暗黒時代25
エルフリードは、エルフの冒険者のみが集う、ちょっと変わったパーティだ。しかし、その実力は折り紙つき。同ランクの冒険者パーティの中でもその実力は飛び抜けて高い。Cランクの集団だと言われても、彼らの実力を知っている低ランク冒険者ならば納得してしまうだろう。
ただそれは、低ランク冒険者の感想であって、中高ランクの冒険者からみれば、まだまだと言わざるを得なかった。
それ程までにDとCランクとの間には、異次元的な実力の隔たりが生じているのだ。
Cランクの取得とは即ち、ギルドカードが銀から金へ変化し、商館の四階に立ち入ることを許される権利である。
CとDとでは、そもそも格が違う。Dは雑魚でCが強者。Cランクよりも上、それは選ばれ選び抜かれた絶対的な強者のみに許される称号なのである。
――ウルクナルが、過酷な検査に処されてから五十日が経過。
早朝、今日もウルクナル達は森に居た。分厚い雲が全天を覆い、朝日がないので周囲は真っ暗。深夜と変わらない明るさだ。眼下の窪地には、無数の松明の明かりで照らし出された、巨大な建造物群が居座っている。
「ここだ、やっぱり臭いわね」
「なんか、大きくなってないか?」
「そうですね、壁が一周増えて三重になっています」
「そうだったっけ?」
エルフリードの面々。特に、天上天下に並ぶ者の無き強さを求め、大それた願望を本気で追い求めている大バカ者のエルフの少年ウルクナル。彼は、念願で悲願な目標、その本懐へと指を掛けようとしていた。
現在地は、トートスの森極東。ウルクナル達の眼下に鎮座するのは、城塞だ。
ここは隣の大国、エルトシル帝国との国境付近で、本来ならば鬱蒼とした森林がどこまでも続いているはずなのだが、現在は半径数キロの円状に森が伐採され、大地も掘り下げられ更地になっている。
赤土が剥き出しの円形の大地の中央には、伐採された木の幹を削り、杭として地面に突き刺した原始的な城壁が築かれていた。
三重に張り巡らされた木製城壁の内部には、木造の粗末な平屋建ての住居が立ち並ぶ。
規模は村。城塞の村である。ただ、その城塞村に人間やエルフは一人たりとも住みついてはいない。住んでいるのは、オーク。二足歩行する豚の魔物のみである。この城壁から住処まで、全てオークが建設した、魔物の巣なのだ。
強者の仲間入り、Cランク獲得条件は、このオークの城の中に存在する王、オークキング一頭の討伐である。
商会が定めた報奨金は金貨五十枚。そして、オークキングの住処に蓄えられた金銀財宝の山である。聞いた話によれば財宝は総額で宝石貨十枚は見込めるらしい。
実は、初めてブラックベアーを討伐した二週間後、メンバーにまだサラを迎えていなかった頃のウルクナル達エルフリードは、オーク城の攻略に挑戦したことがあった。当然、財宝が目当てではなく、Cランクを獲得する為に。
結果は、エルフリードの惨敗に終わった。死体処理や下水道道掃、Gランク任務以来久しぶりに、ウルクナルは挫折を味わう破目になる。
オーク城に詰まっているオークの数は少なくとも二百頭。その中にはオークの上位個体であるオークソルジャーが存在する。オークソルジャーは金属プレートの鎧で全身に纏っている為、タフで堅い。そして手に持つハルバードで殴られれば痛い、厄介極まりない敵なのだ。
ただ、レベル三十の強敵オークソルジャーでも、ウルクナル達ならば三対六程度の小規模戦闘に誘い込めれば確実に勝利可能なのだが。当時のエルフリードは三対二百というオーク側の圧倒的物量に押し潰され、敗走したのだ。
一個体がそこそこ強い上に、数が非常に多い。
これが、Cランクの壁。雑魚と強者を選別する試練の全貌だ。
本来は複数のパーティ、Dランク冒険者十名以上が協力して取り組むべきなのだが、エルフの彼らを手助けする物好きな人間は居ない。また、ウルクナル達のレベルについてこられる同族も少ない。孤高と言えば聞こえは良いが、エルフリードは常に孤独なのだ。
