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エルフ・インフレーション 終わりなきレベルアップの果てに  作者: 細川 晃
第二章 ビッグバン

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ビッグバン10

 ――ナタリアは遠くの荒野に、複数の冒険者が重なり合うようにして倒れているのを発見する。初めは、生き倒れているのかとも考えたが。接近するにつれ、それがエルフリードのメンバーであり、かつ重傷を負っていると判明する。

 そして重傷の彼らを、黒い外套を纏った集団が半包囲し、刃や杖を向けながら詰め寄っているではないか。ナタリアは、冒険者達の重なり合いを、我が身を呈して凶刃からウルクナルを守ろうとした末の重なり合いだったのだと気付く。


 黒衣の集団の数は四、その全員が相当なテダレだと、長年冒険者の相手をしてきたナタリアは見抜いたが、こちらはAとBランク冒険者を十四名引き連れている。

 それに、ビッグアントの荒野で証明部位欲しさに、盗賊行為を働く程度の輩ならば、相手に万に一つの勝ち目もないだろう。と、ナタリアは妙な胸騒ぎを覚えつつも、そう結論した。ビッグアントクイーン討伐に向かったエルフリードが、血まみれで倒れ、今にも生き絶えようとしている。

 この時のナタリアは、少々冷静さを欠いていたと言わざるを得ない。状況が、カルロの死を否応なく連想させたのだ。それは仕方のないことだったのかもしれないが、どんなに取り繕うとも、これが致命的ミスであることには変わりない。


 ナタリアは焦り、敵の力量を計りかねたのである。

 戦闘の結果は惨敗に等しかった。

 どうにか、目標である負傷していたエルフリードの回収には成功した。だが、まだまだ将来有望で、貴重な高ランク冒険者達の大半が、たった四人の敵集団に惨殺されたのである。

 結局、エルフリード捜索隊は、万全の備えで数的有利な戦闘に臨んだのにも関わらず、敵を一人も殺害できずに逃がし、十四名中死傷者十二名、内九名戦死という壊滅的被害を被った。

 数は優に三倍差。装備も捜索隊の方が上。敵の装備は、品質はいいがスタンダードな鋼鉄の剣に、一般的な古木の魔法杖、防具も布製マントと軽量なレザーアーマー。装備から身バレを防ぐ為か、敵集団は、DやEランク冒険者が使うような武器防具しか装備していなかったのである。


 ナタリア側が圧倒的に有利だったのだ。しかし、全ての有利が、個々の力によって覆されたのである。

「本当に強かった。何て言えばいいのか、……彼らは根本的に何かが違うんです」

 ナタリアは身を振るわせた。魔物鉄ワイバーンや魔物鉄ドラゴンで装備を固めた屈強な冒険者達が、まるでゴブリンにでも成ってしまったかのように斬り殺されてゆく。

「彼らは、たとえるなら……そう、銅の剣で、鋼の盾をスライスしたんです。バターみたいに」

 それなりに大きな街で金貨二枚か三枚でも払えば、誰だって買えてしまえるような鋼の剣が、遥かに硬質で高価な魔物鉄ワイバーン製の盾を装備者の手首ごと両断する。

 自重だけで鋼のインゴットを乱切りにできる魔物鉄ドラゴン製の剣が、何の変哲もない鋼鉄製のガントレットに受け止められ、放たれた魔法は彼らに当たる寸前で霧散。敵魔法使いは、明らかに容量オーバーな上級魔法を古びた杖で連発。


 ナタリアのこれまでの常識が一切通用しない相手だったのだ。

「上級魔法を連発、……魔導師級の使い手。ナタリア、そこから割り出せない?」

「……上級魔法を連発できるだけの魔力保持者はそう多くいません。私の知る魔導師は、国内では二名。エルトシルでは十二名、ナラクトでは五名です」

「だったら!」

「いえ。それだけで割り出すのは難しいと思います」

 ウルクナルは全神経を駆使し、叫び声を上げてしまいそうな口を一旦噤んでから、静かに問う。

「どうして? 何か問題でもあるの?」


 するとナタリアは、我が子を諭すように優しげな声で言う。

「ご自分の胸に手を当てて考えてみてください。あなたは五千もの魔力を体内に保有していますが、あなたは魔導師ではありません。それは何故か。商会によって認可されていないからです」

