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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃@『エルフ・インフレーション1巻~6巻』発売中!
第二章

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ビッグバン19

 

 ウルクナルは美しい魔物と出会った。

「コイツが出るのは、山頂付近だけだって聞いてたんだけどな。……又聞きした情報を当てにするのが間違いか」


 シルバーウルフ、レベル百、証明部位牙、報酬百万ソル。銀色の体毛が美しい、巨狼だ。シルバーウルフの生態は不明な点が多く、全てが謎に包まれていると断言しても過言ではない。


 分かっているのは、強い魔物であること。弱い魔物だと油断していたSランク冒険者を喰い殺した前例を持つ魔物であることだ。ただ、ウルクナルにはそれで十分なのだ。


 油断せず、確実に。

 体内魔力の二割を抜き出し、半分を全身へ、半分を右腕に塗布。奥歯を噛み締め、筋繊維の一本一本が軋みを上げる中、直線に、愚直に、かの大狼目掛け、突き進む。


「――砕け散れッ」

 証明部位など、お構いなし。ウルクナルが、その拳で額を吹き飛ばそうとしたその瞬間。


「――ッ!?」

 彼の拳が、魔物が展開しているであろう不可視の壁に激突する。凝縮された空気の波紋が空間を薙ぎ払い、シルバーウルフの体から青い稲妻が発生。その超高圧電流に触れた物体は、何であろうと溶けるか砕けた。


 これこそが、この魔物が恐れられている原因。ウルクナルと同じく魔力操作に長け、見たことも聞いたこともない、魔法大全集にも記載されていない電撃という魔法を操るのだ。論文レベルのレポートは数点発表されているものの、どれも信憑性や有用性に欠ける。電撃というメカニズムが解明できていないのだ。


「……雷? を纏えるのか、すげーなコイツは」

 魔法によって、科学の発展が著しく阻害されてきたこのトリキュロス大平地の三国に、電気とは何であるかを理解している人類は、非常に少ないだろう。


 魔法的な切り口から、電気の説明を試みるのは極めて非効率、問題を難しくしているだけなのだ。円の面積を求めようとして、円周率の答えを延々と求め続けているようなものである。魔法は、端数が出てしまうことがどうしても許せない学問なのだ。


 ――魔法には、全てに整然とした方程式が潜んでおり、そこに端数は介在しない。この格言からも推測できるが、魔法使いは完璧主義者の集まり。中途半端、異端者が一番許せないのである。故に、エルフを一番毛嫌いし、才の劣る他者を総攻撃して叩き潰す。


 これこそが、純粋な魔法使いを学者とは呼べない理由であろう。

 彼らは、学者ではなく、信奉者なのだ。魔法は万物を司る、そう信じてやまない狂信者なのである。

 ただし、サラは例外だ。魔法は所詮道具だと割り切っているからである。


「さて、どうする」


 逃げるのも良さそうだが、その俊敏さから閃光の異名を持つシルバーウルフを足でまくのは無謀。地の利も魔物にある。闘うにしろ、逃げるにしろ、魔力を消費するのは避けられそうにない。で、あれば。


「まあ、考えるだけ時間の無駄か。闘いは前のめりだからこそ面白い」

 はなから、撤退など眼中になかった。頭と口より先に足と拳が動く。撤退するのは、この魔物を倒してから決めても遅くないのだから。


 紫電一閃――。

 抜き放たれた魔力の刃が魔物の障壁を貫かんと輝く。正に盾と矛。だが、盾であるシルバーウルフも、ただ貫かれるのを座して待つほど愚かではない。


「うぐッ――、――はあああッ!!」

 雷光がウルクナルの胸部を貫く。気高き魔物は、障壁に回す分の魔力を割いてでも、攻めの姿勢を崩さない。このままでは心臓がローストされる。ウルクナルも、魔力を防御に回さなければならなかった。これは消耗戦だ。先に魔力が尽きた方が負ける。ワイバーンを斃さなければならないウルクナルが、最も避けねばならなかった闘いだ。


