革新の調4
「バルク! 俺の後に続け!」
「バカ言え! 俺が先だ!」
それぞれの得物に魔力を這わせたウルクナルとバルクが、ホワイトドラゴンに殴りかかる。
「――ぐッ」
「がッ……」
魔物が放つ電撃を浴びながらも、前衛二人は突撃を止めずに一撃を叩き込んだ。
ウルクナルは拳、バルクはハンマー。超高圧電流を流され、体から湯気が立ち上ろうともお構いなしに、王都の城壁三枚重ねを容易く粉砕する魔力量でもって、一撃を振るう。
だが――。
「硬……ッ」
「なんつー魔力障壁だ」
ホワイトドラゴンが体に纏う魔力の鎧は、電撃で自動攻撃するだけに飽き足らず、非常に堅牢であった。ウルクナル達の、自然回復分で構築した魔力障壁とは比べ物にならない。先ほど二人が繰り出した、貯蔵魔力二パーセントよる攻撃では決して貫けないだろう。
「撃ちます!」
マシューの声かけに飛び退く前衛二人。彼の肩に乗せられていたのは、奇妙な円筒形の金属であった。軽量を心掛け、贅沢にも魔物鉄ドラゴンで仕上げたそれを、浮遊する魔物に突き付ける。
これまで、マシューが開発してきたライフル銃やミニエー弾では、レベル百以上の魔物に対しダメージを与えることができなかった。その後も、火薬を大幅に増やし、口径も大きくし、魔物鉄ドラゴン製の銃身から魔物鉄ワイバーンで被覆した弾丸を撃ち出すなどの威力増強を続けたが、所詮は小銃。未踏破エリアの魔物が有する魔力障壁を貫くには力不足だった。
そこで開発されたのが、彼が担ぐロケット砲である。これは使い捨ての無反動砲で、ロケット推進によって標的目掛けて直進する。ただし追尾機能はないので、射程は五十メートル程度であった。
「対魔力障壁ロケット弾、発射」
掛け声と同時に点火したロケット弾が、白煙を噴き前進する。
一秒足らずで三十メートルを飛んだロケット弾は、ホワイトドラゴンの眼前で障壁と激突し、ここでようやく、対魔力障壁の名に恥じない真価を発揮した。
ロケット弾の先端に取り付けられているのは、特殊加工が施された魔結晶である。結晶の特性である魔力吸着能力を、従来の数百倍にまで引き上げているのだ。
その特殊な魔結晶は、魔力障壁に激突した瞬間、魔力のみを際限なく吸引するブラックホールと化した。たちどころに、魔物の障壁は喰い破られ、ロケット弾の侵入を許す。
弾頭が炸裂した。
ロケット弾にギッチリと詰まっていたのは、高性能爆薬であるTNT、トリニトロトルエンである。閃光の数瞬後には、TNTの爆風がホワイトドラゴンの顔面を殴りつけ、灰色の煙が障壁の小さな風穴から噴き出した。
対魔力障壁ロケット弾に積み込まれた炸薬の威力は、ウルクナルやバルク、サラの魔法が生み出すエネルギーに比べれば、取るに足らない程に小さい。だが、閉じた障壁内部で炸裂することで、威力を何倍にも増幅させているのである。
言わば、握りこぶしの中で、爆竹を破裂させるようなもの。爆風が、障壁によって行き場を失い乱反射するのである。
ホワイトドラゴンに対し、これで一太刀与えられただろうと期待していたマシューだったが、煙が晴れた時、彼の顔は驚愕に歪む。
「……まだ、改良の余地が有りそうですね」
ホワイトドラゴンは、ノーダメージであった。ロケット弾が直撃したはずの顔には傷一つない。
だが図らずも、マシューの一撃はドラゴンの逆鱗を突いてしまったらしい。鱗の隙間を紅く色付かせ、纏う紫電を増量させる。
そして、――咆哮。
「完全に怒ってるな、こりゃ」
「来るぞ! 魔力障壁を強化しろ!」
ウルクナルが注意を促す。
言われるまでもなく、前衛後衛問わず、バルクとマシューは魔力障壁を厚くする。
しかし、サラだけは、障壁を厚くすることもなく茫然と立ち尽くすばかりであった。
「……サラ!?」
彼女の異変に気付いたマシューが呼び掛けるも、返事はない。
「どうして、どうして、くれるのっ……」
サラは、うわ言のように何かを呟いているかと思えば、急にアタフタと頭を掻き毟る。魔法の詠唱をしているわけでもないのに、握った杖を小刻みに揺らしていた。
ホワイトドラゴンは、頭上に雷光を寄せ集めた球体を形作る。その大量の魔力が収束し形成された紫色の輝きを発するエネルギー体が、バルクに対し放たれる。
その大きさに見合わぬ、電撃にも等しい速度で発射されたエネルギー体を回避する術を、バルクは持ち合せていなかった。盾に身を隠し、体内の魔力を大幅に抜き出して障壁を強化、耐え凌ぐことに全力を尽くす。
「――バルク!」
