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ビッグバン3

「マシュー、今日って洞窟に潜って何日目?」と、ウルクナル。

「二日目です。時間的に外は夜ですね、明ければ三日目です」

「……もうそろそろ、商会の言う小さな巣なら、最深部に到達する頃合いよね」と、サラ。

「そのはずなんですが、この巣は他の巣と比べても大規模のようで、明日一杯潜っても辿りつけないかもしれませんね」

「どうして分かるの?」

 マシューは、巣の壁に触れながら言う。


「洞窟の壁面が脆くなっています。ビッグアントは巣の修復を労働として課せられているのですが、壁面がボロボロです。整備が行き届かない程に、この巣が広いのかもしれません。あくまで可能性の一つですが」

「その仮説が外れていることを心から祈ってる」

「……そうしてください、僕も祈ります」

 エルフリードのビッグアントの巣攻略は、実のところこれが初挑戦ではない。ここ一年程、幾度も敗北を重ね、これが三十三度目の攻略挑戦だったりする。

 現在、エルフリードの構成メンバー全員がBランク冒険者だ。全員がBランク昇格モンスターであるタワーデーモンを一体ずつ討伐している。ウルクナルは早々と討伐してしまったが、他のメンバーは彼のように初戦で勝利することはできなかった。


 バルクは、ウルクナルがBランクを取得した十カ月後に、ハンマーを用いてデーモンを単独で殴り殺し、マシューはその三カ月後、五時間にも及んだ特製ライフルによる長距離からの狙撃で射殺。サラはその二カ月後、自前の魔法知識を最大限生かしてデーモンに挑み、焼き殺した。

 それでも異例の早さであることには変わりなく、ウルクナルも心から祝福していたが。バルク達は己を恥じていた。

 確実に、自分達がウルクナルの足を引っ張っている。自分達が不甲斐ないばかりに、ウルクナルは前進できず一年以上も足踏みしていたのだ、と。


 それはビッグアントの巣に挑み始めてからも同じで、ウルクナルは元気でも他メンバーの体力が尽き、休養を取らざるを得ない状況が頻発している。

 三十二回の撤退の内、ウルクナル以外のメンバーを原因とする撤退は、二十九回を数えていた。撤退の理由は負傷であったり、魔力切れであったり、弾薬切れであったりと様々だ。

 現在は、解放歴二〇五八年。

彼らの二年半は、否が応にも、ウルクナルの足枷は自分達なのだという現実を突き付けられ続けた二年半だったのである。

「前方からソルジャー!」


 ビッグアントの一団を退けた三分後。魔物はエルフリードに休息すら与えない。

「こりゃ、要所があるな。サラ、魔力に余裕は?」

「まだ大丈夫」

 ビッグアントソルジャー、レベル三十、証明部位顎、報酬二万ソル。

通常のビッグアントよりも体長が一回り大きく、また甲殻も堅牢になっている。これまでのビッグアントが民兵だとすれば、ソルジャーはまさしく職業軍人。一対一ではあのブラックベアーですら太刀打ちできない強力な魔物だ。

 強力な魔物故か、数はビッグアント全体の一割にも満たない。一つの巣に二百匹も詰まっていれば多い方だろう。そんな貴重な戦力を配置するということは、先に何か重要な拠点があるのだ。エルフリードは、十数匹のソルジャー目掛けて怯まず突撃した。

「ふっ」


 ソルジャーの厚い甲殻を、ウルクナルの純粋な筋力のみで貫くのは不可能だ。であれば、アレを使う以外の選択肢はない。自身の魔力に、細やかな命令を瞬時に下す。

 ウルクナルは、右拳の先端に魔力を百塗布する。ぼんやりと輝きを放つ拳を構え、魔物の突進攻撃を回避。岩をも砕く噛み付きを躱し、側面へと回り込み、拳をソルジャーの胴体部に叩き込んだ。

 ウルクナルと比べ、体長差が二倍以上あるビッグアントソルジャーが、ドンッという殴打音と共に吹き飛ばされ、洞窟壁面に激突。砕けた甲殻の破片が、ガラスの破砕音に似た音を立てながら飛び散った。

 塗布した百の魔力の内、半分の魔力が鋭い円錐形に押し固められ、残りの半分の魔力は、円錐を回転させながら前進する為に消費された。

魔力の塊が、高速で回転しながら甲殻を貫き、内部組織をシェイクする。盛大に体液を噴き出し、魔物は痙攣の後絶命した。

「おらッ」


 ウルクナルには負けていられないと、バルクもハンマーを振るってソルジャーを殴り殺す。殻の厚みが二倍に増した程度では、彼の一撃は耐えられない。甲殻を捨て身軽になり、高速で攻めてくれば勝ち目もあっただろうが、今度はウルクナルの必殺拳の餌食になるだろう。

「当たれ」

 マシューは単発のライフル銃を発射し、複眼を穿つ。拳銃ではビッグアントソルジャーの複眼すら穿てないのだ。そしてライフル銃であっても、火薬を銃身が裂けるギリギリまで増量しなければ、ソルジャーの複眼を貫いて致命傷を与えられないのである。

