暗黒時代28
「ははははっ、マジかよ! やっと死んだのかアイツ」
「ああ。ダダールのビッグアントの巣に単独で突っ込んだらしい。バカだよな。クイーンを斃した癖に、最後で死ぬとか間抜けなヤツだ」
「エルフの癖にデカイ顔してウザかったよなホント。GFEDの雑魚エルフが、アイツに憧れて妙に調子付いてたのもだるかった。ゴブリンモドキの癖によー」
ゴブリンモドキとは、エルフの肌がゴブリンの肌の色と同じ緑色であることから生まれた、数多あるエルフ蔑称の中の一つである。
フロア全体に響く声量で騒がしく階段を下って現れたのは、Cランク冒険者のコンビ、ポールとラッセルだ。ポールが剣士でラッセルは上級魔法使いと、メンバーは二名のみと少ないながら攻守のバランスが取れたパーティである。冒険者登録から三年でCランクに昇りつめた有望株で、商会内ではエルフリードと同様、更なる成長が期待されていた。
二人は酒を飲んで酔っているのか、愉快そうに下劣な会話を続けた。
「そう言えば三カ月前だかに、エルフが二匹混じった低ランクのパーティに、俺達の親切心で、大量のゴブリンを譲ってやったことがあったろ?」
「あれ、惜しかったよな。すぐ斃しちまったし、どうせならブラックベアーでもプレゼントしてやればよかった。そうすりゃあ、あの目障りなエルフリードだって結成されなかったのによ。でもまあ、その後にやった――雑魚狩りの方が楽しかったな。数匹死んだし」
一転、ポールとラッセルは声を潜めて囁き合う。両者は、ニタニタとしたウジの這うような笑みを浮かべていた。
「――ブラックベアーを浅いエリアまで引っ張るの楽し過ぎるだろ、完全にハマっちまった」
「またやるか、森にはブラックベアーが沢山居るしよ。雑魚冒険者の奮闘を酒の肴にして飲もう」
「いいねー」
「あー、今日も美味い酒が飲めそうだ。記念に店で宝石貨一枚のボトル開けようぜ」
「また飲むのかよ」
二人はゲラゲラと笑いながら一階を歩き、人間用のカウンターへと、やや千鳥足で向かっていたが。
「……オイ、ラッセル。あれ見てみろよ」
「ん? はは、何あのエルフ職員」
カウンターに足を運んでいた二人は急に立ち止まると、気味の悪い痙攣のような笑みを浮かべ。どこか貶すニュアンスの込められた言葉を口にしながら、エルフ専用カウンターに立つエルフ、ナタリアを、離れた位置からジロジロと眺める。
「髪ぼっさぼさ。目も真っ赤。男にでも捨てられたのかな?」
「ていうかさ、あのエルフってナタリアじゃね?」
「ナタリア?」
「ほら、俺達がFランク冒険者だった頃に、しこたま説教されたウザいエルフ」
「あっ! 思い出した。あれか」
彼らは両人とも人間だ。通常人間が、態々区別されたエルフ専用のカウンターを利用することは滅多にない。人間がエルフ専用カウンターを利用する理由は二通り、文字通りの酔狂か、冷やかし。
彼らの態度や表情を見るに、後者であるのが明白だ。
数あるエルフ専用カウンターの中、当然のようにナタリアの前に彼らは立つ。
「ラッセル様、ポール様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ちょっと聞きたいんだけどさー」
「お前ってカルロの女だったの?」
「質問の意味を理解しかねますが?」
ナタリアは気丈に振る舞うが、声は弱っていて覇気がない。
「つまりさ。カルロの女だったから、死んだショックで身嗜みを整える時間すらなかった。だから、そんな見っともない格好してるんでしょ? 曲がりなりにも、栄えある商会の一級コンシェルジュがそのザマで良いのかねー? 例え、自分の男が魔物に負けて死んでもさー」
「…………」
「まあ、一級コンシェルジュとか大層な肩書持ってるけど、所詮はエルフだからな。一級コンシェルジュも脆弱でだらしないエルフで事足りる訳だ。ははははっ」
「…………」
ナタリアは何も言い返さなかった。黙って、ひたすら耐え凌ぐ。
