ビッグバン11
トートス王国南部の街、ダダール。
人口は王都の三分の一以下。およそ三万の人々が暮らすこの街は、数十年に一度、荒野から来襲するビッグアントの猛威に晒される為、大掛かりな工夫が施されている。
街全体が、堅牢な城壁で囲まれているのだ。むろん、王都でも城壁は建造されているが、ダダールの城壁には、規模実用性共に遠く及ばない。
総鋼鉄製の城門。城壁は、王都の城壁と比較しても厚み三倍、高さ二倍という化物設計。その巨壁が、三重構えでダダールの街を取り囲んでいる。
街の構造的に、城壁の内側に行けば行くほど重要な施設が置かれ、当然商会は三重目の壁の内側に支部を建設していた。
――今、ボロボロの馬車が三重の城門を潜り抜け、商会支部の前で停車する。
直後、蜂の巣を突いたかの如く、商会から流れ出てくる医療班。
ナタリアの召集した捜索隊の生き残りが、医療班である水系統魔法使いによってタンカーに乗せられ、商会の丁度地下に設けられた医療施設に運び込まれていく。
ダダールの地下は、医療施設のメッカだ。頑丈な岩盤をくり抜いて建設された長大な地下トンネルが張り巡らされ、王国でも最高水準の医療施設が群集している。三重城壁を持つ街の構造上仕方なく、硬い岩盤を掘削し、診療所を地下に建設したのである。全ては、城門を開閉せずに第一城壁の負傷者を運びだし、第三城壁の内部という安全な場所で、最高の治療を受けさせる為だ。
ダダールの街がこの地に築かれて五百年。
ビッグアントが来襲する度に敗れ、学び、改善を繰り返し続けたドクトリンに根ざして、この城塞都市ダダールは形作られているのだ。
「ナタリア、本当に、皆を預けて大丈夫なの?」
「はい、エルフリードの皆さんの処置は、私の専属部下に任せます。皆さんはエルフですから、同じエルフである私の部下達に一任しても不自然ではありません」
「……わかった。俺が考えても仕方ないからね。皆を頼むよ、ナタリア」
「お任せください」
二人は、荷台から運び出されて行く仲間達を見送り、商会の門を潜った。ナタリアは、ウルクナルの四歩先を歩き、空いているエルフ専用カウンターに飛び込むと。事務的な表情を迅速に取り繕って、機材に不具合がないか確認する。
「これ、お願い」
ドンッと音がして、甲殻に包まれた魔物の頭がカウンターの上に投げ出された。黒く焼け焦げているが、それは確かにAランク昇格モンスターであるビッグアントクイーンの頭部。どれだけ汚れていようと、この塊には、宝石貨五枚の価値と、一人のBランク冒険者をAランクにまで引き上げる力が備わっているのである。
「畏まりました。ギルドカードの提示を」
商会中の視線が、ナタリアとウルクナルに集まる中、彼女は淡々と己の成すべきことをこなす。ウルクナルのギルドカードを機材に入れ、クイーンの頭部を持ち上げカウンターの中に仕舞うと、金庫から輝く五枚の宝石貨を取り出し、机の上に積み上げた。ウルクナルは、宝石貨五枚には目もくれず。機械からカードが排出されるのを待ち続ける。
「お待たせしました。エルフのAランク冒険者、ウルクナル様。お納めください」
ナタリアは、まぶたに熱い液体を湛え、彼の金色に光り輝くギルドカードを恭しく手渡した。
「ありがとう」
礼を述べてからカードを懐に仕舞い、五枚の宝石貨を掴み取り、儀式を終えたウルクナルは、颯爽と商会を後にした。
史上二人目。一人目であったカルロの死から、二年半と経たずして、今ここに、新たなエルフのAランク冒険者が誕生した。彼の名前はウルクナル。彗星の如く現れた新進気鋭にして特異な冒険者集団エルフリード、そのリーダー、エルフのウルクナルである。
商会に冒険者登録を果たしてから、わずか三年でAランクを取得するまでに成長した稀代の傑物。彼の名は、瞬く間にトリキュロス大平地の隅々にまで轟き、三国で虐げられ続けるエルフ十万人の心を支え、強く勇気づけた。




