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暗黒時代7

「ウルクナルは頭が良いんだな、あのグラップとジールを納得させちまうなんて」

「いや、あれは俺の知恵じゃない。カルロってエルフが教えてくれたんだ」

「カルロ?」

「ああ。うざいけど、凄い冒険者だ。カルロに目を掛けてもらえなかったら今の俺はない」

 ウルクナルは遂に、魔物討伐の為に王都を出立した。

ただし、荷物持ちとして。


 彼が背負っている巨大なリュックサックには、自分の分も含めた三人分の食料と水、救急キットが詰め込まれている。半日分だけだとしても、水は本当に重い。ウルクナルへの嫌がらせとしてワザと必要以上に用意してきたに違いない。

 自分の武器が軽量なグローブで本当に良かったと思えた。

 王都トートスの周囲は、ぐるりと魔物の蔓延る森で囲まれている。その森林は、東側に隣接する大国エルトシルとの国境の役割も担っていた。


他国へと通じる東側の森を抜ける道は複数あるが、西側の森、王都と国内の他都市を結ぶ道は一つしかない。それは西の森を伐採して整備された街道で、王都トートスと王国領土の中央に位置する都市、セントールとを繋ぐ経済の大動脈。この行路が何らかの原因によって通行不可能となった場合、トートスは機能不全を起こし、王国は脳卒中に陥るだろう。

 故に、王国及び王国経済の要である商会は、森の整備に莫大な予算を投じる。

 それが、冒険者に支払われるモンスター討伐の報酬なのだ。

 森には、レベルは低いが繁殖能力の高い魔物が多数生息しており、低ランク冒険者の格好の稼ぎ場であるのと同時に、無力な行商人や旅人には大変な脅威になる。

 王都に於ける低ランク冒険者の役割は、地味なので忘れられがちだが、決して蔑ろにしてはならない重要な役目なのだ。


「ここに荷物を下ろせ」

 王都を立ち、南西に歩き続けて二時間。自分の体重の三分の二はある大荷物を背負っていたウルクナルはもうへとへとだ。

「はー」

 汗だくで地べたに座り、重い荷物から解放された喜びに浸る。

「邪魔だ、退け」

 が、そのささやかな喜びを堪能することすら彼には許されないらしい。パーティリーダーのグラップは、ウルクナルを足蹴にして地面に横転させ、彼が運んできた荷物を漁って、木製の水筒を取り出す。

 感謝の欠片も存在しない仕打ちだ。

 流石のウルクナルも、これにはキレるだろうと止めに入る気構えをしていたバルクだったが、杞憂に終わった。


「疲れた。水ー」

 のっそりと頬を地面から離して立ち上がると、水筒で水分を補給し、塩を一つまみ含む。

「ウルクナル、平気か?」

「平気、平気。大丈夫」

「……ウルクナル」

 心配したバルクが歩み寄ったが、彼の顔には奇妙な笑顔が張り付いている。バルクは思った。これは作り笑いだ。彼は怒りを我慢しているのだ、と。

 その後、水分補給の休憩を済ませた一行は、更に森の奥へと突き進む。太陽が天高く昇った頃に、奴らは現れた。

「敵! ゴブリンだ!」

 先頭を進んでいたグラップが声を張り上げ、剣を抜く。ジールも剣を抜き、バルクは盾を構えハンマーを持つ。


「数は?」

「八だッ!」

 グラップの悲鳴にも似た声。

「何だとッ?! クソ、多いッ」

 ジールの声も切羽詰まっている。

 最後尾のウルクナルには正確な状況が掴めないが、ゴブリンの部隊と正面から鉢合わせしたのだろう。ウルクナルは背負っていたリュックを下ろし、身軽になった。両手にはグローブが嵌められている。先ほどの休憩後に、そろそろ魔物が現れるだろうと、装備していたのだ。

 ウルクナルにとっての初めての実戦が、幕を開ける。

「ど、どうする。ジール、逃げるか?」

「よりにもよって、この数。商会の訓練じゃこんなこと無かったぞ、あー、クソッ」

 先頭の二人は、抜き身の剣を両手で握っているが及び腰だ。カルロのドッシリとした山の如く隙のない構えとは正反対である。

 ウルクナルは前進し、戦闘エリアを視界に収めた。


 周囲は鬱蒼とした森林で、日光も四分の三がカットされ、ヒンヤリとしていて薄暗い。噎せ返る土の香りに、獣のすえた匂いがわずかにブレンドされている。臭気の原因は、前方のゴブリン共だろう。

