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暗黒時代5

 一カ月後。今日はウルクナルにとって特別な日だった。

「これで、頼む」

「はい、お預かりいたします」

 神妙でいて、どこか嬉しそうなウルクナル。彼の前には、商会に来ればどんな時も迎えてくれる優秀なコンシェルジュ、ナタリア。

 現在は、普段から利用している待合席のソファではなく、商館奥に設けられたエルフ専用カウンターを利用して、ある手続きを行っている最中だ。


 カウンター内に立つナタリアは、ウルクナルから受け取った袋の硬い結び目を解き、中から硬貨を取り出す。金色に輝く五枚の硬貨。五万ソルもの大金をウルクナルは商会に差し出したのだ。

ナタリアは、普段以上に物静かで丁寧にカウンター下の金庫へと硬貨を納めると、彼女愛用のペンとは異なる、宝石で装飾された特殊なペンで書類を作成する。

 ナタリアは真剣そのものだ。一片のミスも許されない作業に没頭して数分、彼女は作業を終えた。

「これが、認定書になります」

「……!」

 わずかに明るい褐色のグラデーションが栄える。それは、ウルクナルがFランク冒険者なのだと、他人に認めさせる証書だ。

「やったな、ウルクナル」

「あ、ああ!」


 背後から祝福の声を掛けたのはカルロだった。

「長かった」と、証書を見ながら万感の思いで呟くウルクナル。

ここ三カ月間の苦痛以外の何物でもなかったGランク任務が脳裏に去来し、目頭が熱い。鼻を一回啜って、証書を用意していた封筒に仕舞う。

「Fランク冒険者、ウルクナル様。これを」

「これは?」

「冒険者カード、ギルドカードとも呼ばれています。今後、このカードがあなた様の身分を証明してくれると共に、取得依頼の管理、資産管理など。多岐に渡る商会のサービスをご利用する上で必須のカードになりますので、決して無くさないでください。万が一紛失した場合でも銀貨十枚で再発行が可能ですが、一週間のお時間を頂きます。では、お納めください」

「お、おう」


 銀色に輝くカードには、幾何学的な文様が刻まれていて、傾ける度に光りを反射してキラキラと輝く。また、裏返せばビッシリと文字が刻まれている。

「Fランク」 

カードの裏に刻まれているのは、ウルクナルのステータスだ。冒険者としてのランク、レベル、商会で労働者登録をしてからの日数、受けた依頼の回数、完遂した依頼の回数、商会の銀行に収められている金。とにかく多岐に渡った。それでもカードにはまだ余白があり、今後何かが書き足されるのだろう。

ウルクナル自身、詳しく理解できている訳ではないのだが、このカードは高度な魔法技術の結晶らしく。裏に書かれたデータは、専用の機器を使えばものの数秒で書き換えられるらしいのだ。擦っても消えない、これだけ細かな文字を正確に、かつ迅速に修正してしまえる技術。教育を受けていないウルクナルでも、純粋に凄いことなのだと感心させられた。

 場所を移し、いつもの一階入口付近のソファに腰掛けた二人は、果実を搾った液体で喉を潤しながら会話に興じる。


「なあ、カルロのギルドカードも見せてよ!」

「いいぜ、ほら」

「うわ、金色。カルロのレベル高ッ」

 カルロ、Bランク冒険者、レベル五十五。彼のギルドカードはウルクナルのとは違い、金色に輝いていた。

「Cランクからはギルドカードが金色に変わるんだ」

「良いなー」

「良い事ずくめって訳でもないがな、たとえば、毎月商会へ収める会費の額が跳ね上がる。ウルクナルは今幾ら払っているんだ?」

「……確か、千ソルだ」

「銀貨十枚か、Gランクだったにしては結構稼いでいるみたいだな。ちなみに俺は、毎月金貨二十枚納めているがな」

「金貨、二十枚、毎月……」


 自分が三カ月間、死臭と排泄物に塗れ、死に物狂いで稼いだ金額の四倍を、毎月商会に納めなければならないBランク冒険者。改めて、カルロと自分は住む世界が違い過ぎているのだと否応なく実感させられた。

「ふっふっふ、俺にはお前の心境なんぞお見通しだ。――大丈夫、ウルクナルだってその内、一回のモンスター討伐の遠征で金貨を五百枚、一千枚と稼げるようになる」

「そうなのか?」

「おいおい、忘れたとは言わせねーぞ? お前は最強の冒険者になるんじゃなかったのか?」

「――っ! そうだよな。今は試練の時、経験を蓄える時だもんな、よし!」

(単細胞な奴だよな、ほんと。……まあ、そこが良いんだけどな)

 普段は飄々としているのに、つまらないことで急にウジウジし出したかと思えば、言葉一つで元気を取り戻すウルクナルを、単純な奴だとバカにしていたカルロだったが。同時に、そのポジティブさが羨ましくもあった。


 絶対に叶う訳が無いと吐き捨てられて然るべき、最強になるという戯言に、直向きな態度で臨み、努力と成果を着実に積み上げていく新米冒険者ウルクナル。若き日の、右も左も分からぬまま王都を訪れ、バカだが愚直だった自分の面影をウルクナルに幻視して、何かと手助けをしてしまうカルロ。

 ウルクナルとカルロはランクや年齢は違えど、根っこの部分はエルフで冒険者、無鉄砲な命知らず。相互が影響し合い、ウルクナルは知識と経験を、カルロは若き日の情熱を得ていた。