Cランク冒険者二人は、口うるさい印象を持つ彼女が、これだけ言われて黙っていることにある種の快感を見出していた。彼女が黙っているのは、Fランク冒険者時代の自分達にはなかった実力であり、財であり、金色のギルドカードという権力に因るものなのだと錯覚していた。
弱者のエルフでありながら、人間の自分達が唯一頭の上がらなかった存在。ナタリアを一方的に嬲るのが楽しくてたまらない。
言葉の刃を振るう毎に気分が高まり、もっと屈辱を、もっと蔑みを与えたいと、少ない語彙を懸命に繋ぎ合わせ、より口汚い罵りを模索する。
「つーか。カルロとかマジでバカじゃね? 普通、ビッグアントの巣って言えば、Bランク冒険者でも平均レベル六十以上の最低三人パーティで臨むのが定石だろ。何を意気がって単騎で突っ込んだんだか。それで死んでも、自滅でしかないと思うんだけど。ちょっと考えれば、カルロは死んでも当然。死因、モンスターに殺されたんじゃなくて、自殺にでもすれば?」
「そうそう、アイツに名誉の戦死は勿体なさすぎる。良くて自殺」
「ビッグアントクイーンの頭抱えて脱出しようとした時に、雑魚モンスターの奇襲を受けて致命傷とか恥ずかし過ぎる。死んでも死にきれねーよ。こりゃトートス王国の恥、カルロはエルトシルやナラクトに恥を晒したな」
「カルロの冒険者登録を抹消した方が良いよ、ホントお勧め。そうすれば、低ランクのゴブリンモドキ達の良い忠告になる」
「Dランク冒険者でも余裕で斃せる通常種のビッグアントに、Bランク冒険者が殺されたんじゃ、信用ガタ落ちでしょうに。商会だって迷惑してんだろ? そこんとこどうなの、一級コンシェルジュなんだし何か聞いてない?」
「はははははは――」
「…………ッ」
「痛ッ」
冒険者達の下品な笑い声は、水音とガラスが割れる音と共に止まる。ポールの顔が黒一色に染まり、目に鋭い痛みが走り、独りでに舌が蠢いて吐きそうだ。
「うえ、何だこれ。インク?」
ナタリアが、カウンターに置かれていたインク瓶を投げつけたのだ。
「私を侮辱するのは構いません。――しかし、彼を侮辱するのは許さないッ」
厚顔で冷血、冷静沈着なあのナタリアが、顔に朱を走らせ、激情を露わにしている。理性を投げ捨て、激怒していた。
「彼は、決してビッグアントによって致命傷を受けたのではない。致命傷は最下層に潜むビッグアントエリートによって受けたもの。腕が千切れ、足が裂け、全身血だらけになりながらも、彼は証明部位である大きく重いクイーンの頭部を抱え、王都からエルトシル帝国国境程もある長距離を三日三晩自力で歩き、ダダールの商会へ証明部位を持ち運んだ」
ナタリアは、声を詰まらせながら言葉を紡ぐ。
「彼は、れっきとしたAランク冒険者。二千年ぶりに単独でビッグアントクイーンを討伐したエルフの英雄。そんな彼を侮辱するのは、同等の偉業を成し遂げている伝説のエルフ、エルフリードを貶すも同然」
一度エンジンの掛かったナタリアは、もう止まらない。
「エルフリードは、かのアルカディア教典にも登場する人物であり、主神ですら、エルフの身でよくぞここまで練り上げたと、一目置く存在。Aランク冒険者カルロを貶すは、トリキュロス大平地三国の国教、そのバイブルである。アルカディア教典を貶す行為と、私は判断しました。私は、これを国教に対する侮辱行為であると断定します。トートス労働者派遣連合商会一級コンシェルジュの名の下に、この侮辱行為を教会大主教猊下に報告いたします」
「はあッ!?」
「それでは、ご用件が特に無いようですので、お引き取りください」
「ちょっと待てよッ」
ぺこりと一礼した彼女がカウンターから離れようとすると、腕が伸ばされる。ナタリアの右腕を掴んだのは、インクを頭から被ったポールだ。
彼は、か細いナタリアの腕に指を喰い込ませた。ナタリアの表情が苦痛に歪む。彼はCランクの剣士、万力のように強い力が込められているのだろう。
「ッ……、離してください」
「うるせぇなッ」
ドンと音がして、ナタリアは立っていた位置から吹き飛んだ。彼女は堅い大理石の床に投げ出され、受け身も取れず床に叩きつけられた。頭部を打ったようで、意識がないのか、倒れたまま動かない。彼女の頬が、みるみると黒く変色し腫れあがる。ポールに頬を殴られたのだ。
