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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃
第二章

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ビッグバン7


「……危なかった」

 これにはウルクナルも肝を冷やした。だが、これは危機であるのと同時に離脱のチャンスでもある。再び魔力を消費して大ジャンプしたウルクナルは、クイーンが暴れているのを足裏に伝わる振動で感知しつつ、全速力で砦へと走った。


「ウルクナル、無事か!」

「ごめん、失敗しちゃった」


 鋼の砦は未だ健在、内部へと転がりこんだウルクナルは、出迎えてくれたメンバーにひとまず謝罪した。地響きは今も砦を揺らす。


「気にするなウルクナル。お前はよくやったって」

「……でも」

「バルク、ウルクナルッ」

 二人が落ち込んでいると、珍しくマシューが声を張り上げた。


「気を落としている場合ではありません、あれを見て下さい!」

 何故か嬉しそうに興奮しているマシューは、二人の腕を強引に引っ張った。大空洞の岩壁に密着した形で建造された砦、その格子窓の前に立った時、二人は彼が言わんとしていることを自ずと理解した。


「こりゃあ、チャンスかもな」

 バルクは、頭を掻きながら呟く。


 千載一遇の好機か、それとも必定か。数千ものビッグアント、その母体たるクイーンが、激しくのた打ち回り、大空洞の地面に犇めく同胞達を押し潰している。ウルクナルが与えた傷の痛みに耐えかねているのだろう。


 ただ、傷は致命傷ではないらしい。無秩序だが、暴れ方にはキレがあり、図太く巨大な排卵器を振り回し、壁面に叩きつけている。その都度大空洞は揺れ、天井から大きな岩石が落ち、配下を押し潰す。


 ウルクナルの攻撃は確かに、クイーンの柔らかな内部組織を抉り、少なくないダメージを与えている。あの傷を人体で例えれば、両肩を線で結んだ中央に直径五センチの穴を穿たれたに等しい重傷を負っているはずなのだ。驚くべき、魔物の生命力である。


 バルクは暴れて腹が減ったのか、乾パンと干し肉を貪っている。ウルクナルも乾パンを齧り、暴れ回るクイーンを眺めていた。


 次々と、ビッグアントが巨大なクイーンによって大地の染みと化していく。魔物は、自分達の女王を鎮めようと懸命だが、まるで効果が無い。誰であろうと現在のクイーンに近付こうものなら、悪戯にその命を危険に晒すだけだ。接近してくる竜巻に自ら突っ込むが如き愚行である。


 大空洞は魔物の残骸に埋もれようとしていた。

「よし」

「何が、よし、なんだ? ウルクナル」


 ウルクナルは言った。

「ちょっと、クイーンを斃しに行こうと思って。ダメ?」

「駄目です反対ですッ、ウルクナル、もう少し様子を窺いましょう。クイーンは消耗し、配下の数は減っています。相手の自滅を静かに眺めていましょうよ!」


 無謀にも、その竜巻へ自ら近付こうとするエルフが一人。言わずとしれたエルフリードのリーダー、ウルクナルである。彼は、マシューの制止も聞かず、依然横たわっているサラのポーチから、彼専用の魔法薬ドラゴンブラッドを取り出す。厳重な包装を丁寧に剥がし、飲み口を露わにする。飲み口は、コルクで密閉されていた。


「ウルクナル!」

「ごめんな、俺、行くよ」

 彼の言葉に、マシューは嘯く。

「……あなたは、自分の欲望を満たしたいが為に、魔物と戦いたいだけじゃないんですか?」

「マシュー!」

「いや、いいんだよ、バルク。その通りだから」


「……ウルクナル、嫌われるのを承知でハッキリ言わせてもらいます。僕は、親友であり、リーダーでもあるあなたの意見を基本的には尊重します。でもその意見には、勝算と確信が備わっていなければならない。僕は無駄死には御免です、あなたの私怨に僕を巻き込まないでください」


「……マシュー、その私怨ってのは、カルロの敵討ちで、俺がクイーンと闘いたがっているって意味か?」

「そうです。違うんですか?」


 ウルクナルは、瓶のコルクを掴みながら。どこか恥ずかしそうに、寂しそうに口を開く。

「言葉にするのが難しいんだけど。……マシュー、俺は最近、ようやくわかってきたことがある。俺は、どうやら闘い、それも命を賭けた闘いに喜びを見いだせるタイプの生物らしいんだ」

「…………」


「俺は、カルロの存在をだしにしてまで、あの魔物との闘いに妙な因縁を持ち出したくない。カルロは死んだ。俺にはそれだけなんだ。もう、この二年半で俺は十分悲しんだし、カルロだって、これからの魔物討伐で強敵と出会う度に、一々引っ張りだされていたら迷惑だろうしね。つまり俺は、私怨ではなく、単純に我儘でクイーンと闘いたいだけ。……それと、俺の魔法に二千以上の魔力を込めたらどうなるのか、今度こそクイーンを斃せるのか、それも知りたいんだ。マシューは、知りたくないのか?」


