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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@新連載『滅びゆく世界を救うたったひとつの方法』
第三章

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革新の調7

  パーティーが開かれて数時間が経過すると、酔い潰れた中級や下級貴族は百五十名以上にも上った。当初、この広間には三百名程度の有力者達が居たので、その半数が酒に沈んだことになる。そして、残った半数の人々の八割が顔を真っ赤に染め、上機嫌に談笑していた。


 まだ宵の口だというのに、素面は一割にも満たない。

 だが、それも無理からぬこと、国王が提供した酒はどれも極上の部類である。広間には、宝石貨の一枚や二枚が平気で飛ぶような高級酒が、安物の葡萄酒のように大量に並べられていて、しかも飲み放題だと言われている。


 貴族といえども、生活はカツカツの家も多いのがトートス貴族の現状である。高級酒の代名詞でもあるジュエルワインなど、下級貴族には数年に一度飲めるか飲めないか、中級貴族でも半年に一度か二度であろう。

 そんな貴族達が、国王の前でも憚りなく、ここぞとばかりに飲みまくり、次々と潰れているのである。


 広間で吐かれても困るので、泥酔した貴族達は、近衛と侍従に支えられ医務室へ続々と運び込まれていく。そこで魔法使いに治療を施してもらうのだ。だが、治療の魔法を受けたとしても、アルコールが完全に抜けるわけではない。魔法は、あくまでも応急処置で、ほろ酔い気分が数時間持続する。

 実はこの惨状こそ、アレクト国王の望んだ結果であった。


 上級貴族には多数の取り巻きが存在する。国王はそういった中級や下級貴族達に酔い潰れてもらうことで、取り巻きの数を減らしたのだ。

 現在、顔が赤に変わっていないのは、王国大臣クラスの貴族とジュエルワインを飲み飽きている富豪達のみ。これで、――とある天才エルフが抱えているであろう、王侯貴族への鬱憤を晴らす為の舞台は整った。

 アレクト国王は、心の中で謝罪する。


(すまないな、スベルバー卿。怨むなら私を怨め。王国の繁栄は、この一幕に掛かっている。これから数十年の内に貴君が王国へもららすであろう成果と、今後数千年に渡ってマシューが王国にもたらすであろう成果とでは、比較にならないのだ)


 上級貴族への挨拶回りを終えたアレクト国王は、心の中でスベルバー軍事大臣へ謝罪すると、再びエルフリードが屯する場所に向かう。

 するとそこでは、暫く姿を見かけなかったシルフィールが、刃を潰した簡素な剣を携え、冒険者達の側で見事な剣舞を披露していた。


「……なんということだ」

 アレクト国王は気付く、流麗にして大胆なその剣舞は、一年前、シルフィールの誕生日を祝すパーティーで披露されたものと同じではないか。つまり彼女は、一度見ただけの剣舞を完璧に体得し、かつ舞いの動きに身体を付随させているのだ。幼い彼女が、である。その記憶力もさることながら、シルフィールは既に、弛まぬ鍛錬を積んだ武芸者と同等の筋肉を、あのか細い肢体に隠し持っているらしい。

 国王は眩暈を覚えつつもマシューに話しかけた。


「……マシュー、頼んでおいた物はここにあるのかな?」

「はい、ありますけど……。ここで出しても良いのですか?」

「構わない。国王が許す。事前に、近衛兵を黙らせる為の書状もしたためたではないか」

「わかりました。どうぞ、ご覧ください」

 国王に許されたのでは、断る必要もない。マシューは、テーブルの下に置かれていた長細いアタッシュケースを持ち出すと、厳重な鍵を丁寧に解き、開く。


「見事なものだ」

「ありがとうございます」

 マシューが用意したのは、新型のライフル銃であった。

「街で出回っているライフル銃とは若干違うね、金属部品が多いように思える」

「はい。その銃は、最近完成したばかりの新型銃で、名をレバーアクションライフル銃と言います」


「どう違うんだ?」

「最大の改良点は、弾薬にあります」

 マシューは、模擬の弾薬を取り出して国王に手渡す。黄金色に輝く円筒形の弾薬は、まさに、革新の塊のような一品であった。


「それは、弾丸と火薬と雷管を真鍮製の薬莢に詰め込んだ物で、弾薬と言います。真鍮薬莢の開発により、信頼性と発射回数の向上、そして装填の簡略化にも成功しました。このように、レバーを上下するだけで、銃身下に設けられた弾倉から弾薬をチャンバーに送り、引き金を引くと撃鉄が弾薬に付属した雷管を叩きます。すると薬莢内の火薬が燃焼し、弾丸を発射。再度レバーを引けば、空薬莢を排出し、また装填。これを最大十一回繰り返せます。またダブルアクションですので、発射の度に毎回撃鉄を起こす必要もありません」


