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暗黒時代6

 

 王都中央に佇む荘厳な建築物、トートス労働者派遣連合商会の本部は、別名商館と呼ばれている。商館は五階建ての、王都でも王宮に次ぐ高層建築で、城下街では他の追随を許さない。入れ物が大きなだけで、中身はスカスカかと言えばそれも違う。商会の豊富な資金のゴリ押しで、国中の細工技師を掻き集めて施された商館内部の装飾はトートス王国随一だ。

 ウルクナルは、そんな商館の三階へと足を踏み入れる。二階から三階へと昇る階段の途中には、屈強な警備員が立っていてギルドカードの提示を求められた。


 商館の三階、四階、五階はそれぞれ冒険者と一部の関係者しか立ち入ることのできない領域だ。

 ついさっきまで、エルフのGランク冒険者だったウルクナルも、他大多数の一般人と同じように、商館三階には踏み入れられなかった。同じ冒険者であろうと、エルフは、Fランクに上がり、カードを発行されるまでは三階への立ち入りを許可されていないのだ。

 ちなみに、金色のギルドカードを所持していなければ、四階への階段は上がらせてもらえない。階段入口にも強面で屈強な警備が立っていて、蛇をも睨み殺す眼光をウルクナルに飛ばして来た。

 カルロとは階段前で別れ、ウルクナルは自分のレベルに見合ったフロアの扉を跨ぐ。


「多いな」

 ウルクナルは内部の様子に圧倒された、大量の椅子やテーブルが並べられ、何百もの人間達が雑談に興じ、武器や防具の手入れを行い、酒を飲み、寝ている。三カ月前、王都で開かれた第一王女シルフィール誕生祭以上の人口密度だ。室温が、扉の外と内側とではまるで違う。

 部屋は、ウルクナルがカルロとの訓練で使用している公園よりも広い床面積を誇り、柱を極力減らして、壁を取り払っているのに、人でごった返して足の踏み場も疎らだ。

 数字に弱いウルクナルには判別不可能だが、三階の冒険者待合室には、現在のところ、GからDランクまでの冒険者三百名が屯していた。これは低ランク冒険者と呼ばれるGからDランクの冒険者人口の十パーセントに等しい。残りの九割は、三階にあがることの許されないGランク冒険者のエルフや、遠征中の冒険者、鉱山で働きパーティを集める必要のないエルフや人間の冒険者である。そして、魔物討伐に出たまま帰って来ない行方不明者も三パーセント程存在していた。


 人口十万人の王都トートスで、これだけの面積に三百名が押し込められている状態は、王都暮らしに慣れてきたウルクナルにも衝撃的だ。

「……ん?」

ウルクナルは、自分が数人の冒険者に睨まれていることに気付く。殺意すら孕んだ強烈な蛇睨みだったが、剣を握ったカルロの眼光の方がよっぽど気迫に満ちていて、恐怖感を駆り立てられる。低ランク冒険者の睨みなど屁でもない。軽く無視した。

「確か、左端だったかな?」

一先ずは、三階フロアに根付く暗黙の了解に従い、出入り口の扉を背にして左端のGランク席を目指す。ウルクナルはFランク冒険者なので、Gランク専用の席ではなく、もう少し右寄りのFランク席に座っても問題ないのだが。ギルドカードが発行されたばかりの実戦経験のないFランクエルフは、分をわきまえて一旦は左端に座らなければならないのだそうだ。

(めんどくせー。こんな風習、自由で勇敢な冒険者には似合わないと思うんだけどなー)

 そう心の中で呟きながら、大人しく空いていたGランク専用席に腰掛ける。

「はー」


 我慢していた失望の溜息が洩れた。

 ウルクナルを睨んでいた冒険者達は、新顔でエルフながら、礼節は弁えていると知り、つまらなそうに酒を飲み干す。

「さてと、次は……」

 商館の三階、フロア内に大量かつ無造作に置かれている丸テーブルと椅子には、非効率ながら、れっきとした意味合いがある。テーブルとはパーティを表し、周りに置かれた椅子は定員数を示しているのだ。

