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エルフ・インフレーション ~際限なきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃
第二章 ビッグバン

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ビッグバン27

 やや頂点を過ぎた太陽の下には、雲の大海原を亜音速で突き進む、青く輝く奇妙な飛行物体が四つ。眼下の雲の切れ目からは、街道が、街が、村が一望できた。ウルクナルを除くエルフリードの面々は、若鳥のように、覚えたての魔力操作で懸命に飛行する。危なっかしい飛び方ではあるが、それでも徒歩の数百倍、馬車の数十倍の速さだ。


「これが夢だったら、私、起きた時に相当凹むと思う」

「頬をつねってみてはどうですか?」

「……痛い」

「じゃあ、これが現実です」

「ははは、俺、空飛んでるよ」

「みんなー、魔力は大丈夫? 疲れてない?」

 全身を覆うのは、美しい流線形を描く魔力障壁。その形状は、ペンシルロケットに近い。

 推進エンジンには、以前ウルクナルが創造したレシプロエンジンから、マシューの提案でロケットエンジンへ換装した。エンジンを細かく分類するなら、パルスロケットエンジンだろうか。小さな空間に魔力を流し、爆発させる。その爆風で前に進むのだ。言うなれば、連続した爆風で吹き飛ばされながら前に進むのである。


 利点は、レシプロと比べて構造が極めてシンプル。魔力で壊れない器を用意するだけでよい。そして速さ、その気になれば、音速の壁など軽く超えるだろう。

 ただし欠点もある、燃費の悪さだ。このエンジン、非常に大飯食らいで、三分間飛行するだけで魔導師級魔法を放つのと同量の魔力を消費する。その消費量は、同じ速度で飛行する魔力製レシプロエンジンの四倍だ。当然、速度を上げれば上げるだけ燃費も格段に悪化する。

 しかしながらこのエンジンは、白化したエルフ達には適したエンジンとも言える。

 白化したことによって、体内の魔力生産量も百倍にまで急増したからである。人間やエルフの魔力貯蔵庫は、八時間前後でゼロからフルになるとされている。その百倍。白化したエルフは空の魔力貯蔵庫を約五分、およそ三百秒で満タンにできるのだ。


 緊迫した戦闘での五分は体感で一時間だが、日常生活での五分は瞬く間に経過する。

 ウルクナルには五分毎に三万五千、バルク達には五分毎に一万の魔力が補充される。

白化したエルフは、魔力生産量百倍という増魔力剤四錠分に等しい効果を副作用無しで、半永久的に享受し続けられるのだ。

 これをズルと言わずして、何がズルなのだろうか。

「マシュー、その鞄、えらく重そうだけど、何が入ってるんだ?」

「え、えっと。まあ、未踏破エリアで行いたい実験が幾つかありまして」

 マシューは、厳めしい金属金具で補強された鞄を小脇に抱えていた。金具は魔物鉄ドラゴン、革はドラゴンの翼膜で仕立てられた一品。絶対に破損してはならない物品が入れられているのだろう。


 エルトシル帝国の帝都ペンドラゴン上空を過ぎ去り、なおも亜音速で飛行していると、トリキュロス大平地で最も広大な草原が現れた。地平の彼方まで、瑞々しい青緑で埋め尽くされている。とてもここが、未踏破エリアの玄関口だとは思えない。だが、この先は確実に未踏破エリアなのである。そこは、レベル二百を突破した人類でも徒党を組まなければ一昼夜の生存すら許されない、地上に具現した地獄なのだ。

「何だろう、あれ」

十分後。ウルクナルは、唐突に地上を指差す。銀色に輝く十二の点が、二列縦列で移動していた。どうやら、ナタリアから購入した知識の役立つ時がきたらしい。

「アレは、ゴブリンです」と、マシューが言う。

「ゴブリン? ここは未踏破エリアのはずじゃなかったのか?」

 減速し、ホバリングに移行した面々は、上空から銀色の点、フルプレートの甲冑を纏ったゴブリン達を眺める。


「未踏破エリアに生息するゴブリンです。トートスの森に生息するゴブリンとは別種だと考えた方がいいですね。何せ、魔物鉄ドラゴンの鎧と剣、そして火系統の中級魔法を操るそうです」