 シルバーウルフが一哭き、ウルクナルも吠えた。均衡が崩れた後は呆気ない。ウルクナルの右腕に生え揃った刃が、魔物を頭蓋から尾まで二枚に下ろす。ドッと倒れたシルバーウルフは、誰の目からも絶命していた。

 猛烈な吹雪が、死戦の熱気を瞬時に凍てつかせる。


「――ッ」

 ウルクナルは、体に鉛を詰められたかの如き倦怠感に、己の負けを悟り、歯を噛み締め悔しげに地を殴った。彼はシルバーウルフに負けたのだ。この一戦、短期的には間違いなく勝った。しかし、Sランク昇格試験という長期戦では負けたのである。浅はかにも敵の力量を見誤り、あまつさえ、最も憂慮しなければならない消耗戦に持ち込まれてしまったのだ。


「…………」

 増魔力剤を一錠服用の上、魔力残量は半分を割り込んでいた。増魔力剤を追加服用せずにシルバーウルフかワイバーンに遭遇した場合、十分な魔力を運用できず確実に敗北するだろう。魔力の尽きたウルクナルなど、高々レベル三十八の、Aランクすらおこがましい中堅冒険者に過ぎないのだ。

「くそっ」


 幸いにも、試験期間はまだ残されている。下山し、再起を図るのも良案だ。素直に失敗を認め、意固地にならないのが肝要。ウルクナルは、一回目のワイバーン討伐を諦め、麓へと歩を進めようとした。が、その前に、明日の糧をシルバーウルフから頂戴せねばなるまい。


 牙を抜き、毛皮を剥ぎ取る。シルバーウルフの毛皮は、証明部位ではないが、その希少性と美しさから非常に高額な値段で取引される。


 毛皮は、完全な一頭分で宝石貨十枚は下らない。ただそれは、良質な一枚毛皮での話で、ウルクナルが入手した毛皮は二つに切り分けられてしまっていた。引き取り価格は、宝石貨二枚から三枚だろう。

 沈痛な面持ちのウルクナルだったが、唐突に表情がほころぶ。


「おお、これは凄い」

 出てきたのだ。魔物の体内から、見たことのない大きさの魔結晶が。


「宝石貨三十枚、いや四十枚か?」

 片手では掴み切れない特大サイズ。ウルクナルの試算である宝石貨四十枚という価格は、極めて抑え目なもので、巨大な一個の原石を切り売りした場合の価格だ。宝石とは、一回り大きくなる毎に、値段が倍に跳ね上がる。


 この魔結晶を貨幣に加工すれば、宝石貨四十枚分の価値がある。だが、装飾品として加工すれば、宝石貨四百枚の値が付く。それ程に、この魔結晶は巨大で、トートス王国軍の最高司令官に賜わされる元帥杖の頂点に据置いても決して見劣りはしない。


 この立派な魔結晶を無聊の慰めとし、緩衝材で二重に包み、背負っていたバックパックへ大切に仕舞う。


「――ッ」

 溜息を一つ吐き、下山しようとしたその時、――彼らは現れた。


「……こりゃまた大勢で、ゾロゾロとまあ、足並み揃えて登山するのは大変じゃなかったか? 動き難いだろう、その格好。息も吸い辛そうだし」


「…………」


 黒衣の暗殺者、総勢八名。

 彼らは麓を背に、鶴翼の陣形でウルクナルを半包囲し、抜刀した状態でにじり寄る。

 八名共に、尋常ならざる武芸の達人。その隠しきれない気迫が、面と黒衣の下から漂ってくる。


 先日一戦交えたSSランク冒険者とは比較にならないその清澄で苛烈な闘志。何とも豪勢なことである。帝国に十名、トリキュロス大平地の三国を合わせても、十六名しか存在しないSSSランク冒険者の八名が、ウルクナル一人の命を奪いに馳せ参じたようだ。


「どうしたんだ? 魔結晶でも欲しくなったか?」


 饒舌に減らず口を叩くウルクナル。それだけ、置かれた状況が絶望的だからに他ならない。どこ吹く風、この程度の逆境なんのそのと、表情だけは涼しげだったが、その薄皮一枚剥いだ下は、辛酸と苦汁のカクテルを飲み、バリウムをジョッキ一杯飲み干した後のグロッキー状態。この寒さだというのに、背中を汗が止め処なく流れ落ちた。


