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エルフ・インフレーション ~終わりなきレベルアップの果てに~  作者: 細川 晃
第二章

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ビッグバン5

 

「となれば、数十匹。いや、この巣の規模から考えたら百匹近いエリートが居てもおかしくないよな。……押し付けるようで悪いが、奴らの相手を頼む」

 ウルクナルが申し訳なさそうに呟くと、メンバーが順々に口を開く。


「そんなのウルクナルが気にする必要ない。それが私達の役割なんだから。ウルクナルはクイーン討伐のことだけ考えて」


「サラの言う通りだ。ウルクナルはクイーンを斃すことだけ考えてろ」

「全力で闘ってください」

「皆……」


 ビッグアントエリート、レベル四十、証明部位角、報酬十万ソル。

 エリートの名に恥じないモンスター、その戦闘能力はソルジャーを凌ぐ。また、体長もソルジャーより一回り大きく、頭部の触覚の間に鋭利な角を生やしている。当然、分厚い甲殻で全身を覆い、その防御力はブラックベアーの爪を挫く。


 この魔物の役割は、クイーンの親衛隊であり、身の周りの世話から護衛まで手広くこなす。また、ビッグアントエリートは次期クイーンの候補でもあり、巣が万が一の事態に陥った場合は、ビッグアントを伴って巣を脱出し新たな巣を造り始める。


 Bランク冒険者が果たさなければならない義務の一つが、エリートの殲滅だ。これを疎かにすると地上がビッグアントの巣だらけになるので、ある意味クイーン討伐よりも重要度は高い。その為、エリートを総計一千匹討伐した冒険者には、国王から褒美と勲章が授与される。当然、人間限定ではあるが。


「前方から追加で、ソルジャーと通常タイプの混成部隊。大規模です!」

「休む暇すらねえな」

「あれ? バルクは休みたいの?」

「冗談言うなよサラ。俺の顔みれば分かるだろ」


「嬉しそうね」

「おうよ! この戦いには、明確な意味が用意されている。疲れるだけの消耗戦は終ったんだ。勝利の暁には、クイーンの寝室を思う存分踏み荒らせる! そう思えば、ビッグアントの百や二百は屁でもない!」


「バルク、下品」

「ははは、すまんな。――ウルクナル、さっさと片付けてクイーンのご尊顔を拝みに行こうぜ!」

 首肯したウルクナルは、各自に命令を下す。


「サラ、前方集団にファイアーブレス」

 敵の数が非常に多く、通常種とソルジャーの混成部隊である為、広範囲を焼き尽くすファイアーブレスの方が適当であると判断したウルクナル。


 サラも異論はないようで、小さく頷くと、突進してくるビッグアントの集団に愛用の杖を突き付け、謡う。サラは自分の魔力を消費した。


 杖の先端に集まった青白い発光体が、紅蓮の炎へと変質し、魔物の群れに覆いかぶさる。鋼鉄をも変形させる熱によって、ソルジャーも含めた数十匹を焼き殺した。


「マシュー、リボルバーで射撃、ノーマルを狙え」

「はい」

「エリートには効かないだろうから、ここで撃ち尽くして構わない」

「了解です!」


 マシューは、同族の屍を踏み越えて迫る魔物へ射撃。驚異的な射撃精度で、瞬く間にビッグアントを屠っていった。エルフリードは後退しながら戦い、数減らしに徹する。そして二回目のファイアーブレスが、拳銃では斃せないソルジャーを灰へ。


「バルク、行け」

「待ってたぜ!」

 未だ数は多いが、残りの殆どがレベル十五のビッグアント。


 バルクは、ハンマーと盾を引っ提げて敵陣のど真中へ殴り込む。これでもかと中央で暴れ回り、歪な魔物の残骸を無数に造り上げた。殴打の度に飛び散る体液で全身を汚し、魔物のタックルを数度貰ったが、魔物鉄ワイバーン製の肉厚なフルプレートアーマーを纏うバルクは小揺るぎもしない。

 バルクの鎧には、最早装甲板と呼ぶに相応しい厚みがあり、マシューのライフル弾ですらドアノックにしかならなかった。


 敵陣のど真中で獅子奮迅の活躍をしたバルクは、一人で残敵を一匹残らず、つまり殲滅してしまう。出番を奪われたウルクナルは、悔しそうに彼の頭を小突くのだった。


「痛って」

「少しは、残してよバルク」


「それは無理な相談だ。ザコ戦でウルクナルの出番は無い! 俺がお前の分も引き受ける。ウルクナルには、クイーンに勝って貰わないといけないからな!」

「……んー。わかったよ」


 不承知ながら、頷くウルクナル。細かく砕かれた数千もの魔物の残骸を跨ぎ、先を急ぐ。

 その後の洞窟は、見事なまでに一直線だった。


 これまでは、曲がりくねり幾本にも枝分かれしていた為、進んだ先が行き止まりになっていれば引き返すという総当たりで探索しており、非常に時間が掛かったのだ。


 総当たりは確実である。しかし、道順を完璧に記憶しているマシューとサラが居たからこそ可能な芸当であり、彼ら無しのエルフリードが洞窟内部に足を踏み入れようものなら一日と経たずに遭難し、出口を捜して彷徨い歩き、そのまま飢え死にしていただろう。