 つまり、テーブルの周りに一人座っていて、周囲に三つの空き椅子がある場合、後三人程メンバーを募集しているとの合図になっていた。もちろんこれは一種の目安であり、人の集まり具合によって定員はその都度上下する。四人目を迎えることもあれば、一人足りなくてもモンスター討伐に出発する場合もあるのだ。


 今もまた、ウルクナルの目線の先で、計四人のメンバーを募集していた集団が、一人多い五人編成でパーティを組み、フロアを後にした。集まっていたテーブルの位置からすると、Eランク冒険者の集団のようだ。Eランクにもなれば、モンスターとの戦闘にも慣れ、定番のパーティメンバーも決まり、金銭的にも余裕が生まれるので、カルロ曰く、冒険者として一番楽しい時期らしい。

 確かに、明るく温かい雰囲気を持ったパーティだったように思える。彼らがFランクの集まりだったなら、後を追って声を掛けてもよかったかもしれない。エルフである自分を受け入れてくれるかはまた別問題だが。

 ウルクナルは、フロアを見渡してFランク冒険者募集中のパーティテーブルを探す。

「あった」


 Fランク、目標定員五名、空き定員二名のテーブルだ。二人の人間の中にエルフが一人混じっている。しかも、そのエルフにウルクナルは見覚えがあった。

「バルク!」

 見間違えるはずがない。そのエルフらしからぬ、ブラックベアーのように筋肉質な巨体。Fランクに上がって、鉱山に行くと言っていたウルクナルの仕事仲間だ。

「ん? おお! ウルクナル、久しぶりだな」

「お前こそ! 一カ月ぶりくらいか? 先にGランク脱出されて、俺がどんだけ!」

「俺は五カ月間Gランクだったんだ。三カ月で昇格したウルクナルの方が異常なんだよ」

 どこか楽しげなバルク、彼は巨大な図体で勘違いされがちだが、優しく面倒見の良い性格のエルフだ。

彼の椅子には、板材を重ね合わせた簡素ながら巨大なタワーシールドと、金属の塊にしか見えない巨大なハンマーが立て掛けられている。その剛腕を生かして、両手用の大槌を片手で振り回し、空いた手に盾を持つスタイルで冒険に臨むらしい。


 実にバルクらしいのだが、その腕力にして、ウルクナル同様レベル一なのだから驚きだ。

 二人は、残り二人の人間冒険者を置いてきぼりにして、会話に耽る。

「バルクはどうしてここに? 鉱山に行ったんじゃなかったのか?」

「鉱山に行ったのは、武器を買う金を稼ぐ為だったんだが、盾もハンマーも格安で入手できてな。先週からここに入り浸っていたんだ」

 そう言って、バルクは巨大なハンマーをウルクナルに見せびらかす。バルクに断わって持たせてもらったが、とても自分が扱える代物ではないと、負けず嫌いのウルクナルですら数秒でギブアップした。三階の床が抜けないか心配である。

「チッ」


 そんな時、舌打ちが響く。

「くっせー、くっせー、エルフ便所虫がまた増えた。何お前、このパーティに入るの?」

「Fランクのエルフは大人しく鉱山でも行けよ、武器買う金もないんだろ?」

 席に座っていた人間の青年冒険者二人が、ゲラゲラと笑いながらウルクナルを嘲る。彼らはFランクながら鋼鉄の剣にレザーアーマーと充実した装備を纏っていて、内一人は、ウルクナルの顎の下に、鞘に入ってはいるが剣の切っ先を突き付け脅す。

「…………」

 バルクは申し訳なさそうに目を伏せ、ちらりとウルクナルを窺う。バルクの知るウルクナルなら、ここまで言われて怒らないはずがない。最悪の事態になれば、ウルクナル側に加勢するつもりだが、何度もメンバー入りを断わられ、三日間拝み倒して漸く加入できたパーティだ。このグラップとジールという二人の冒険者は、最悪な性格の人間だが、同ランクでも腕はそこそこ。彼らに付き従い、森でモンスターとの戦闘を重ねれば、それなりの報酬が見込めるだろう。

(すまん、ウルクナル)

 今、ウルクナル側に立てば、メンバーから外されるかもしれない。武器の購入に、手持ちの金を殆どつぎ込んでしまったバルクには、友達が侮辱されても怒れるだけの余裕がなかった。