 ゴブリン、レベル四、報酬三百ソル。

 ゴブリンを一言で表すと、乱杭歯の小人だ。肌は土にまみれてくすんでいるが緑色、粗末な毛皮を纏い、驚いたことに、手には金棒を握りしめている。未熟ながら製鉄技術があるらしい。体長は、小柄なウルクナルよりも更に低いが。全身が筋肉に覆われていて、人間の子供と大差ない体格ながら、鉄棒をフルスイングできるだけの筋力を有している。

 油断したGFランク冒険者が、もっとも殺されている魔物の一種だ。


「ジール、逃げるぞ、ジール!」

「…………」

数的には八対四で魔物側が有利だが、敵は所詮ゴブリン。通常のFランク集団だったなら二倍の数的不利を覆し、安全に斃せる。ただそれは、レベル三から九までの一般的なFランク冒険者が揃っていればの話だ。

 グラップとジールはそれぞれレベル四に到達しているが、残り二人は使い物にならないことで有名な、通称腐った卵のFランク、初戦闘のレベル一のエルフだ。セオリー通りなら実質、戦力差は八対二なのである。

 人間二人の顔は屈辱と恐怖に歪んでいた。

グラップはバカだが、命をドブに捨てる愚か者ではない。

 戦えば勝てるだろうが、怪我や武器防具の損耗など、割に合わないと判断したグラップは、早々にジールへ撤退を伝えるが、彼は剣を握りしめたまま、決死の形相で、その場を動かなかった。

「うおおおおおおおッ」

「ジール、よせッ」


 蛮勇。たかがゴブリン如きに尻尾を巻いて逃げるなど、プライドの高いジールには考えられなかった。雄叫びを上げ、剣を振り被り、ゴブリンに斬り掛かる。

 その斬撃によって、一匹のゴブリンが血液を撒き散らしながら二つの肉塊にそれぞれ変化。ジールはわずかながらに経験値を取得する。

彼は荒い息を繰り返し、笑ってみせた。鉛色の刀身には、ゴブリンの緑色の血液が滴り、足元には肉片。

「はあ、はあ。何だ、余裕じゃねえ――」

 彼が二匹目を切り殺そうとした直前、視界がぐらつく。そう、ジールは突出し過ぎていた。仲間を殺されたことで激怒している凶悪なモンスター七匹に囲まれていたのだ。

 ゴブリンの武器である粗悪な金棒でも、低ランク冒険者が殴られれば深刻なダメージを負う場合もある。予算が無かったのだろう。ゴツゴツとした金棒がヘッドギアすら装着していないジールの頭部にクリーンヒット。


彼は、受け身も取れずに頭から地面に崩れ落ち、頭部からの出血によって地面が赤黒く染まる。ジールは倒れたまま動かなかった。彼に七匹のゴブリンが一斉に飛びかかる。

「ジールッ」

 グラップの絶叫。

本来なら、決死の覚悟で仲間の救出に向かわなければならないのに、グラップの足は地面に縫い付けられ、動こうとはしない。それどころか、これを絶好チャンスと見なし、身体は逃げ出そうとしている。低ランク冒険者が死ぬのはよくあることだ。仲間がゴブリンにリンチされ、嬲り殺しにされようとも、自分が無事ならそれでいい。


 薄暗い思考が、心を支配してゆく。

(仕方がない、仕方の無いことだ。向こうはゴブリンが七、レベル一のエルフ二人にレベル四の俺一人。勝てるわけがない。命を無駄にするな、俺はこんなところで死んでいい人間じゃない。全てジールの奴が悪いんだ……!)

 グラップは、ジールの死を彼の蛮行の所為にし、自己の正当化を図る。

(ジールが死んでも、商会は動かない。俺が罪に問われることもない。だからここから早く逃げて、……いや待てよ)

 生命の危機に直面している為か、グラップの思考はフル回転を続け、ある結論に達する。

(エルフが邪魔だ。こいつら、俺がグラップを助けなかったことを言いふらすかもしれない。そうなったら、俺の人生は終わりだ。きっと俺をメンバーに入れてくれるパーティもなくなる。商会にも睨まれる。俺は、冒険者でいられなくなるッ)


 剣の切っ先が、自分の後方に佇む、鈍重と嘲笑していたエルフのバルクに向く。

(殺さなければ、ここで殺さなければ、俺が――)

 半ば発狂状態のグラップが、誰よりも信頼しなければならないメンバーに剣を向けるという暴挙に出ようとしていた刹那、彼の真横を一陣の風が吹き抜ける。

 周囲は鬱蒼としたトートスの森、風が吹き抜けるわけがない。では、風の正体はなんだったのか。

「ウルクナルッ」

 バルクが叫ぶ。七匹のゴブリンに立ち向かう、レベル一のエルフ冒険者の名前を。


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