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暗黒時代8

「よしウルクナル、覚えたか?」

「……酒を飲んでおらず、かつパーティメンバーが集まりそうにないテーブルを探す。それが見つからなかった場合は、報酬は零で良いと言って手頃なパーティを探す」

「完璧だ。後は臨機応変に対応な。……低ランク冒険者にとって金は命よりも重い。だから、報酬を払わなくていい荷物持ちってのは貴重だ。お前がレベル一のエルフでも、迎え入れてくれるところはきっとある」


「うん……。でもこれって、結局は、俺達エルフが低く見られてるってことだよな。カルロは、バカにされても我慢しろって言うけど、俺にも我慢の限界はある。やっぱり、罵られても文句の一つも言っちゃ駄目なのか?」

「ああ、駄目だ。俺達はエルフだからな」

「…………」

「いいか、ウルクナル。お前は、何だ?」

「え?」


「だから、お前の仕事は何だ?」

「冒険者……」

「だろ? 俺達はエルフだが、同時に冒険者だ。冒険者の仕事は何だ?」

「魔物退治し、街を守り、街の発展を促すこと」

「その通りだ! お前の仕事は、人間と喧嘩することでも、脳味噌働かせて人間を貶めることでもねえ。斃すべき敵は人間じゃない、魔物だ。危険な城壁の外を、己の腕一本で生き抜き、出会ったモンスターをことごとく殲滅するのが、冒険者たるお前の努めだ。バカにしてくる人間共をどうしても見返したかったら、自分の強さを認めさせろ。口を使う前に、強い魔物を斃せ、行動で示せ。ウルクナル。お前には、それができるはずだ」

「――わかった。頑張ってみる」

「おう、約束だぞ?」




 単身、魔物達の狂宴に突貫したウルクナルは、群がってジールをリンチにしていた二匹のゴブリンの首根っこを両手で掴み、足元に投げ捨て、頭を足で踏み潰す。

 異変に気付いた残り五匹のゴブリンは、ジールの側から一斉に飛び退き、ウルクナルを睨んで牙を見せて威嚇する。

「バルク! 今の内に!」

「お、おうッ」

「抱えたら、そのまま遠くに走れッ」

 ウルクナルは、ジールの安全が確保されるまで、ゴブリンと睨み合いを続行。決して、視線を逸らしはしなかった。


 稼げた時間は十秒にも満たなかったが、それで十分。

 その巨躯からは想像の難しい俊足でジールの元に駆け寄ったバルクは、自前の剛腕で重傷の彼を抱え、脱兎の如く戦闘エリアから離脱。ウルクナルの提案通り逃走を図った。

 ゴブリンは、獲物が逃げ出そうとするのが許せないらしく、喚き、一匹がウルクナルの真横を横切ろうとする。が、そんなことを彼が許すはずはない。

「うッらぁッ」


 右腕を腹の前まで動かし、引き絞った弩を放つかのように右腕を振るう。歯を噛みしめ、両足で踏ん張り、全身の筋肉を駆動させて放たれた裏拳は、丁度ウルクナルの背後に回っていたゴブリンの後頭部を捉えた。

 純粋な筋力にグローブの重みが加算されたこの一撃によって、ゴブリンの頭蓋はメキメキ軋み、ついに頭部は陥没。ゴブリンは即死した。首からくの字に折れ曲がったゴブリンの死体は、慣性に従って空中をノーバウンドで直進。木の幹に激突して、血液と脳漿を辺りにぶちまけて、土の上に横たわる。

「ふーっ」

 ブンッと右腕を振って、体液を払う。凄まじい臭気に、耐性の無い者なら吐き気を催すだろうが、三カ月間、死臭と汚物にまみれて一日中仕事をしてきたウルクナルが怯む酷さではない。

