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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃
第二章

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ビッグバン6

 

 ウルクナルは一人、大空洞の外縁を進む。瞬間、銃声が鳴り響いた。


 戦争は、一発の銃弾によって引き起こされると相場が決まっているのだ。マシューは、ライフル銃でエリートの複眼を撃ち抜き、壁面に張り付いた一匹を射殺。これに激怒した魔物達は、壁面から一斉に降下し、冒険者達目掛けて押し寄せてきた。ここにエルフリードとビッグアントクイーンとの決戦の幕が切って落とされる。


 その一方で、自発光するケーキイーターは、我関せずと壁面をよじ登って行く。

「落ち着けよ、ウルクナル。訓練通りだ」


 バルクは祈りながら武器を構えた。

 冒険者達はこの一戦の為に、ひたすら厳しい訓練を重ねてきた。訓練通りに、各自に割り当てられた役割を果たすべく行動する。


 サラは、腰のポーチから緩衝材で厳重に包まれたガラス瓶を取り出し、蓋を開けると中身を飲み干す。今にも吐き出しそうな青い顔となった彼女は、杖を構え詠唱を開始した。


「土よ、鋼となりて、砦を築きたまえッ」

 上級土系統魔法、スチールウォール。千二百もの魔力を消費し、小規模ながら、鋼鉄の重厚な砦を一瞬にして建造する強力な防御魔法だ。


 現在のサラの保有魔力では行使できない上級魔法。贖い切れない分はウルクナルから拝借、というわけではなく。彼女が飲み下した瓶の中身に秘密がある。


 あれは、魔法薬という代物だ。彼女が吐きそうになりながらも摂取した魔法薬の名は、ドラゴンブラッド。原材料は、極限まで濃縮したドラゴンの血液である。SSランクへの昇格モンスターであるドラゴンの血には、大量の魔力が含まれており、飲むだけで体内に魔力を充填してくれる即効薬となる。彼女が自分の身に余る上級魔法を行使できたのも、ドラゴンブラッドのおかげなのだ。


 現在、上級魔法を一回行使したが、それでもサラの体内には、千二百もの魔力が貯蔵されている。彼女は気力を振り絞り、震える手で杖を懸命に握ると、ビッグアントエリートの大群へ突き付けた。唱える。


「風よ、刃となりて、高速で渦巻け」

 上級風系統魔法、サイクロンブレード。魔力消費量は千百。恐ろしい切れ味を誇る風の刃を無数に生み出し、高速で回転させる。魔法によって生み出されたカマイタチサイクロンには強い吸引力があり、飲み込んだ物体をシュレッターの如く粉微塵に斬り刻む。


 それは、堅牢な甲殻で身を包んだビッグアントエリートと言えど例外ではない。

 エルフリードに向かって闘牛のように突っ込んできた第一波が、ことごとくサイクロンブレードの餌食になり、サイクロンの上部から甲殻の破片と液体が排出される。大空洞をビッグアントの臓物で彩り、はた迷惑な上級魔法は姿を消した。


 密閉空間内での風系統魔法の行使である為、これでも威力が減衰されているのだから上級魔法は凄まじい。

「後は……よろしく」


 魔法が消滅したのと同時に、自らが築いた鋼の砦の中でサラは気絶した。ドラゴンブラッドの副作用である。服用者は一度に膨大な魔力を得るが、身に余る魔力は肉体に重い負担を強いるのだ。これでも、原液を十倍に希釈しているのだから驚きである。当然のことながら、ドラゴンブラッドの原液を瓶一本分飲もうものなら、空気を入れ過ぎた風船のように、彼女の人体そのものが破裂してしまうだろう。


 ドラゴンの血はまごうことなき劇薬。

 扱いを間違えれば、使用者を死に至らしめる。あの一本は、魔法薬の知識に長けたサラが独自に調合したスペシャルな一本だったのだ。当然、同じ調整がなされた魔法薬など市販されてはいない。先ほどの上級魔法の二連発は、ドラゴンブラッドに頼っただけの奇跡ではない。サラの魔法知識が編み出した苦肉の策。持たざる者が生み出した英知の結晶だったのである。


「――お疲れ様でした」

 マシューは、役目を果たした彼女を優しく労う。


 この時、大空洞内のエリート種は、その数を半減させていた。残りは六十匹である。

 つまり、この巣は百二十匹ものビッグアントエリートを擁していたのだ。一つの巣におけるエリート種の平均個体数が五十であることを鑑みれば、その数は異常の一言に尽きる。

 サラの奮闘によって、やっと通常規模のクイーン戦に持ち込めた冒険者達だった。


「当たれッ」

 祈りながら射撃するマシュー。発射された粉砕弾は、回転しつつ、一匹のエリート種の複眼を突き破り、内部組織を破壊した。即座に砦の奥へ身を隠し、装填に勤しむ。弾薬の残り、八発。


「バルク、お願いします!」

「おっしゃあッ」


 マシューの要請に唸りを上げるバルク。一個の鉄塊となって、ビッグアントエリートと正面からぶつかり合う。盾の表面に造形された円錐形の突起が、エリート種の甲殻を砕き、倍の体長を誇るはずの魔物が、彼の突進に押し負け跳ね飛ばされた。盾は体液で汚れ、地面にはもげた頭部が転がっている。バルクは体当たりで、レベル四十の魔物を仕留めてしまったらしい。


「二、……三」

 バルクは、左腕に装備されたタワーシールドでエリート種の噛み砕きを防ぐと、バッシュ。怯んだ隙に、脳天を叩き潰した。背後に気配を感じ、バルクは振り下ろした直後の右腕を背後へと強引に動かす。ボコッと鈍い音がする。見れば、あのハンマーが魔物の右前足をへし折って、胴体部にめり込んでいた。引き抜き、とどめを刺す。


