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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃
第二章

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ビッグバン26


 三階、最も利用した低ランク冒険者のゴミ溜め、けれど食事はそれなりに美味しく、最高のコストパフォーマンスを実現している。哀愁を感じながら、内部をチラリと覗く。ドラゴンの骸の見物に向かったのか、空席が目立った。


 四階、中ランク冒険者、ベテラン、腕利きと認められた成功者が利用する階だ。三階の内装とは雲泥の差があり、ゲロとアルコールの臭いに顔をしかめることもない。


 ダダールへと旅立つまでの一年半、この四階を利用する機会は数多あったが、ウルクナル達は数回しか立ち寄らず、遠征の作戦会議も各メンバーの借家で済ませていた。内装が最高でも、そこに屯する人間が最悪だからである。


 差別、蔑称の連呼は日常茶飯事。なまじ冒険者として一定の成功を収めている為、貴族階級の仲間入りを果たしたような気分に浸っている輩が多いのだ。

 ウルクナルは、四階を覗きもせずに、最上階へ上がろうとした、が。


「おい、お前ら。久しぶりに会って挨拶も無しか?」

 ギギと音がして、四階の扉が開き、中から五名の冒険者が現れた。皆、性格に難があっても腕利きの冒険者。小奇麗な装飾の施された鎧と、剣の鞘と柄。全てが魔物鉄ドラゴンの高級品。彼らは、Aランクの冒険者パーティで、この四階を実質的に支配している人間達だ。

 いわゆる、お山の大将である。


「…………」

「ウルクナル、お前がドラゴン斃したって話、本当は嘘なんだろ? 有り得ないからな、エルフがドラゴン斃すなんて。他の冒険者から手柄を盗んだんだ! 間違いないエルフは卑しいからな! お前の、真っ白な姿がその証拠だ。Sランク昇格試験のワイバーンが怖くて脱色しちまったんだろ?」

 妄想に彩られた罵詈雑言に対しウルクナルは、眉を寄せて、首を傾げ、のたまった。


「……お前、誰だっけ?」

 笑いを必死に堪えているバルクの背中をマシューが押し、ウルクナル達は階段を上る。からかわれたのだとやっと気付いた冒険者は、殺意すら懐いて、ウルクナルの後を追おうとするが。


「――ここより先へ進むには、黒のギルドカードをお示しください」

 凶相の警備員に止められる。剣を持って闘えば、冒険者の方が遥かに強いだろう。しかし、警備員に害するは、商会に斬りかかるのと同義。最悪の場合、ギルドカード剥奪の上、労働者登録名簿から除名される。今後一切、商会系列の店舗で物を買ったり、売ったり、仕事を得ることができなくなるのだ。


 それは流刑に等しい。


 どれだけ財を成しても、冒険者の本性は荒くれ者。その荒くれ者共が泣いてわびる存在、それが、階段警備員なのだ。


「ウ、ウルクナルッ、貴様、逃げるのかッ!」

「悔しければ、三年後のSランク昇格試験に合格すればいい。簡単さ、実力を国王に認められて、山の五合目付近でワイバーンを単独で討伐するだけでいいからな。俺みたいに、ドラゴンを狩る必要はない。……俺も五階でなら、お前の質問に答えるよ」


「……ッ」

 四階の踊り場で屈辱に打ち震える冒険者の姿が見えなくなった頃、ウルクナルはサラとマシューに窘められた、敵を必要以上に作る必要はない、と。頭に血が上ったと、反省するウルクナルだった。


「聞きしに勝る立派な扉だ」

「そうか? 俺は、商館入口の扉の方が迫力あると思うけどな」


 上質な黒檀の二枚扉。扉にはシンメトリーの濃密な銀の装飾。その意匠は、黒のギルドカードに酷似している。わざと似せて造ったのだろう。漆黒の扉、最上階の扉、選びに選び抜かれた者だけが潜ることを許される扉。ただでさえ威圧的な黒色扉は、歴史とそれに絡みつく威光が付加され、一層近寄りがたい雰囲気を醸していた。


 だがウルクナルに、そんなこけおどしは通用しない。至って普段通りの、自室の戸を開くように、何の感慨もなく、バンッと最上階の扉を叩き開く。蝶番の性能がいいのか、それとも扉が軽いのか、威厳ある黒色の扉は、すんなりと身を押し退け、ウルクナルに中央を譲る。