「わかった、相手してやるよ」

 ウルクナルは懐に腕を突っ込み、丸薬を五錠掴むと、素早く口へと投げ入れた。噛み砕き嚥下する。その直後、八名の刺客は一斉にウルクナルへと襲い掛かった。


 八名は魔力の鎧を纏い、魔力の剣を振り被る。八本の剣は、空を斬り、山道を刻む。積もった雪は溶ける間も無く蒸発し、地面は陥没する。


 ウルクナルは、空中に居た。足の裏で魔力を爆発させ、緊急離脱したのだ。

 間一髪――いや、頬には一筋の切傷が走り、ドラゴンの翼膜製レザーアーマーは斬り刻まれて、血液が流れ出ている。止まらない。


 空中に飛び上がる寸前ウルクナルは、体内の魔力の半分を防御へと注ぎ込んだ。上級魔法にも匹敵する魔力を注いだにも関わらず、敵の刃はウルクナルを幾度も斬り裂いた。特に腹部の切傷が深い。血が止まらなかった。


 事前に飲んでいた分も含め、腹に収めた増魔力剤の数は、六錠。オーバードーズだ。だが、その効力は絶大の一言。一時的に、体内の魔力生産量は一万倍にまで引き上げられ、ウルクナルの魔力貯蔵庫に、常人なら破裂しかねない量の魔力を流し入れてくれる。彼の容量五千を誇る貯蔵庫は、服用からの数秒足らずで満杯。


 空中に射出され、最高到達点と過ぎ、墜落の途上にあるウルクナルは、地上の刺客達に右手の平を突き付け、呟く。


「みんな、ごめん」

 サラやマシュー、そしてバルク。三人が絶対に、信頼できる仲間が近くにいなければ行ってはならないと、ウルクナルに言い聞かせ釘を刺していた技。それは、己の貯蔵魔力以上の魔力を運用し、破壊の為に行使することだ。


「――だけど」

 魔力が体を通って外界に放出される瞬間、人体には猛烈な負荷が掛かっている。限界超えの量の魔力を一挙に流せば、サラの杖と同様破裂し、死ぬ。もし死なずとも、重症は免れない。


 ここは、孤立無援の僻地であり敵地。それでもウルクナルは、魔力の運用を止めなかった。

 もう二度と、親友を殺させはしない。

 その一心で、魔力の全てを右腕に注ぎ込む。どこまでも集中、圧縮。それは、放つ前から凄まじい苦痛を伴うものだった。


 体内の魔力がゼロになった次の瞬間には、フル、そしてまたゼロへ。

 倦怠感と吐き気、激痛のトリプル連鎖、走馬灯によって極限まで引き伸ばされた時間までもが、ウルクナルを容赦なく苦しめる。


 これは禁忌だ。使えば、何らかの代償を支払わなければならない。

 しかし、使わずして死んでは元も子もない。自分は、最強の冒険者にならなくてはならないのだ。こんなところで死ねはしない。


 ウルクナルは、寸分もためらうことなく禁忌を破り捨てた。


「――消えろ」

 右腕に込められた魔力は一万二千に達し、圧縮された魔力は濃い青、藍色の輝きを放つ。

 美しくもおどろおどろしい光。かつてない色の魔力光。


 魔力は手のひらで球形に収束し、地上に向けて発射される。ウルクナルは、発射の際に少なくない魔力を別途で消費する。

 別途消費した魔力によって、音速の先の先、極超音速まで加速された魔力塊は、眼下の五合目に着弾。


 圧縮から解き放たれた魔力は、己に与えられた命令を完遂すべく空前絶後の熱量を保持しながら、その体積を急速にインフレーションさせた。


 それはさながら、宇宙の始まり、ビッグバンのようであったという。

 この魔法行使によって、右腕から血煙を噴いたウルクナルは、薄れゆく意識の中、最大限の魔力で体を覆ってから意識を手放す。猛烈な爆風によって、ウルクナルは雪深い隣山の山頂へと飛ばされた。


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