「お、おい。ポール……ッ」
流石に暴力沙汰にまで発展させるつもりは無かったようで、ポールのやからした事態の重大さに、上級魔法使いのラッセルはオドオドしていた。彼の肩を掴んで落ち着くように促す。
「ヤバいぞ、ポール」
「で、でもさー」
「分かってんのか。曲りなりにも一級コンシェルジュ殴ったんだぞ、お前は!」
「……チッ」
「一端引いて立て直すぞ、有力貴族の知り合いがいる。そいつに厄介になろう」
事件の発生に誰かが気付き、悲鳴を上げている。商会職員や利用客達もざわめき始めた。気性の荒いポールがここに居ては、事態を悪化させるだけだと、比較的冷静なラッセルは彼を商館から引っ張り出そうと必死だ。Cランク冒険者に昇格してから一年未満とまだ日は浅いが、彼らは資産だけならそれなりの額を有している。万が一、殴ったエルフが死亡した時のことも考え、一度逃げ、大きな権力を持つ知り合いの貴族に金を握らせて取り成して貰う算段らしい。
――だが。
「おい、どこへ行く」
――そんな暴挙を彼が許すはずなかった。
ミシリッと大理石の床がヒビ割れる。彼の歩行で床が砕かれたのだ。まるで、あの小さな足一本に、ドラゴン一頭分の重量が秘められているかのようではないか。
「だ、誰だ、お前ッ」
ラッセルは己の目を疑った。おかしいのだ。
奇妙なグローブを装備したちっぽけなエルフの一歩が、大理石の床を砕き。彼の立つ周囲の空間が揺らいでいる。それは当然、幻ではない。確かに空間そのものが揺らいでいるのだ。
悪鬼の形相。ドロドロとした怨念を眼窩に滾らせ、ウルクナルは歩く。
ミシッミシッと、ウルクナルが足を置いた床に、蜘蛛の巣状の割れ目が生まれる。砕けた細かな破片が独りでに宙へと浮き上がっていた。
「お前らに名乗れる程の下等な名前はない。質問に答えろ、人間、どこへ行く? 先ずはするべきことが山のようにあるはずだ」
二人組の真正面に立ちはだかったウルクナルは再度問うた。殺意の波動が、ラッセルとポールへ直に浴びせられる。それは、二人がこれまで経験したことの無い圧倒的な恐怖。足が震え、手が震える。動悸が激しく、息苦しい。
「黙れ、そこを退けッ」
ポールはキレやすく、キレれば途端に凶暴になる男。違法な魔法薬でも投与されているかのように興奮している彼は、無謀にも、尋常ならざる気配を纏ったウルクナルへと、拳を差し向ける。
「鈍い」
右に一歩。それだけで回避したウルクナルは、ゆっくり腕を伸ばす。殴るのではなく、ウルクナルはポールの胸元の衣服を、下に着込んでいる鎖帷子ごと掴む。そして、持ち上げた。
「は、離せッ」
背が低く細身のウルクナルは、スピード重視の遊撃職。彼に、バルクの剛腕は具わっていない、はずなのだが。ウルクナルは、自分の五割増し、大剣や鎖帷子も加えれば倍の重量に達するポールを、片腕一本で持ち上げている。それも楽々と。
ウルクナルは、体内を何かが高速で巡り、高温を発しているように感じられた。それは、初めてブラックベアーと対峙した時に酷似していたが、確実に違う。規模が違うのだ。あの時の流れは急流ながらも小川だった。今回は違う、大河だ。まるで氾濫しかけの大河。大地を削り、土を多分に含んだ大河規模の濁流のような何かがが、絶えず体の中で暴れている。
そしてもう一つ異なるのは、その流れが体から漏れ出しているのだ。殆ど完璧に密閉されていたはずの空間に、突然水門が敷設されたような感覚。開閉部が想定外の圧に耐えられず、少しずつ、暴れ回る何かが外部に流れ出ている。そのわずかに滲み出たものが、ウルクナルの力を大幅に増幅させているのだ。
と、ウルクナルの妙に冷静な意識の一部が推測する。
「離せ、汚らわしいエルフ、ゴブリンモドキ! これ以上何かしてみろ、王宮から憲兵隊が派遣されるぞ、お前を絶対に吊ってやるッ」
ことここに至って、ポールに反省の色は微塵もない。
それもそうだろう。彼は人間至上主義に凝り固まった人間。エルフとは一匹二匹と数える存在であり、ゴブリンモドキなのだ。