「へへ、こんなんばっかりだ」
バルクは攻撃を耐え抜き、無事五体満足であったが、彼の装備していたタワーシールドが無残に融解していた。炙られたロウのように、魔物鉄レッドドラゴン製の盾が歪み、流れだし、固まっている。
「ウルクナル、敵は強い。……撤退も考えてくれ」
と、バルクは心底悔しそうに提案する。
二倍や三倍近いレベル差をものともせず、魔物との闘いに勝利してきたエルフリードだが、このレベル五千のホワイトドラゴンは、これまでの有象無象とは比べようもなく強かった。
平均レベル三千オーバーの冒険者パーティ・エルフリードが、レベル五千の魔物一体を前にして撤退を選択しようとしている。
むろん、これまでエルフリードは決して無敗ではなかった。オークキングの城で逃げ、デーモンの塔で逃げ、ビックアントの洞窟で逃げに逃げてきた。ここしばらくの快勝の連続記録が打ち破られようとしている、ただそれだけである。
液体魔結晶を飲み、エルフリードと化してからまだ数度しか経験していない、敗色漂う闘い。
ウルクナルは、バルクから送られた撤退の文字を心に濃く書き留めながら、右腕に渾身の魔力を注ぎ込む。
全力の一撃を叩き込み。ウルクナルは、現在の自分の実力が、ホワイトドラゴンに通用するか否かを見極めようとしたが――。
「――待って、ウルクナル」
「……サラ?」
憎しみのヘドロに塗れ、地獄から這い出た亡者と思しき声が、敵に殴り掛かろうとするウルクナルを制止する。
後衛のはずのサラが、ホワイトドラゴンへと幽鬼のような足取りで近付いて行った。彼女はうわ言のように呟く。
「思い出せないの、せっかく妙案が、もうこれしか無いっていう最適な超大規模魔法の名称が閃いたのに、ど忘れしちゃったの。……全部、全部、お前の所為だ」
サラの目は、完全に座っていた。アレは、狂った研究者の瞳だ。
「ふふふ、丁度良い強敵だし、私の新作魔法の標的になってもらおうと思って」
男達は、彼女の手に握られた金属容器を見てギョッとする。バルクが叫ぶ。
「スーパードラゴンブラッド。サラ、それをどうするつもりだ、まさか――」
スーパードラゴンブラッド。それは、未踏破エリアに生息するレッドドラゴン十頭分の生き血に含まれる成分だけを抽出し、総計レベル一万の液化魔結晶で割った一品で、強力な耐熱魔法でガチガチに補強された金属容器に保管されている。その劇薬に等しい魔法薬は、適応者が服用した場合に限り、絶大な魔力をもたらすことだろう。
万が一、液体を服用した者が、低レベルの非適応者だった場合。その者は、必ず陰惨な最期を迎えることになる。人間や通常エルフならば即死。白化し、かつレベル三千を超えたエルフのみが飲用可能な魔法薬なのだ。
周囲の制止も聞かず、容器の封を開けたサラは、躊躇なくスーパードラゴンブラッドを飲み干した。
「――ぅッ」
瞬時に湧きあがる壮烈なエナジー。体内から視認できる程濃い魔力がサラの肉体から滴り、高濃度の栄養促進剤を与えるように地面を焼く。
「――消え失せろ」
杖を空に突き立てたサラは、体内の魔力を全て放出し、杖の先端に魔力を収束させていく。その総量は、レベル三千オーバーのサラが、魔法薬によって数倍に引き上げられた貯蔵魔力量の九十八パーセントにも及ぶ。
「X級火系統魔法――」
自暴自棄になった彼女は、ど忘れした次級の名称を、皮肉を込めて、不明の代名詞であるXと定めた。
魔導師級魔法とは比較にならない、文字通り桁違いのエネルギーが彼女の頭上に集結していく。放たれる魔力光は、紫よりも暗く、紺よりも藍よりも深淵の青。限りなく黒に近い輝き。
さしものホワイトドラゴンも、この禍々しい輝きに畏怖を覚えたのか、迎え撃とうと特大の雷塊を形成し始める。
「――メガ・レイ」
両者の全力は、同時に解き放たれた。青白い雷光と漆黒の魔力光、相克する輝きの奔流が大気をかき回し、空の色合いを二分する。
サラが行使したX級火系統魔法のメガ・レイは、実のところ、魔力を流すことで明かりを得られるマジックランプに、魔法式として組み込まれている初級火系統魔法レイに、指向性を持たせ、更にそれを大幅に増幅させただけの魔法なのである。
初級魔法の魔力消費量は殆どが一桁であり、属性に適性があれば子供だって行使できる。レイの魔力消費は初級では多めの十。だが、この十を捻り出せれば、十数分に渡ってほんのりと温かい陽光に似た輝きを得られるのである。
天才魔法使いのサラは、その初級魔法で感じられる温かさに着眼した。