「来い、相手してやる」

 ウルクナルはグローブに包まれた両手を握り締め、拳を作り、残り四匹のゴブリンと真正面から相対する。両者の間合いはジリジリと迫り、数秒の静寂の後に、衝突。

「は?」


 戦闘エリアの後方で抜き身の剣を握りしめ、茫然と突っ立っていたグラップは己の目を疑う。それ程までに常識外の出来事が展開されていた。

「――っ」

 ウルクナルは、飛び上がって前方から殴りかかってきたゴブリンの金棒を左腕の手甲で受け止め、空いた右腕でゴブリンの両腕を掴み取ると、再度前方から接近している別ゴブリンへと投げつける。二匹のゴブリンは団子状になって地面を転がっていく。

 ゴブリンによる腹部目掛けての突き攻撃を避け、ローキック。小柄なゴブリンが、真横に飛んで樹木に叩きつけられた。


 金棒を上段に振り被って飛び上がったゴブリンの顔面に、ウルクナルの右ストレートが突き刺さる。グローブに装着されている硬質な金具が、顔面を砕き、ゴブリンは頭蓋と頸椎を砕かれ死亡した。臭気を放つ体液と歯の欠片を撒いて宙を舞う。

 再び、ゴブリンの金棒を手甲で受け止めたウルクナルは、ゴブリンの頸椎目掛けて貫手を繰り出す。ゴキュとこぎみ良い音の後に、ゴブリンはだらしなく弛緩。ウルクナルは地面に横たわるゴブリンの頭部を踏み潰した。

金棒を振り上げ向かって来たゴブリンを、鞭のようにしならせた渾身の足技で磨り潰す。ゴブリンは木の幹の染みとなって沈黙した。

「――痛っ」


 ウルクナルの背中に激痛が走る。最後に生き残ったゴブリンが背後から彼を殴ったのだ。その一撃は、数分前のウルクナルが受ければ致命傷となりかねない攻撃だったが。彼が膝を折ることはない。

 Fランク冒険者、エルフ、ウルクナル。レベル三。

 彼はゴブリンを斃したことでレベルが上がり、肉体が強化されていたのだ。

 もっとも、後頭部などの弱点にヒットすれば、ウルクナルとて無事では済まなかっただろう。レベル四のジールですら一撃で昏倒したのだ。もし、ウルクナルが同様の攻撃を受けた場合、即死した可能性も否定できない。

(あ、あぶねー)

 表情には表さないが、内心は冷や汗だらだらのウルクナルだった。今度からは、一匹ずつ丁寧に、確実に仕留めていくことを心に書き止めておく。

 ウルクナルは、反省の念を込めて、ゴブリンに確かな死を与えようと、恐怖に硬直している魔物の頭を握り締め、直上へと全力で放り投げた。

 ゴブリンが滞空している間、ウルクナルは二回飛び跳ね、身体を解す。彼は自然体で立ったまま、相手が落ちて来るまでの数秒を待ち。

「はッ」


 完璧なタイミングで渾身の一撃を放つ。

 それは肘打ちであった。しかし、唯の肘打ちではない。

落下してくるゴブリンに対して身体の側面を向け、右足を踏み出し、仰角四十五度で肘を突き出す。一連の動作を滑らかに、高速で行うことによって生み出されるエネルギーは、ウルクナルがレベル三になったことで更に増幅され、細めの樹木なら一撃でへし折れるまでに至った。

 ウルクナルの肘打ちは、例え鋼鉄製のプレートアーマーの上からでも、相手が低レベル冒険者であるなら、肋骨を数本砕くことくらいは容易だろう。

 そんな一撃を、落下してくる防御力皆無のボロ毛皮を纏ったゴブリンが受けたらどうなるのか。

 ウルクナルの肘がくすんだ緑の皮膚に吸い込まれた瞬間、魔物は爆発した。

 行き場の無いエネルギーが、ゴブリンの体内で暴れまわり、遂には背中を突き破って、火山が噴火するかの如く、極彩色の様々な臓物が噴き出したのだ。


 周囲に魔物の姿が無いのを確認したウルクナルは、臓物に塗れた顔を拭いながら呟く。

「この技、もう使うのやめよ……」

 解放歴二〇五五年。

 魔物の死骸に彩られた異界で、ある一人のエルフが、冒険者としての産声を上げた。

「あー、クセー」


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