 扉の先は別世界だった。


「すげー」

「ここまでくると目が痛いですね」


 絢爛豪華の極み。その一言で、内装の全てが表現できる。もう少し丁寧に説明するならば、燃えるような赤に、金。基本的にはそのツートンカラー、そこに白や宝石の七色が、彩りとして散りばめられている。


 商館正面の装飾も中々の物だが、それを軽々と超越した成金装飾の数々。一つ一つに作成した職人の粋と真心をヒシヒシと感じ取れるが、この密度になると、最早雑念でしかない。最高級の調味料を口腔へ直接流し込まれる感覚だ。


 数を減らし、丁寧に配置すれば、気品と優雅さが満ちた王宮にも勝るとも劣らない最上級の一室が完成するはずが。優れた物だけを大量に集めれば最高の物が造れるという安直な考えの元、一つの部屋に家具を詰め込み過ぎた所為で、この五階は、見る者に眩暈を引き起こすという、劣悪な環境となっているのだ。

 そんな異界においても、圧倒的存在感を示すエルフが一人。


「……どうしてナタリアがここに居るの?」

 澄まし顔のナタリアは、淡々と。


「私は、一級コンシェルジュですから。ここの入室も職権の範囲です」

「な、なるほど」


 ともかく、座る場所があるのに立ちっ放しも不合理なので、座り心地は極上のソファに腰を下ろし、テーブルを囲う。座った位置関係が、一階の特等席と同じなのは、体に染みついた習慣によるものだ。


「誰も居ないな、ここ」

 トートス王国にSランク以上の冒険者は十五名存在するが、高ランク冒険者の溜まり場であるはずの五階には、ナタリアの他には誰も居ない。ここがそんな状況になっているのは、当然ウルクナルの所為だ。一階で彼が吐き出した尋常ならざる魔力によって、感受性のある高ランク冒険者達は、軒並み吐き気を催し、恐怖し、逃げ出したのである。


「ナタリア、俺の鞄もってきて」

「畏まりました。少々お待ちください」

 一礼したナタリアは、足早にどこかへ向かう。


「その鞄に、お前のレベルと魔力が十倍に跳ね上がった秘密が隠されているんだよな? どうして、直接持ってなかったんだ?」

「査定をお願いしていたんだ。総額いくらになるのか興味あって」


「……査定?」

「お待たせしました」

 台車に丸く膨らんだボロボロの鞄を乗せて現れたナタリア。重そうに持ち上げ、テーブルの上にそっと置く。それでもゴトッと硬質な音がした。バルクはその音を知っている。Fランク、時給六十ソルの炭鉱で、手押し車に少しでも石ころを乗せようと、慎重に積み上げる時の音だ。


「こちらが、査定結果になります。換金いたしますか?」

「……四億三千万ソルッ!? 嘘だろ」

「なんだ、意外と少ないな」


「傷物や、砕けた物が複数ありました。それを差し引いての額になります」

「ああ、そっか。少し乱暴に扱ったからなー」


 額面に眼球が飛び出さんばかりに驚くバルクに対して、ウルクナルはそんなものかと興味なさそうだ。見たがっていたマシューに紙を渡す。


「ナタリア、換金はしない。ありがとね」

「畏まりました。では、何かございましたらお呼びください」

 ナタリアが去ったのを見届けたウルクナルは、鞄を開き、大粒の魔結晶を取り出した。


「これ全部魔結晶ですかッ?!」

「うん。やっぱり、魔物のレベルが高ければ高いだけ、体内に魔結晶を宿している確率はあがるみたい。レベル百のシルバーウルフって魔物は、五割の確率で魔結晶が体内にあった」

 ウルクナルは、魔力障壁で魔結晶をスッポリと包み込む。


 原初魔法で発生させる濃密な魔力の層を、彼は魔力障壁と名付けていた。それは本来、防御に用いるものであったが、魔結晶を包んだように、対象を外界から完全に遮断することも可能であるようだ。


「マシュー、よく見ていてね」

「……?」


 レベル百の魔物であるシルバーウルフの魔結晶。ウルクナルは大量の魔力を、結晶中心部に注ぎ込んでいく。魔結晶は魔力障壁の中で青白い輝きを放ち、熱した飴のように、形を徐々に崩す。マシューは瞬きすら忘れて凝視。懐から手帳を取り出し、高速で鉛筆を走らせた。