「……そうか、魔力が多くても、四系統すべてに魔法適性がなければ、魔導師とは認められない。それに、魔道具や魔法薬みたいな抜け道もあるのか」

「その通りです」


「――でも、それは魔法使いだけだよね? ナタリアの言う常識はずれな剣術を駆使する剣士なら、さぞ高ランク冒険者として名も売れているはず。どうにか見つけ出せない?」

「体を外套で隠し、装備にも特徴無し、顔も隠されていました。悔しいですが、特定するのは厳しいかと」

「……そっか」

「ごめんなさい、役に立てなくて」

 両者の間にしばしの無言が訪れた後、ウルクナルは尋ねた。

「ねえ、ナタリア。黒いギルドカードのこと、教えてよ。黒いギルドカードって何?」

「黒いギルドカード、それはSランク以上の冒険者のみに商会が与える特別なギルドカードのことです。サラ様はきっと、奴らが高ランク冒険者であると見抜き、黒いギルドカードを持つ冒険者に注意するように、と言ったのだと思います」

「……なるほど」


 ギルドカードとは、身分証明書であり、冒険者が王都で生活する上で欠かせないカードだ。ギルドカードには銀、金、黒の三色があり。銀はGランクからDランク、金はCランクからAランク、そして黒はSランクからSSSランクの者に与えられる。

 三色の中でも、黒は一等特別なギルドカードで、その効力は絶大。貴族が膝を汚し、SSSランク冒険者には王族すら腰を折るという。

「ちなみに、黒のギルドカードにはどんな特典が付くんだ?」

「商館五階への立ち入りが許可される他、詳細は明かせませんが、各種様々な特権が与えられます。当然、義務金を納入される方に限られますが」


「ふーん、そっか。五階にはどうやったら上がれるのか、前々から気になっていたんだよね」

「私には、ウルクナルが黒のギルドカードを知らなかったことが驚きです」

 ここでナタリアは彼の側を一旦離れ、馬車前方に置かれた木箱から、柔らかいパンと、干し肉、チーズ、野菜、果物を取り出してきて、ウルクナルに手渡した。

「どうぞ、食べてください」とナタリアが言い終わるよりも早く、ウルクナルはパンと肉に手を伸ばし、口の中に押し込んだ。彼は頬を丸く膨らませて、懸命に咀嚼する。微笑んだナタリアは、必要になるであろう飲み物を用意した。ついでに、お代りも。

「はー。ありがとうナタリア。落ち着いたよ」


「いえいえ、しかしよく食べましたね。パンが二斤、干し肉三日分、チーズ二日分、野菜と果物一日分。よくもまあ食糧が持ったものです、あのビッグアントしかいない荒野で」

「まあ、空腹はある程度我慢してたいたし。それに、サラが居てくれたお陰かな。サラが居なかったら、飲料水を沢山持って行かなければならなかっただろうしね」

「なるほど、彼女の魔法で水を確保していたわけですね?」

 ナタリアの問いにウルクナルは小さく頷いた。すると、彼の表情に暗い影が差す。ナタリアは、ウルクナルが自分にあの質問をしてよいのかどうか悩んでいるのだと推測する。普段の彼とは似つかわしくない繊細な心遣いに、心が満たされた。彼女はただ、静かに待ち続ける。

「教えて欲しいんだ」

「はい」


「ナタリアが知っているカルロの死についての全てを……お願い」

 首肯したナタリアは、緊張しているのか口を水で潤すと、幌から顔を出して周囲に人影がないことを確認する。周囲に誰も居ないと確信すると、押し殺した小さな声でウルクナルに語り始めた。絶対に他言無用と念を押した上で。

「……そこまでのことなの?」

「はい、この問題はウルクナルが考えているように、商会が黒幕だとか、エルフ嫌いの貴族や王族が黒幕だとか、そんな単純な問題ではないんです。とにかく根が深い。深すぎて、エルフである私の寿命を全て捧げても見通せない闇が、カルロの死の根底には潜んでいるんです」

