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暗黒時代26

 次の日の朝。

 山の頂上で丸一日を過ごしたウルクナルの魔力は完全回復していた。それは、魔法陣の描かれたあの布とサラの杖がもう一セット有ったなら、同じ魔法が今日も行使できることを意味している。ただ、体内の魔力を毟り取られるのは相当辛かったようで、魔力源役は二度と御免らしい。

 一行は山を下り、オークの城跡地へと向かう。

 溶岩は量が少なかったので既に固まっていた。それでも湯が沸く程の熱を保ってはいるが、安全と判断し、彼らはクレーターの斜面を滑るように降りて行く。

「この辺が、中央部。オークの生態を考慮すると、ここにオークキングの住処が有ったはずです。やりましたね皆さん、これでエルフリードもCランク冒険者パーティの仲間入りですよ!」

「って言ってもよー。住処ごとオークキングも吹っ飛んじまったんじゃねえのか? どうすんだよ、証明部位持って帰らないと商会だって納得しないぜ?」


 マシュー以外のメンバーの心境をバルクが代弁してくれた。

「まだ望みがあります。オークキングは穴を掘って、地中深くに宝物庫を造ると言われています。もしかしたら」

「オークキングが生きて、宝物庫の中に居るかもしれないと?」

「いえ、生きてはいないでしょう。宝物庫は十数メートルの深さに造られると聞きます。対してクレーターの深さは十メートル弱。更にその上を灼熱の溶岩が丸一日蓋をしていた。蒸し焼きか、はたまた自然発火したか」

「もう、死んでいると」


「はい、恐らく。オークキングの証明部位は頭部なので、焼け焦げていても肉のこびり付いた真新しい頭蓋骨があれば、商会は認めてくれるのではないでしょうか」

「だと良いんだがな」

 冒険者達は地面を掘り返そうと試みる。道具が見当たらないが問題はない。ここには四系統をマスターした天才魔法使いと、魔力量四千三百を誇る生体外部バッテリーが存在するのだから。

「杖ってこんな枝切れでも平気なのか?」

「初級魔法を使うだけなら大丈夫。中級以上を扱うとなると専用の杖が必要になるけどね」

「……そもそも杖ってどんな役割があるんだ?」


「魔力を効率良く運用する為の補助道具。昨日使った布と基本的には同じ役割なの」

「なるほど」

 バルクは頷きながら、折ったばかりの短い枝をサラに渡す。彼女は葉っぱを取り払い、軽く振って感触を確かめると、先端を黒こげの硬い大地に向ける。

「動け」

 初級魔法の詠唱は一言で良い。彼女は初級の土系統魔法を行使して、地面を掘り返して行く。杖を向けた個所の石や砂が独りでに動き、邪魔にならないところで小山を造っている。四人がスコップを握って掘るよりも、数倍早く済みそうだ。

「やっぱり」


 彼女はどこか嬉しそうに微笑んだ。

「どうした?」

「私の魔力、結構増えてる」

 魔力は他人から借り受けたものだとしても、サラは己の杖と意志で魔法を発動させ、城に住んでいた二百頭のオークを斃した。大量の経験値を得て、レベルが相当上昇したのだろう。

 サラは楽しそうに土を掘り返すが、まだ地下室の入口は顔を出さない。その内サラの魔力が少なくなり、ウルクナルの魔力を使用して掘削作業を続行する。

「ん?」

「きっとコレです!」


「はあー、頭痛い、体がだるい」

「もう少し頑張ってください、ウルクナル!」

 掘り進めると縦穴が現れた。明らかに天然の造形物ではない。穴を覗くと、それは壁を滑らかな石で補強した立派な通路であることが分かる。通路の高さはバルクの身長の倍以上。高い知性を有する生物が造ったであろう地下道だ。

「降りよう」

 松明を手にウルクナルは飛び降りる。

「バルクはここで待っていてください。引っ張り上げ役をお願いします」

「そうしとく。盾もなければ武器もないからな。待ってるよ」

「私はどうしていたら良い? 魔力がもう無いけど」


「サラも一緒に来て下さい。もしもの時は、ウルクナルの魔力を使って魔法を」

「わかった」

 エルフリードはロープを持たせたバルクを地上に残し、地下探索へ。地下は非常に蒸し暑い、まだ魔法攻撃の熱が残っているようだ。冗談ではなく、長時間探索していたら蒸し焼きにされてしまうだろう。三人は汗を流しながら急いで道を進む。

