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ビッグバン24

 二日後。昼前。王都トートス。

 王都西の一等地に佇むシックな色合いの、こぢんまりとしたレンガ造りの館。

二階建ての地下二階。その館こそ、王都でのエルフリードのギルドホーム。規模では上級貴族が住む屋敷には及ばないが、マシューとサラ発案の、革新的技術による工夫が随所に散りばめられている。このギルドホームの地下二階には、大型魔力炉が一機設置され、屋敷の隅々にまで張り巡らされた銀のワイヤーによって魔力が行き届いているのだ。


 つまりスイッチ一つで、館の随所に備え付けられた魔力ランプに明かりが灯るのである。

また大きな窓を複数設置し、日光を多く取り込めるように設計され、晴天の日中は、魔力ランプを灯さずとも隅々にまで光が満ちる。昼間は魔力炉が大気を吸引し魔力を充填、夜間は消費というサイクル。

館は、朝から晩まで光と共にあるのだ。ちなみに、この館はモデルハウスでもある。将来的には、装置を発展させたものを、上流階級者向けに販売して行こうとエルフリードは画策していた。

「マシュー、腕は大丈夫なのか」

 館一階、大人数でもゆったりと寛げるよう設計された広いリビングルームには、退院した彼らの姿があった。


「はい、前にも言いましたが、この通り。どうです? カッコいいでしょ! 利き手が使えませんでしたし、病室にはコンパスすらありませんでしたから、設計に苦労しました」

 バルクの問い掛けに、マシューは自分の新しい右腕を得意気に見せびらかす。その腕は、試作された義手である。むろんマシューお手製であるが故に、ただの義手ではない。

――義手には、滑らかに動く、四本の鉛色の指が生え揃っていた。義手の外殻は魔物鉄ワイバーンで鋳造。神経の代用品である銀の導線が義手内部に張り巡らされており、脳から発せられる微弱な電気信号をとある魔法技術で読み取ることで、指を瞬時に駆動させられるのだ。これも分類的には魔道具の一種である。

「いや、そうじゃなくてよ。……まあ、いいか」

「……?」


(たくっ、利き腕無くした癖に、ケロッとしてら)

 自分の気遣いなど、マシューには無用であることを改めて実感するバルクだった。

 ――エルフリードは、黒衣の刺客達の凶刃から自分達を救出してくれた高ランク冒険者達へのせめてもの恩返しとして、腕を亡くした生存者に、高価なマシュー製義手を無償提供した。

 マシュー製の義手を装着した冒険者達の興奮ぶりは凄まじく、後日、義手の最終調整に向かったマシューは、感涙した彼らに幾度も揉みくちゃにされるのだった。そして、彼らの熱い要望に応え、同様の機能を持つ義足の開発を進めていた。

「ほら、できたよ。お皿出して」

「はい」

「うい」

 どうやら、早めの昼食が完成したらしい。

 キッチンに立っていたサラが、底の深いフライパンを持って現れた。彼女は、フライパンをダイニングデーブルの上に置く。リビングで寛いでいた男達は、立ち上がると機敏に動き、食器を並べた。

 ジェノベーゼソースとスモークベーコンの芳しい香りが漂う。今日の昼食はバジルスパゲッティーのようだ。ソースで鮮やかな緑に色付けされたアルデンテの麺が、フライパンの中で小高い山になっている。サラはフライパンを持っていた時、辛そうに腕をぷるぷるさせていた。食べ盛りの男二人が満足できる量となれば、それなりの重量がある。


 ただこれでも、普段よりは少なめだ。最もよく食べる彼が不在だからである。

「美味い!」

「美味しいです」

「当然!」

 黒衣の刺客達に負わされた怪我を治し、エルフリードの面々が王都に戻ったのは、つい二日前のこと。

バルクとサラは、エルフ持ち前の治癒力と、高価な魔法薬を使用して早期に退院できたが、右腕を失ったマシューは二週間近く入院していた。その間に、マシューは義手の設計を行ったのである。

