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ビッグバン13

 地震でもないのに、揺れ続ける室内。ドーム状に造られた離宮の地下二階には、男性とまだ幼い少女の姿があった。

 男性は、目立つ白髪に疲れ切った顔と、四十代相当の外見だが、彼の実年齢は二十代後半である。その老けこみ具合が、彼の歩んできた人生が、決して平坦なものでなかったことを饒舌に語っていた。彼こそが、トートス王国の、若き賢王として国民に愛される、アレクト=ファル=トートス国王だ。

アレクト国王にとって、今日は人生の中で一、二を争う恐ろしい一日であった。何せ今日、正確には後一時間足らずで、自分は全てを失い、屈辱と憤怒に塗れながら殺されてしまうかもしれないからである。

「…………」


 しかし彼は、自分が死ぬかもしれないという恐怖にすら、うろたえてよい立場にはなかった。何故なら、彼女が側にいるからである。三歳になった幼き王女、母親譲りの金髪と碧眼から、妖精王女の名で国民に愛されて来たシルフィール=ファル=トートス。

――去年、二十三歳の若さで突如死去したアレクトの妻、イザベラが生んだ最初で最期の子。トートス王国建国以来初の、女王になるであろう最愛の娘である。

「……お父様」


 シルフィールは、座っているアレクトの膝の上で小さく体を丸め、雷を恐れる子猫のように震えて身を寄せていた。アレクトは、無理をしてでも優しい笑みを浮かべ、慈しみながら彼女の頭を撫で下ろす。

「大丈夫、必ず助けは来る。だから、もう少し辛抱するんだ。いいね?」

「うん」

 国王と王女が語らうこの地下二階には、ある仕掛けが施されている。正面の巨大なガラス板には、離宮の外を映し出す魔法が刻まれ、地下に居ながら、外界の様子を窺えるのだ。

「きゃっ」

 一際大きな揺れが親子を襲う。先ほどから、揺れの回数と大きさが酷くなっている。アレクト国王は、手の震えを隠しつつ、外がどうなっているのか知る為に魔道具を起動した。

「はあ、どうにか間に合ったか……」

「すごい」


 百インチはある巨大ディスプレイが八分割され、外界の様子が鮮明に映し出された。残念ながら、北と北東は魔道具が破損した為に、砂嵐しか映っていなかったが、南部の魔道具がその様子を克明に映し出している。

 二体の人型生物が繰り広げる、命を賭けた死闘を。

 この時、スクリーンの映像にアレクト国王は釘付けになっていた。故に気付けなかったのだ。彼の最愛の娘であるシルフィールが、この映像を見て、どんな表情をしていたのか。また、どんな言葉を発したのか。今年、三歳を迎えたシルフィール=ファル=トートスは、その暴力の極致に位置する映像を見ながら、確かに言ったのだ。

「かっこいい」と。




 時間はわずかに逆行する。

「――はははっ」

 馬車から降り立った数秒後、ウルクナルの体は音に近付いた。彼自身、どうしてこんなことが可能になっているのかは説明できない。ただ、可能になってしまったのだ。魔力を湯水の如く消費することで、音の速度に迫る早さで空中を安定して飛行することが。

 ――原初魔法とは、魔力を純粋なエネルギーに変換したり、魔力そのものを操作したりする魔法である。

実のところ、この飛行はマシューが以前教えてくれた、星型エンジンとプロペラなる構想から着想を得ている。マシューが嬉々として構想を語っていた時は、ウルクナルは当然、微塵もその有用性が理解できなかった。空を人が魔法以外で飛ぶという発想自体考えたこともなかったのだ。しかし、あの奇妙な夢を見てからは違う。

――夢の中で見た巨大な金属の怪鳥と、マシューの高説とが、ウルクナルの脳内で強力に結合したのである。


ウルクナルは、これだ、と確信する。

その瞬間。脳内の奥底に仕舞いこまれていた記憶が引っ張り出され、この一年で何度も眺めてきた一メートル四方の青写真が、脳裏で極めて鮮明に提示された。

ウルクナルは、この二年半の間に培った魔力操作技術の粋を結集し、空中に滞空している極わずかな時間の内に魔力を押し固めた。

プロペラと、複雑な構造の星型エンジンを、純粋な魔力で鋳造したのである。

 星型エンジンは縦長の、複列八気筒。設計図通りに鋼鉄で造り、単純に燃料を燃やしても出力は五十馬力にも満たない貧弱エンジンだ。だがそれは、金属と油での話。

魔力とは基本的に無色透明な物体であり、比重は固体時ですら一にも満たない。

 実用金属で最も軽いのはマグネシウムだが、それすら比重はおよそ一とコンマ七。


 単体のマグネシウムですら、純粋魔力の結晶体よりも二倍以上重い。

魔力で鋳造されたエンジンは驚くほど軽く、亀裂が走っても、砕けても、魔力を注ぐだけで即座に修復される。そのエンジンに気体魔力を燃料として注ぎ、片っ端から燃焼させ、空中を高速で飛翔するエネルギーを得ているのだ。

 魔力には膨大なエネルギーが秘められている。何せ、魔力が百も集まれば、火炎を生み出し、巨岩を地中から持ち上げ、突風を幾度も生むのだ。そのエネルギーがただピストンを動かすという一点にのみ特化されればどうなるか。

 その爆発力たるや、ニトロ燃料の比ではない。


「すげー、すげーぞッ、マシュー! やっぱりお前は天才だッ」

 ウルクナルは、押し固めた魔力でライフル弾型の風防を造って体を包む、頭の先にエンジンを配置、腕を広げて翼を生み出した。

怪鳥になった彼は、楽しげに叫びながら自由自在に空を舞う。

魔力で造られた創造物は無色透明であり、肉眼で視認することはできない。ただ魔力は、消費されると魔力光を放つので、彼が空を飛ぶ様を夜の地上から眺めれば、流れ星と見間違えることだろう。


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