ビッグバン2
トートス王国南部の街ダダール。人口三万人の街の南には、ビッグアントと呼ばれる魔物の巣が、数限りなく点在する赤土の荒野が広がっている。人々はその地一帯をビッグアントの荒野、巣をビッグアントの洞窟、大規模ならば大洞窟と呼び、決して近付こうとはしなかった。
巣は、地中深くまで根ざしており、商会の情報によれば、最深部を目指そうものなら数日を要するだろうとされている。
ビッグアントは、母体であるビッグアントクイーンを頂点とした一種の社会を築いており、常に個は集団の為に行動する。ビッグアントは、一個体だけならばさほど脅威ではない。この魔物が真に恐ろしいのは、統率の取れた軍隊のように、秩序だって襲い掛かってくるところにある。その危険性たるやオークの集団とは比較にならない。数でも統率でも、盗賊団と王国正規軍並みの差があるのだ。
そんな恐ろしい魔物、ビッグアントと三日三晩戦闘を続け、巣の最深部に辿りつき、母体であるビッグアントクイーンの頭部を、街の商会施設まで持ち帰る。
それこそがAランク昇格の為の試練であった。
――彼にとって、恩師であり親友でもあったカルロが亡くなってから、二年半の年月が経過した。今日もまた、カルロの偉業に畏敬の念を懐きながら、命知らずな冒険者達がビッグアントの巣に潜って奮闘を続ける。
彼らの名はエルフリード。構成メンバー四名。全員が、虐げられる者エルフで構成された異色の冒険者集団である。
「前方から敵襲!」
見れば、馬程の体長がある蟻達が、隊列を組んでこちらに迫って来ているではないか。
ビッグアント、レベル十五、証明部位触覚、報酬五千ソル。
「……はー、百二十四回目の襲撃。カルロってエルフは、本当にこんな洞窟を一人で進んだの!?」
「すいません、まだ装填が……」
「任せとけ、その為の俺とウルクナルだ」
エルフリードの面々は、ブツクサと愚痴を言いながらも迎撃体勢を整える。
戦端は開かれた。当然、一番槍はウルクナル。瞬発力のある小柄な彼は、洞窟を縦横無尽に駆け抜け、肉薄し、ビッグアントの脳天に拳を叩き込む。
彼の武器は、両腕に装着された厚い装甲を有する新しいグローブだ。
かつてウルクナルが愛用していたグローブは、今は亡きカルロからの贈り物。当時Gランク冒険者だったウルクナルには過ぎたる品、ワイバーンの翼膜で仕立てられた一品だった。
その頑丈さに大いに助けられ、数多くの強力なモンスターと戦い、勝利してきたウルクナルだったが。遂に宝石貨二枚分の価値があったブローブでも、彼の実力を十全に発揮できなくなっていた。ウルクナルの未知なる魔法を乗せた、全力の半分にも満たない一撃で、右手のグローブが大きく破損してしまったのだ。
もうこれ以上、カルロの形見を失いたくなかったウルクナルは、より丈夫なグローブに新調しようと決めたのである。
生地、ドラゴンの翼膜。装甲、ドラゴンの鱗を溶かして成型した最高純度の魔物鉄ドラゴン。注ぎ込んだ金額、なんと宝石貨三十枚の三千万ソル。
SSランクへの昇格モンスターであるドラゴンの素材を贅沢に使用したその一対のグローブは、名工ゴードが一週間寝食を惜しんで造り上げてくれた。
ゴード曰く、ウルクナルが魔力二千を注ぎ込んだ一撃を放っても、五回までは耐えてくれるらしい。だが、一回でも魔力二千の拳を放ったら、早急にメンテナンスに出せとのお達しであった。
ドラゴンの翼膜と鱗で仕立てられたグローブが、堅い魔物の甲殻を粉々に砕き、体液が迸る。沈黙したモンスターを踏み台にして、ウルクナルは次なる獲物へ飛びかかった。
「元気だなウルクナルはッ」
バルクは、更に磨きの掛かった剛腕を遺憾なく振るい、これまた新調したより重く巨大なハンマーで次々とビッグアントを叩き潰す。ウルクナルも負けじと、四匹目の魔物を潰した。
彼のハンマーの材質は、魔物鉄ワイバーンにプラチナという珍妙な組み合わせである。
魔物鉄ワイバーンは、軽く、硬く、粘り強い、非常に重宝する金属だ。欠点と言えば、大変高価なことぐらいだろう。そんなスーパー金属の魔物鉄ワイバーンだが、バルクは自分の武器であるハンマーを、その金属で造って貰おうとは思わなかった。理由は単純、軽いからだ。
バルク曰く、軽過ぎてこれまでの要領で振るっていたら、無理な力が入って体を痛めてしまうらしい。武器を軽くしたら体を痛めるというのも奇妙な話だが、当の本人が真顔で言うのだから、メンバーは誰も、新たな軽い武器を強引に使わせようとはしなかった。
だがいずれは、鋼鉄のハンマーをバターのように引き裂く魔物が現れるかもしれない。事実、あのブラックベアーすら、鋼の盾に深い爪痕を刻みつけたのだ。近いうちに、ワイバーンやドラゴンと、軽くともグレードの高い材質の武器を使わなければならない時がくるだろう。
かなり深刻に悩んでいたエルフリードの面々だったが、近くで茶を飲んでいたゴードの一言で全てが解決する。ゴード曰く、外側をワイバーンで仕上げ、内部に溶かしたプラチナを流し込めば、硬く粘り強く、かつ重たい武器が完成するだろう、と。
そして、ゴードの目論見通り、バルクもご機嫌な重い両手用ハンマーが完成した。あまりの重さに、あのゴードが腰を抜かしかけた程だ。