ナタリアを非道な言葉で追い詰め、殴り、転倒させ、意識を失わせても相手がエルフなのだから。人間である自分は守られるべき存在だし、インク瓶を投げられたことに対する当然の報復と考えているのである。
故にポールには、自分が悪事を働いたという自覚が欠如していた。彼が反省などするわけがない。他人の痛みを理解できない童が、扱いきれない刃物を持って傷害事件を繰り返すようなものだ。
だが、ポールは童ではない。立派な、それもCランクの冒険者。悪気は無かったでは済まされない。何せ、彼は冒険者なのだから。冒険者は自由と同等の責任を負わなければならないのだ。それは人間でもエルフでも王族でも、誰であろうと冒険者の世界に身を置くのであれば、必ず守らなければならない不文律。自由と相克する責任である。
ポールは、罪もない人々の命を遊びで奪い、エルフを意味もなく必要以上に嘲り、ナタリアを殴った責任を背負わなければならない。
ウルクナルは空いている右手で拳を作る。彼が拳に力を込めると、その右腕から先の空間が湾曲していく。離れた位置に立つラッセルかえあは、空間が歪み、溶けた飴細工のように大理石の模様がねじ曲がって見えていることだろう。それは、ウルクナルの身体から発散されているオーラ状の何かを、遥かに凌ぐ危険性を孕んでいると、Cランク冒険者の魔法使いラッセルには感じられた。上級魔法使いの感性が、訴えかけてくるのである。あれは、危険だと。
それは、セントールの魔法学術院に通っていた時、魔導師である学院長を激怒させた時に近い感覚。強大な魔力の塊に圧倒される感覚だ。
「なんだ……コイツ」
ラッセルは思う。これは魔法なのか、と。上級魔法使いの彼は魔法大全集に載っている魔法を全て記憶しているが。空間を捻じ曲げ、鉄塊を落としたかの如く歩いただけで石の床を砕く。そんな魔法、ラッセルは知らない。
火、土、風、水。どの系統魔法をどの様に組み合わせれば、このような現象を引き起こせるのだろうか。仮に、これが全て魔法によって引き起こされた現象だとすれば、この目の前の、小柄な少年エルフは、何種類の系統魔法を操り、どれだけの魔力量を誇るのか。
ラッセルは考える。中級か、それとも上級か。もしかしたら彼は、魔導師に匹敵する程の魔力量を有しているのかもしれない、と。
「何か、言うことある?」
「ある訳ねーだろ、バーカッ」
「…………」
ウルクナルは、現在自分の周りで起こっている不可思議な現象について完璧に把握することは叶わなかったが。王都で冒険者として過ごした半年の間に培われた第六感、死を検知する感覚が、痛いぐらいの警告を発している。この拳を叩きつければ、この許しがたい人間は死ぬ。必ず死ぬ。どのような死に方をするのかは分からなかったが、自分の第六感が真実ならば、惨たらしい死に方をするに違いない。
「やめろッ」
魔力に疎いポールに代わってラッセルが叫ぶ。が、共犯者の願いをウルクナルが聞き入れるはずはなく。
「その腕を放せって言ってんだろッ」
激昂したポールが、膝をウルクナルの顔面に叩きつけるが、透明な見えない壁に阻まれ顔に届かない。
ウルクナルを軽い倦怠感が襲う。それは、サラに魔力を提供した時と酷似していた。体から力が少しずつ失われて行く感覚。残り時間が少ないのだろう。
(……そうか)
冷たくなる体とは逆に、右腕が暖かい。まるで右腕だけ焚き火に照らしているかのようだ。ウルクナルは確信する。
(これが魔力なんだ。俺の中に流れている変な物は、魔力だったんだ)
ウルクナルは、体内の魔力を運用する方法を発見。ウルクナルは体内魔力四千三百を知覚し、自分の物として完全支配した。
「――消えてよ、目障りだから」
ウルクナルが、未知の魔法を乗せた右腕で、ポールを殴ろうとした刹那。
「やめてください。ウルクナル」
「……ナタリア」
それはナタリアの声だった。拳を振り上げたまま、ウルクナルは声のした方を向く。側にはサラが寄り添っていて、癒しの力がある水系統魔法でナタリアの手当てをしていた。
「私は、この通り大丈夫ですから。拳を諫めてください。カルロの言葉を思い出して……」