 アーキタイプゴブリン、レベル三百、証明部位未設定、報酬未設定。

 ゴブリンの源流、本物のゴブリン。低ランク冒険者にすら雑魚と蔑まれるゴブリンは、アーキタイプゴブリンの劣化模造品に過ぎない。

 身の丈に合った見事な魔物鉄ドラゴン製の鎧と剣を所持していることから、高度な文明を未踏破エリアの奥地に築いていると推察される。

「数は多いけど、所詮はゴブリンだな。サラ、我慢してた分、思いっきり魔力使っちゃえ」

「え、ウルクナルいいの?」

「うん、薙ぎ払え!」


 この時、心のどこかで、大事な留め金が破損した音をサラは確かに聞いた。愛用の杖を抜き、魔力操作で補強する。冒険者達は、到達するであろう衝撃波に備え、身を寄せ合い、魔力が枯渇し一時的に浮遊ができなくなるであろうサラを抱きとめた。

 強烈な魔力光で、目を開くのも辛い。

「ファイアーインパクト」

 魔導師級火系統魔法、ファイアーインパクト、魔力消費量三千五百。昔、特殊な魔法陣を用いて、ウルクナルから魔力を供給して発動させ、オークキングの城を吹き飛ばした魔法だ。

「ファイアーインパクト」

 二発目の同魔法。詠唱破棄での行使の為、威力はやや落ちるが、サラはそれを数でカバーしたのだ。

上空に太陽が三つ並ぶ。ただ、これではまだ足りない、まだ思いっきりではない。保有魔力一万七百のサラは、数秒の休憩をはさみ、狂喜の笑みを浮かべながら、青に輝く杖を振るい、高らかに――。

「ファイアー、インパクトッ!」


 魔導師級魔法を三連続。天には赫灼たる四連星。地上では、レベル三百のアーキタイプゴブリンが慌てふためく。

 案の定、意識が一瞬途切れるまで魔力を消費したサラは、満足そうに、ウルクナル達に寄り掛かった。

 三つの巨星が地上に落ち、押し潰れ、火炎柱が空を三度焼く。地表も同じく三度焼かれ、衝撃波が三度襲った。地上の広大な面積が焦土と化し、溶岩の湖がまた一つ生まれる。

「ペンペン草一本生えてないな」

「これでは魔結晶が得られませんね。あのゴブリンはレベル三百でしたから、高確率で採取できたのに」

 灼熱地獄の地上を眺めながら、遠回しにやり過ぎだとサラを非難する二人。

「ありがとう、もう大丈夫」


 数分が経ち、魔力を殆ど回復させたサラは、満足げな表情で自立浮遊を始めた。

「サラ、どうだった」

「最高」

 ウルクナルの問いに恍惚とした笑顔で答えるサラ。手の中でクルクルと器用に杖を回し、すっとホルスターに仕舞う。

「私、これまでずっと、魔導師になる為に頑張ってきた。そしていつか魔導師になったら、思いっきり魔法を使って、魔物を退治するのが夢だったの。それが、今日、両方同時に叶っちゃった。本当に、今日は私の人生最高の日。昔の辛い日々にも意味を見い出せた気がする」

「じゃあ、もう思い残すことがないくらい満足しちゃったのか?」

「まさか! 全然だよ。今日の私は満たされたかもしれない。だけど、明日の私は必ず欲求不満に戻ってる。新しい夢が見つかったんだもん!」

「へえ、どんな夢?」


 ウルクナルは、言葉の節々から伝わるサラの声なき催促を読み取り尋ねる。

「誰も見たことのない、便利な魔法。私にしか行使できない、強大な魔法。そんな魔法を星の数生み出す。それが私の、魔導師としての新しい夢、目標」

 かつて欠陥魔導師と嘲られつつも、蛍雪を重ね、実力と運によって本物の魔導師となったエルフの女性サラは、自信と気概、わずかな気恥しさを抱きつつ、凛とした面持ちで、新たな大志を語るのだった。

