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エルフ・インフレーション  作者: 細川 晃
第三章 革新の調

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革新の調1

 トリキュロス大平地の遥か東に位置する絶海の孤島には、賢者ネロが私有する魔結晶研究の実験施設が存在した。

「さっさとやれ、賢者たる僕の許しがありながら、何をためらっている」

「ネロ様。それだけはいけません!」

「魔結晶の無制限成長は大罪中の大罪。賢者であろうとも極刑は免れませんぞ!」

無機質な清潔感が漂う施設内部では、白衣を纏った老齢の男性達が、冷や汗を流しながら、猛っているネロを宥めていた。

 しかし無駄な努力だ。一度決断したネロは、もう誰にも止められない。

「危険です! 魔結晶に、その種の肉体限界値を超えたレベルを吸わせると、何が起こるか、予測できません!」


「なら、予測できるようにデータを集めろ! 同じことを何度も言わせるなッ!」 

 白亜に塗り潰された窓のない通路を、早足で突き進むネロ。その後を、施設を任されてきた博士達が慌てふためきながら、しかし、どこか愉快そうにつき従う。

 博士達は、幾度も制止を呼び掛けているが、これは茶番だ。彼らは既に、効率良く実験を行うための算段を立てており、瞳には許可された実験への狂喜がくっきりと浮かんでいる。

 博士達は、禁忌を犯す許し、即ち免罪符を欲しているのだ。

 これから行われる実験と、その結果の全ての責任を、自分達研究者にではなく、賢者ネロに押し付けてもよいのか。


彼らの警告は、その覚書を作成する為の工程に過ぎない。

 生粋の研究者である博士達が、その頭脳を存分に使う為の、儀式の一種なのである。

 そのことを理解しているからこそ、ネロも怒鳴ってはいるが、彼らを罰しはしないのだった。

「――必要な経費はすぐに報告しろ! 金なら幾らでも出してやる! その代わり、最速で最良の結果を出せ!」 

 ガダルニア賢者個人には、国土の一部が、絶対不可侵の領土として配分されている。賢者は法に触れない限り、そこで何をしても自由ということになっていた。

だがそれも建前、領地は絶対不可侵であるが故に、他賢者の干渉を受けることはない。

つまり、法に著しく触れていても、発覚する可能性は限りなく低いのである。領地内であれば、いかなる罪も賢者の手で揉み消してしまえるのだ。


 実際に、自殺した九名の賢者達は、軍備予算の全額を着服し続けた。にも関わらず、その事実が発覚したのは、ほんの数日前。この百五十年間、彼らは、重ねてきた悪行の全てを隠し通してきたのだ。

 全てが、領地内での出来事だったからである。

 ただそれも、メルカルが独裁官となった今では、遠い過去の話である。

 独裁官メルカルは、近く必ず、賢者領土の透明化を行うだろう。そして罪を犯せば、賢者であろうとも、法に則って厳正に罰するはずだ。


 故に、魔結晶の無制限成長という究極の禁忌を破ろうとしているネロは、罪が発覚し、己の首が胴から離れる前に、革新的な成果を残さねばならなかった。

ネロは何重もの防壁で守られた安全な一室で、準備が着々と進む様子をモニター越しに観察していた。その背後には、本計画の研究主任である老齢な博士が一人佇んでいる。

「――検体を運び込め」

 ネロが注視するモニターに映るのは、とある実験室である。

 その実験室は、白い建材で覆われた一辺が二十メートルはある立方体の空間で、堅牢さを優先しており、窓の類は存在しないが、内部に設置された無数の高性能カメラが捉えた映像を複数の高精細モニターに映すことで、ガラス越しに肉眼で室内を覗き込むのと同様の視覚情報を得ることができていた。

「ネロ様、まずはレベル五百の注入から開始したいと思います。よろしいでしょうか?」

 実験室の底部がスライドし、検体を厳重に拘束した台が、ゆっくりとせり上がってくる。台には、ケバケバしいオレンジ色の防護服に身を包んだ研究員達が便乗していて、手際良く準備を進めていく。


 その様子をモニター越しに眺めながら、ネロはポツリと呟いた。

「一万」

「は?」

 博士は、自分に不備があったのかと思い、モニターを覗く。

 検体として実験室に運び込まれたのは、レベル三百の魔物、深緑の鱗が美しいドラゴンであった。麻酔を使用しており、ドラゴンは仰向けの状態でグッタリと伸びている。

「ネロ様、検体はレベル三百のドラゴンです」

「知っている。それがどうした?」

「……通常種のドラゴンに一万ものレベルを注げばどうなるか、ネロ様もご存じのはずでは?」

「――クドイッ」


「――!」

 渾身の力で机を殴るネロ。

 博士は小さな悲鳴を漏らす。

 溜息を吐きながら椅子にもたれ掛ったネロは、モニターを凝視しながら言った。

「やれ」

「は、はい」

 ガダルニアの研究員が、賢者の命令に逆らえるはずもない。博士は、モニタールームに備え付けられた通信機器で、隔離された実験室に命令を送る。

 これから執り行われる実験内容は極めてシンプルだ。

 検体であるドラゴンを麻酔で眠らせ、レーザーカッターで胸部を切開し、体内の魔結晶を露出させる。そこに、レベルを注入するのだ。


 ――この場合でのレベルとは即ち、魔結晶を加工した物質、液体魔結晶のことである。

ドラゴンを拘束する台座より複数のロボットアームが這い出し、露出させた魔結晶に、レーザーによって極小の穴を無数に穿つ。そして吸盤とチューブを備えた一本のアームが、魔結晶の表面に吸着すると、金色に輝く液体をチューブに満たした。