「――素晴らしい。弾薬の装填は?」

「はい、ここから、弾薬を詰めます」

 そう言ってマシューは、銃身の側面から弾薬を一発ずつ詰め込んでいく。

 その様子は、後年になって発明されるポンプ式ショットガンへの装填方法と似ていた。


「……以前、聞き齧ったのだが。弾薬の装填や、薬莢を排出する為とはいえ、そんなに大きな開閉部を銃に幾つも設けたのでは、射手の顔や手に高温の燃焼ガスが噴きかかり危険ではないのか?」

「おっしゃる通りです!」

 マシューは、アレクト国王の見識ぶりに驚き、嬉々として説明を続けた。


「どうして、既存の紙薬莢式の銃が、装填に面倒な先込め式をわざわざ継承してきたのか、一つは発射時の燃焼ガスの漏れを防ぐ為でした。銃身に開閉部を設けると気密性が低下し、ガス漏れや、銃の威力が落ちるばかりか、暴発の危険もあったんです。ですが、真鍮薬莢を取り入れたことにより、気密性が格段に向上し、燃焼ガスの漏れを気にする必要がなくなった為、このような大胆な機構を組み込むことができた、というわけです」


 完全に新たな概念を他者に説明するのは、本当に骨が折れる。どれだけ丁寧に伝えても、一度で全てを理解させるのは殆ど不可能なはずなのだが。

「なるほど。……金属薬莢が、完全密封された理想的な第二の薬室になっているのか」

「その通りです」

「それに、弾薬は金属薬莢によって密封されているから、水で濡らしても火薬が湿気ない、と。考え抜かれているな」

 しかしそこは、賢王と名高いトートス王国のアレクト国王である。一度の説明で、真鍮薬莢とレバーアクションライフルを殆ど理解し、その有用性を高く評価するまでに至っていた。国王は、質問を重ねる。


「威力はどうだ?」

 これは正直、マシューにとって痛い質問だった。だからこそ、マシューは包み隠さずに、この新型ライフル銃の欠点を打ち明ける。

「従来のライフル銃よりも、若干ではありますが、威力は落ちました」

「やはりそうか、この銃の弾丸は、これまでの物より小さく軽いからな。何故、威力を落としたんだ?」


「発射回数を増やす為、です。ですが、確かに威力は低下したものの、依然としてブラックベアーやビックアントソルジャー、オークキングにも十分致命傷を与えられます。数を揃え、連続発射した時にこそ、この銃の真価は発揮されるのです」

「ふむ……。何やらこの銃は、モンスター討伐ではなく、大規模な人間同士の戦争でこそ猛威を奮いそうな銃だな。……この銃を千丁製造するとして、どれだけの日数とコストが掛かる?」

「私達は、魔力を無尽蔵に扱えるので、製造日数もコストも大幅に下げられました。千丁程度なら、品質にこだわり、無理なく生産したとしても、三十日もあれば」

(そんなに、早く)


 この新型銃を手に持てば、レベル一の農民でも、レベル四十の剣士や魔法使いを撃ち殺せるだろう。銃は個々の戦闘能力を均一化する。

 アレクト国王は、もし仮に、この銃が普及したと仮定した世界で国家間の戦争が起こった場合、どれだけの人命がこの小さな鉛玉によって砕かれるのかと想像し、押し黙った。

 そして徐々に、この連射のできるライフル銃が、世界を滅ぼす可能性すら秘めていることに気付き、青ざめる。

 銃は、――世界に平等と破滅をもたらす。古の文献に記された一節を想起し、心の中で呟いた。

「……お気に召しませんでしたか?」

 銃を手に取ったまま、表情一つ変えないアレクト国王の様子に不安がるマシュー。彼の呼び掛けで国王の意識を現実に引き戻された。


「ん? いや、とんでもない! 若干の威力低下など、連射と装填の容易さで補って余りある! 良い銃だ。恐ろしい銃だ」

「ありがとうございます」

「掛け値なしに素晴らしい銃だ。本当だぞ? エルフゆえに不可能だが、この銃の発明は爵位の下賜にも値する功績だ」

「いえ、そんなっ」

 アレクト国王は暫くの間、マシューの新型銃を、広間に響く程に大きな声でべた褒めし続けた。その褒めちぎりっぷりに、マシューは段々と気恥しさから居た堪れなくなりつつあったが、それでも国王の称賛は止まない。


