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エルフ・インフレーション 終わりなきレベルアップの果てに  作者: 細川 晃
第二章 ビッグバン

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ビッグバン4

「この洞窟はおかしい!」

「そうですね、広すぎます」

 バルクが発言し、マシューが同意する。エルフリードの面々は洞窟の前後を強力な土系統魔法で塞ぎ、左右上下の壁も補強、ランプの明かりを囲って休息と食事と会議を一挙に行う。

魔力を使い果たしたサラは、皆の決定に従うと言って、気絶するように眠った。現在ランプに魔力を注いでいるのはウルクナルだ。

 男三名は、残り少なくなった食糧の乾パンと干し肉、サラが最後の力を振り絞って精製してくれた透明な水を口にしながら、暗めの顔を突き合せていた。壁の向こう側からガリガリと音が聞こえる。ビッグアントが顎で壁を削っているのだろう。

「マシュー、これまでに潜り続けた最長記録は何日だっけ?」


「五日です。往復なら一週間」

 ウルクナルの問いにマシューは簡素に答える。

「すげーな俺達、自己ベストを二日も更新してるぞ。何か開発でもしたのか、マシュー」

「いえ、何も。運が良かっただけです。運良く、誰もミスせず、ここまで辿りつけた。それだけです」

「……まあ、運も実力の内ってことで」

 今のエルフリードに普段の明るさはない。一週間も洞窟に潜り続け、先の見えない消耗戦を強いられれば誰だって気分は落ち込む。だが彼らの場合は、日光を浴びていないことが、様々な減退を引き起こす原因になっていた。


 エルフにとって日光とは、人間よりも遥かに重要な恩恵を肉体に与えてくれる存在なのだ。

 それは、日光を遮って植物を育てるのと同義なのである。エルフの肌が緑色なのは、植物の葉っぱが緑色なのと同意。つまり彼らの皮膚、そして実は頭髪にも、光合成を行う為の葉緑体と酷似した器官が備わっている。

 しかしながら、彼らの身体に備わっているのは、葉緑体の完全なる上位互換。人類が生命活動を継続させるのに必須の栄養素、各種必須アミノ酸に、各種ビタミンすら、日光と水と極わずかな空気から合成してしまう。ただ、そのことをトリキュロス大平地の研究者達は認知していない。アミノ酸や、ビタミンの存在そのものを知らないからである。


 ちなみに、トートス、エルトシル、ナラクトの各国学界では、エルフが頭髪や皮膚表面に葉緑体を持っていることから、エルフは人間よりも植物に近いと考えられ、故にエルフは長命なのである、という学説が幅を利かせている。それが、エルフ差別を一層後押しする結果になったのは言うまでもない。


「……最近、身体がだるいんですよね」

「そりゃ俺もだ。唇が裂ける、指先が逆剥ける、舌が腫れる。お陰で、食事をするのも一苦労だ」

「ウルクナルは、体の不調とかありますか?」

「何もしていないのに口の中が切れて血が出る」

「ウルクナルもか……。長く潜っていると必ずこうなるんだよな」

「まあ大丈夫だよ」


 ビタミン欠乏症の症状が如実に表れている。もう彼らの食事と言えば、乾パンと干し肉と水だけである。日光を浴びていないエルフが、そんな食生活を長期間続ければ、肌は荒れるし、舌も腫れる、ビタミンC不足による壊血症の初期症状も現れるだろう。残された時間は少ない、限界が背後まで忍び寄っていた。

今が、決断の時である。

「ウルクナル、お前は俺達のリーダーだ。俺はお前の決定に従う。決めてくれ、探索を続行するか撤退するか」

 バルクは極めて真剣な面持ちで、ウルクナルの判断を仰ぐ。彼らに残された時間は少ない。このまま探索を続行するか、涙を飲んで撤退するか。いずれにしろ決断は早い方がいいだろう。

「…………」


 バルクとアイコンタクトを交わしたウルクナルは、食事を止め、珍しく長考。彼としても、これまでの七日間を無下にしたくないのだ。

冒険者の襲撃によってパニック状態となったクイーンは、猛烈な勢いで卵を産み続ける。ウルクナル達が撤退し、街で体勢を整えている間に、ビッグアントは孵化し、瞬く間に成虫へと成長するだろう。巣内部は再びビッグアントで溢れ返り、巣自体も拡張されるのだ。

そうなった巣はもう手がつけられない。

ミツバチの分蜂と同じように、一部のビッグアントが新たなクイーンを伴って巣を離れるか、十分な食料を確保できず、飢えによる共食いで数が減少するまでは、洞窟を攻略するのが非常に難しくなるのである。