「注入開始」

「――注入開始。レベル、急速上昇。レベル上限突破」

 この惑星の魔物や植物は、通常、誕生した瞬間にレベルがカンストし、他の魔物を幾ら殺めたとしてもレベルアップすることはない。であるにも関わらず、ドラゴンのレベルは上昇を続けた。

 ガダルニアの研究者達が、強制的に魔結晶を成長させ、レベルを向上さているのである。

 これこそが、魔結晶の無制限成長。


 露見すれば賢者ですら極刑を免れない、ガダルニア最大の禁忌である。

「三百五十、四百、五百、七百――」

 レベル上昇に合わせ、ドラゴンの肉体に変化が生じる。

鱗が抜け落ち、その下から肥大化した筋肉が顔を出す。鱗にも勝る堅牢な皮膚が形成され、同時に翼も巨大化していく。順調にレベルアップが進んでいるかに思えたが。異変は、レベル千を突破した直後に発生した。

「九百、千、――千百」

「ドラゴン、――理論上の肉体限界値を突破」


 ガダルニアの研究者達が現在行っている、このレベルを急速に上げるという行為は、ウルクナル達が行ったスーパーレベリングの完全なる上位互換であった。

 ドラゴンに注入している液体魔結晶には、レベルの吸収を促す特殊な薬品が加えられており、一千でも一万でも、十万でも。レベルを上限なく向上させられるのである。

ただし――。

魔結晶とは、それを宿す生物にとっての動力炉であり、第二の心臓である。

「千二百、千四百、千五百――」

 際限なく高出力化される魔結晶という名のロケットエンジンに、ドラゴンの肉体は耐えられない。

「胸骨、肋骨、鎖骨。胸部を中心とした骨格に異常過重! これ以上は耐えられません! 魔結晶、表面圧力が急速増大!」


「千六百、千八百、――二千」

 どこまでも成長し肥大する筋肉、そして魔結晶。最初に限界を迎えた部位、それはドラゴンの心臓であった。

 ピ――――。甲高くも空しい電子音が、実験の結果をこの場の全員に知らせていた。検体は生命活動を停止。レベル二千を数えたドラゴンは、心臓破裂により死亡した。

「――――素晴らしい」

 実験室から離れたモニタールームに、疎らな拍手が響く。立ち上がったネロが、一人拍手をしていた。

「博士、あなたはやはり抜け目のない人だ。ドラゴンの肉体限界と言われ続けたレベル一千の壁を軽々と超え、レベル二千にまで到達させた。どうやらあなたは、魔結晶の無制限成長に関する基礎研究を独自に進めていたらしい」


「……ええ、はい。ですが、私自身驚いています。これまでの研究は理論のみで、生物実験の類は一度も行ってきませんでした。それなのに、限界値を容易に突破できた。……大変貴重なデータも得られましたし、これならば、レベル一万の達成も容易いかと」

「くくくっ、そうか、容易いか」

 博士の自信に満ちた発言は、ネロを心地よい高揚で包んだ。実に楽しい。メルカルが独裁官の任に就いたあの日から、心を蝕んでいた暗い影が払拭されていく。

「博士、金は幾ら使っても構わない。レベルを一でも引き上げる努力を続けろ」

「はッ! ……あの、それで、目標のレベルはどの程度に致しますか?」

「……そういうものが必要なのか?」


「はい、ネロ様が定めて頂けると、我々も奮起しますので」

「……それなら、レベル百万を目指せ」

「――百万、ですかッ!?」

「ああ、それもワンオフではなく、量産しろ。レベル百万の魔物を量産する体制を構築するんだ」

「そ、そんな無茶な」

「その無茶を押し通す為の、資金だろう。そして湯水の如く消費してもらうからには、消費に見合うだけの成果を上げてもらう」


 賢者が保有する資金と工業力は強大だ。ネロは、その力を根こそぎ磨り潰し、超高レベルモンスターの生産の為に特化運用しようとしているのである。

 まさに捨て身。背水の陣だ。

「博士、ガダルニアの命運は、あなたの双肩に掛かっていることを自覚しろ。あなたが、この国を救うんだ。――期待している」

「はッ! ……メルカル様が独裁官となられたのも、関係が?」

「そうだ。今は話せないが、これまでにない強力な魔物の製造が急務なんだ。尽力してくれ」

「わかりました。死力を尽くします」

 神妙な面持ちで頷いた博士は、一言別れを告げると、モニタールームから飛び出す。閉まっていく自動ドアの向こうで、走る足音が反響していた。あの老体で、虫取り網を握りしめた少年が、野山を駆けまわっているかのような足取りである。よほど、この研究を行えることが嬉しいのだろう。

 だがネロは、博士の歓喜とは間逆の感情に顔をしかめていた。

ヘドロのような憎悪に再び心を浸したネロは、搬出されるドラゴンの死体を眺めながら呟く。

「勝つ。必ず勝つ。エルフ如きに、人間が屈していいはずが、ない……ッ」



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