 エルフリードは、未踏破エリアの空を蛇行する。

「マシュー、あそこ、変な生物が居る」

 ウルクナルが指差す地面には、奇妙な生物が二体居た。顔は猩々、胴は犬、尾は蛇、手足は獅子。古今東西の生物を寄せ集め、繋ぎ合せたかのような生物。その番いだ。

 その正体不明の獣は、上空を見上げ、甲高い笛のような声で啼く。

「キメラですね。鵺とも言うらしいですが」

「キメラ、鵺……? どっちが正式な名前なんだ?」

「さあ? 図鑑によれば、どっちとも正式な名前だそうです。エルトシルやトートスではキメラと呼び、ナラクト公国では鵺と呼ぶらしいです」

 キメラ、レベル三百、証明部位未設定、報酬未設定。


 この生物が何であるかを説明できる者はいない。哺乳類なのか、爬虫類なのか。猩々の頭と蛇の頭、どちらが頭でどちらが尾であるかも判別できない。

 笛の音で啼くこの獣は、風系統の上級魔法を自在に操る強力な魔物で、ドラゴンと同等のレベル三百に至っている。この怪物が万が一王国に現れた場合、討伐に派遣する人間は四名のみと定められている。凡百の冒険者を掻き集めたとしても、この怪物を狩ることはできないのだ。撃退すら怪しい。必要なのは、無双の豪傑を数人。それ以外は、ただ、化物に無用の餌を与えることになる。

「面白そうだ。ちょっと、相手してくる」

「ウルクナル、キメラは風の魔法を使うらしいです!」

「わかった、気を付ける」

 片腕を上げて同意を示したエルフリードのリーダーは、高度を下げ、キメラ二体との闘いに挑む。他のメンバー達は、彼を軽い気持ちで見送った。レベル三百で横並び、それが二体という不利な状況であるにも関わらず、彼が負けるところを想像できないのである。


 バルク達の予想は大方的中していた。ウルクナルはキメラ戦で勝利を収める。

 魔法を扱う役者が揃ったこの闘い、観戦を決め込んだ冒険者達は、さぞ激しく派手な戦いになるだろうと期待していた。だが、レベル三百に達したウルクナルの闘いは、実に呆気なく幕を引く。開始数秒、ウルクナルが右腕を軽く振っただけで決着したのだ。

 残ったのは、胴体が真横に両断されたキメラの骸のみ。

「……終わったのか?」

「そう、みたいですね」

 茫然と、三名は地上を眺めた。地面に足を着けたウルクナルは、キメラの骸を漁り、魔結晶を二個手に入れる。二体とも体内に結晶を宿していたのだ。レベル三百にも達すると、ほぼ確実に結晶を入手できるらしい。

 上がってきたウルクナルの両手にはそれぞれ、大玉の魔結晶が握られていた。

両方無傷である。

「――マシュー、片方お願い」

右腕で掴んでいた魔結晶をマシューに投げ渡す。


「レベル三百の魔結晶だから、相当な量の魔力を注がないといけないと思う。俺は、こっちを一人でやる。そっちは皆で分担して。ゆっくりやれば絶対に溶けるから、焦らないで」

 バルク達は言われた通り、一個の魔結晶へ三人同時に魔力を注ぐ。これまで融解に必要な魔力量はレベルに比例していた。レベル三百の魔結晶ということは、三万の魔力を注がねば、液体魔結晶エリクサーは得られない。

浮遊に魔力を割きつつ、魔結晶に魔力を注ぐというマルチタスクは、魔力操作の練習に最適だ。それも計算して、ウルクナルはマシュー達に結晶を投げ渡した――のかと言えばそうでもなく。偶然の産物だ。