 剛腕の名に恥じぬバルク。あのゴードですらじゃじゃ馬と罵った途轍もない重量の両手用ハンマーを、腕一本で完璧に服従させている。


「――四、五ッ」

 バルクはハンマーを振り被り、飛び上がった。自重と位置エネルギーと筋力の三位一体。その純粋な鉛の塊よりも比重の大きいハンマーは、エリート種の胴体を両断する。ハンマーに刃などあろうはずがない。押し潰して切断したのだ。


 胴と頬にべっとりと体液を付着させ、次の獲物目掛けて突進するバルク。ガツッと盾で体当たりし、首をへし折った。


「バルク、囲まれていますよ!」

「わかってるッ」

 後方の砦から届く、マシューの警告。銃撃で一匹を仕留め、バルクに群がる数を減らしたが焼け石に水だ。


 ビッグアント側も、これが負けられない戦いであることは理解しているのだろう。通常種のビッグアントにソルジャーの残党、成長しきっていない色の薄い個体までもが、この大空洞に続々と集まりだしていた。


 これぞまさしく総力戦。意地と意地の殴り合いだ。

 この時、総大将であるクイーンは、幾本もの足で岩壁を掴み、大空洞の壁面をよじ登ろうとしていた。周囲を最精鋭のエリート種で固め、自らは闘おうとはしない。未だに、ビッグアント側が圧倒的に数的有利で、地面は無数の同胞で埋め尽くされている。そんなところで、全長二十メートルのクイーンが暴れたらどうなるか、冒険者は斃せるかもしれないが、味方も壊滅してしまう。


 皮肉にも、数的不利を被っていることがエルフリード側の有利に働いた。

「ウルクナルはまだなのかッ」


「……そのようです」

 戦況は単調なようでいて、刻一刻と変化する。


 当初こそ、サラの上級魔法によってエリート種の第一波を即座に殲滅できたが、彼女が倒れた今、その処理能力は大幅に落ち込んでいた。バルクとマシューはそれこそ一生懸命に闘ったが、個人の力でこの数的不利を覆すのは難しい。


 サラの魔力切れによって魔物を押し返せず、徐々に疲弊していく防衛の要たるバルク。マシューも街を出た頃は潤沢だった弾薬を全て撃ち尽くしてしまった。


 魔物にも知性はある。たったこれだけの少人数に大打撃を受けたが、勝敗は決しただろう。そんな風にクイーンは考えていたかもしれない。


 全ビッグアントの敵意は、鋼の砦に立て籠もる冒険者達に注がれていた。

 運か、それとも所詮は魔物だからか。この時のクイーンの守りは非常に疎かであった。

 エルフリードは切り札を晒す。濃厚な青い輝きが大空洞の壁面を駆け上がり、弾丸の如く、岩壁に張り付いているクイーンへと飛び込んだ。


「――くらえッ」

 塗布した魔力はドラゴン製グローブの限界許容量二千。ウルクナルは、Bランク昇格モンスターであるタワーデーモンを跡形もなく消滅させた魔力量で、六対の足が伸びるクイーンの胴体中央部を、側面から撃ち抜く。


 ソルジャーの八倍、エリートの四倍にもなる、最早城壁のように厚い朱色の甲殻を貫通し、視認できる程濃密な魔力の輝きが、穿たれた穴から迸る。


 ウルクナルはこの一撃に、保有魔力の四割を消費した。元々、サラへの魔力提供で千四百を消費していたので、そこから二千を消費し、残された魔力は千六百足らず。


 残りの魔力を消費し、地上十五メートルからの落下衝撃を和らげた。これもウルクナルが発見した新魔法の応用方法の一つである。魔力残量千四百。


「やっぱりか」

 病人の顔色になったウルクナルは、穿たれた大穴から滝のように体液を流し、怨嗟の金切り声を上げるクイーンを眺めながら呟く。Aランク昇格モンスターは伊達ではないようだ。タワーデーモンを消滅させた程度の攻撃では、斃し切れないらしい。


 悠長に思考を巡らせていると、いつの間にか大量のエリート種に取り囲まれていた。全ての魔物が、ガチガチと顎を打ち鳴らして、怒り狂っている。クイーンに手傷を負わせた大罪人を生きて帰す気は毛頭ないようだ。


「どうすっかなー」

 三十匹近い強力な魔物にぐるりと囲まれ、魔力も少ない。絶体絶命とはこの状況を表す言葉なのだろう。

 この最終決戦の為に、時間と金と心を注ぎ、魔法薬ドラゴンブラッドは二本用意されていた。一本はサラ用、もう一本はウルクナル専用の調合がなされている。


 だが、そのスペシャルドリンクは、意識を失っているサラのポーチの中。戦闘中に持っていたら容器を壊しかねないと、ウルクナルは置いてきてしまったのだ。


 ウルクナル専用のドラゴンブラッドは、原液の三倍希釈という一般人が少しでも口に含んだら卒倒するような代物で、サラが言うには、この濃度のドラゴンブラッドを瓶一本分飲み干せるのは、王国全土を探しても十人と居ないらしい。一本全てを飲めば、ウルクナルは瞬時に一万もの魔力を得るそうだ。


「――っ」

 砦までの撤退戦を行う覚悟を決め、丁寧に魔力を練っていると、背筋に冷たいものが走る。ウルクナルは知っている、これは死の予感だ。腕への魔力収束を中断し、足に供給する。彼の足の裏が魔力によって爆発し、その場からの緊急離脱を図った。


 これにより、魔力残量は三桁を刻んだが、最良の判断だったと断言できる。

 天井が落ちて来たのだ。大空洞その物が崩れたのではない、手傷を負ったビッグアントクイーンが遂に動き始めたのである。


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