その名声に恥じぬ非凡な着眼点は、想像以上に興味深い結果を生んだ。
火系統魔法であるレイの消費魔力を百に増加させ、光線を極限まで集光させて照射したところ、的として設置した鋼鉄製の鎧を容易く焼き切ってしまったのだ。輪切りにされたプレートアーマーを手に持ったサラは、ある疑問を抱く。
この光線は、どこまで強化できるのだろうか? と。
結果から言えば、それは――無制限であった。
レイという魔法は、魔力消費が跳ね上がるものの、相応の魔力を注げば、相応の威力を伴い、対象に熱線を送り届ける魔法だったのだ。
X級火系統魔法、メガ・レイ。つまり百万を意味するメガからも推測できるように、このX級魔法の消費魔力は百万。
魔法薬の力を借りて放たれた魔法の威力は絶大の一言に尽きる。
撃ち抜くことなど不可能に思われた魔物の障壁を易々と貫き、頭部から下、とぐろを巻いていたホワイトドラゴンの胴体部を殆ど消し飛ばす。
光線は拡散することなく、しかし減衰しながら空を駆け上がり、対流圏や成層圏を次々と抜き去り、熱圏にすら到達した。
だが、当然のことながら、サラのメガ・レイがホワイトドラゴンを蒸発させたのと同時に、魔物が放った特大の電塊が彼女を蒸発させようと差し迫る。
攻撃を防ごうにも、彼女の残存魔力は二パーセント。とてもではないが、防ぎ切れるわけがない。ただ、彼女には頼れる仲間達が居た。
盾持ちのバルクを先頭に、その左右をウルクナルとマシューで固め、三名の全魔力を魔力障壁に変換し、盾の前で三重に展開する。
彼らが捻出した総計九十万もの魔力、その全てを注ぎ込んだにも関わらず。ホワイトドラゴン決死の攻撃によって、直接触れていないはずのバルクの盾が、再び熱を帯びる。
だが、どうにか彼らは、魔物の攻撃を凌ぎ切った。
マシューの義手が煙を噴く。
ホワイトドラゴンが死に際に放った攻撃は、トートス王国希望の星であり、王国の命運を背負った存在である冒険者パーティを、一撃で絶体絶命の危機に陥れた。これでもし、魔物が健在ならば脳裏に全滅の文字が克明に浮かんだだろう。
幸いにも、魔物は絶命しており杞憂に終わったが。土煙が晴れるまでの五秒は、極限の緊張を強いられた五秒であった。バルクの盾は直火で炙ったカマンベールチーズもかくやといった有様で、原型を留めていない。持ち手の部分を残し、金属部が蒸発または融解し、冷え切っていない半流体の金属が地面に垂れていた。
「あーあー、またゴードのオヤジに腰が痛いとぼやかれる。二週間前に新調したばっかりだぞ、これ」
完全に盾としての機能を失ってしまったが、バルクは愛着があるのか、他者にはゴミにしか見えない黒こげの盾の残骸を背中のフックに引っかけた。捨てずに持ち帰るらしい。
「……みんな、ごめ……」
と、サラは謝罪中にふら付き、膝から崩れ落ちた。彼女はマシューが抱き止める。スーパードラゴンブラッドの副作用が現れたようだ。まだ彼女の体内には、幾ばくかの魔力が残されているはずだが、それでも気絶してしまうらしい。戦闘中に気絶など、死も同然である。この魔法薬はとてもではないが、単独での実戦に耐えうる代物ではないことが確定した。
「マシュー、役得と思ってしばらくそのトラブルメーカーを背負ってくれ」
「…………」
彼女がまだ隠し持っているであろう劇物の詰まった魔法薬瓶を、背負った瞬間に割ってしまったり、こぼれ落ちてきたりしないかとヒヤヒヤもので、マシューには役得を味わう余裕など皆無であった。祈りながら、自分の魔力障壁の内部に、気絶して無防備になった彼女を収める。
そしてウルクナルは、唯一綺麗に焼け残ったホワイトドラゴンの頭部を手に持つ。戦利品として持ち帰ることにしたのだ。
ホワイトドラゴンの素材は、商館の地下換金所にも展示されていなかった。つまり、この魔物の素材をトートス王国は初めて入手したことになる。これは、王国にとって途轍もない価値を秘めているに違いない。そんな風に考えたウルクナルであった。
――近々、ウルクナル達がSSSランク冒険者になったことを祝し、王宮で祝宴が開かれる。ウルクナルは、このホワイトドラゴンの頭部を、剥製にでもして、これまで何かとお世話になったアレクト国王に献上しようかと考えていた。この頭の価値は、その希少性から、宝石貨でも贖い切れないに違いない。となれば、献上品としてはもってこいだろう。
「みんな、帰るぞー」
千切れて弾け飛んだ魔物の肉や鱗をメンバー総出で掻き集め、エルフリードは意気揚々と帰途につく。