 ウルクナルがSランク昇格試験に向かったと知らされたのは、サラが自宅療養の許しを得た後。何故か、ダダールのギルドホームの掃除をしていたナタリアから聞かされたのだ。

 彼女は、王家の紋様が刻印された高速馬車にウルクナルが乗り、ダダールの城門を通過するところを目撃していたのだ。


 そして翌日、国王側付きの秘書官が、労働者派遣連合商会ダダール支部の支店長に、エコーの終末経過報告書の偽造作製を厳命している現場も目撃する。

 独自の人脈を駆使して、その秘書官に接触したナタリアは、独自に収集した情報を元に構築した推理を披露して揺すり、ウルクナルがSランク昇格試験に向かったことを知ったのだ。ただ情報を得た代償として、一年間の厳重監視が付くことになった。むろん、エコーによる国王暗殺未遂事件の公表も禁止である。

 真実を知ったナタリアは、秘書官に殺される覚悟をしていたので、罰が厳重監視だけというのには肩透かしを受けた。何でも国王の厳命で、ウルクナルの身辺に危害を加えると、自分の首が飛ぶのだと秘書官は笑う。

 一連の事件で、心身の疲労が限界に達していたナタリアは、長期休暇を貰い、ギルドホームのハウスキーパーを勝手に引き受けていたらしい。それでは休暇にならないだろうとのサラのツッコミに、彼女は微笑し、体を動かしていると気が紛れるのだと言っていた。

 そんな彼女の様子を見て、エルフリード一行は、少しでも早くウルクナルに会いに行くべく、療養に専念したのである。


 それは、ドラゴン山脈で大爆発があり、雪崩が麓の冒険者キャンプを飲みこんだという知らせを聞いても揺ぎなかった。寧ろ彼らは安心した、その大爆発はウルクナルが暴れている証拠であったからだ。

ゴードに聞けば、ウルクナルは王都で増魔力剤を買っていたと言う。

 彼は、自身の魔力貯蔵を何度も空にして闘っているに違いない。第一、そんな彼を、誰が倒せるのだろうか。二週間も行方が分からなくなった時は流石に心配したが、二度目の爆発により山頂が消し飛んだことを知り、まだウルクナルは闘っているのだと確信した。

 エルトシル帝国の入国審査をパスできたのは、つい先日。

「よし、忘れ物は無いな」

 臨時リーダーであるバルクの問いに、二人は頷く。目指すはエルトシル帝国の帝都ペンドラゴン。試験終了後に、昇格非昇格に関わらず試験に挑戦した全冒険者の勇気を称え、宮殿で盛大な祝賀会が開かれるのだ。


 帝都に向かえば、ウルクナルと合流できる可能性が高いと踏んだのである。

 一行が、長旅の荷を背負い込んだ矢先。

「……何の音だ?」

 爆音が王都の上空で轟く。爆薬を連続的に爆破したかのような轟音だ。これと同音が発せられる現象の名を、マシューが口にする。

「ソニックブーム」

 直後、何か巨大な物体が、王都の商館付近に落下した。小さな揺れが街を襲う。

「何だ!?」

「……わかりません、隕石でも落ちたんでしょうか」

「ナタリアが心配、商館の方から音がしたし」

「とにかく急ごう」

 背負っていた荷物を下ろしたバルク、それに二人も続き、三人は一路商館へと走り出す。




 労働者派遣連合商会の本部でもある商館。その大門前で、人々は立ち止まっていた。

ある者は目を見開き、ある者は口を手で覆う。

「……ドラゴンだ」

 商館に到着したバルクは、大門前に横たわる巨大な骸を見て呟いた。皆一様に、伝説の生き物の骸を興味深げに眺めている。

 ドラゴン、レベル三百、証明部位眼球、報酬三千万ソル。西洋竜。SSランク昇格モンスターにして、人類の憧れであり、天敵。あらゆるおとぎ話で、勇者の前に立ちふさがる最大の強敵として描かれることが多い。