 障壁が結晶から放出される熱の一切を遮断する。ウルクナルが、魔結晶を魔力障壁で包んだのはこの為だ。


 魔力の練り込みは最終段階に移る。魔力障壁内の結晶をかき混ぜ、魔力を注ぐ。注入した魔力の総数が一万に達した時、魔結晶は液体と化した。


「――エリクサー。本物の液体魔結晶が目の前に、感動だ」

 感極まったのだろう。マシューは両目に涙を湛えて、輝く液体をエリクサーと呼んだ。


「ごめんな、マシュー」

 急に表情を曇らせ、謝罪するウルクナル。


「どうして謝るんですか?」

「だって、これを飲むと、マシューの言っていたスーパーレベリングができるんだ。マシューがずっと頑張っていた研究なのに、美味しいところだけ一人占めしちゃったみたいで」


「――何言ってるんですか、ウルクナル! 見損なわないでください! 僕が友人の成功を素直に喜べないエルフだと思っているんですか? 僕は、喜んでいるんです。だから、涙が止まらない。心の底から、感動しているんです! スーパーレベリング、夢物語とバカにされた僕の理論を、あなたは真面目に聞き入り、更には理解しようとまでしてくれた。あの時、僕がどれだけ救われたか。学問を嫌いにならずにすんだか。あなたが受け入れてくれたから、今の僕がある!」


「……マシュー」

「おめでとうございます、ウルクナル。ですが、もう負けませんよ?」

「もう、次の目標を見つけたのか?」


「いえ、それはまだですが。まずは、そのエリクサー、液体魔結晶の研究がしたくて堪りません。それで液体をどうすれば、ウルクナルのように体が変化するんですか?」


 自分の理論が正しいと証明されたことの嬉しさが、悔しさを遥かに凌駕していた。マシューは興奮を隠しきれない面持ちで、ウルクナルを急かし、矢継ぎ早に質問を飛ばす。


「じゃあ、やって見せるよ。あー」

「ちょ、ちょっとまってウルクナルッ!」

「ん? どしたのサラ」

「アンタ、正気? 魔結晶の推定融点が何度か知ってんの!?」


「融点は知らないけど、間違って零した時は、石の床が溶岩になったな」

「わかっているなら――」

「まあ、平気だから、見てて」


 ウルクナルは、ドラゴン山脈の洞窟でもしたように、超高温であるはずの液体魔結晶を口に含み、嚥下する。そして平気なことをメンバーに見せ付けた。


「あー、うめー。ほら、なんともないでしょ?」

「え、なんで……」


 戸惑うサラに対して、バルクは手品でも見せられている気分だと独りごちる。

 全員の視線が、ウルクナルに集中した。彼は、共にSランク昇格試験を乗り越えた鞄から、二つ目のシルバーウルフの魔結晶を取り出す。


「どう、誰か飲んでみない?」

 その好奇心に逆らえるエルフは、ここに居なかった。


 ――数十分後。

「私、魔導師になっちゃった、夢が叶っちゃった。どうしよう、ねえ! どうしようマシュー」

「おめでとうございます、サラ。僕同様、次の目標を見つけないといけませんね」

「うん、そうだね。……次、次は――」


「ははははッ、これが魔力か! すげー、いくら流してもすぐ補充される」

「バルク注意して、その量の魔力が炸裂すると商館が吹き飛ぶ」


「お、それはマズイな。……なあウルクナル、魔力ってどうやって体に収めるんだ?」

 カオスが、商館五階の一室で生まれていた。

 煌びやかなテーブルを囲む異形達。エルフだった者達。その名称すら定かではない者達が、素面でランチキ騒ぎを起こしていた。ある者は、金色のカードを片手に歓喜狂乱し、ある者は、武装に甚大な魔力を付加させてしまい慌てている。


