表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフ・インフレーション  作者: 細川 晃
第二章 ビッグバン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/111

ビッグバン18

 翌朝――。

「……ウルクナル様、当ホテルに何かご不備がありましたでしょうか?」

「特には、どうして?」

「昨晩の夕食、今朝の朝食。……失礼かと存じますが、共に無理をして口に運んでいるように感じられました」


「そんなことない、とても美味しかった。本当に」

「左様で御座いますか。――またの機会がありましたら、是非とも当ホテルをご利用くださいませ」

「うん、そうするよ。……エルフである俺を受け入れてくれてありがとうございました」

「い、いえ、そんな」

 ハッとした顔で硬直した支配人は、数秒の後、深々と頭を下げ、ウルクナルを見送る。支配人の低頭は、彼が完全に見えなくなるまでの十数秒間続けられるのだった。




 エルトシル帝国の北、ドラゴン山脈。

 早朝。酒焼け声が山中に轟く。

「番号二十七、番号二十七! 居るか!」

「ここに」

「エルフ? おお! そうかお前がウルクナルだな、Aランク冒険者の。気張れよ、お前の順番だ。――Aランク冒険者ウルクナル、一番右端の山に登り、ワイバーンを討伐せよ!」

「はい」

「何なら、山頂まで登ってドラゴンを討伐して来ても構わないぞ? ドラゴンの証明部位は両目玉、持ち帰れば、お前は即SSランク冒険者の仲間入りだッ!」


 ガハハハッと笑う酒臭いベテラン冒険者にガシガシと肩を叩かれ、ウルクナルは引き攣った笑みを浮かべる。幸先が悪いことこの上ない。

 ドラゴン山脈。連なる山々が、ドラゴンの背に似ていることからその名で呼ばれている。そして、実際にこの山には、ドラゴンが生息しているのだ。ドラゴンはSSランク昇格モンスターなので、Aランク冒険者如きにどうにかなる魔物ではない。出会えば即、死を賜るだろう。

 しかしながら、Sランク試験中に冒険者がドラゴンと遭遇する可能性は極めて低い。

 何故なら、エルトシル帝国が誇る十名のSSSランク冒険者達が、ドラゴンを威嚇し、一時的に山から遠ざけてくれるからだ。よって受験者達はドラゴンの影に怯える必要がなくなり、己の力を十全に発揮し、ワイバーンと真っ向勝負を挑めるのである。

 帝都を出立して、三日が経ち。やっとドラゴン山脈の麓へと辿りつけたウルクナルは、その日の内に、山に登る申請をした。


 受験者に対して、山の数が足りないのである。複数人が協力してのワイバーン狩りなどの違反行為や、証明部位の奪い合いで無益な血を流さない為にも、予約し、日程を調節するという作業が必要なのだ。

「高いな、おまけに吹雪いてる」

 麓からでも山の様子は窺えた。ウルクナルはこれから自分が登る山の頂上を望む。分厚い雲が三分の一より上に覆い被さっていた。五合目は、丁度あの雲の下。中腹に漂う霞とも雲ともつかないアレは、雪なのだろう。

「行くか」

 魔力で飛行してもよかったが、節約することにした。山では何があるか分からない。確実にワイバーンを屠れるだけの魔力を残す為にも、徒歩で登山を開始するウルクナルだった。

 山道は、凶悪な魔物の生息する山だけあって一切整備されていない。Aランク冒険者以上でなければ、立ち寄れない地帯にあるせいだろう。この山脈の周辺は、Bランク相当のモンスターが闊歩する草原が広がっているのだ。


 険しい山道を歩いて四時間。最初の魔物と遭遇した。

「……あれが、ビッグフット?」

 ビッグフット、レベル五十、証明部位両耳、報酬三十万ソル。

 白い体毛を纏う、巨大な猩々。体長は二メートルあり、非常に発達した長い両腕は、まるで巨木の幹だ。二足でも歩けるようだが、長い両手で地面を掴みながら、前かがみの姿勢で歩行する。

 ビッグフットは、ウルクナルの気配を察知したのか、雄叫びを上げた。

「お、沢山出てきた」

 岩場の影から次々と飛び出してくるビッグフット達。その数は、あっと言う間に六頭へと膨れ上がった。

「歓迎してくれるのは、嬉しいけどさ――」

 ウルクナルは、体内から魔力を放出し、体を覆う。捕食者の笑みが浮かんでいた。

「邪魔なんだよッ」


 ダンッと地を蹴ったウルクナルは、一体のビッグフットに肉薄、胸部を殴りつける。爆薬が炸裂したかのような轟音の後には、胸に大きな風穴を開けた一匹の猿の骸が転がっていた。

「試してみるか」

 右腕を肘から指先まで一直線に揃え、指先から押し固めた微細な魔力塊を噴射する。その手刀は、文字通り刀となって、ビッグフットの両腕、そして首を斬り飛ばす。

 原理はウォーターカッターに近い。超高速で水を噴射し、金属を切断するのがウォーターカッター。超高速で、微細な魔力塊を吹き付け、物体を削って切断するのが、ウルクナルの手刀である。