 二人は、それぞれの夢を叶える為に、次のステップを目指して突き進む。

「ウルクナル、お前も今日からFランク冒険者。つまり、狩猟解禁だ」

 狩猟解禁。その言葉に、ウルクナルは目を見開く。

「何だ、知らなかったのか?」

「てっきり、Eランクからかと」

「どうしてだ?」


「一緒に死体処理とか下水道掃除していた知り合い達は、Fランクに上がったら鉱山で働くとか言っていたから、エルフはEランクに昇格しないとモンスターとは戦えないのかと」

「あー。そいつらは多分、武器や防具を買う金の為に鉱山で働くんだな。鉱山での仕事は落石の危険が常に付きまとうが、その分給料が良い。時給は、潜る深度にもよるが百から三百ソル、死体処理と違って体力が続く限り採掘作業に没頭できるから、Gランクの仕事より稼ぎやすいんだ。……辛い仕事には違いないがな」

 ウルクナルはハッとして、己の手の甲を撫でた。そこにはカルロがプレゼントしてくれた上等なグローブがある。これのお陰で、自分は気兼ねなくモンスター討伐に向かえるのだ。

「そっか、これを見越して……。カルロ、その、グローブをくれて本当にありがとうな。大事にするよ」

「おうよ、将来の最強の冒険者様が、金がなくて鉱山で働いていたなんて、夢を壊しかねないからな」

 ネチネチと嫌味ったらしくウルクナルいじりを楽しむカルロ。

「わかった、わかったから、もう茶化さないでッ」

 ウルクナルが早々に白旗を上げたので、カルロは楽しそうに笑いながら飲み物を口にする。

「――そういえば、人間ってGランクからでも城壁の外でモンスターと戦ってもいいんだよね? 割り切ってはいても、やっぱり不公平だ」


 ウルクナルは、城壁の外で元冒険者の自殺死体を担いでいた時、年若い冒険者の集団が、遠足にでも行くかのように朗らかな雰囲気で、魔物犇めくトートスの森に分け入って行くのを何度か見かけていた。

「人間はGランクでもギルドカードを発行して貰えて、しかもモンスターとの戦闘まで許可されているが、そこは仕方が無い。奴らは基本的に俺達よりも裕福だし、種族の違いもあるからな。だが、お前の三カ月間のGランクでの下積みが全て無駄かと言えばそうでもない。死体片付けはアンデット系のモンスターと戦う時、下水掃除はゴブリンやオークなどの獣人と戦う時に役立つ。獣人は臭いんだ、これが」

「そっか……良かった」


 苦労が無駄ではなかったことに安堵したウルクナルは、姿勢を崩してジュースを一口。どこか嬉しそうに自分のギルドカードを眺めた。

「それと、Bランク冒険者として、アドバイスを一つ」

「ん?」

 カルロは席を立って、ウルクナルの真横に座り込む。真剣な眼差しが瞳を射抜く。

「ウルクナル、Fランク冒険者になったお前は、これから同ランクの人間冒険者と接する機会が大幅に増える。人間達とパーティを組み、城壁の外でモンスターと戦い、金を稼ぐんだ」

「うん」


 ウルクナルは首肯し、カルロの話を真面目に聞き入る。

「人間とパーティを組む上で、一つだけ守らなければならないことがある。それが何だか分かるか?」

「自分の大切な荷物は人間に預けちゃいけないとか?」

「んー。三十点」

「……正解は?」

「人間からどんな仕打ちにあっても、モンスター討伐の遠征に出ている間は、そいつらに殺意を抱くな、だ。ちょっかい出されても知らないふりしてろ、悔しくても口を噤むんだ」

「何でだよ! 俺がエルフだからか?」

 ウルクナルはカルロの教えにこの時初めて反発した。ウルクナルの脳裏に三カ月前、初めて王都に訪れた時に、城門の兵士に長年掛けて蓄えていた金貨を奪い取られたのを思い出す。アレは、身分を証明できない田舎者のエルフが、城門を潜り抜ける為の必要な費用だったのだと自分に何度も言い聞かせて、怒りを紛らわせていたから耐えられた。


 だが、如何に人間相手と言えど、同ランクの冒険者にそこまで気を使わなければならない理由が、ウルクナルには思い当たらない。到底容認できる教えではなかった。

「まあ、落ち着けウルクナル」

「でも!」

「熱くなるな、これには理由がある」

「理由?」

「ああ、そうだ。良いか? 人間もエルフも、冒険者ってのは基本的にバカで、育ちの悪い連中の集まりだ。冒険者は頭に血が昇りやすい、衛兵も来ない城壁の外、しかも手元には武器の柄だ。あっと言う間に殺し合いが始まるぞ? モンスターの闊歩するフィールドのど真中でだ。仮に、お前が殺されても商会は動かないからな? モンスターに頭から喰われたの一言で片付けられる。商会は低ランク冒険者のいさかいにはノータッチだ。連続して同じ様な事があれば監視が付くがな」

「でも、でも……。カルロ、やっぱりそれは悔しいよ。バカにされても平然としてろ、なんて器用なこと俺には出来ない。俺達エルフが何をしたんだよ!」


「お前は本当に昔の俺にそっくりだな、ウルクナル。青かった自分を見ているみたいで恥ずかしくなる」

「……カルロ?」

 カルロはウルクナルの肩に寄り掛かると囁く。

「俺様が二百年掛けて編み出した。人間どもを黙らせる秘策をお前に教えてやるよ。絶対に秘密だぞ?」


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