 パーティメンバー全員が魔結晶を吸収し、ウルクナルと同じく体を白化させたのだ。


 伝説の存在、エルフリードと化した四名のエルフ達である。

 そんな中であるからこそ、従来の黒と緑の色調は目立つ。エルフのナタリアは、手元の機材を操作し、ギルドカードの更新を淡々と行う。


「マシュー様、お受け取りください」

「ありがと。……レベルが、こんな短時間で。これがスーパーレベリング」


 ウルクナルが持ち帰った魔結晶を全て吸収したことで、各自のステータスが大きく向上した。

 バルク、レベル三十七からレベル百五へ、魔力一万二百。

 サラ、レベル三十四からレベル百九へ、魔力一万七百。

 マシュー、レベル三十四からレベル百へ、魔力一万百。

 レベルは全員三桁に突入、魔力も総じて一万を超えている。ウルクナルのレベル三百には遠く及ばないが、それでも、魔力一万超えは破格だ。


「何だか、力と引き換えに魂を悪魔に売った気分だ」

「酷いな、バルク。それだと俺が悪魔になっちゃうよ」


「いや、悪魔というのは訂正しよう、俺は、ウルクナルという名の魔王に魂を売った」

「なんだそりゃ」

 SSランク冒険者の平均レベルは百十だが、魔力平均は千未満。いかに、魔力一万超えが異常であるかが窺い知れる。


「そう言えば、ナタリア。SSSランクへの昇格条件って何? 俺、知らないんだけど」

「SSSランクは、エルトシル帝国領土の極東、未踏破エリアに一週間滞在することです」


「何だ、滞在するだけ? 指定された魔物とか倒さなくていいのか?」


「はい、昇格モンスターの指定はございません。ですが、お気を付けください。未踏破エリアの魔物は、極めて強力。例えドラゴンを引き連れて未踏破エリアに挑んでも、ゴブリン程度の役にしか立たないと、長期滞在に成功した冒険者は言います」


「そこまで、極端なのか」

「未踏破エリアには、平均レベル二百以上の六人パーティで臨むことを商会は推奨しています」

 平均レベル二百の冒険者が六名。天を仰ぎ見るようなハードルに、ウルクナルはその未踏破エリアにどんな魔物が生息しているのかと、一層興味が湧く。


「マシュー、未踏破エリアに出現する魔物、何か知ってる?」

「……それが、サッパリ」


 これにはウルクナルも驚いた。あのマシューが考えもせずに即答したのだ。

 ウルクナルはサラに顔を向ける。


「私もマシューと同じくサッパリ。皆、強いって言うけど。強いことが記述されている資料とか、文献とかが全て閲覧禁止になっているの」


「なんでも、未踏破エリアの魔物の強力さを知って、国民がパニックになるのを防ぐ為。そんな理屈を学生時代に教授から聞かされました」


 エルフリードの左脳と右脳からの返答に、爽やかな笑みを浮かべたナタリアは、待っていましたと言わんばかりに、懐に忍ばせていた一冊の本を取り出す。


「――こちら、未踏破エリアに生息する比較的ポピュラーな魔物、三十種が掲載された図鑑。未踏破エリア魔物図鑑第一部。お値段は宝石貨十枚になります」


「その薄さで宝石貨十枚!? そりゃぼり過ぎだろ」


 バルクが非難した通り、その図鑑は薄かった。一種につき一ページが割り振られているのだろう。目次、第二部の宣伝も合わせ、総頁は三十五。それだけ貴重な情報であることを承知していても、この厚みで宝石貨十枚は、吹っ掛けられていると考えざるを得ない。

 だが――。


「買う。これで足りる?」

 ウルクナルはためらいなく、宝石貨代わりの魔結晶を差し出す。欠けていて、スーパーレベリングに使えなかった一個だ。それでも、加工すれば十数枚の宝石貨となる。


「はい、十二分に。差額は普段通り、エルフリードの共同口座に振り込んでおきます」

「うん、よろしく」

「ウルクナル!」

「いいじゃん別に、情報は貴重だよ。元は取れる」

 バルクの抗議と、本の虫二名に熱烈な視線を送られながら、ウルクナルはソファから立った。


「よし、決めた! これから、エルフリードは未踏破エリアに向かう。日帰りを予定しているから、荷物は必要最低限!」


 ウルクナルの号令に硬直する三名。真っ先に我に返ったのはマシューだった。

「未踏破エリアまで、馬車なら二週間、徒歩なら二カ月以上掛かります。片道で、ですよ? 常識的に考えて日帰りなんて無理です!」

 するとウルクナルは、朗らかに笑いながら言った。


「――マシュー、飛んで行くんだよ。そうすれば、今からでも日帰りできる」

「え?」

「だから、空を飛んで行くんだ、猛スピードで。エンジンとプロペラ。マシューが考えた新しい常識じゃないか。もう俺達には魔力が一万以上もあるんだ、使わないなんてもったいないだろ?」


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