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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃
第二章

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ビッグバン9


「――大事なことだからよく聞け、今から、お前の名前はウルクナルだ。いいな?」


「ウルクナル? 私には、プロトタイプ七八三二号という名前が――」


「それじゃあ駄目なんだ、これからは。トートス、エルトシル、ナラクト、どの国で生きて行くにしろ、数字が名前だと人間は俺達を人だと認めてくれないんだ。わかってくれ」


「はい」

「よし、いい子だ」

 そう言って彼は、自分の腰下までの身長しかないウルクナルの頭を撫でる。


「ウルクナルって名前には、ちゃんとした意味がある。――古い言語で、宇宙の始まり、それを俺達でも発音しやすいように変形させた言葉なんだ」


「変形させたら、宇宙の始まりじゃなくなってしまいますよ?」


「ははは、その通りだ! つまりお前の名前には、新しい宇宙の始まりという意味が込められている。どうだ、気に入ったか?」


「……わかりません」

「そうか、今はそれでいい。じきに愛着が湧く。七八三二号なんて数字にも愛着が湧くんだ。将来のお前はきっと気に入ってくれるさ」


 すると彼は、ウルクナルの目線に合わせようと膝を折った。彼は青色の結晶をウルクナルに手渡し、握らせ、目を合わせてゆっくりと丁寧に、だが酷く焦った様子で言い聞かせる。敵にでも追われているのか、世話しなく首を動かして周囲を警戒し、それでもウルクナルの手を強く握って、何かを伝えようと必死だ。


「いいかウルクナル、絶対に忘れるな。もしもの時は、これに――を――」

 だが奇妙なことに、彼の声はノイズが混じり大切な部分が聞き取れない。


「――、――」

 彼は決死だ。その様子からとても大切なことを自分に教えてくれているように思えたが、ノイズが酷くて聞こえない。唇の動きを読み取ろうにも、彼の顔は霞んでいて、口が見当たらなかった。


 ――ウルクナルは気付く。これは夢だ、と。だが、夢から醒めることは許されず、状況が目まぐるしく変化していく様を、見たくもないのに見せられ続けた。


 いつの間にかウルクナルは、滑らかで光沢があり、カラフルな光で装飾された狭い空間に押し込められていた。そして聞いたことのない、くぐもった重厚な金属の音が響く。無数の破裂音と、当たると穴が開く眩い閃光。何かが閉じる音。キーンッという何かが回転する甲高い音。爆発に近い轟音。上下が反転する視界。


 上空では鋼鉄の歪な鳥達が喧しく飛び交い。眼下には業火に焼き尽くされようとしている見知らぬ村。村を取り囲んで光の束を放つ、銀色の巨人達。鋼鉄の鳥は、木の実に似た形状の何かを地上へ投げ落した。


 オレンジ色の眩い太陽が突如地上に具現し、地表を焼き尽くす。




「――ッ!」

 顔中に玉の汗を乗せ、ウルクナルは最悪の気分で目を覚ました。彼は小刻みに首を動かし、状況の把握に全力を尽くす。空間がガタガタと揺れていた。ここは馬車の幌つき荷台の内部らしい。上半身を起こし、左を向けばダダールの荒野、右を向けば荷台を区切るカーテンが視界に入る。妙に、空気が鉄臭かった。


「あれ? ここは」

「――ウルクナル!」


 自分の名を呼ばれたので、その方向に顔を向けると、途端に視界が黒く塗りつぶされた。目が使えないお陰で、聴覚と嗅覚そして触覚に意識が集まる。鼓動。そして柔らかで、暖かく、懐かしい香りに包まれるウルクナル。もぞもぞと動き、苦しいとタップして伝えた。


「ぷはー。ナタリア、僕を殺す気?」

「すいません」


 赤面して涙目の女性エルフ、彼女の名前はナタリア。エルフの身でありながら、商会の栄えある一級コンシェルジュにまで上り詰めた逸材である。ナタリアは普段のスーツ姿からうって変わって、コートにブーツ姿と遠征に適した服装だ。コートはワイバーンの翼膜で仕立てられた一級品であるらしい。触り心地が懐かしかった。


 彼女は、Aランク冒険者になるべく王都を離れたウルクナルを追い、ダダールの商会施設に転勤したのだ。

「ナタリア、どうしてここに? というか皆は?」

「……順を追って説明します」


 彼女は、服と髪の乱れを直し、三年前と変わらぬ冷徹な表情を久しぶりに取り戻すと、ここ数日の経緯を細かく話始めた。


 二日前、ウルクナルがクイーンを討伐した日、つまりエルフリードがビッグアントの巣に潜って八日目。


 帰還予定日を既に二日超過しているにも関わらず、エルフリードが未帰還であることに焦燥していたナタリア。彼女はその日の昼過ぎ、普段通りの遅めの昼食を取りながら、南の地平を眺め、ウルクナルが無事に帰ってくるようにと、日課のお祈りを捧げていた。