「いいなこれ、よし、次!」


 魔力を瞬時に燃やし尽くすのではなく、削り取るように攻撃している為、非常に燃費がよい。噴射した魔力を回収し、何度も再利用できるのだ。

 瞬間的に、半分の仲間を失ったビッグフットは怒り狂った。雄叫びを上げ、更なる増援を呼び、持ち前の剛腕を生かして、バルクですら持ち上げるのに苦労しそうな巨岩を投擲してくる。ビッグフットがAランクたる由縁は、その数と剛腕、そして生命力だ。

「がッ!?」

 腕の無いビッグフットが、ウルクナルの背中に飛び乗ってきた。両腕を斬り飛ばしたにも関わらず、このビッグフットはまだ生きている。ビッグフットの生命力を甘く考えていたようだ。ウルクナルは横倒しにされ、その上に別の個体が岩石を投擲してくる。同族もろとも殺す、このビッグフットという魔物の凶暴さは、他に例を見ない。賢く、数が多く、凶暴。人間の要素を煮詰めたような魔物だ。

「退けえッ」

 ウルクナルは、体に這わせていた魔力を爆発させ、降ってくる岩と周囲数匹の魔物を粉々に吹き飛ばす。


「あー強い。手こずるな、厄介だ」

 ザコでも、強い。既に二割の魔力が消費されていたが、闘いは終わらず、山道はまだまだ続く。両腕に魔力を這わせたウルクナルは、十匹にまで増えたビッグフットの群れに、一人飛び込んだ。獣道に無数の曼珠沙華が咲き誇る。

「はあ、はあ、はあ」

 呼吸が整うまで、薄っすらと雪の積もる急斜面に佇む冒険者。足元には、乱切りにされた肉塊が転がり、赤い池が広がっている。

「……処理するか」


 何年前から愛用しているのか忘れてしまった、古びた短刀を抜いたウルクナルは、散らばった魔物の首を集め、耳を削ぎ落す。計十二頭分の耳が集まり、これだけでも、金貨三百六十枚分の価値がある。

「流石は、Sランクフィールド。稼ぎの効率が違う。……ん?」

 ウルクナルは、ミンチ状になったビッグフットの肉に、輝く物体が埋もれているのを発見。もしやと思い、近付いてみたところ。

「やっぱり、魔結晶だ」

 直径は親指の先端から付け根まで、淡いオレンジ色に輝く立派な魔結晶。これ一個で、宝石貨五枚は確実だ。

「まだあるッ!」

 一個、金貨数百枚の価値がある魔結晶が、散乱した魔物の死体からゴロゴロと。サイズにバラつきはあれど、十二の骸から四つの魔結晶を発見した。緩衝材で包み、ポーチに仕舞う。

「マシューが喜ぶな」


 三分の一の確率で魔結晶が魔物の体内から出てくる。これは異常だ。ウルクナルは、この一年でビッグアントを十数万匹屠ったが、魔結晶はゼロ。隅々まで開いて体内を探したのは百匹だけだが、ゼロには変わりない。

 法則として、高レベルなモンスター程、体内に魔結晶を宿しているようだ。

 周囲に敵影はない。先を急がなければならないのに、ウルクナルは立ち尽くしたままだった。珍しく逡巡しているのだ。巨突猛進の権化であったウルクナルだが、ここはカルロを殺し、仲間を殺そうとした黒集団の本拠地と思しき国。そのSランク昇格試験地。人目はない。邪魔者を排除するには最適な場所だ。

 ウルクナルは、懐から包みを摘み出し、その中の丸薬を一粒飲み下す。増魔力剤だ。

「これ飲むと、後が辛いんだよなー。疲れが取れないし、変な夢とか見るし」

 魔力が最も回復するのは睡眠時だが、昼間も少量ながら回復する。増魔力剤が服用されたことで、魔力生産量は二倍に引き上げられた。一時間もあれば、消費した分の魔力が戻り、彼の貯蔵庫は再び満たされるだろう。


 ウルクナルは、麓を見下ろす。下山するのも手だが、次の順番が自分に回ってくるのは、何日後か。人間ばかりで同族がいない、話せる相手が居ないのだ。第一、数日でもあの何もない麓で腐っているのは性に合わない。

「進むか」

 しばらく山道を歩いていると、管楽器の華やかで騒がしい音色が麓の方から聞えてくる。

「合格者か、誰だろ?」

 ワイバーンを討伐し、証明部位を持ち帰った者が現れたのだろう。このように、合格者が現れれば盛大に祝し、死者が出たことが判明すれば――。

「――!」

 甲高い警笛が三度鳴らされる。隣の山からだ。ウルクナルは、あの山から笛の音を聞くことをある程度予期していた。山に登る前、規定時間になっても帰ってこなかった冒険者が一人存在し、ベテランのSSランク冒険者が山に入って捜索していたのだ。

 音のする方向は、山の中腹。ワイバーンとの闘いに敗れたのだろう。

 一層気を引き締め、吹雪いてきた山道を行く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