 頭脳波の二人には、頭の上がらないウルクナルとバルクだった。


「これは……っ!」

「どうした?」


 急に立ち止まったマシューは、しゃがんで地面を手掘りする。それを彼の背後から見ていたサラが小さな悲鳴を漏らした。現れたのは激しく損傷した多量の頭蓋骨だったのだ。骨は、後頭部が陥没していたり、顔の骨が真っ二つに裂けていたり、砕けていたりと様々。どれもが、致命傷クラスだ。

 地面をよく見ると、きらりと輝く金属片が散乱している。マシューはそれを手に取った。


「ギルドカードですよ、これ」

「ってことは、これ全部、冒険者の骸なのか」

「……すごい数」

「ギルドカードだけは持って帰ろう」


 ウルクナルの提案にメンバーは神妙な面持ちで首肯した。見つかる限りのギルドカードと思しき残骸を回収するエルフ達。辛うじて形状を保っているギルドカードが数枚有り、個人情報が読み取れた。手に取ったギルドカード全てが、Bランク冒険者のものであることが判明。黄金色に輝くギルドカードに記されたBランク表記とその死体。


 どんなに心掛けようとも、意識せざるを得なかった。これらの骸が、この後の自分達ではないかと想像してしまう。メンバーの心が恐怖と緊張の渦に呑まれようとしていたその時だった。


「マシュー!」

「は、はいっ」

 ウルクナルは唐突に声を張り上げ、パーティ随一の発明家の名を呼ぶ。


「メンバー全員のレベルを教えてくれ」

「え、えーと。ウルクナルがレベル三十八、バルクがレベル三十八、サラがレベル三十四、僕がレベル三十二ですけど」


「流石はマシューだ! で、全員のレベルを合計すると何レベルになる?」

「ご、合計ですか!? 単純にレベルだけ足しても、意味がないんですけど――」

「いいから! レベルは?」

「百四十二です……」


「そう、俺達四人が力を合わせれば、レベル百超えの冒険者だ! あのカルロは、レベル幾つでビッグアントクイーンを討伐した? レベル五十五だ! それはつまり、俺達の……えっと。マシュー、何分の一?」


「…………。こういう場合は少し盛って、三分の一とでも言った方が効果的ですね」

「そうか! うん。――カルロは俺達の三分の一のレベルでありながら、ビッグアントクイーンを討伐したんだ! レベル百四十二の俺達が負けるはずがない!」


「…………」

 ウルクナルは決まった! と書かれた顔で満足げに頷くと、一人、歩み始める。置いて行かれた他のメンバーの間には、なんとも気の抜けた空気が漂う。だが少なくとも、恐怖と緊張に呑み込まれるよりはマシというものだ。この緊張感のない自然体こそが、エルフリードの気風なのだから。


「先に進みましょうか」

「そうだな」

「そうね」




 普段の調子を取り戻したエルフリードは、遂にビッグアントクイーンと対峙する。

「でっけー」

 皆が息を飲むなか、ウルクナルだけが呑気な感想を述べ、だらしなく口を開けて、痛くなるくらい首を逸らした。


 そこは、敗北した冒険者達の墓場からわずかに数分。ビッグアントの巣、その最下層。通称、大空洞。ビッグアントクイーンの寝室だ。そこは、高さ四十メートルの半球状の空間で、冒険者に、ここが地下四百メートルに位置するという事実を忘れさせる。


「カルロは、コイツらを一人で仕留めたのか」

 大空洞の壁面を覆い尽くす、大量のビッグアントエリートを眺め、ウルクナルは瞠目する。エリートの額には角が生え、背中にはハネが生えており、体長はソルジャーよりも大きい。ギチギチと顎を打ち合わせて不快な警告音を奏でていた。エリート一匹だけでも、並みいる冒険者では太刀打ちできない強力なモンスターであったが、それも、あの魔物の前では、ただの雑魚でしかない。


 Aランク昇格モンスター、名称ビッグアントクイーン、レベル九十九、証明部位頭部、報酬五百万ソル。


 現実味のない大きさだった。頭の触覚から、尻尾にも見える非常に発達した巨大な排卵器まで、その全長は優に二十メートル。排卵器を除いた全身を朱色の甲殻で包み、背中にはハネが四対生えていた。ただ、そのハネは既に退化しており、空間を自在に飛びまわるのは不可能であろう。ハネは、巣を飛び出したばかりの頃の名残なのである。


 ちなみに、地上を飛びまわるビッグアントエリートを商会ではプリンセスと呼ぶ。優秀な魔法使いが居れば別だが、前衛のCランク冒険者程度では軽くあしらわれるだろう。「ふー」ウルクナルは深く息を吐いた。


 クイーンがいかに巨大であろうとも、その頭部は確かにビッグアントそのもの。

 この怪物が、巣に詰まっていた五千匹にも及ぶビッグアントを生み出した母体。こんな魔物がダダール南部の地中に生息しているのだ。


 ウルクナル達は今更になって、何故高ランク冒険者が貴族のように遇されるのか、その理由を思い知らされた。自分達の足の下には、こんなにも恐ろしいビッグアントクイーンが、確認されているだけでも何百匹と蠢いているのだ。よく今日まで、自分達の文明が魔物によって滅ぼされなかったものだと、驚嘆を禁じ得ない。


「行くぞ!」

「おう」

「はい」

「まかせて」

 ウルクナルが詳細な命令を出さずとも、メンバーの行動に迷いはなかった。

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