 ウルクナルは、言葉を失い自然と口を噤んだ。


「私は、カルロの終末経過報告書……死ぬまでの経過が細かく記載された文章を読んで、ある違和感を覚えました。カルロは確かに無鉄砲な男でした、ですが愚か者ではありません。彼は無鉄砲ですからビッグアントの巣に単独で挑んだのでしょう。ですが、愚か者でないが故に、巣の入口に腕の立つ仲間を待機させ、万一の際は助けとし、帰還する際には足として利用するはずです。事実私は、彼が三名の冒険者を引き連れ、馬車に乗って王都を出立するのを確認しています。ですから、負傷したカルロが証明部位を抱え、三日三晩荒野を歩き通し、自力でダダールの街に辿りつく。それがまず有り得ない。引き連れていた仲間はどこに消えたのか。何故、巣穴の側で待機していなかったのか。私は、冷静になって報告書を再度読んだ時、そう思いました」

「…………」


「私は、何度も報告書を読み返す内に、この報告書の原書、つまり、ダダールの担当職員が記したであろう直筆の報告書が読んでみたくなり、問い合わせをしたのですが。何故か原書は、レベル四の閲覧禁止書庫に収蔵されていたんです。……レベル四閲覧禁止書庫とは、商会を設立した一族、バルバード一族しか閲覧することの許されていない、商会の経営ノウハウが記された本が多数収蔵された書庫です。ですから、経営ノウハウとは無関係な終末経過報告書の原書が、そこに納められるのは非常に不可解なんですよ」

「……その原書を作った人に直接話を聞くってのは?」

「もちろん、実行しました。しかし、後始末の徹底ぶりに、成す術がなく。……報告書作成過程で職員が記したであろうメモ、書き損じの紙、その他全てが焼却処分されていました。原書を記した職員や治療に携わったとされる職員すらエルトシル帝国の商会施設に転属の上、即時退職。足取りは掴めませんでした。ダダールの商会支部での勤務中に、私も独自の伝手で、色々と探っていましたが。当日にカルロが単独でダダールの城門を通ったという記録はあるのに、目撃例がないなど。不審な点が多々あるものの、核心にせまる証拠は何一つ掴めませんでした」


「今のナタリアの話を聞く限りだと、どうも商会が怪しいような気がしてならないんだけど」

「そうですね、商会も必ず一枚噛んでいるでしょう。ですが、一枚噛んでいるのは、商会だけではないんです。トートス王国は言うに及ばず。エルトシル帝国は、ダダールの商会職員を事前に示し合せていたかのように即日受け入れ。一見関わりがなさそうなナラクト公国ですが、詳しく調べたところ、様々な関連性が発見できました。カルロの従者として王都を旅立った冒険者の出身地なのですが、これまではトートス王国出身と記載されていましたが、これは改竄されたもので、本当はナラクト公国の出身でした」

 ウルクナルは、ナタリアの話を聞くうち、背中に冷たいものが流れていくのを自覚した。これは恐怖だ。凶悪な魔物と相対した時とは異なる、冷たく異質で仄暗い、純然たる恐怖そのもの。まるで、カルロの存在そのものが罪だと言わんばかりに、世界という人格がカルロを殺し、血に塗れた両手を汚く思い、必死になって洗っているようではないか。


「ウルクナル。あなたは、これからエルフのAランク冒険者になります。それは、商会が設立されて以来二人目。あなたは、現在唯一生存するエルフのAランク冒険者なのです」

「…………」

「くれぐれも気を付けて。私は、あなたが強いと知っている。だけど再び、あの集団にあなたが襲われたら……。そう考えるだけで、私は潰れてしまいそうになる」

 ナタリアは、ウルクナルを背中から抱き寄せ、耳元で呟くように言い聞かせる。

「今は、今だけは、復讐しようだとか、カルロの死の真相を解明しようだとか。安易に行動を起こさないで、私を一人にしないでほしい」

「……ナタリアは黙ってろって言うのか? 皆がこんなに怪我して、死んで! カルロが殺されたのかもしれなくてッ! それでも、口を噤めって言うのかよッ」


 ウルクナルは、歯を噛み締め、身体を震わせながら、烈火の如く燃え盛る心の内側を吐露する。ナタリアという楔が無ければ、ウルクナルは片腕に五千の魔力を注ぎ込んで、トートス王国の王宮ごと、王都を吹き飛ばしていたかもしれない。