 そんな最中ナタリアは、濃密な青色の巨大な柱が、南の空を串刺しにする非現実的な光景を目の当たりにする。


 きっとこれは、何かのお告げか、ウルクナル達が発した救難要請に違いないと確信した彼女は、己の権限と個人的な人脈を動員し、BからAランクまでの暇にしていた有能な冒険者十四名を掻き集め、エルフリード捜索隊を編成。


 商会所有の大型幌つき馬車三台と、選りすぐりの軍馬十二頭を引っ張り出し、食糧その他諸々の必要経費も自腹で出して、ビッグアントの荒野へ出立したのが、翌日の昼過ぎ。ナタリア一行は、魔道具で明かりを確保し、夜通し馬車を走らせ、遭遇した魔物は片端から駆逐して荒野を走り抜けた。


 そして、エルフリードが巣から脱出した十日目。ナタリア一行は暗殺者達に襲われているエルフリードを発見したのである。


「――どういうこと?」

「……こちらへ」


 ウルクナルが寝転んでいた隣、距離は一歩。カーテンで区切られたそこは、野戦病院と言って差し支えない有様であった。血糊が随所にこびり付き、前衛的なマーブル模様を描き出している。出発時、三台有った馬車内の二台が大破、人員は五名にまで数を減らしていた。

 ただ、生存者五名も完全に無傷なのは後衛魔法使いの二名のみ。前衛三名は、その誰もが酷く負傷し、腕か足が欠損している。


「あ、――バルクッ」

 筋骨隆々の巨体。エルフリード防衛の要。あのバルクが包帯に包まれミイラと化していた。大量の汗で額を濡らし、包帯には所々血が滲んでいる。当然意識もなく、うなされていた。


「マシュー、そんな」

 ウルクナルは、バルクの隣にもう一人の親友を発見。その有様に彼は思わず呻く。

 マシューの怪我はバルクよりも酷かった。右腕が肩の付け根から存在せず、血が足りないのか顔色が茶色い。まるで寿命を迎えたエルフの顔色だ。死の淵を彷徨っている証拠なのだろう。


「ウルクナル」

「サラッ!」

 声がした方向に顔を向けると、そこにはサラが横たわっていた。


「サラ、何があった。どうして、皆が……。俺はクイーンを斃せなかったのか?」

「違う。ウルクナルは、ちゃんとクイーンを斃したよ。ほら、あれ」


 サラは比較的軽傷な右腕を動かして、ベッドの下を指差す。そこには証明部位であるビッグアントクイーンの頭部が無造作に置かれていた。全体的に黒くただれていて、首の根元が焼き切られている。刃物で切断されたのではない証拠だ。確かにこれは、ウルクナルが退治したもので相違無いのだろう。


「じゃあ、どうして、どうして皆は、こんな酷い怪我をッ」

「ごめん、ウルクナル。少し疲れたから、後は、ナタリアに聞いて」

「あ、うん……わかった、ごめん。サラ、ゆっくり休んで」


「ウルクナル」

「どうした? ……水?」


 消えてしまいそうな声で、サラは彼の名を呼び。耳を近付けるようにと催促する。

「自分を責めないで。これは、私達が望んだ結果だから」


 酷く混乱している現在のウルクナルには、彼女が何を言おうとしているのか今一ピンとこなかった。聞き返そうかとも考えたが、彼女の両目はつぶられていて、そんな余裕はなさそうだ。それに彼女の話はまだ終わっていない。ウルクナルは清聴を心掛けた。が、彼女の次の言葉でウルクナルは動転する。


「――黒いギルドカードを持つ冒険者に注意して、カルロを殺したのは彼らの内の誰かだから」


「え、それはどういう……サラ?」

「商会に気をつけて、彼らはカルロの死因を隠匿し、改竄して公表した」

「は? ……どういうことだよ! サラッ」


「ウルクナルッ! もう気絶しています。今は休ませてあげてください」

「……ごめん」

 無意識の内に、彼女の肩を掴んで揺すっていたウルクナル。ナタリアは彼の両腕を掴んで強引に引き剥がす。ウルクナルは激しい自己嫌悪に駆られていた。ナタリアはそんな彼を宥めながら座らせる。


「ナタリア、サラが言った、黒いギルドカードとカルロの死。詳しく説明してくれるよね?」

「……はい」


 床に座り、ウルクナルと同じ目線の高さになったナタリアは、先に、ビッグアントの荒野でエルフリードを発見したところから話始める。ウルクナルは不満そうだったが、物事には順序があると、ナタリアに窘められるのだった。


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