚が、コリンに警告する。


 ――殺気だ。部屋前の廊下から、自分に殺気が向けられている。この道場には現在自分の他には、ジェシカしか居ない。彼女はコリンの部屋の扉を蹴破ることはしなかった。高レベルモンスターの建材を破壊するのは彼女でも難しいのだろう。


「寝てる?」

「……起きてる」

 ドアを隔てての、ジェシカとコリンの質素な会話。

「道場に来て」


 それだけ言うとジェシカの気配は廊下から消える。彼女の言葉には、強烈な怒りが内包されていた。どうしてあんなに機嫌が悪いのか見当もつかない。正直、道場には行きたくなかった。あんな怒気を放つジェシカには近寄りたくないのだ。それでも、行かざるを得ないだろう。


 明日が怖い。

「剣は、要らないよね」

 枕元の剣を一瞥したコリンは、寝室を出た。


「遅い」

「ごめん。……寝てたから」

 月明かりが差し込む道場のメインホールにて、二人は対峙していた。

 非武装でパジャマ姿のコリンとは対照的に、ジェシカは戦闘服を纏い、右手と左手には、抜き身の剣と杖が握られている。


(帰りたい。部屋に帰りたい)

 悟られないように笑顔を張り付けているコリンだったが、心臓はうるさいくらいに高鳴って、死を予感していた。


「私と勝負しなさい! 今、ここで! 早く着替えて!」

 剣の切っ先をコリンに向けるジェシカ、窓から入る月明かりが剣を照らし、刃が艶めかしく輝く。まるで、生き血を求めているかのように。所持者の心を映し出しているかのように。


「やだよ、どうして僕がジェシカと闘わなくちゃいけないんだ」

「どっちが優秀かをハッキリ知りたい。どうしてお前が、審査に合格したのか知りたい!」

「…………」

 コリンは泣きたくなったが、グッと堪え、溜息を吐く。サラが初日に言っていたではないか、ジェシカは攻撃的で、嫉妬深い、と。誘いなんて受けるべきではなかった。だが、既に後の祭りである。

 コリンは、山中で魔物に出会った時の対処方を試みる。相手を刺激しないように少しずつ下がるのだ。ジリジリと。ただやはり、ジェシカには通用しなかった。


「逃げるなッ!」

 ダンッと床を踏み叩き、コリンとの距離を一歩で詰めたジェシカの剣が、彼の首元に突き付けられる。


「私と闘え!」

「やだ」

「闘え!」

「やーだッ」

 剣が無ければ子供同士の言い争いと大差なかった。もう何度、駄々っ子のような応酬を繰り返しただろうか。大声で叫び続けた所為で、喉が痛痒い。


「…………」

 何かを観念したのか、冷静さを取り戻したのか。ジェシカは剣を下ろした。

「どうしてお前は、人間が許せるの? これまで何もされなかったの?」


「…………」

 十数回も審査を受けたのだ。

 ジェシカも薄々、不合格の理由に気付いていたのだろう。

 だがそれを認めたくなかった人間嫌いのジェシカは、審査を受け続けた。ここで諦めれば、入門する機会を一生失うはめになる。我慢に我慢を続け、ストレスで狂い死にしそうになりながらも彼女は審査に挑み、どうにか敗者復活の一枠に転がり込んだ。バルクに何度磨り潰されようとも、入門できるなら構わなかった。ジェシカは執念で、彼から三勝をもぎ取ったのだ。


 念願叶い、幸福に浸っていたジェシカだったが、彼女は僅か数分後に冷や水をかけられた。

 審査に合格した子が出たの、敬愛するサラが嬉しそうに口にした言葉は、ジェシカの脳裏を疑問符で埋め尽くす。よりにもよって、入門が決まった今日。バルクに三勝することなくエルフリードに認められたエルフが現れたのだ。コリンに対する悔しさや憎しみをこの四日間抑え込んできたが、それもついに限界が訪れた。


「……うぅ」

 ヒステリーを起こし、ジェシカは剣を取った。彼を本気で殺そうと思った。しかし、無様な応酬を繰り返した羞恥により、どうにか冷静さを取り戻した彼女は、剣を振り下ろした先で待ち構える未来。

 破門を自覚する。


「……?」

 ジェシカが泣きそうな顔で茫然と立ち尽くしている。この隙を見逃さなかったコリンは、脱兎のように逃げ出そうとした。ここ数日で痛みには大分慣れたが、サラが居ない現状で斬られれば本当に死にかねない。

「ま、待って!」

 憑き物が取れたかのように、しおらしく儚げなジェシカの声が、コリンを呼び止める。


「教えて、どうしてお前は――」

「お前じゃない。僕はコリンだ」

「――っ」

 ライオンを前にした野兎のように、ジェシカは肩を震わせて委縮する。


 ジェシカは、道場の謳い文句である一カ月でSSSランク冒険者、を確信していた。その根拠は、最早伝説となったエルフリードの破竹の昇格と、現在の彼らのレベル。彼らに従えば、一カ月でSSSランクも夢ではないはずだ。