「何この臭い」

「……うっ」

「これは、王都の下水道並みの臭さだ。懐かしい」


 サラは息を詰まらせ、マシューはえずき、ウルクナルは鼻を押さえながらも懐かしむ。ウルクナルには、三カ月間Gランク任務の下積みを行った成果、臭気への耐性が窺える。

 ここは、入口から地下道を数十歩進んだところにある広めの空間だ。その手前の床には、木の灰、溶けて変形した金属片が散乱している。金属で補強された木製の扉で通路と、この空間を仕切っていたのだろう。

「もしかして、ここが宝物庫か!」

 空気を吸って声を出せるのは、ウルクナル唯一人。他二名は空間に満ちている臭いの強烈さによって、声も出なければ、息も吸えない。単独で部屋の奥に進んで行く彼を、呼吸困難に陥っているマシューとサラは見守ることしかできなかった。

 宝物庫らしき空間を臆せず進む。枝を踏んだような音がした。


「これは」

 足元を照らすと、焦げた棒状の物体が無数に転がっていて、踏み潰すと白い粉となって砕ける。これは骨だ。松明の明かりで照らすに、一見すると人骨のように見えるが、明らかに人間の骨ではない。大き過ぎるのである。体長は四メートル、通常のオークの二倍近い人型の魔物は、トートスの森に一種類のみ。間違いなくオークキングの骨だ。

「……一対一で戦ってみたかったな」

 すっかりバトルマニアと化してしまったウルクナルは、残念そうに溜息を吐く。丸焼きになっている頭部を切り離し、どうやって持ち運ぶか模索していると、オークキングの崩れた肋骨の隙間に青色に輝く物体を発見する。

「なんだこれ。……どこかで見たことが」


 宝石にしては大き過ぎるガラス質の物体。確かにウルクナルは、以前これと同じ様な物を目にした気がする。

「何だっけなー」

 首を捻っても思い出せないので、物体をポケットに入れ、証明部位である頭部を掴む。

 部屋の奥を照らすと金貨だったと思われる物体が溶けて、一個の巨大なインゴットと化していた。色とりどりの宝石がインゴットに混ざっていて、まるで成金趣味のオブジェだ。

オブジェは巨大なスライムの如く、石材の隙間にまで浸透するようにベットリと床に広がっていて、簡単には持ち出せそうにない。念願の証明部位を手に入れご満悦のウルクナルは、潔く金塊を諦め、宝物庫を後にする。

 マシューとサラは臭いに耐えられず既に脱出していた。


「二人共酷いよなー。先に出ちゃってさ」

「ごめん、ウルクナル。我慢できなくて」

「面目有りません」

「そんなに臭かったのか?」

 三人の会話に、地下に降りなかったバルクが加わる。

「この臭いは……王都の下水道に似てるな」

「だよな!」

 ウルクナルが持ち帰ったオークキングの頭部に鼻を近付け、バルクがそんな感想を言う。流石はGランクからの叩き上げ組、見事に意見が一致している。ウルクナルは嬉しそうだ。

「私、王都で三カ月間Gランク冒険者をやれって言われたら、例え王命でも夜逃げすると思う」

「僕もです。Gランクの任務を三カ月間も続けられる自信がありません」


「そんな大袈裟な、最初は大変だったけど、潜っていればそのうち慣れるぞ」

 ウルクナルが笑いながら言うと。

「絶対に慣れないって」

「慣れませんよ」

 自分の有用性を商会に認めさせ、エルフながらにGランク労働が免除されたエリート組は、首をブンブンと左右に振った。マシュー達が顔を歪めて鼻を摘むので、オークキングの首を革袋に突っ込んだ。