「――!」
あの日、カルロと交わした約束が蘇る。
『――お前の仕事は、人間と喧嘩することでも、脳味噌働かせて人間を貶めることでもねえ。斃すべき敵は人間じゃない、魔物だ。危険な城壁の外を、己の腕一本で生き抜き、出会ったモンスターをことごとく殲滅するのが、冒険者たるお前の努めだ。バカにしてくる人間共をどうしても見返したかったら、自分の強さを認めさせろ。口を使う前に、強い魔物を斃せ、行動で示せ。ウルクナル。お前には、それができるはずだ』
「……そうだった」
頬に熱いものが一筋流れた。そして安堵する。もう少しで自分は大切なカルロとの約束を破ってしまうところだったのだ。急速に怒りが冷却される。
「わかったよナタリア。カルトとの大切な約束。こんな人間の為に破るのは勿体ないもんな」
「――ウルクナル」
怒りを収めたウルクナルは、ポールの胸元を掴んで持ち上げていた腕を下ろす。ただ、手は離さなかった。喚き散らす彼を引き摺り、サラの元に寄る。
「なあ、サラ。突然で悪いんだけど、遠い距離をあっと言う間に移動できる魔法ってある?」
「ある、風系統魔法。だけど、魔力消費が激し過ぎて、上級魔法使いクラスの魔力量がないと無暗に使えない。他にも面倒な制約が沢山ある。……どうして?」
「ちょっとな。……なあ、お前、ラッセルって言ったっけ」
「は、はいッ」
「上級魔法使いだったよな。風系統に適性ある?」
「あ、ありますッ」
「よかった。ちょっと連れて行って欲しい場所があるんだけど、良いかな? 少し遠いんだけどさ」
妙に腰の低いラッセル。彼は魔法使いであるが故に、ポールよりも一足先に格付けが済んでしまったらしい。これなら、連れて行くのは、一人だけで良さそうだ。
「人数と、場所を教えて貰えれば、可能です。はい」
「コイツと俺の二人。場所はトートス王国の北、――デーモンの塔」
デーモンの塔。その名を口にした途端、場の空気が凍った。
「ウルクナル、それは駄目だ!」
真っ先に声を荒げたのはバルクだ。彼はウルクナルを問い詰める。
「デーモンの塔にはデーモンしか居ない。雑魚が居ない、Bランク昇格の為のモンスターしか生息していないフィールドだ。デーモンのレベルは六十もある。オークキングの五割増し。今、お前は何レベルだッ」
「レベル三十」
「Cランク冒険者でもレベル三十じゃあデーモンには歯が立たない。デーモンってのは、通常人間のCランク冒険者が、何年もオークキング相手に力を蓄え、パーティで挑む魔物なんだ。エルフだったら何年掛かることか……。ウルクナル、わかってんのか!?」
ウルクナルは口ずさむ。
「――バカにしてくる人間共をどうしても見返したかったら、自分の強さを認めさせろ。口を使う前に、強い魔物を斃せ、行動で示せ。……俺は人間に、エルフの強さを認めさせたいんだ」
「……ウルクナル」
「大丈夫だよ。何とかなりそうなんだ。それを確かめたい」
バルクの心配を知ってか知らずか、ウルクナルは朗らかな笑みで、大丈夫だと繰り返す。バルクにとっては、これっぽっちも大丈夫ではなかった。やっぱり理解していないと、溜息を吐く。
「ラッセル、どうなの? デーモンの塔へ送れる?」
「距離的な問題はありません、……ですが」
「大丈夫だって」
「な、なあ、デーモンの塔ってどう言うことだよ。オイ、ラッセル!」
ラッセルはちらりとポールを見たが、まるで見捨てたかのように目を逸らし、それ以降顔を合わそうとはしなかった。相棒に見捨てられ、彼の顔から血の気が失せていく。
風系統魔法は攻守両方に優れるが、室内では効力が落ちるという欠点がある。三人が商館を出ようとすると、声が掛けられた。
「ウルクナル!」
ナタリアである。
「どうしたの?」
「死ぬつもりは無いんですね?」
「当たり前じゃん」
「……そうですか」
わずかに俯くナタリア。本音を隠し、これから出立する冒険者ウルクナルに相応しい言葉を贈ろうと、サラの肩から離れたナタリアは、深々と腰を折った。
「いってらっしゃいませ」
「――うん、いってくる」