 カルロとの約束を破り、大量虐殺をやってしまいたくなる程、今のウルクナルは怒り狂っていた。エルフの存在を許してくれない世界の不条理、その理を築いている黒幕、その誰かが憎くて悔しくてもう堪らない。

 ただ、その怒りは、ナタリアの言葉によって鎮静化することになる。

「ウルクナル。バカにしないでください。私だって悔しい、堪らなく悔しいんです。自分に力がないことがッ! ……そして羨ましいんです、あなたが。この憎しみと同じくらい、私はウルクナルが羨ましい」

「……え?」


 ウルクナルは、彼女の言葉に身を強張らせた。

「あなたは、私よりも遥かに強大な力を持っている。ペンは剣よりも強いなんて、知識人ぶった人間は言うけど、この弱肉強食な世界でそんな甘言は通用しない。事実、私はこれまでの人生で幾度となく、ペンが剣に屈するところを目撃してきた。レベルなんていう目に見える理不尽が存在する所為で、弱者は弱者であり、強者は強者。そんな暴力が、本人の意思とは関係なしに、レベルという現実に直接作用する絶対的な数字によって確定させられる。力ある者が弱者を虐げる。それが公然とまかり通っている世界だから。……でもこれは、弱者からの視点。力なき正義。敗者の遠吠え。……強者であるウルクナルは、焦らず着実に強者の道を進めばいい」

 ナタリアの両腕が彼をかたく抱きしめる。

「私に、ウルクナルみたいな力が有ったら、きっと、今すぐ王宮に一人で乗り込んで、滅茶苦茶に暴れて、国王を拷問してでも、誰が黒幕で、誰がカルロを殺したのか問い詰めると思う。……私は、ウルクナルにはそれができる力が既に具わっていると思う」


「……うん」

「だけど、それをするともう後戻りできなくなる。世界中に散らばる黒幕の手下達が、ウルクナル一人を殺そうと殺到してくる。そうなった時、今のウルクナルは対処できる?」

「……できない」

「私もそう思う。だけど、五年後のウルクナルだったらそれが可能かもしれない。それでも早かったら、十年後。力を蓄えたウルクナルだったら、三つの国にたった一人で立ち向かって、総力戦の末、敵対する全てを退けて、黒幕に相応の罰を与えられるかもしれない」

「ナタリアは、俺達エルフリードに全てを滅ぼして欲しいの?」

「いいえ、違います」

 ナタリアはウルクナルと向き合い、腰を下ろす。


「滅ぼして欲しいのではありません、破壊して欲しいのです」

 ウルクナルには、彼女の言葉の意味がわからなかった。首を傾げて、その意味を理解しようと努力するも難しい。

「滅ぼす、には根絶やしにする。壊す、には砕くという意味があります。私は、草木の生えない不毛の大地をあなたに造って欲しい訳ではない。現在、この世界に蔓延する淀んだ空気、弛緩した雰囲気、腐った伝統、堕ちた文化。その諸々を破壊して欲しい」

「……ナタリアの話は難しくてよくわからないんだけど。壊したらやっぱり、何も残らないじゃないか」

「いいえ、残ります。私達が」


 微笑んだナタリアは、マシューやサラの方を向く。

「私は生粋のペンです。また、マシュー、サラ、あの二人も生粋の剣ではなく、どちらかと言えばペンです。ペンで物を壊すことはできませんが。計画を練り、人を雇用し、経費を計算し、世界を再生することならできます。私を含めた三人のペンの力が有れば、瓦礫の山から、エルフの理想郷を創ることだって可能なんです。長い時間が掛かりますけどね」

「そんなことが、本当にできるの?」

「確約します。その為にも、今はあなたの、ウルクナルにしか歩めない王道を、丁寧に慎重に真剣に、後ろを振り返らず黙々と歩んでください。時が満ちるまで、静かに己の剣だけを研ぎ続けてください」


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