「ウルクナル、どうやって魔物を真っ二つにしたんだ? 剣でも隠し持ってるのか?」

 バルクの言葉は、マシューとサラの心境を代弁していた。皆知りたがっているのだ。あの鮮やかなキメラの切断面は、いかにしてできたのか。どうすればアレを自分の手で再現できるのかと。

「剣じゃないよ、こうやって、魔力を飛ばすんだ」

 ウルクナルは微笑しながら言い、そして行った。エリクサー製造を片手で行いながら、もう片方の手に魔力を乗せ、振るう。三日月状に伸ばされた魔力の塊が、目にも留まらぬ速さで地上に激突し、土煙を巻き上げ、大地を切断する。今回のは、魔力光で青く着色されていた為、その斬撃が飛ぶ過程がよく見えた。見易いようにとウルクナルが配慮したのである。

「おー、すげ」


「風魔法? じゃないよね。何だろ」

「……はやい、凄いですウルクナル!」

 三人の感嘆に、ウルクナルは得意げだ。

「魔力操作の一種だよ、消費魔力はさっきので二千。キメラの時は五千消費した」

「五千も……。というか逆じゃないのか? キメラの時よりも説明の時の方が派手に見えたんだが、地面にも痕が残っているし」

「アレは演出だよ。わざと眩しく輝かせて目でも追えるように。地面の痕は、斬撃の刃を潰して、目立つ傷跡をわざと残した。斬るというよりも叩きつける感じ。キメラの時は、魔力の刃を極限まで硬く鋭くしたんだ。だから、音もなく魔物を両断して、痕跡も残らない。あまりにも刃が薄過ぎて、土の地面を切っても元に戻るんだ」

「――――」

 最も真剣にウルクナルの解説を聴いていたのは、魔導師のサラだった。彼女は驚愕していたのだ。魔法使いにとって、五千という魔力は通常、個に対して使う量ではないからだ。ドラゴンを相手にするにも、千か二千、上級魔法で事足りる。

 五千の魔力を消費していながら、静かで、地味で、小規模。自身が開発した広範囲を焼き尽くすファイアーインパクトとは間逆のベクトルだ。


 未踏破エリアの魔物が、高ランク冒険者のチームプレーで斃される以上、消費量五千などという大魔法をこれまで同様に行使すれば、魔法の巻き添えを食らい、味方共々全滅の憂き目にあうだろう。

 ウルクナルの魔力の使い方は、理に適っている。

魔法に鮮やかさは必要ない。あらためて、サラはそう思った。

(どんな本や論文にもなかった発想……。情けない。私も、学院のカビ共と同じ、固定概念に囚われていたのね)


 白化し魔力量の桁数が増えたことで、サラには、既存の魔法が陳腐化したように感じていた。その予感は、ウルクナルの魔力操作を目にした途端、確信へと変化したのである。白化エルフには、白化エルフの為の魔法が必要になるはずだ。

「…………」

 魔導師級魔法のように魔力を消費しながら、低級魔法のように対象は一体。そんな新しい魔法に対するインスピレーションが、サラの脳内で間欠泉の如く無数に噴き上がる。

 サラが、新魔法の構想に耽っていると。

「お、やっと溶けた」

 バルク達に任されていたキメラの魔結晶が溶け、マシューが言うところのエリクサーが、半透明の器の中で波立っていた。

「こっちもできたよ」

 ウルクナルも同時にエリクサーを完成させたらしい。

「一番レベルが低いのって誰だっけ?」


「僕です」

 マシューのレベルは丁度百、エルフリードの中では最下位だ。

「マシューの次に低いのは?」

「俺だな、百五だったと思う」

 ウルクナルは自分が作ったエリクサー入りの器をバルクに手渡す。戸惑いの表情を浮かべたバルクは尋ねた。

「どうして俺に、ウルクナルは飲まないのか?」

「バルクが飲んで、俺が飲んでも意味がないから」

「意味がない?」

「うん。キメラのレベルは三百、そして俺のレベルも三百。同レベル以下の液体魔結晶を飲んでも、レベルアップしない。レベル百の魔物、シルバーウルフの液体魔結晶を飲んでも、魔力が回復するだけで、レベルは上がらなかった。自分が強くなる実感がないんだ」