しかし、今回は孤高なのが幸いした。エルフリードはある秘策を用意したのだが、それを部外者に見られると少々面倒な事態に成りかねないのである。
「そう言えば、ウルクナル。カルロからの手紙って、まだ来てないんだっけか」
「……うん」
サラとマシューが秘策の準備を進める隣で、二人は会話する。
冒険と鍛錬の合間にコツコツと勉強し、片言ながら、ウルクナルが文を書けるようになった頃、カルロ宛てに手紙を送ったのだ。内容は、主に冒険者生活に関することで、自分がDランクになり、仲間が増え、正式なパーティとして旗揚げしたことなど。カルロが王都を去ってからのウルクナルの歩みを綴っている。
そのカルロ宛ての手紙をナタリアに手渡し、送ってもらったのが、もう一カ月近く前。そろそろ返事が来ても良い頃合いなのだが、音沙汰がない。面倒臭がりなカルロなので、返事を書かずに無視しているのだろうが、ウルクナルにはそれが少し寂しかったのだ。
ナタリアによると、カルロは現在もダダールに留まって、ビッグアントの洞窟へのアタックを繰り返しているそうだ。一度諦めて帰ってくれば良いのにとは、ウルクナルからは決して言わないし、言えない。今は唯、カルロの帰りを待つばかりだ。
「三カ月って言ってたから。その予定じゃ、もう帰って来ても良い頃だよな。案外、王都に戻ったら、カルロが商館で酒を飲んでるかもな」
「だったら、オークキングの首を土産にしないと」
「そうだな、きっと驚くぜ。なんせ冗談で言ったCランク昇格を、これから俺達はやり遂げちまうんだからな!」
一つの城にオークキングは一個体しか存在しない。だが、必要な首の数は一つで事足りる。エルフリードのリーダーであるウルクナル一人がCランクを取得すれば、結果的にエルフリード全体がCランク冒険者集団としての扱いを受けるからだ。つまり、メンバー全員が商館四階で、貴族のような待遇を受けられる訳である。
商館四階に上がり、帰ってきたカルロを驚かせてやると意気込むウルクナルだった。
「準備が整いました」
緊張の色が隠せないマシューの声に、ウルクナルとバルクは雑談を止め、気を引き締める。これからオーク城を陥落させるのだ。
「ウルクナル、ここに座ってください」
マシューが指差したのは、奇妙な紋様が描かれ、銀糸や金糸を贅沢に織り込んだ魔力を通しやすい特別な布である。大きさは一メートル四方で、秘策の為に用意した物だ。値段はなんと金貨五百枚もする。しかも、使い捨ての消耗品だ。
幾ら高くて美しくても消耗品であることを知っているウルクナルは、ブーツで遠慮なく布を踏み潰す。そして中央に座った。
「我……なるエルフ……」
座るウルクナルの背後には、杖を持ったサラが密着して立っている。彼女はブツブツと呟きながら杖を小刻みに振って、これから行使する大魔法のリハーサルを行う。
「準備はいいですか、サラ」
「完璧。いつでもどうぞ」
布の紋様の設計を行ったマシュー以上に、魔法行使役のサラは緊張し、凝り固まっていた。大きく息を吐き、少しでも落ち着こうと努力する。詠唱の失敗は絶対に許されない。これから行う魔法は、繊細であり、豪快。サラが開発した新魔法なのだから。
「バルク、ウルクナルが失神した場合は手はず通り、彼を抱えて撤退します。準備を」
「バルクよろしく」
「任せとけ」
マシューとウルクナルの言葉に、バルクは力強く頷いた。後顧の憂いを断てたことに、魔力提供者であるウルクナルは微笑んだ。仲間を信頼している彼だからこその笑み。前例のない大仕事の前でも彼の心は穏やかだった。
「サラ、始めて下さい」
「ふー、よし!」
両手の汗を拭い、杖を構えるサラ。大魔法の詠唱を開始した。
「我、矮小なるエルフ、神霊よ、供物を捧げる我々に、その高なおなる力を分け与えください」