 ウルクナルは、話している間にもコルクの栓を抜き、瓶に満たされた黒色の液体の匂いを嗅ぐ。眉間に皺を寄せたウルクナル、刺激臭によって涙が出そうだ。


「……研究者の性分というのは、度し難いですね」

 マシューは格子の外を眺めながら溜息。


「二千以上の魔力を込めた、ウルクナルの魔法。――大変興味があります。後が怖いので、サラを起こしてあげないと」

 そう言いながらマシューは、砦の奥でうたた寝している彼女の頬を叩きに向かう。


「で、バルクは? やっぱり反対?」

「野暮なこと聞くな、ウルクナル」

「ありがと」

 どこまでも黙って付いてきてくれる親友に礼を言い、ウルクナルはドラゴンブラッドを飲み下す。


「う……あ」

「大丈夫か?」

「……はあ、これは凄い」

 飲んだ直後、彼は苦しむ仕草をしたが、数秒と経たずに回復し、満足げに空の瓶を見詰める。


「そりゃ、高かったからなー。その一杯で一体何本のジュエルワインが開けられるか」

 ジュエルワインとは、王都で市販されている最も高級な酒の銘柄だ。


「……研究試作諸々で百二十本分ってところね、どうウルクナル、気分は」

「最高、力が漲ってくる」

 ドラゴンブラッドを調合したサラが、マシューに寄り掛かりながら起き上がった。


「そう、それはよかった。やっぱり魔力残量が少ない状態ならもっと高濃度でも耐えられそうね。次は、原液の二倍希釈ってところかな」


 マシューに叩き起こされたサラの顔色は最悪の一言で片付けられる。おまけに、頬が腫れていた。そうとう強くマシューに叩かれたのだろう。だが、彼女は怒っていない。寧ろ逆で、ウルクナルが全力以上の力を発揮する貴重な瞬間を寝過ごさずに済んだのだ。


 感謝こそすれ、責める理由などあろうはずがない。サラもまた冒険者である前に生粋の探究者なのだから。


「行ってくるよ」

 そう言って、ウルクナルは砦から飛びだし、残骸を踏み砕きながら、暴れ回るクイーンに接近する。ビッグアント達は宥めるのを諦めたのか、壁面へ避難し、彼女の守りに徹する忠実な魔物は一匹もいない。そういった部類は、既にクイーンの怒りに触れて死んでしまったのだろう。


 ウルクナルは抵抗を受けることもなく、大空洞の中央部に到着。巨大な魔物が暴れているだけあって、地面は揺れ、風は吹き荒ぶ、騒音も凄まじい。


「――!」

 弾かれた甲殻の破片が、音速に肉薄しウルクナルへと迫る。いかに盾を構え万全を期したバルクでも重傷は免れない、そんなエネルギーを内包した破片が、防御体勢も取らない自然体のウルクナルと衝突するが――。


「消費量四百ってところか、燃費悪いなやっぱり」

 余裕綽々、ウルクナルは無傷だ。彼の周囲には青白い発行体が浮遊していて、それが破片をキャッチし、体への直撃を許さない。これも、彼の系統魔法の応用によるものだ。


 しかしながら、燃費が悪いのは変わりないらしく、次の飛翔物体は回避した。

「まずは、二割くらいだな」


 ウルクナルは、魔力二千を体内の貯蔵庫から持ち出し、全身に塗布。

 腕を体の前に突き出し、無謀にも発狂しているクイーンへ歩み寄ると、タイミングを見計らって踏み込んだ。


「……ぐッ」

 あろうことかウルクナルは、体長十数倍、体重数千倍のビッグアントクイーンを掴みとってしまう。ウルクナルの指がクイーンの排卵器に食い込み、彼の二本の腕と足が、大地に縫い付ける楔となり、暴れる魔物を強制的に静止させてしまったのだ。


「……きっつ」

 だが、ここまでの大質量物体を静止させるには、それに釣り合うだけの魔力を消費するらしい。塗布した魔力二千では足りず、バルブ弁を全開にする勢いで魔力を放出し、全身に注ぐ。様々な不可能を膨大な魔力でねじ伏せているのだろう。ウルクナルの体は、彼の命令通りに機能する濃密な魔力に包み込まれ、輝きを放つ。


「はああッ!!」

 腹の底から突き上げる叫び。同時に、ビッグアントクイーンが宙に舞う。


 ウルクナルの体長は、通常のビッグアントにも及ばない、ビッグアントクイーンからしてみれば、自らが生み出したできそこないの下僕にすら劣る存在。その芥子粒のような生物に捩じ伏せられ、投げ飛ばされるというのはどんな気分なのだろうか。


 成人男性が、乳児に高い高いをされる感覚。屈辱以外の何ものでもなさそうだ。

 ウルクナルは、それと同等以上のことを成していた。


 全身に纏わせた魔力に、物体を投げ上げることのみに特化せよと命令し、消費し尽くす。そうして生み出されたエネルギーが、大空洞上方四十メートルの天蓋にクイーンを叩きつけたのである。クイーンが天蓋に叩きつけられる様は、張り付くのが下手なヤモリを思わせた。


 その衝撃によって、壁面に張り付いていたビッグアントは、剥がれ落ちた岩肌と共に落下し、押し潰される。

 サラが生み出した砦にも直撃したが、堅牢な鋼鉄の傘が、エルフリードの面々を守り通す。彼らは固唾を飲んで、瞬きも忘れて、ウルクナルの死闘を凝視した。


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