「なるほど筋は通るか、レベル百の俺達が今更ブラックベアーを斃したところで、レベルが上がる訳もないしな。……じゃ、遠慮なく」


 器に穴を開け、ココナッツミルクを飲むように、エリクサーを嚥下する。マシューもバルクの真似をした。心地よく、温かい。えも言われぬ贅沢な味わいに二人は酔いしれた。

 バルクはレベル百五からレベル百十四へ。マシューはレベル百から百九にレベルアップを果たす。両者共に、魔力貯蔵量を九百増加させた。

「おお、一気に体が強化された感じがする」

「何度経験しても心地いいですね。安心にわずかな優越感をブレンドしたような感覚です」

「マシュー」

「はい?」

「レベルアップしたついでに、アレと闘ってみない?」

 ウルクナルが指差す先は、地面を向いていなかった。平行、地平の彼方に向けられていたのだ。何かが接近してくる。生き字引マシューは、即座にその生物が何であるかを言い当てた。

「フェニックス」

 フェニックス、レベル四百二十、証明部位未設定、報酬未設定。


 煌々と生きながら燃え続ける怪鳥。ただ、不死ではない。火と風の二系統を自在に操り、攻撃してくる。魔力障壁を常に纏っている為、非常に防御能力が高く。火系統魔法による攻撃の一切を無効化する。

「ウ、ウルクナル! フェニックスですよ、レベル四百二十です!」

「――四百二十ッ!? 大物だな! 行け、マシュー!」

「ええッ!?」

 マシューは冒険者ではあるが、戦士ではない。これまでの戦闘でも、マシューは後衛に徹してきた。彼はエンジニアなのだ。

 いくらレベルが上がり自分が強くなったからと言って、それは肉体面での話、内面的な部分まで強化されてはいない。マシューは、恐れ慄いていたのだ。燃え盛るフェニックスにではない、その四百二十という数字が怖いのだ。おまけに、単独で魔物と戦うことに慣れていなかった。

(怖い……だけど、引けない。引くことは許されない。皆に、情けないところは見せられない)


エルフリードは間違いなく、天下無双の一団だ。ここで逃げるは、例え、仲間以外の目が無くとも、無双の集団たるエルフリードの名が泣く。何より、仲間に臆病者だと思われたくなかった。自分は、彼らにどこまでも比類して行きたいのだ。

「……皆さん。地面に降りて! 全力で守りを固めてください」

「お、マシューが本気だ。これは危なそうだな。で、どんな魔法を使うんだ?」

「魔法は使いません」

「え?」

「僕は、科学者ですから」

 急いで地上に降り立ったマシュー。彼の手に握られていたのは、銀発色の円筒だった。彼が抱えていた鞄の口が開いており、白い緩衝材がボロボロと零れている。

 バルクが尋ねた。

「なんだ、それ」


 マシューは口早に言う。

「ビッグアントの洞窟に生息しているケーキイーターという魔物は、洞窟内の岩石を主食とし、強烈な熱を伴いながら自発光します。これは、その原理を応用した兵器ですよ」

円筒のサイズはビールジョッキ程、開閉の機構はなく、繋ぎ目のない一枚の鋼板で覆われている。頂点には、誤作動防止のカバー、その内部にはボタン。マシューは、一定のリズムで決まった回数、ボタンを連打した。すると、カチンッと金属を叩く音が鳴る。

 魔力を滾らせたマシューは、強化された右腕で、円筒をフェニックスが向かってくる直上へと投擲した。怪鳥は、地上のエルフリードへ向け急降下、全身の炎に濃い魔力光が混じっている。何らかの魔法を行使するようだ。