「私もだいぶ、染まっちゃったな」

 と、ビッグアントの飛び散った体液から発せられる強烈な臭気を嗅ぎながら、どこか悲しそうに呟くサラ。定期的に体を拭いてはいるが、丸二日風呂に入っていない所為で、体臭も気になり始めている。ただ、それより遥かに魔物の臭気が酷いので、彼女の体臭など可愛いものだ。

 冒険者を志しておよそ三年。エルフ故に外見上の変化は無いものの、内面的な変化を幾度も実感してきた冒険者達だった。


「……よし、片付いた」

 魔力を合計五百消費したウルクナルは、重めの倦怠感と向かい合いながら額の汗を拭う。彼の足元には、ビッグアントソルジャーの残骸が大量に転がっていた。彼は慣れた手つきで証明部位を採取する。

エルフリードは皆、長いことビッグアントの相手をしてきただけに、小さなピッケルで硬い顎を砕くのもお手の物であった。

「サラ!」

「……やっぱり?」

「そうだ、焼いてくれ」

 彼女を呼んだのはバルクだ。彼は死骸を跨いで通路を先に進み、ソルジャーが守っていた区画を一足先に覗いてきたのであろう。サラも、経験則から薄々勘付いていたようで、気持ちの準備だけは済ませていたが、どうしても苦手なものはある。


「徹底的にやってくれ、半年前みたいに生焼けで、挟み撃ちなんてことにならないようにな!」

「わかってる!」

 通路の先は、袋小路になっていた。

「……はあ」

 その行き止まりは、構造的には袋状に大きく膨らんでいるのだが、非常に狭苦しい空間になっている。半球状の天井一面に、巨大なビッグアントの卵が、それこそビッシリと植え付けられているからだ。

 言うなればここは、ビッグアントの新生児室。クイーンから生み出された卵を孵るまで保管しておく空間なのだ。

「火炎よ、在れ」


 ファイアーブレス。百の魔力が消費されて、サラの杖から赤々とした炎が噴き出し、卵を徹底的に燃やし尽くしていく。ここで手を抜くと、一割は生き残り、後々苦労して駆除するはめになるのだ。最悪なのは、行き止まりになっているのを利用してキャンプ地とし、安全確保から通路を土系統魔法で塞ぎ、油断し切った頃に、生き残った卵が孵った時である。

 薄暗い野営地に突如として出現する孵ったばかりの真っ白なビッグアント、テラテラとランプの輝きに体液を反射させ、強烈な生臭さを纏って近寄ってくるのだ。

 当時、寝ずの当番だったサラは、そんなビッグアントを見て絶叫し、同時にパニックを起こし、洞窟とキャンプ地を遮断していた中級土系統魔法ストーンウォールによって築かれた岩壁を崩してしまう。堅牢なストーンウォールに守られた安眠から一変、彼女の叫び声によって叩き起こされた男達は、絶望的な挟撃の中央に投げ出されたのだった。


「火炎よ、在れ」

 二度目のファイアーブレス。誰しも生物である以上はミスを犯す、だが二度同じミスを犯すのはただの愚か者。サラは、残り少ない魔力を惜しげもなく消費し、徹底的な焼却に努めた。

「サラ、俺の魔力を使って壁を造ってくれ。今日はもう休もう」

「そうね」

 体内魔力が枯渇し、青い顔のサラは力なく頷く。

 翌日、三日目。

 ウルクナル達は、淡々とビッグアントを葬り、時折出現するソルジャーを打倒し、保管されている卵を焼却して回る。そんな作業を延々と行い。三日目を終えた。


 四日目。

 エルフリードは、今日もAランク昇格モンスターのビッグアントクイーンを討伐する為に最深部を目指す。バルクが抱えている革袋には、はち切れんばかりに証明部位が詰め込まれている。全て換金すれば、宝石貨二十枚にはなるだろう。この日は、三カ所の卵保管部屋を灰で満たした。

 五日目。

 いい加減、クイーンと遭遇してもよいはずなのだが、辿りつける気配がない。この巣は、あまりにも深すぎる。先の見えないトンネルは、冒険者達の心を容赦なく蝕んだ。

 六日目。

 記憶力に自信のあるサラによると、自分達は既に四千匹近いビッグアントを屠っているそうで、卵も合算すると八千匹だそうだ。食糧は十日分用意してあるので、まだ余裕がある。帰りは、行きのように、洞窟の分かれ道を総当たりする必要がないからだ。

サラの水系統魔法によって飲料水には不自由しない。遠征時、重たい水を持ち運ぶのは苦役に他ならないので、水持ち専用の低ランク冒険者を雇うパーティも少なくない。サラがパーティに居てくれて良かったと心の底から思える瞬間だ。


 七日目。

 もう一週間も日光を浴びていないことに気付いた冒険者達。その日の夕刻、探索を早めに中断し、話し合いの場を設けた。


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