地に敷かれた布に光りが灯る。サラが唱えた一文によって布が起動し、紋様が輝いているのだ。よく見ると光りは細かな粒子であり、それが紋様の上を高速で流れているのが分かる。輝く粒子は座するウルクナルから流れだし、直立しているサラの足を伝い、身体を上り、右手に持っている杖の先端へと収束。杖の先端は二キロメートル離れたオークの城中央部に向けられている。
時間が経過するにつれてウルクナルは苦悶の表情を浮かべ、額に汗が噴く。杖に集まる光りは、密集するごとに色を濃くし、透明から水色、青色へと変化する。
ウルクナルのレベルは現在二十八。魔力量は四千三百にまで増加していた。
その膨大な魔力を効率的に使用する為に、布が用いられているのだ。布は、最小のロスでタンクであるウルクナルから、発動機であるサラの杖へと魔力を運ぶ。
「やった、必要量の魔力が集まった! ウルクナルの意識は――」
自分の魔法陣設計にミスが無かったと、マシューは狂喜した。
「ある、辛そうだがな」
「サラ、絶対に成功させてください!」
「わかってる、…………発動させるよ」
上級火系統魔法、ファイアーストライク。魔力消費量一千。上空から火の玉を無数に降らせ、地上を広範囲に渡って燃やし尽くす魔法だ。
そんな魔法に、魔法知識の生き字引であるサラは着目した。自制を忘れ、上級魔法の改造に取り組み始めたのが四十日前。彼女は脳内の大書庫を開き、寝食を惜しんで、有らん限りの知識を駆使してファイアーストライクに様々な新機軸を詰め込み。完全な別魔法へと創り返ることに成功してしまう。
彼女の開発した新魔法の威力は凶悪の一言に尽きる、が。
新魔法は発動の代償として、魔力三千五百を要求する。これではウルクナルですら魔力が足りない。
本来、他人から魔力を引き出して魔法を行使するのは、通常の倍の魔力を注がねばならなかった。つまり、ウルクナルを魔力源とするならば、七千もの魔力を消費しなければ新魔法は発動しないのだ。
その問題を解決する為に大金をつぎ込んで作成したのが、あの布なのである。布の効果によって、消費魔力量の増加は二十パーセントにまで抑えられている。
これで消費量は四千二百、ギリギリ発動可能なのだ。
布。正式名称、高効率魔力運用魔法陣。現在この新魔法を発動するには、無くてはならない魔道具である。
「――大地を溶かし、大河を蒸発させ、天を焦がす。全てを灰燼へと帰す業火よ、顕現せよ!」
詠唱が完了した途端。サラの杖の青い輝きが消えた。森の静寂が冒険者達を包む。
「……失敗?」
「ううん、成功した。確かに」
サラが魔法は成功だと言った数秒後。小さな破裂音がした。
「――きゃ」
「どうした!?」
「杖が……」
彼女の使用していた杖が、粉々に砕け散っている。まるで、空気を入れ過ぎた風船が破裂したかの様ではないか。
「……空が」
魔力が尽きかけ、意識が朦朧として立ち上がることも出来ないウルクナルが、座りながら空を指差す。
厚い雲、見事なまでに曇天だったはずの空が、青く澄み渡り、正午の位置に太陽すら顔を出している。――いや、あれは太陽ではなかった。あまりにも大地と近すぎる。本物の太陽はまだ地平線から顔を出したばかりなのだ。
では、あの太陽のような球体は何なのか。
通常魔力消費量三千五百、ウルクナルの並はずれた魔力を根こそぎ消費して発動した魔法。アレこそ、欠陥魔導師と笑われ続けたエルフの少女サラが編み出した新魔法。
名付けるならば、魔導師級火系統魔法、ファイアーインパクト。
天に現れた巨大な一個の火の玉、その非現実的な光景が、魔法が正常に行使されていることをサラに知らせてくれる。
「落ちる」
サラが呟いた。
その時、空から太陽が落ちてきた。
巨大な火の玉が動き始めたのだ。人工太陽は急速に落下速度を増していたが、球体が大き過ぎてゆっくり動いているように錯覚させられる。魔法で生み出された炎の隕石が、オークの城、二百頭の魔物が詰まった魔物の巣に高速で落ちて行く。
「これって、ここに居ても平気なのか? 爆風とか」
「そ、そうだ逃げなきゃ」