「そう言えば、マシュー。これって何だか知ってる?」

 オークキングの焼死体、その肋骨内部に埋まっていた物体をマシューに見せた。


「……魔結晶です。その結晶は……かなり大きいですね」

「そう言えば昔、お前が言ってたよな。自分は魔結晶の研究をしているって」

「バルクよく覚えていますね。その通りです」

 サラが呟く。

「凄い大きさ、宝石貨二十枚か三十枚ってところかな?」

「そ、そ、そんなに高いのかッ」

「この石ころ一つが、宝石貨二十枚ねー」

 バルクが驚き、ウルクナルは興味深そうに魔結晶を手の上で転がす。サラはどこか呆れた風に言う。

「本当に知らなかったの? てっきり、宝物庫に入ったウルクナルが、小さくて値打ち物のお宝を見抜いて持って帰って来たから、流石リーダーだなーとか、一人感心していたのに」


「いや、全然。何かどっかで見覚えが有ったから気になって、マシューなら知ってるかなと」

「……そうだよね。その方がウルクナルらしい」

 と、苦笑しながら呟くサラだった。

 一方マシューは、ウルクナルから魔結晶を借り日光に翳したりして観察する。

「なあ、マシュー。どうして魔結晶って宝石貨数十枚の価値が有るんだ?」

「宝石貨の原材料って何だか知っていますか?」

「そりゃー、宝石だろ? 宝石の硬貨って言うくらいだし」


「そうです。でも、硬貨にするだけの大きさの宝石ってそう簡単に見つかると思います?」

「……詳しくないけど、王都の露天で売っている宝石は、どれも砂粒みたいにちっちゃい。貴族御用達の宝石屋に行けば違うんだろうけど。まず、そんな宝石は発見できないと思う」

 と、ウルクナル。

「その通りです。宝石を硬貨の形にするなんて勿体無い。しかも相当大きな石でなければ不可能な芸当です。故に、岩石の中から掘り出された本物の宝石は、精緻なカットが施され、王侯貴族や大富豪のコレクターの間で、時には宝石貨十数枚という価格で取引されるんです」


「宝石貨の宝石って、ダイアモンドとかサファイアとかエメラルドとは違うってことなのか?」

「はい、宝石貨の原材料は魔結晶です。ちなみに、硬貨にならない屑石は、安価な装飾品に加工されます。露天商で売っているのは、宝石貨へ加工する際に出た小さな欠片を買い取り、再利用した物でしょうね」

「へー、初めて知った」

「魔結晶は、高レベルモンスターの体内からのみ発見され、非常に貴重。ですが、天然の宝石と比べれば大きな物が見つけやすい。そこに目をつけた八百年前のエルトシル帝国の皇帝が、金貨よりも価値の高い硬貨として、宝石貨を定めたんです。これにより、国庫に納められていた金貨の体積が百の一に圧縮され、管理の簡略化に成功しました。まあこれは、宝石貨がもたらした変化の一端でしかありませんが」

「あー、思い出した。それ本で読んだことがあるな」


 バルクは、頭を摩りながら歴史を語る。

「高ランク冒険者の数が国力に直結し、莫大な貨幣を齎し、ある種のステータスになっている。エルトシルが大国と呼ばれるのは、単に国土が広いだけではなくて、最高ランクの冒険者を一番多く擁しているから、だとか。――そうか、宝石貨の原材料が魔結晶だったのか。どうして闘うことしか能のない少数の高ランク冒険者が、個人ではなく国家に膨大な貨幣をもたらすのか、わからなかったんだ」

「驚いた。バルクにも少しは教養があるんだ」

 サラが心底驚いている。


「近頃ウルクナルが、読み書きの勉強始めたからな。俺も触発されて、暇な時は図書館に通うことにしているんだ」

 マシューは魔結晶をウルクナルに返すと説明を続けた。研究者であるマシューは、研究分野を語り出すと止まらないのだろう。予想よりも話が長くなってしまってウルクナルは少し後悔していた。

「魔結晶は、書物にこそ、貨幣としての価値しかないと書かれていますが。研究レベルでは様々な利用方法が模索されています。その成果の一つに蓄魔池という物があります。魔結晶に魔力が付着するという性質を利用した物で。魔結晶を粉末状になるまで砕き、表面積を増大させ、そこに魔力を流すと、大量の魔力が付着するという仕組みの発明品です」