 しかしながら、事態はバルクの予想の斜め上方向へと動く。

「――そうカッカするなよ、なあ?」


 ウルクナルはにこやかだが、どこかぎこちない笑顔でテーブルに着いた。

「あっ、勝手に座ってんじゃねえよ」

「俺がリーダーだ。勝手は許さねーぞ?」

 一色即発。剣呑な空気が噴出して、辺りに立ち込める。

「俺は、Fランク冒険者ウルクナル。レベルはまだ一だ。お前は?」

 だが、ウルクナルは我関せずと自己紹介を進める。

「てめえ、おちょくってんのか? 死体拾いでもしてろ、卑しいエルフがッ」

「クセーんだよ、早く鉱山にでも行けよッ」


 二人は激怒寸前だ。眉間に皺をよせて、血管を浮き上がらせている。ここからウルクナルが一度でもオチョクリ返したなら、剣を鞘から引き抜いて決闘騒ぎにまで発展するかもしれない。低ランク冒険者同士なら、国も商会も決闘を黙認しているのだから驚きだ。

 ザコが一人や二人使い物にならなくなっても、痛くも痒くもないのだろう。

「バルク、この二人の名前は?」

「ん? ああ。グラップとジールだ」

「ありがとな。――グラップとジールだっけ? 俺は、まだ一回もモンスターと戦ったことのないFランクエルフだけど、荷物持ちくらいにはなると思うぞ? 良いじゃないか俺がエルフだって、メンバーが集まらずにここで燻っているよりも、俺を入れて四人で、早くモンスターと戦った方が稼ぎになると思うけど」


「チッ」

 再びの舌打ち。これは図星の合図だ。どうやらメンバーが集まらずに苛立っていたらしい。

「グラップどうする」

「……。分け前は幾らだ? 吹っ掛けたら容赦しねえぞ?」

「いらねえーよ。報酬は零で良い」

「……どうだか。薄汚いエルフのことだ。後になって、分け前を寄こせとか難癖付けてくるに決まってる」

 決まり文句の到来に、自然と口元が綻ぶ。ウルクナルはカルロに教えてもらった必殺の言葉をぶつけた。

「――本当だって。万が一、俺がモンスターを仕留めても報酬は全部やるよ。今日の目的は、フィールドの雰囲気を掴んで、レベルを上げることだけだ。それだけでも、俺にとっては金貨一枚分の価値がある。俺、金が勿体なくて、初心者の講習受けてないから」

 ウルクナルの言う講座とは、冒険者基礎教練講座のことだ。

 受講料は金貨一枚と割高ながら、内容は充実している。


 各種武器の扱い方から始まり、フィールドで役立つ知識、低級モンスターの弱点や攻略方法。そして実際にフィールドに出て、インストラクター監視の下モンスターと戦い、野宿し、レベル三までの確実で安全なレベルアップ。

 そんな盛り沢山な講座は、三日に渡って取り行われる。金貨一枚払えば、冒険者の卵は殻を破って、雛になれるのだ。レベル一の冒険者は、仮に装備を揃えていても脆弱極まりない。大量の低レベルモンスターに囲まれ、タコ殴りにされて命を落とす事例が毎年報告されているのだ。

 それを考えれば、金貨一枚は安いと言わざるを得ないが、貧乏なエルフにそんな金銭的余裕は存在しない。Fランクに昇格を果たしたエルフの数パーセントが、レベル一のまま遠征に向かい、モンスターの餌食になっているという。

「…………」


 ウルクナルの言葉に、確かな理を感じ取った二人の人間は、汚い言葉を発していた口を閉じて、メンバーが足りずに二人目のエルフをパーティに加えざるを得ない屈辱と、今日これからモンスター討伐に出た場合の利益を天秤に乗せて見定める。

「……わかった。お前をパーティに入れてやる」

「グラップ!」

「仕方ねーだろ。……俺達に金が無いのは事実だ。無理して買った剣で、俺の財布は軽くなった。お前もそうだろ、ジール」

「クソ。……もしお前がモンスターを斃しても、絶対に金は払わないからな、銅貨一枚たりともだッ!」

 人間達は、悔しそうに水を飲み干し。エルフは、頬を痙攣させながら笑う。


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