 だからこそ、破門は最も憂慮すべき事態だった。

 コリンが、エルフリードの誰かに今夜の凶行を告げ口すれば、自分は処断されるだろう。ジェシカは、コリンに弱みを握られたと考えていた。


「……帰って良い? 早く寝たいんだけど」

「…………」

 無言を肯定と受け取ったコリンは、踵を返して道場を後にしようとする。彼の背が遠退くにつれ、突き上げるような不安に駆られジェシカは叫んだ。


「つ、告げ口する気でしょ! 私が、コ、コリンに剣を向けたことッ」

「しないよ」

 ジェシカの泣き声のように詰まった叫び声に、コリンは足を止め、穏やかに返答する。


「う、嘘ッ! 絶対に告げ口する、するに決まってるッ」

「しないったら」

「私に何かされたら言うようにって、サラ先輩がコリンに話しているの知ってるんだからッ!」


「……言わないよ。そんな卑怯な真似はしない」

 コリンがどれだけ真摯な態度で接しても、嫉妬と猜疑心に塗り潰されたジェシカには、声が届かないようだ。こんな時、どうすれば良かったかと、コリンは孤児院時代を思い起こす。昔、今と似たシチュエーションが確か有ったはずなのだ。


 ――閃く。

(こういう時に有効なのは、……秘密の共有)

 正直に言って、あまり使いたくない手段ではあったが、今はこれしか思いつかない。コリンは腹を決め、ジェシカと向かい合う。


「ジェシカ」

「な、何よ」

「実は僕――、七歳の頃まで夜に一人でトイレに行けなかったんだ」

「へ?」

「八歳まで、僕はエルトシル帝国をペンドラゴン帝国だと勘違いしていた。ペンドラゴンという名称が、帝都のみを表す名称であることを知らなかったんだ」

 コリンは唐突に、恥ずかしい思い出を暴露し始めた。


「僕は、これまた八歳の時、木に登って遊んでいたんだけど、枝にズボンの尻を裂かれた。だけど、そのことに気付かなかった僕は、下着むき出しで帝都中を走り回った」

 どれもこれもが、聞いているだけで赤面してしまうような思い出話しを、コリンは感情を殺し、淡々と語っていく。


「それから、僕は九歳の時に、怖い夢を見たのが原因でオネショしたことがある」

「――もういいッ!」

 先に根を上げたのは、ジェシカだった。コリンの昔話に自己の羞恥心を刺激されたのか、頬を赤らめ息を切らしている。


「僕は、今日のことを誰にも言わない。だから、ジェシカは僕の死にたくなるような昔話を誰にも言わないで欲しい」

「…………」

「これで僕が、誰にも告げ口しないって分かってくれた?」


「…………」

「部屋に帰っても良い?」

「……うん」

 翌日、五日目。この日の道場は、やけに空気が緩んでいた。悪い意味ではなく、嫉妬や怒気、憎しみ等の負の感情で道場内の空気が張り詰めていなかったのだ。


 それは、門下生の二名の様子が昨日から激変していたからだろう。常に声を掛け合い、倒れれば心配して駆け寄り、頼まれれば水を汲んでくる。

 昼食の時に至っては――。


「コリンの踏み込みは中々のものだけど、引き際が甘いのよ。だから、一発貰う。わかった?」

「……引くのが下手だってことは自覚しているけど、もっと具体的に言ってくれないと直しようがないよ」

「それは自分で把握しなさいよ!」


「じゃあ、僕も言うけどさー。ジェシカは魔法を行使してから剣で斬り掛かろうとすると、動きが若干ぎこちないよね? もう少しスムーズに武器を切り替えられないと、魔法剣士失格じゃない?」

「……い、言ってくれるじゃない。コリンの癖に」

「あれは、単純に筋力が足りてないからだと僕は思うんだ。片手剣でも結構重いからね。魔法の練習を筋肉トレーニングに切り替えてみたら?」


「う、うるさいッ! 分かってたわよそれぐらいッ! 今日から筋トレしようと思っていたんだからッ!」

 彼らの変化を茫然と眺めていたのは、エルフリードの面々だ。メンバーは物珍しそうに、門下生二名のやり取りに目を向ける。

「どうしたんだお前ら、昨日何かあったのか?」とバルクが尋ねると、ジェシカとコリンは目配せした後に、「な、何もないわよ。ね、コリン」「そ、そうですよ。ナニモ、アリマセンデシタ」とそれぞれ述べた。いかにも怪しい。


 だが、それぞれの欠点を指摘し合うのは良いことなので、何か隠し事があろうとも問題はないだろうと、バルク達は追求をやめた。

 本日の記録、コリン八分二十秒、ジェシカ十二分五十七秒。


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