「私、それ初耳。どの程度の魔力が溜められるの?」


「精々、二百から四百程度です。特注品で八百まで溜められるモデルも存在しますが。どれも原材料に魔結晶を大量に使うので非常に高価。装置も大きく重い為、戦闘での実用性は皆無です」

「なんだ。……あ! 確か露天だと小さな魔結晶が売っているんでしょ? どうせ粉にするんなら、屑石で十分なんじゃないの?」

「いえ、それは不可能です」

「どうして?」

「未だに詳しくは解明されていないのですが、大量の屑石を集めて粉砕し、蓄魔池を造っても、貯蔵される魔力量が極端に少なくなってしまうそうです。解決法があると思いますが、地道でお金の掛かる研究と試作の繰り返しは避けられないでしょう」


「気難しいのね、魔結晶って」

 暇な時に自分の魔力を蓄魔池に溜め。戦闘時に蓄えた魔力を消費すれば、単独でも魔導師級の魔法を行使できるのではないか、という発想だったのだが。考えが甘かったらしい。サラは残念そうに肩を落として、地面の小石を蹴る。

「マシューも、その、蓄魔池の研究を?」

「いいえ。僕の研究はもう少し、……かなりぶっ飛んだ研究でした」

「ぶっ飛んだ?」

「昔、魔結晶の研究をしていた人に言われたんです。お前の研究はぶっ飛んでいる、発想も面白い。だが、現実性が無いって」

「随分もったいつけるな。どんな研究なんだよ」


「――スーパーレベリング」

 マシューは自嘲とも照れ隠しとも取れる笑いを作る。しかし、彼の瞳には狂気が渦巻いていた。まるで、目的を達成する為なら、どんな非道でも躊躇わない狂信者の瞳だ。

 彼が人生を賭けて取り組むと決めた研究内容の一つ。ライフル銃の研究など、魔結晶研究の資金を集める為の踏み台でしかないのだ。


「スーパーレベリング? 聞いたことないな」

 バルクが小首を傾げると、マシューは笑った。

「そりゃそうですよ。僕が考えた造語ですから。意味はそのまま、超レベル上げです。実現すれば、理論上、人間のそれすら遥かに超えた高速なレベルアップが期待できます。具体的には七十、八十、九十の高レベル帯での高速なレベルアップが期待できるでしょう」

「そのスーパーレベリングを行えば、どれだけの時間で、レベル九十になれるんだ?」

「……まだ研究も初期段階なので、はっきりとは言えませんが。一日もあれば、レベル九十まで到達できる可能性も十分あります」


「一日でレベル九十、すげー」

 ウルクナルは長年冒険者を続けてきたらしいカルロのレベルが五十五であったことを思い出し感嘆した。たったの一日でレベル九十。確かにそれは、素晴らしいことだ。

しかし同時に、ウルクナルは心の奥底で、何かモヤモヤとした不快感を覚える。それは長年掛けてレベル五十五に到達したであろうカルロへの後ろめたさであった。


何か自分は、ズルをしているのではないか、そんな感情に囚われた。ウルクナルはそういった感情を上手く言葉にできず押し黙る。そして、カルロへの罪悪感以上に、スーパーレベリングという言葉に強い飢餓感を懐いた。ウルクナルは、何故か溢れ出て止まらない唾を飲む。

マシューの話は続く。

「スーパーレベリングが実現すれば、レベル差に起因するエルフへの差別は完全になくなる。トリキュロス大平地に居座る常識の大半が陳腐化するでしょう! その為に、膨大なお金が要るんです。――上物の魔結晶は高いですから、お金がどれだけあっても足りません」


 マシューの夢と狂気が溢れる話は唐突に終わる。レベル上げに貪欲なウルクナルが、珍しく研究の話の続きを切望したが、マシューは頑として断わった。まだ理論の段階で、絵空事にしかならないからと。ただ、そのスーパーレベリングを行うには、魔物から取り出したばかりの傷一つない魔結晶が要るらしい。

 それなら、できる限り早く実現してくれと、ウルクナルはマシューにオークキングの特大魔結晶を譲った。そして、スーパーレベリングの方法を解明し、いち早く自分に教えてくれと、約束させる。ウルクナルの言葉に、力強く真摯に頷くマシューだった。


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