「マシュー、食糧の方は」


「厳しく切り詰めれば、後四日は大丈夫かと。幸い、水には事欠きません。塩分も干し肉から十分摂取できますし」

もう一日洞窟を進めれば、クイーンが座する最深部に辿りつけるかもしれない。その誘惑がウルクナルの判断を鈍らせた。

「弾薬は?」

「……多いとは言えません。ライフルは十発分、リボルバーは五十四発分です」

「そっか」

 深刻な弾薬不足に、表情を曇らせるウルクナル。巨大なリュックサックが丸くなるまで詰め込んできた紙薬莢が底を尽きかけている。それだけでも、撤退を決断するには十分であったが、リーダーは熟考したままだ。


「バルク、装備の損耗具合は?」

「生憎と、俺の装備は重さと頑丈さが取り柄だからな。ゴードにメンテナンスを頼むのはまだ早い。心配は無用だ」

「うん」

 ウルクナルは、食べ残していた乾パンを貪り、水で口を潤してから宣言した。

「――明日、丸一日探索して駄目なら、諦めて撤退しよう」

「了解です」

「おう」

 リーダーの決定に快く従う二人。サラは寝ているが、彼女もウルクナルの決定に同意してくれるはずだ。

エルフリードは八日目に全てを託し、今は英気を養うべく睡眠を選ぶ。




「探索は今日が最終日だ。全速力で進む! 卵も焼かなくていい! 証明部位も無視、多少の敵も無視だ!」

 八日目はウルクナルの号令から開始した。最終日とあってかメンバーも気合の入り方が違う。彼らは声を揃えて自分自身を鼓舞したが――。

「前方にソルジャー!」

初戦の敵は手強いビッグアントソルジャー、出鼻を挫かれた格好となる。

「クソッ、幸先ワリーな」

「いえ、それだけ最深部が近付いている証拠かもしれません」

「……そうだな、何事もポジティブにいくか」

 メンバーが敵陣へ切り込もうとすると、ウルクナルが待ったをかけた。

「皆、突っ込むのは止そう。サラ、俺の魔力を消費して魔法を」

「任せて」


 ウルクナルの魔力保有量は莫大だが、彼は後衛の魔法使いではない。前衛の要の一人だ。他人に魔力を贈与するのは効率が悪く、そして戦線堅守の役目がある彼を魔力消費で疲弊させるのは得策ではない。それに、メインターゲットであるビッグアントクイーンを討伐できる手立ては、ウルクナルの未知なる魔法しかないのだ。故にウルクナルの魔力は温存しておかねばならないのである。

 だが現在は、多少の魔力消費を惜しんでいる場合ではなかった。探索は今日が最終日、魔力よりも時間が貴重だ。

「巨岩よ、落ちろ」

「……う」

 ストーンプレス、中級の土系統魔法。魔力消費は中級魔法では多めの三百五十。ウルクナルの魔力を借りた場合はその倍だ。しかし、威力は抜群。

魔法によって、巨大で平たい岩石が洞窟壁面を突き破り突如出現、前方に犇めいていた全てのビッグアントソルジャーが一度に押し潰される。


 洞窟のような一本道で有効なファイアーブレスを使わなかった理由は、ストーンプレスと比べて殺傷能力が劣っていたからだ。一回の魔法行使で半数を丸焼きにできても、半数が生き残り、接近を許し、混戦になったのでは元も子もない。

「ウルクナル、平気?」

「まだまだ。魔導師級と比べたら全然」

 魔力消費の苦しみを一番理解している魔法使いのサラは、申し訳なさそうな顔でウルクナルを窺う。彼は笑顔で言った。

「あれが、最善だったと思う。サラが気にする必要はないって、続行を決めたのは俺なんだからさ」

「……うん」

「よし、先に進もう。時間が惜しい」

 エルフリードは行動を再開。

ストーンプレスによって出現した平たい巨岩の上を歩き、先を急いだ。

「またかよ……。ソルジャー多数」


「これは、もしかすると」

「はい、可能性は高いかと」

 うんざり顔なウルクナルやバルクと違って、サラとマシューの表情は明るい。

サラは即座に詠唱し、ストーンプレスで再度ビッグアントソルジャーの集団を粉砕した。

「で、何の可能性が高いんだ?」

 合計千四百もの魔力消費によってゲッソリ顔のウルクナルは、宝物を発見した子供のようにはしゃぐ二人へと半目の視線を送る。遅れて理解したのか、バルクすらも顔を綻ばせていた。事態を理解できていないのはウルクナルだけ。彼が可愛そうなので、マシューは興奮を抑えて説明した。

「ビッグアントソルジャーはただの捨て駒ではありません。あのモンスターが配置されているのは、重要な拠点が位置する手前に限られます! しかし、先ほどから二連続でソルジャーと遭遇しているにも関わらず、卵安安置所は無く、直線の洞窟が続くばかりです!」

 ここまで説明すれば、ウルクナルでも合点がいったようで、他のメンバー同様、笑顔が零れた。

「クイーンが近い」

「そうです!」


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