マシューはもう居ない。
「お前、もっと早く言えよ!」
「感無量で、つい」
「ついじゃねえ! つい、で死んでたまるかッ」
怒鳴り散らしながら、バルクは体の動かせないウルクナルを抱え、森の奥へと走って退避する。とにかく遠くへ逃げなければ巻き添えを食いかねない。
魔法陣の布は役目を果たしてボロボロになっていた。
「サラ、どこまで逃げれば良い」
「わ、わかんない。走ってッ」
「お前が開発した魔法だろ!?」
「だって、あの魔法一回に魔力を三千五百も注いだのは今回が初めてなんだもん!」
「もん、じゃない! 全力で放ったらどれだけの威力になるかくらい計算しとけッ」
「……私、魔法式を構築するのは得意なんだけど、物理計算はちょっと苦手で」
「マシュー!」
「今は走ることに全力を尽くしてください。質量が不明ですが、あの物体はかなり高速で落下していました。最悪、衝撃波で死ぬかもしれません」
「――!」
死ぬ。これも冒険者の性なのか、生物に備わった本能か、死ぬという単語を聞いた途端、憔悴しきって動けないウルクナルを投げ捨て、自分だけ一目散に逃げてしまいたくなる。その防衛本能を理性と精神で押さえつけ、バルクは代わりに盾と武器を捨てた。こんな鉄の塊は、金を払いゴードに頭を下げれば幾らでも買えるのだ。背負っている親友の信頼と命に比べれば、愛用してきた武器防具など重荷でしかない。
先頭を走っていたマシューを追い抜き、バルクは独走する。
魔導師級火系統魔法ファイアーインパクトは、オレンジ色に煌々と燃えながら、オークの城へ落ちて行く。木造の城壁やオークの住処は火の玉が接近しただけで自然発火。大半のオークは炭化した。火の玉は大地と接触すると半球形に押し潰れ、炸裂する。火柱が天を貫き。大地が揺れ動いていた。
轟音と共に火炎がうねり、昇竜の如く天へと駆け。赤土の大地は熱線によって溶け、爆風によって丸ごと掘削された。三重に張り巡らされた城壁、住処、オークの城は見る影もなく。詰めていたオークは骨すら残らない。
ロスも含め、魔力四千二百が注ぎ込まれた魔法の破壊は、標的をこの世界から蒸発させてもなお、止まる気配がなかった。
貪欲に、糧である魔力を喰い散らかし、二酸化炭素すら燃焼される。
トートス、エルトシル双方の森を灰に変え、国境線を大きく刳り抜き。爆風によって砂塵が上空数キロメートルにまで巻き上げられ、土砂の雨が降りしきる。
与えられた魔力を全て燃やし尽くした火の玉は、満足でもしたのか、心残りは無いと言わんばかりにあっさりと姿を消す。その代わり、地上にしばらく居座る予定なのは、直径一キロにも及ぶクレーター、浅い溶岩溜まり。
サラの開発した一発の魔法は、血の池地獄を具現させるのに十分な破壊力を秘めていたのだ。
「こりゃあ、湖になるな。エルトシルとの国境にはピッタリじゃないか?」
「そのようですね」
あれから数時間が経過。エルフリードの面々は見晴らしの良い小高い山の頂上から魔導師級魔法が炸裂した場所を眺めていた。わずかながら魔力が回復したようで、ウルクナルも自分の足で立っている。
土煙が風に流され、本物の太陽によって照らし出されたのは、大地に刻まれた深い傷跡。ちっぽけなエルフ達でも、力を合わせれば、遠くの山から見下ろしても視認できる巨大な傷跡を大地に刻みつけられると証明したのだ。
「これが、私の創った……魔法」
「これが、俺の魔力に秘められた力」
魔力を提供し魔法を行使した二人は、自分達の力と技術がここまで大きな破壊をもたらしたことが俄かには信じられず。喜ぶ前に、茫然と立ち尽くすばかりだ。
これが、虐げられる者エルフに秘められた力のはずがない。これ程までの力があるのに、何故我々は、二千年間も差別され区別され続けなければならないのか。我々も人間と同様に、強大な力を誇示できるではないか、と。
示し合せてもいないのに、エルフ達は漠然と、各所に根付くエルフ差別への不満を思い連ねていた。