「サラ! 最大出力で土系統の魔法! 全員が入れるシェルターを」

「任せて!」


 何故か知らないが、マシューが焦っている。嫌な予感に首筋を粟立たせたサラは、貯蔵庫を開き、魔力を運用、即興で一万の魔力を用いた魔導師級土系統魔法を発動させた。

「アイアン、バンカーッ!!」

 それは、上空からの攻撃に対する鉄壁の守り、土くれから鋼鉄を生み出し、お椀状に成形、冒険者達に覆い被せる形で設置する。装甲板の厚みは三メートルに達し、現時点でサラが考えうる最高の防御を実現させた。

 これを即興で行使したのである、サラの魔法に対する造詣の深さが窺い知れるだろう。サラは、魔力を使い果たし、その場にへたり込んだ。

「ウルクナル、動けないサラに、外気を遮断させる魔力障壁を!」

「やったよ!」

「……三、二、一、来ます!」


 カウントダウンの直後。ウルクナル達は暖色の明かりに照らされた。ここは、装甲板で守られたバンカーの中、満たされていたはずの闇は、雷鳴の如き轟音と共に払われ、地面との極わずかな隙間から光が浸食する。バンカー内部は一瞬にして数百度にまで熱されたが、魔力障壁のお陰でウルクナル達に火傷はない。

 三メートルの厚みを誇るバンカーの天蓋が赤々と色付く。何らかの熱放射が装甲板を融解させているのだ。

 数分後。サラがバンカーを土くれに戻し、一行は外に出た。

 未踏破エリアの草原は一面焦土と化し、砂嵐のような濃い土煙が周囲に立ち込め、雪のようにひらひらと、上空から黒い灰が降っている。

「ひえー、見ろよ、地面が溶けてガラスになってら」

 バルクは、氷の膜を割ってハシャグ子供のように、小石や砂利や粘土が溶けてガラス状になった地面を踏んでどこか楽しそうだ。釣られて、ウルクナルも地面を踏んでいる。

 一方マシューは、ガラス容器を取り出すと、地面に這いつくばって、懸命にサンプルを回収していた。サンプルは、土であったり、灰であったり、融解した石など様々だ。


「ウルクナル、飛びましょう。上空から、爆心地を一望したい」

「そうだな、土煙が酷くて何も見えないし。……サラ、掴まって、飛ぶにはまだ魔力が少ないだろう?」

「ありがとう。じゃ、よろしく」

 ウルクナルの背に飛び付くサラ。するとマシューは、魔力製ロケットエンジンを吹かして、一足先に飛び立った。手には手帳と鉛筆が握られ、せかせかと何かを書きこんでいる。

「はえーな、もう上だ。マシューは、どうしてあんなに急いでいるんだ? 魔物でも現れたのか?」

「違うと思う」

 サラは同じ学者として、マシューの心中を理解できる範囲で脳筋二人に語り聞かせる。

「マシューは、今、新しい力を手に入れたんだと思う」

「新しい力?」


「……私の専門じゃないから、詳しくは分からない。だけど、この惨状を見れば、その強大さ、凶悪さは伝わると思う」

 何だそりゃ、と笑い飛ばそうとしたバルクだったが、開いた口は、言葉を発することなく空気を吐き出す。口が塞がらなかった。眼前に聳えるのは、これまで一度たりとも見たことのない色と形状の雲、――キノコ雲。

 巻き上げられた土によって、雲の根元は茶色く染まり、ポリープ状の雲塊は、烈火を内包したように赤く色付く。そしてキノコが胞子を飛ばすように、死の灰を撒き散らしていた。

 マシューはまるで気にする様子もなく、死の灰を頭と肩に積もらせながら、黙々とデータを集める。

 彼は、原子の世界を垣間見せる鍵を完成させたのだ。


 マシューが開発した、この爆弾。名をプルトニウム型核爆弾という。

 分類は、個人が携帯できるミニ・ニューク。

 マシューの知識と、発想、サラの錬金術で鋳造された。原子の剣だ。

 フェニックスは、爆発の衝撃波によって、体内の魔結晶共々ミンチとなったようだ。もったいないと、ウルクナルがぼやく。一行は、再度飛行を始めた。

 プルトニウムの大輪を咲かせようとも、エルフリードの未踏破エリア探索は終らない。



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