「多いな、次々出る」
バルクは、この襲撃における二十五匹目のビッグアントを潰しながら呟く。ウルクナルとバルクとで既に四十七匹の魔物を斃したが、敵増援が途切れる気配はない。
洞窟に潜り今日で二日目。エルフリードは既に、この洞窟で二千匹ものビッグアントを斃したが、未だ最深部には辿り付けていなかった。
「加勢します!」
弾薬の装填を終えたマシューが戦闘に途中参加する。彼は魔物に銃口を突き付け、引き金を立て続けに引いた。鉛玉はビッグアントの比較的柔らかな複眼を突き破り、甲殻内部を掻きまわす。連続した六回の銃声によって五匹の魔物が撃破された。
「一発外した」
不服そうにマシューは口を尖らせる。
彼の手にあるのは、小型の銃、拳銃だ。それもただの拳銃ではない。連続して六回も射撃できるリボルバー拳銃である。ここ数年の間に、マシューが開発した兵器の一つだ。
狭い洞窟で大量の敵と戦うのなら、と開発し、持参している武器である。
彼は同型のリボルバーを計三丁所持しているが、全て弾切れ。予備のレンコン型マガジンも撃ち切ってしまっている。予備マガジンも含め、事前に三十六発分の弾薬を一挙に装填できるのだが、紙薬莢とパーカッションキャップを、それぞれの薬室に一々詰めなければならないので、一発の装填に掛かる手間は、単発のライフル銃と差ほど変わらず、どうしても時間が掛かってしまう。
戦闘が連続して一向に終わらず、休養する余裕もない。腰を据えて装填に専念できる機会が殆どないのだ。最前線から離脱した彼は、ポーチから取り出した弾薬を、後方で慌ただしくマガジンに詰め始めた。
ビッグアントの洞窟に、日光は微塵も届かない。では、暗黒に包まれているはずの洞窟を照らし続けているのは誰か、もちろん、四系統の魔法を操る万能魔法使いサラに他ならない。
欠陥魔導師などと笑われてきた彼女だったが、今では、その体内保有魔力量を六百にまで増大させ、胸を張って中級魔法使いだと名乗れるまでに至っていた。彼女は、エルフリード加入当初と比べ、二倍以上に増加した魔力を生かし、明かりを確保していたのである。
火系統魔法の行使で単純に明かりを得たのでは効率が悪いので、ある魔道具を用いていた。マジックランプである。王都の商館地下の換金所、その天井に設置されていた魔道具の簡易版。市販品の改良版と言ったところだろうか。
形状は市販のマジックランプと変わらないが、内部に小型の蓄魔池を内蔵していたり、回路には魔力抵抗の小さい高純度の銀が用いられていたりと、大幅な改良が施されている。
この改良マジックランプは、マシューとサラの合作であった。
高性能でありながら、構造は単純。製造に用いられた技術の大半が、使い古しの枯れた技術だった。しかし二人の天才が知恵を絞っただけあって、性能は抜群、わずかな魔力でも力強く発光する。
エルフリードは、蓄魔池を内蔵した改良マジックランプを一品金貨十枚で販売することにした。ちなみに金貨十枚というのは、これまで市販されてきた弱い明かりしか灯らないマジックランプの、四分の一以下の価格。売れないはずがなかった。
銀の回路や蓄魔池という高価な部品を内蔵するこのランプには、原価を低く抑える為に、マシューが編み出したとある革新的製造法が用いられている。
原材料をそれこそ山のように購入し、部品を量産。単純に製造したのでは最も値が張る蓄魔池には、宝石貨の製造過程で発生する屑石を用いることで、タダ同然の価格にしてしまった。これこそが、枯れた技術に埋もれた最新技術。他者に真似させない為の、エルフリードの切り札であり保険である。
元来、魔結晶の屑石で蓄魔池を造っても、魔力貯蔵量は極端に低く、使い物にならなかった。どうやら魔結晶の外側、つまり結晶の表面は、魔力が吸着し難いらしいのだ。ただ、それにもバラつきがある。
マシューは、魔結晶の屑石を細かく砕き、魔力を塗布。彼が発明した魔力磁石によって、わずかでも魔力を帯びた屑石を吸い寄せ、選別するのだ。
選別した屑石を再度砕き、再度選別。そうして選び出された屑石を用いることで、貯蔵量では高級品に劣るものの、マジックランプ用としては十分な性能を有する蓄魔池が、一ユニット銀貨十枚で製造できてしまう。
純正の魔結晶を用いた同容量の蓄魔池の場合、それだけで金貨三十枚。価格は三百分の一にまで抑えられている。残酷なまでの価格破壊だ。
連日、マジックランプは飛ぶように売れ、製造即完売の日々が続く。多少なりとも魔力を込めれば眩い輝きを放ち、蓄魔池というバッテリーが内蔵されているので、常に魔力を流し続けている必要がなく、魔法使いも戦闘に参加できるのだ。
この成功によってエルフリードの名はより売れ、低調だったライフル銃の契約販売も日の目を見る結果となる。王都ではDEランク冒険者の数が、この二年で三倍に増加した。
そう、エルフリードは巨万の富を勝ち得たのだ。だが、彼らが冒険者稼業から足を洗うことはなかった。これらの成功は、通過点に過ぎないからである。
各々が胸に懐く真の野望が実現する日を夢見て、今日も、彼らは薄汚いビッグアントの巣を這いずり回っていた。