「いやいや、爵位でも足りないくらいだ。この銃の優秀さを理解出来ぬ者はまずいまい。仮に初見で理解できずとも、丁寧な説明と実演を行えば、必ず気付く。初等学校に通う児童にだって分かるはずだ! それだけ、分かりやすい、理解しやすい。――絶対にあってはならないことだが……。美術品ならともかく、一点のシミのような欠点のみで、彼の銃を問答無用で打ち捨てる者が居たとすれば、そいつの目は節穴に違いない。プライドばかり高く、損得の勘定すら行えない稀代の木偶人形だ。そんな愚か者が我が家臣団に居たならば、その恥ずかしさと怒りから、私は憤死してしまうかもしれないな!」


 会場の隅々にまで国王の声は届く。マシューへ賛辞が送られる度に、屈辱を耐えるかのように顔から火を噴く人物が一名いた。口髭を蓄えた魔法使いのローブを纏う壮年の男性、彼こそが軍事大臣スベルバーであった。アレクト国王曰く、マシューの画期的ライフル銃をその節穴の如き眼と、カビの生えた魔法至上主義の頭脳によって打ち捨てた、稀代の木偶人形である。


「あ、アレクト国王っ」

 スベルバー軍事大臣は爆発寸前であった。マシューは、自分に送られるこの称賛が、スベルバーへの遠回しな叱咤であることに気付く。背筋に悪寒が走ったマシューは、もう十分だと国王に伝えるが。

「マシュー。謙虚は美徳かもしれないが、鬱憤は可能な時に発散しておかねば、後々苦しむことになるぞ?」

 お前の為だと囁き、アレクト国王は賛美を止めようとはしない。結局、三十分近くも新型銃を褒め続けた国王は、ふと閃く。

「そうだ、マシュー。この銃を実際に撃ってみたいのだが……」

「実弾は、城門で近衛兵に渡しました。持ち込み禁止の火薬が詰まっていましたので」

 高性能爆薬なら隠し持っているマシューであった。


「そうか、――近衛!」

 国王は近衛に命令し実弾を持って来させると、近衛兵訓練場の射撃施設に的を出せと追加で命じた。

「マシュー、この銃は、ビックアントソルジャーやオークキングにもダメージを与えられるのだったな? つまり、魔物の硬い甲殻や厚い表皮を貫けるということか?」

「はい。急所に当てれば即死させることも可能です」 

「ならばよし」


 何がよしなのかマシューには分からない。試射するのであれば、早く向かえばいいものの、何故か国王は会場を見渡している。まるで、誰を連れていくか悩んでいるかのようではないか。酔い潰れることなく、今も会場に残っている人物は、誰もが王国施政に深く食い込んでいる貴族や富豪ばかりであった。


(え、まさかこの人達の前で実演を!?)

「酔っ払ってない連中だけで構わない。聞いてくれ!」

 予感は的中した。国王は声を張り上げる。


「これから、王宮の近衛兵訓練場で、SSSランク冒険者でありながら、魔結晶研究の第一人者にして、天才発明家のマシューが開発した新しい銃の実演を行う。興味のある者だけ来い。我が家臣団は強制参加だ」

「…………」

 何の気構えもしていなかったのに、自分の研究成果を発表するには最適な大舞台が急遽セッティングされてしまった。

「ん? マシュー何かするの?」

 と、他人事で呑気そうなエルフリードの面々も、酒瓶を片手にゾロゾロと集まる。

「舞台は整えてやった。マシュー、積年の恨みを晴らしてみろ!」

「……はぃ」


 国王に背中を摘まれて、半ば引き摺られるように広間から連れだされるマシュー。その後ろを、名だたる王国の重鎮達がゾロゾロと続き、ウルクナル達も酒瓶を手にしながら面白そうだと追随する。

 すっかり日も落ちた射撃場には、丸太に一般的な鋼鉄製のプレートアーマーを着せた標的が用意され、かがり火が放つオレンジ色の光を反射して輝いていた。

 標的から二十メートルの位置にマシューは立ち、その後方十メートルに観客達は並んだ。


「う、撃ちます!」

 そしてマシューによる正確無比な連続射撃が開始され、全弾が標的に命中する。銃弾は、その全てが鋼鉄のプレートを貫通していた。標的が生身ならば、耐え難い苦痛に悶え苦しむことだろう。

 射撃を終え振り返ると、数秒の静寂の後に、割れんばかりの拍手喝さいを浴びた。一名を除き、全員が、シルフィールもが、新型銃の有用性を認知したのだ。


 マシューはこの後、公爵の大臣達、富豪達から質問攻めに晒されることになる。

 マシューが開発したレバーアクションライフル銃は、トートス王国軍の正式装備として採用された。


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