 豪快で、堅牢、それでいて艶やかな鱗は、暗い緑。蛇のように長い首と尻尾を有し、頭部には禍々しくも雄々しい四本の角が生え揃う。

ドラゴンの外観はトカゲを連想させるが、この生物がただのトカゲではない証拠は随所にある。立派な翼と、それを動かす分厚い胸筋、そして草食動物のように発達した後足だ。

「一体誰が……」


「きっと、ウルクナル」

 サラの言葉に、二人はハッとした。ドラゴンの死体には、致命傷になりそうな外傷は見受けられない。この怪物を斃した得物は、勇者が携えた聖剣でもなければ、魔導師の強力な四系統魔法でもないのだ。であれば、どの様にして、この魔物は斃されたのか。

「サラ、平気ですか? 顔色が……」

 現在のサラの顔色は、まるで病人のそれだ。マシューが心配して声を掛けるが、彼女の反応は鈍い。彼女の視線は、ドラゴンの死体ではなく、商館入口に向けられていた。

「平気。……間違いない。これは、ウルクナルの」

 うわ言のように呟くと、人の合間に分け入り、商館に入ろうとするサラ。だが、力が弱く押し返される。彼女はバルクに背中を押して貰い、どうにか先へと進む。

「サラ、本当に大丈夫なのか?」

「…………」


 バルクが尋ねるも、サラは口を噤んだままだった。

不意に、マシューは気付く。周囲に、サラと同じ症状を訴えている人達が複数居るのだ。皆、ゆったりとしたローブを纏い、木の杖を腰のホルスターに納めている。

 彼らは全員、魔法使いだった。

 魔力への感受性が強い者だけが苦しみ。青白い顔で、商館正面から見てやや右側の壁に視線を集中させている。あの位置にあるのは、カルロから引き継がれたエルフリードの特等席。ウルクナルが好んで座る待合席だ。

「ウルクナル?」

 サラが名を呼ぶ。そこには案の定、彼が座っていた。

「ん? おお、バルク! サラ! マシュー! 皆、久しぶり。もう体は大丈夫なのか?」

メンバー達は茫然と、ウルクナルの回りを囲む。

「本当にウルクナルなんですか? その色は……」

 星の数ほどあるエルフの蔑称の一つに、ゴブリンモドキというのがある。耳が長く、肌の色がゴブリンの肌と同じ緑色である為だ。特に、冒険者を生業とする人々が好んで使い、場合によっては、森でエルフを殺してしまった時の言い訳にもされる。エルフの肌が緑なので、ゴブリンと見間違ってしまった。悪気は無かった、と。


 ウルクナルはエルフである。彼も、エルフの特徴である緑の肌に黒い瞳を有していた。

ほんの数日前までは――。

「本当にウルクナルなのか?」

「皆、酷いなー。気が付いたらこんな色になってて、俺だって驚いているのに」

 白と銀。

 黒色だった彼の髪は、光を紡いだかのような白銀へ。そして銀糸で刺繍されたかの如き虹彩。肌は、大理石のように滑らかで一点の染みもない白亜へ、それぞれ劇的な変貌を遂げていた。

 これが、こんなに美しいものがエルフのわけがない。醜い緑、ゴブリンモドキのエルフであるはずがない。そんな風に遠くから眺めていた人間達は、心の中で唱えた。まるで何故、自分がエルフに生まれなかったのかと悔しがるように、羨むように。


 エルフであるウルクナルは、この姿のまま数百年を生きる。あの美しさは、死ぬその直前まで持続されるのだ。商館に足を運んでいた貴婦人達の嫉妬が、男であるはずのウルクナルに注がれる。

「エルフリード」

 マシューは、ウルクナルの姿を見て、二千年前に実在したとされる伝説のエルフの名を口ずさむ。彼の姿には諸説あるが、銀の髪に白い肌、銀の瞳を持つと言われているのだ。その全てが、今のウルクナルと合致する。



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